閑話~家庭教師~
間が空いてしまいました。すみません m(_ _)m
豪雨は恐ろしいですね。皆さんは大丈夫でしたか?
「ふぅ……では、報告へ行きましょうか」
先程、ユリアさんから聞いた情報を纏めました。
此れから、先ず学院長へ報告に行かなければなりません。その後、学院長が方針を決めて各教員へ報せます。
其れが今日中の事かどうかは知りません。けれど、各教員は帰らずに待ち続ける気のようでした。
「皺寄せが来るのはどうにかなりませんかね……」
思わず独り言を呟くくらいには、切実に願っていたりします。
今回の事に限らず、私に回って来る厄介事は度々ありました。
まあ、ある意味ではそのお陰で研究依頼が上流階級の方からも来るようになった訳ですが……。
「それにしても、ユリアさんは色々と巻き込まれているみたいですね。…その内取り込まれるのではないでしょうか」
先程の情報もそうですが、ユリアさんは普通では入手困難な……いえ、入手不可能な情報を持っている事があります。
王城へ何度か呼ばれているみたいなので、恐らくはその時に情報を得ているのでしょうが、普通なら教えられる情報では無い筈です。
重役の誰かの差し金か、若しくは王族又は王族に近しい者の思惑か……。
いずれにせよ、只の情報漏洩では無いでしょう。
私が昔に感じた事は、幸か不幸か間違っていなかったという事になります。
「まあ、幸か不幸かは、ユリアさんがどう思うか…ですが」
学院長室へ向かいながら、私はこの職に就く迄の………ユリアさんに出会った頃を思い出していました―――――
私が未だ、安定した就職先に悩んでいた頃の事です。
私の家は男爵家でしたが、とても貧乏な上に没落寸前です。更に言えば、私は三女で他に兄と姉が2人ずつ居る所為で生活費が厳しいのです。ただでさえ貧乏なのに、何故こんなにも子沢山なのかと言いたい程でした。
何にせよ、私は自立しなくてはなりません。
生活費を稼ぐ為にちょっとした仕事を探していると、1つの募集が目に留まりました。
◆魔法に関係する知識及び実技の家庭教師
求:魔法を実践レベルで行使できる方
支:魔力測定の魔具(返却不要)
払:継続報酬…月小金貨3枚、完了報酬…金貨2枚及び推薦状
先ず、その報酬の多さに驚きました。
家庭教師は、基本どの家でも毎日行う事は無い為安く、多くとも銀貨1~2枚が相場だと聞いています。なのに、この募集では週に2回、時間も半日程度となっていますので、空いた時間で他の事もできます。その上、支給される魔具は返却不要、つまりそのまま貰えるという事です。とても高価な魔具である此れも、報酬と言えるでしょう。
ただ、報酬が多いという事は、其れだけ大変な事も多い筈です。この場合、とても我儘な子を相手にするのか、若しくは覚えが非常に悪い子だという可能性もあります。
他に気になるのは推薦状の文字。何処へ対する推薦状かは書かれていません。
もしかすると、教育過程を見て推薦先が決まるのかもしれません。
いったいどんな家が募集しているのかと思えば、リーデル領の領主ルベール子爵様でした。
採用は面接で決定するそうですが、申し込み期日は明日迄となっています。
私は少し悩みましたが、破格の条件な事もあって結局申し込みました。
指定された日時に面接を行う場所へ行くと、他の希望者は3人居ました。
いずれも男性で、私でも知っている程に優秀だと聞き覚えのある人達でした。
面接中も、その3人は自身がどれ程優秀なのかを語り、その実績を聞いた私は不合格を覚悟していました。
「採用は、エイミ・ヴィクシムだ」
思わず呆けてしまいました。
