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誘拐

 アクォラス公爵家を訪ねる日、授業を終えた私はゴスロリの衣装を纏っていた。


「素敵です!ユリア様」


 リンからの評価はとても高い。今も、瞳が輝いているように見える。

 試着の時にもリンの興奮具合は凄く、購入を勧められた時にも期待の眼差しで見られていた程だ。

 私が何かを言う前に、第一印象が大切だからと着て行くようリンが既に準備していた。

 今日はセイルティール様と共に向かう事になっているので、待ち合わせ場所の門前へ向かう。

 私より先に待っていたようで、其処には既にセイルティール様の姿があった。


「お待たせしてすみません、セティ様」

「いいえ、(わたくし)も今来たところですわ」

(デートの待ち合わせみたい……)

「さ、馬車の準備は済んでいますわ。お乗りになって」


 阿呆な事を考えていると、セイルティール様に馬車へ乗るよう促される。

 私達が乗り込んだ事を確認すると、セイルティール様の合図で馬車が走り出す。


(わたくし)、今日をとても楽しみにしていましたの」

「私も、呼んで頂き大変嬉しく存じます」

「もっと砕けてくださいな。ユリアさんと(わたくし)の仲ではありませんか」

「そう…ですね」

(何故に此処迄好意的になったんだろう……)


 今も尚、原因不明の好感度上昇が続いている。その事に戸惑いつつも了承した。

 何かをした覚えは私には無い。しかし何故か上昇する好感度。でも、裏表があるようには見受けられないので対応に困る。純粋な行為は無下にはできないのだ。

 色々と言ったが、実際の所私も好意を向けられると嬉しい。……我ながら単純だ。

 馬車での移動中、セイルティール様から最近の話を聞いていた。

 各派閥に目立った動きは無いが、過激派が少々剣呑な様子らしい。

 セイルティール様も公爵令嬢なだけあって、北での諍いはご存知のようだ。何やら戦争賛成派の者達の中に過激派のリーダーが居て、煽動している中心人物なのだとか。

 本来なら外部から学院には不干渉の筈だが、裏で隠れきれない程に動き始めていると教えてもらった。


「直接的にどうこうされる事は無いと存じますが、念の為お気を付けくださいまし」

「忠告痛み入ります」


 そんな会話をしていると、何時の間にかアクォラス公爵家へ到着していたようだ。

 王都にある別邸と案内されたが、十分大きい…いや、大きすぎるように思えた。何処迄が敷地か見える範囲ではわからない。流石は公爵家と言ったところか。

 先に通されたのは、本日泊まる私の部屋らしい。一応持って来た手荷物―――見せ掛けだけ―――を部屋に置き、そのまま応接間に案内される。


「旦那様、お客様をお連れしました」

「入ってくれ」


 許しを貰い使用人の方が扉を開ける。

 促されるまま入室すると、公爵様と思われる人とセイルティール様が既に座っていた。


「さあ、遠慮せず座ってくれたまえ」

「ありがとう存じます」


 一礼して座る。リンは私の後ろに移動して控える。


「先ずはお礼を、我が公爵家の未来を救って貰い感謝する。私がアクォラス公爵家当主、ダールタン・イラ・アクォラスだ」

(大げさじゃなかろうか)

「ルベール子爵家長女、ユリア・ルベールで御座います。本日は過分なご配慮、誠に嬉しく存じます」

「はっはっは、そう硬くならなくとも良い。聞けば、娘と随分親しくしてくれているようだ。この屋敷に滞在中は、我が家の様に振る舞ってくれて構わんよ」


 いえ、そんな事は……とは言い出せない雰囲気に、私は頷く事しかできなかった。



 詳しい話は後程改めて……という事になり、手土産だけ先に渡した後、私達は一旦最初に通された部屋に戻っていた。……何故か、セイルティール様も一緒に。


「ユリアさんのそのドレス、可愛らしくて素敵ですわね」

「ありがとう存じます。此方の衣装は最近この国に入ってきたそうですよ」

「あら、そうでしたのね。では、流行を広めますの?」

「いえ、私はそういうのはちょっと……」

「自信を持って大丈夫ですわ。良くお似合いですもの」


 その言葉に苦笑いを返す私。

 単純に、そういった事を意識して行うのが面倒だというだけの理由なのだが、言わない方が良さそうだ。

 兎に角、私は話題を逸らす事にした。


「そう言えば…態々準備してまで宿泊のお誘いを頂きまして、とても驚きました」

「うふふ、(わたくし)が父にお願い致しましたの。他のお友達は、夜会は好きでもお泊りは嫌そうにするのですわ。ですから、ユリアさんをお誘いしたのです」

「そ…そうでしたか……」

(確かに嫌では無いけれど、今回の事は断り辛い状況にされてたんですけどね……)