まさか私が受かるとは思っていませんでしたので、自分の名を呼ばれた時には嬉しさよりも先に驚きが来ていました。
他の3人は納得がいかなかったのか、随分と粘りました。
何故自分では無いのか。
この女よりも自分の方が優秀だ。
この女に真面な教育ができるとは思えない。
等々………。
散々な言われようでしたが、彼らの言う事も一応理解はできます。
私には何の実績も無いのですから……。
ですが、だからと言って私を罵って良い訳では無いというのに、彼らは尚も言い募っていました。
しかし其処は流石領主様です。「俺が面接官だ」の一言で一蹴してしまいました。
……どうでも良い事ですが、貴族では珍しく一人称が俺なんですよね、この方は。
不満気ではあるものの、不合格になった方達が帰っていった後、説明があるからと私は残されました。
待遇等の説明が終わり、聞きたい事があるかと問われたので私は先程の事を聞きました。
「他の方達の方が私よりも優秀だったと思うのですが、何故私を選んでくださったのですか?」
「簡単な事だ。あれらは自分の能力と功績を自慢するだけで、教育方針に関しては一切言わなかったからな。例え優秀だとしても、良き教育者となれるかは別問題だ」
「……………」
「其れから、何か勘違いしているようだが俺は君が劣っているとは思っていない」
「…え?」
「君は一度、王妃様からの誘いを断っているだろう」
「――っ!?」
確かに私は、光栄な事に王妃様から魔学技工士へのお誘いを頂きました。しかし、その時の私には分不相応だと思い辞退したのです。今思えば、とても勿体無い事をしたと後悔しています。
「何故知っているかを話す気は無いが、そういった事を知れる立場にあると思ってくれれば良い。そして、最も重要な理由がある」
「……………」
「あれらが男だという事だ。…其れも、性格に難ありのな」
「………?」
性格に難あり、という部分には同意できますが、男だからと言う意味が理解できませんでした。
募集要項には性別の制限が無かったですし、男だからと言うのであれば、最初から女性に限定して募集すれば良かった筈です。
気になった私は、再度子爵様に尋ねます。
すると―――
「元より、娘にちょっかいを出されては困るからな。男の家庭教師を雇う気は無かった。しかし、娘に頼まれた事もあってな……。女性のみ募集して誰も来なかったら、他で探さなければならないだろう。そうなると時間が掛かってしまう。一応、男の中にもマシな部類は居るだろうから可能性に掛けただけだ」
思いもよらない理由でした。
それと、この人は親バカなのだと、話している雰囲気からも感じます。
しかし、と言う事は私は女だからという理由で―――
「だからと言って、無能を雇う気は無かったのでな……君が居て良かった」
――は無かったようです。
勘違いしそうになり、少々恥ずかしく思いました。つい先程、私の能力を認めているといった発言があったばかりなのに忘れていました。
「まあ、なんにせよ宜しく頼む。娘は年に似合わず聡明だが、最近は好奇心も強いので何かと苦労を掛けるだろう」
そう言う子爵様の表情は少し緩んでいました………。
ユリアさんは想像の上を行く優秀さでした。
事前に聞いていた情報も、親の贔屓目が多分にあるのだろうと思っていたのです。しかし、実際に授業を行うと、その異質さに目が行きます。
既に魔法についての知識をある程度持ち、独力で行使できる状態にあったのです。
ですがどうやら、子爵様はご存知無かった模様。
後ろに控える使用人の方は知っている様子でしたが……報告していなかったのでしょうか?
ともすれば、ユリアさんが口止めしていたのでしょう。………その理由には思い至りませんが、報告にはその点を伏せた方が良さそうです。意図はどうであれ、余計な軋轢を生む必要は無いのですから。
兎に角、私が驚いたのは知識面だけではありません。
魔法を行使する場合、詠唱を行う人が多いのですが、ユリアさんは完全に無詠唱でした。
詠唱は想像力を補完するもの。そういった認識があり、魔法に携わる人々にとっての常識でした。勿論私もそうで、短縮こそしていますが詠唱をしています。しかし、ユリアさんは無詠唱なだけでなく、魔法を行使する早さも既に一線級です。
更に、ユリアさんは適正に関係無く魔法を行使できました。其れも、どの魔法もスムーズで遜色無く。
基本、適正以外を使える事自体は珍しくはありません。しかし、適正外全てを遜色無く扱える人は見た事も聞いた事もありません。
何を教える必要があるのかと思った程でした。
其処で、問題を出すといった体で聞いてみる事にしました。すると、情報が欲しいと言うのです。いえ、厳密には違いますが、要約するとそういった感じかと……。
なので、私の知り得た情報で、特に機密でないものを教える事に。
歴史や組織、今と昔の認識の違い、魔法を行使する人の希少性等々……。
ユリアさんはどの話も興味深そうに聞き、わからない事には積極的に質問をしてきました。
もう私から教えられる事が無くなってきた頃の事です。
ふと、ユリアさんが魔具に興味を持ち、矯めつ眇めつしている姿を見掛けたのです。
「魔具に興味がおありですか?」
気付けば私はそう言って声を掛けていました。
急な事に驚いたのか、ユリアさんは目を見開いていたものの、すぐに「知りたいです」との言葉が返ってきました。その表情は好奇心を抑えきれないのか、目がキラキラと輝いているようにも見えたのです。
この頃の年齢で、しかも令嬢が魔具に興味を持つのは珍しく、私は授業内容から除外していたのですが、既に次の授業に困っていた事もあり、魔具について教える事にしました。
そして、此方でもユリアさんはすぐに知識を吸収し、簡単な魔具であれば自身の手で製作できるようになりました。物覚えも良く、自身での工夫も忘れない。将来がとても楽しみな成長具合です。時には私も気付かなかった発見をし、まだまだ研究の余地があるのだと改めて認識する程でした。
気が付けば、既存の魔具全てを製作できるようにもなっていました。魔具には相性があり、適正な魔力を持っていないと作れない物もあります。此れには、面白半分で教えた私も驚愕しました。勿論、国で管理・制限されている魔具に関しては概要しか教えていませんが、ユリアさんなら好奇心のままに何時の間にか作ってしまいそうな気もします。
……………大丈夫ですよね?
心配事はそれだけではありません。
これ程に優秀であれば、いずれ取り込まれてしまいそうな気もします。本人の意思に関係無く、周りは放っておかないでしょう。家格的にも、子爵では抗うのも難しい筈……。
せめて、良識ある人に囲われる事を祈るばかりです。
色々とありましたが、将来的に機会があるのならば、ユリアさんと一緒に研究するのも楽しいかもしれません。
授業最後の日、私にとっても刺激的だった日々にも終わりが来ます。
最終日は試験も兼ね、ユリアさんには複数の属性を組み合わせた魔法を行使してもらいました。
通常、軍属の魔法士でも一握りの方にしかできない事です。
では、何故試験に此れを選択したのか。其れは、ユリアさんの魔力制御に理由があります。
魔法を行使する際、行使者は魔力光と呼ばれる発光現象が起こります。一説によると、この現象は制御しきれなかった魔力が原因だと言われています。制御しきれなかった魔力が体外へ散り、空気中に溶け込む際に発光するようです。
つまり、行使する魔法に必要な魔力量よりも多く消費しているという事になります。
ですが、ユリアさんはその発光現象が極めて少ないのです。……いえ、徐々に少なくなっていると言った方が正確でしょうか。兎に角、初めてユリアさんが魔法を行使するのを見た時よりも、明らかに発光量が減少していました。
其れが意味する事は、魔力制御が上達しているという事。だからこそ、私はユリアさんへの試験として出そうと思ったのです。
きっと……いえ、間違いなくできると確信して………。
「其れでは、本日を以て終了とさせていただきます。お嬢様の成績に関しては、此方の報告書へ記載の通りです」
「………随分と早いものだ。優秀な教師に教えを受ける事ができて楽しかったと、娘も喜んでいた」
「いえ、私よりもお嬢様が優秀だったのだと思います。其れに、とても積極的でしたので、努力の結果かと……」
「そうか、そう言われると嬉しいものだな。……まあ、今迄ご苦労だった。セバスサン、報酬を」
「畏まりました」
家令の方から報酬を受け取ります。
袋の中身は金貨で、他に家紋入りの封筒を渡されました。
「その封筒には推薦状が入っている。一応、殆どの場所で使えるが、中身は決して見ない事だ」
理由はわかりませんが、私が推薦状を確認する事はダメなようです。
まあ、既に封がしてあるので見られませんが……。
しかし、普通は何の職かで推薦状の中身が変わると思うのですが、殆どの場所で使えるとはどういう意味なのでしょう?