 一度でも実績があると、次があると聞く。まあ、前例があればやり易いのと同じ事だろう……精神的にも。


(ひょっとすると、其処迄考えて……?)

「……………?」


 さり気なく様子を伺うと、其れに気付いたセイルティール様がきょとんとする。……可愛い。

 では無く、その様子から純粋に来て欲しいだけだったように見える。嬉しい反面、何故此処迄懐かれたのだろうかと本気で考えてしまう。


「そうでしたわ。本日は、(わたくし)も此方の部屋で休みますの。寝る前に親しいお友達とお話しするのも夢でしたのよ。ユリアさんのお陰でまた夢が叶いますわ」


 キラキラとした表情で両手を合わせながら語るその姿に、私は断る術を持たなかった………。



 夕食時、使用人の方に呼ばれて食堂へ。

 テーブルの上に並ぶ豪勢な食事の数々。晩餐と聞いていたが、成程此れは日常的な食事ではないのだろうと納得する。恐らく夜会に参加しない私に気遣い、料理だけでも夜会と同じ物をと考えてくれた結果なのだろう。


「さあ、遠慮をする事は無い。好きなだけ食べると良い」

「ありがとう存じます」

(食べきれそうにないんですけどねー……)


 夜会と同レベル……と言う事はつまり、余るように用意されていると言う事だ。夜会では参加者が食べきれない量を提供する。足りないと不満が出て、夜会の主催者の評判が落ちるからだ。

 当然ながら、今目の前にある料理の数も尋常でない。大皿に盛り付けられ、其々の隣に待機している使用人の方が指示に従って料理を取り分けている。

 私はリンを連れて来ているので、リンが取り分けてくれる。使用人は私達が食事を終えた後、専用の部屋で残ったものを頂くそうだ。

 食事中、公爵様は気を遣ってくれたようで、当たり障りのない会話から始めてくれた。

 本題に入ったのは、食事を終えてからだった。


「改めてお礼を……。娘への助言、大変助かった。ありがとう」

「いえ、大した事は……少し変に感じた事を言っただけですので」


 其れに、学院でなかったら言わなかったと思う。子爵令嬢が公爵令嬢に物申すのは、場合によっては不興を買う行為だからだ。

 そういった事を伝えると、公爵様はあっけらかんと―――


「――では、学院の制度にも感謝せねばならんな。……とは言え、其れでも意見するという行為は勇気が要るものだ。今後も娘の事を宜しく頼むよ」

「……はい。私で宜しければ」

「ユリアさんは(わたくし)の一番のお友達ですもの。学院を出ても付き合いは続きますわ」

「ほう、其れは良いな。私も学院でできた友人とは、今も付き合いが続いている。この縁は一生のものだ。大切にしなさい」

「勿論ですわ!!」


 もしかして、お礼にかこつけてセイルティール様との今後の付き合いを確約させるつもりだったのではなかろうか。

 だとしたら、流石は公爵家当主様だ。見た感じ、娘の事を想っているのも事実だろうが、其れは其れとして強かな人だ。

 まあ、初対面の印象は兎も角、今は私もセイルティール様の事は嫌いじゃない。なので、今後とも宜しくと言われて全く抵抗は無い。

 感謝の言葉を受け取り、セイルティール様との今後を約束した。其れで話が終わりかと思えば、未だ続きがあった。


「さて、では此方を確認して欲しい」

「………?」


 公爵様の合図で、執事然とした方―――恐らくは家令―――が私の方へ近づき、封がされた紙を手渡される。


「其れは目録だ。確認した後、収めてくれ」

「え?…お礼でしたら先程―――」

「感謝の印だよ。やはり言葉だけでは足りないと判断した。今回の件はそれ程我が家にとって重要なものだと受け取って欲しい」


 優しく微笑んでいる筈なのに、圧が凄い。絶対に受け取れと言われている気分になる。

 此処で受け取らなければ、公爵様の面目を潰す事になってしまうのだろう。


「……謹んで、お受け取り致します」

「うむ。役に立ててくれ」

(目録の確認は後でしよう……)