疑問が顔に出ていたのか、子爵様が続けます。
「王城や軍関係には使えないが、その他の職であれば何処でも通用するものだ。…そうだな、特に此れといって決めていなければ、王都にある学院に勤めるのを勧める」
「……ありがとうございます」
教職を勧められました。
それだけ此処での仕事ぶりを評価して頂いたという事でしょう。
私は未だにどの職が良いかを迷っている身でしたので、その言葉で教職に就くのも良いかもしれないと前向きに考えていました。
最後に、改めて採用して頂いたお礼を言ってから屋敷を後にします。
多少の疲れはあるものの、王都迄それなりの日数が掛かるので、私はその足で乗合馬車へ向かいました………。
「………緊張しますね」
王都へ着いて1泊し、翌日私は学院へ訪れていました。
職員募集の時期では無いものの、枠が2つ空いているらしいと宿屋で聞いて早速来た次第です。
丁度良いからと勢いで来たのですが、学院を目の前にして今頃になって緊張感を覚えました。
推薦状はあるものの、其れだけで即採用と言う事も無いでしょう。
門番の方へ目的を告げ、推薦状を渡して取り次いでもらいます。すると、暫くして慌てた様子で戻って来た門番の方が、「ご、ご案内致します!」ととても丁寧に扱ってくださいました。
………どういう内容の推薦状だったのでしょうか?
後日改めてというのも珍しく無いのですが、そのまま通していただけるようです。
案内された先は学院長室でした。
そのまま中へ促され入室すると、学院長と思わしき人ともう1人居ました。
「おや、孤高の貴族様からの物騒な推薦状を持って来たからどんな人かと思えば、未だ年若い女性だったとは……」
何やら驚かれている様子ですが、其れよりも気になる事を言われてしまいました。
孤高の貴族?
物騒な推薦状?
それらはどういう意味なのでしょうか。
「おや、その様子だと知らないみたいだね。寄親・寄子を持たず、完全に個の力で現存している貴族はルベール家しか居ない。その意味を理解できる者は畏敬を込めて、理解できない者は嘲りを込めてそう呼んでいるのだよ」
……正直、余りよくわかっていません。
その意味を、と言うのではなく、嘲る人がいるという事実が、です。
寄子は兎も角、寄親がいないという事は、何かあっても助けを求める先が無いという事です。侯爵以上であれば理解できますが、子爵で其れは普通ではありません。つまり、それだけの理由があるのだと考えるのが自然です。
「ふむ。……男爵家の子女であれば、理解もできるようだ」
「―――――っ!!」
どうやら、私の事は推薦状に書いてあったようです。
私の家が、没落寸前の男爵家だという事も……。いえ、没落寸前とまで書いてあるかは知りませんが、男爵家である事は書かれていたようです。
子爵様からは、そんな素振りが全く無かったので気にしていませんでしたが、素性の調査は確りと行われていたのでしょう。
その後も幾つかの雑談という名の質問に答え、あっさりと採用される事になりました。ますます推薦状の内容が気になります。
私の担当は魔学。他にも、研究室を与えてもらえる事になりました。生徒を研究室に誘う事も可能だそうなので、ユリアさんが学院へ来たら参加してもらうのも良いですね。
―――過去を振り返りながら歩いていると、気付けば学院長室へ到着していました。
あれから、学院長とは何度かお話しさせていただきましたが、未だに慣れません。何となく苦手意識を持っている事も原因の1つでしょうが、此方を探る様なあの視線を向けられると落ち着かないのです。
扉の前で一度深呼吸をし、心を落ち着けます。
覚悟を決めてノックをすると、すぐに返事がありました。どうやら、ちゃんと待っていていただけたようです。
「では、私なりに頑張りましょう」
小さく呟き、気合を入れます。
ユリアさんは今や、私の研究の助手としても活躍してくれています。そんな得難い人材には、不幸になって欲しくはありません。
説明する内容を頭で反芻しながら、私は扉を開けました―――――
ブクマと評価、ありがとうございます。