 謝礼の件が漸く終了し、話題は私の商会の事に移った。


「娘から、ユリア嬢は商会を運営していると聞いたよ。父君も、確か商会を持っていただろう。何故新たに立ち上げたのかな?」

「私が10歳の時に、お父様から勧められて商会を立ち上げました。ですが、例えその時に立ち上げずとも、後々自分で立ち上げたいと申し出ていたと思います」

「ほう…其れが何故かとお聞きしても?」

「はい。私は、現在の生活水準に満足していません。衣・食・住、上を目指せば切りは御座いませんが、少なくとも現状のままでは不幸な者が多すぎます」

「其れは……例えば孤児達を指しているのかな?」

「勿論孤児も含みます。ですが、孤児だけでは御座いません。貧民層には孤児以外もいますから」

「しかし、一商会がどう頑張って施そうとも、現状は変わらんのではないかね?」

「いいえ、何も直接の施しをするだけが全てでは御座いません」


 確かに直接助けられるなら、其れに越した事は無いだろう。実際に私の手の届く範囲では、育成院に誘う形で手を差し伸べている。しかし、私の力で国全体をカバーできるとは思っていない。

 だけど、情報は違う。

 商人は、その独自の繋がりから情報を得るのが得意である。ならば、其れを利用して改善に繋がる情報を流せば良い。利益も出る内容であれば、追随する所も出てくる筈。とは言え、情報だけでは疑心暗鬼に陥って上手くいかない事も多いだろう。だから実際に上手くいった例を出せば、商人であれば食いつく筈だ。


「其れに、情報によっては貴族の皆様も巻き込めます。領地の発展、延いては利益に繋がるともなれば、(おく)れを取りたくない方々は行動するでしょう」

「…………………」

「私が見本に……と言える程高尚な人間では御座いませんが、そう在れたらと思っております」


 建前である。

 確かにそんな気持ちも無くは無い。誰かが追随して、国全体の生活水準が向上すればラッキーくらいには思っている。

 だが実際には、私が将来物見遊山に諸外国を旅する際に、路銀を尽きさせない為といった理由が大きい。勿論他にも、病に対するこの世界の危うさも危惧している。その点に関してのみ、私は利益を気にしていない。今は大きく動けていないが、必要な人材は育成している。


「素晴らしい志だ。ユリア嬢が娘の友人で、私は誇らしく思う」

(わたくし)も、ユリアさんがお友達でとても誇らしいですわ」

「ありがとう存じます」


 その後は、商会で扱っている商品の話が中心となった。

 公爵様が興味を示したのは、やはりと言うべきか魔具についてだった。王城でも使用されている簡易防音装置の魔具の製作者が私だと知った時の公爵様は素で驚いていた。他にも、ヘアアイロンやドライヤーの魔具はセイルティール様が欲しがったので、後日贈る事にした。


「ユリア嬢が今身に付けている魔具もあるのかい?」

「はい。詳細は申せませんが、防犯の為に幾つか身に付けております」

「成程…まあ効果を話さないのは当然だ。用心しているようで何よりだとも。……所で、ものは相談なのだが、娘の為にも何か防犯用の魔具を購入できないだろうか」

「お、お父様!?」

「セティ、我が家の身内は洗ったとは言え、外で害されない訳でも無い。身を守る術は1つでも多い方が良いのだ」

「其れは……」


 娘の心配をする良いお父さんだ。

 事前に聞いていた公爵様の印象と違うが、此方が本当の姿なのだろう。


「非売品なので、値を付けておりません。ですので、友人への贈りものという事であれば、私がご用意致します」

「おお!…そうか、用意してくれるか。感謝する事が増えてしまうな。また何かお礼をさせてもらうとしよう」

(問題は何を贈るか、だよね……)


 公爵令嬢なので、護衛が居ない筈がない。なら、攻撃性よりも防御性を主目的に置いて製作した方が良さそうだ。ネックレスにするか、バングルにするか悩ましい所だ。

 考えつつ、何気なく私は隠して身に付けているネックレスを見た時だった―――


「――え?」

「ん?…どうしたのかね?」


 ネックレスの魔石が淡い青色の光を放っていた。

 このネックレスは、いつものメンバーとリンに渡した魔具に連動している。その効果は危機察知。光の強さで危険度を報せ、光の色で誰かを報せる。今光っている青色は、ルナリアさんのものだ。つまり、ルナリアさんは今危険な目に遭っている。

 瞬時にそう判断した私は、隠していたネックレスを取り出し、公爵様に見せる。


「其れは?」

「此れは、危機察知の魔具です。詳しい説明は省きますが、この魔具と連動した魔具を身に付けている者に危険が及んだ時、光ります」

「何!?では、今―――」

「――はい。私の友人の1人が危険な目に遭っております。公爵様、申し訳御座いませんが礼を失する事をお許しください」

「其れはつまり、ユリア嬢が向かう気なのか?」

「はい。私であれば、友人の現在位置を把握できますので」


 嘘ではない。

 普段は亜空間に仕舞ってあるが、渡した魔具の位置を検出する魔具を持っている。こういった非常時の為に保険で製作した物で、まさか本当に必要になるとは思っていなかった。

 其れに、位置がわかるからと言ってゆっくりはできない。

 先程の危機察知の魔具の淡い光は、持ち主が気を失っているレベルの危険度を表す。

 自動で防御する魔具も、スタンガン擬きの魔具も渡していた筈なのに、其れでも気を失う何かがルナリアさんを襲ったという事だ。時間が経てば経つ程危険が増す恐れがある。


「ユリア様、私は―――」

「リンは此処に居て、今回は本気で動くから」

「――っ!…畏まりました」


 普段から魔法の訓練に立ち会っているリンは、私の本気がどの程度か(・・・・・)を知っている。移動手段も、誰かを連れているより私1人の方が早い。


「しかし、危険では無いのかね。居場所が判るのであれば、我が家の兵を出そう」

「そ、そうですわ!ユリアさんが危険を(おか)す必要は……」

「いえ、時間との勝負となります。私単身であれば、移動手段はこの世の誰にも負けない自負が御座います。では、急ぎますので失礼します!」


 返事を待たず、私は急いで外に飛び出した。

 誰にも見えない場所に入った瞬間に転移する。

 景色が切り替わる。今居る場所は学院寮の私室。此処なら見られてマズい人は居ない。


「む?どうしたのじゃ?」

「緊急事態よ」


 ティアに答えながら、亜空間から位置検出の魔具を取り出す―――ルナリアさん用の物だ。


(?……今も移動している。場所は………北へ向かっている?)


 確認している今も尚、移動を続けている。

 ルースリャーヤ王国の北側へ向かい、そこそこの移動速度だ。恐らく馬車だろう。


(此れはつまり……誘拐!?)


 兎に角、ルナリアさんを助け出さなければならない。しかし、私は国内では王都よりも北へ行った事が無い。一度で近くへの転移は不可能。で、あれば……。


(見える範囲での連続転移、其れしか無い)


 空を飛べなくも無いが、飛行速度はイマイチだ。なら、転移を繰り返した方が圧倒的に早い。


「妾も行くか?」

「いえ、急ぎだから単身で行くわ」

「むぅ、そうか……」

「何か他にあれば、お願いするから」

「うむ」

「あたしが連れて行こうじゃないか。国内であれば、一瞬の間に連れて行けるよ」

「え?(む?)」

「元の姿に戻れば、一瞬で飛んで行けるよ。……ティアも一緒にね」

「いや、其れは―――」

「行くのじゃ!!」

「――ティア?」

「最近主様と一緒の時間が少ないのじゃ」

(うっ!)


 確かにその通りではある…あるのだが……。


「テュール。本当に移動はすぐなのね?」

「カカカッ、任せよ」


 悩む時間も勿体無い。なら―――


「お願いするわ」


ブクマと評価、ありがとうございます。

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