何時の間にか親友に…いや、それ以上……?
「あぁ、噂に伝え聞く人肌恋しいという感情はこういう事なのですね」
「………」
「凄く落ち着きますのね……。私、癖になってしまいそうですわ」
「……………」
「柔らかくて抱き心地も良く、仄かに良い香りも致しますわ」
「…………………」
「其れに、ユリアさんって髪の毛がとてもさらさらで艶があるのですね。羨ましいですわ」
(どうしてこうなった………)
寮の私の部屋で、セイルティール様が私を後ろから抱え込みスリスリしている。
私からその表情は見えないが、声から察するにとても良いものだと想像できる。
セイルティール様付きの使用人の方は、離れた位置で微笑みながらも見守っている。
リンは目を瞑っているので、見なかった事にしたいらしい。
いつもは定位置である肩に居るスーも、今は足元で私を見上げている。他の子達も一緒だ。
唯一、普段は空気を読まないティアは、今日は何故か既に眠っているので当てにならない。
(本当に、どうしてこうなった………)
原因は私の発言だろう。
何の気なしに、思った事をそのまま言ったのが悪かったのかもしれない。
いや、セイルティール様的には嬉しくて現状に至った訳なのだから悪いと言うのも違うか……。
話は、部屋に戻って来た所迄遡る―――――
「っ!!――ユリアさん。お待ちしておりましたわ!」
「………セティ様?」
私の部屋迄戻ってくると、何故かドアの前で待っていたセイルティール様。
私に気付くと、物凄い勢いで歩いて来た。なのに、所作がバタつかず美しいのは流石と言える。
目の前迄来ると、そのまま私の手を握られる。
いきなりの出来事に目を白黒させていると、セイルティール様が私の顔を覗き込むようにして話し始める。
「大丈夫ですの?」
「?………ええと、何がでしょうか」
「私、聞きましたのよ。先程、ユリアさんが非常識な男子生徒に絡まれて手を上げられたと」
(お耳が早い事で……)
「何処か痛む所はありませんの?怖くはありませんでしたか?」
私に異常が無いかを確認しながら、様子を伺うセイルティール様。
心配してくれるのは嬉しいのだが、この場所にずっと居るのも不味い。今の時間帯は人通りが少ないとは言え、全く無いとも言えない。
「セティ様、取り敢えず中へどうぞ。此処では目立ってしまいますので」
「あ、そうでしたわね」
場所を移す為に部屋へ招き、リンに頼んでお茶の用意をしてもらう。
ティアの姿が見えない。いつもなら、私が戻ってくるなり側に来るのだが……。
「どうなさいましたの?」
「いえ…何でも御座いません。……どうぞ」
少し挙動不審だったようだ。
探すのを止めて座る。すると、お茶を淹れ終わったリンがこそっと「お休みになられていました」と耳打ちしてくれた。
なら気にしなくても良いかと思い、先程の続きに入る。
「改めまして、ごきげんようセティ様」
「ごきげんようユリアさん。無事なようで安心しましたわ」
「ご心配くださりありがとう存じます」
「うふふ、当然の事ですわ。ユリアさんは私のお友達…いえ、唯一無二と言っても過言ではない間柄ですもの」
(……………はい?)
若干頬を染めながら恥ずかしそうに言うセイルティール様。
何時の間にか、友人から更にランクアップしていたらしい。
それ程親しくなる何かをした記憶が私には無いのだが、面と向かって聞く訳にもいかないので疑問は措いておく。
「そうでしたわ、ユリアさんには改めてお礼を申し上げます」
「?……心当たりが無いのですが」
「あら、色々とありますのよ。使用人の件、お菓子の件、取り巻きの件、其れから魔具に関する知識の件ですわ」
「いえ、態々お礼を言われる事では……」
「なりません。特に使用人の件と取り巻きの件については、父もお礼がしたいと申してますのよ」
「セティ様の御父上が、ですか?」
「ええ、もう少しで取り返しのつかない事になる所だったそうですの。お恥ずかしながら、私ももう少し周囲を疑えと叱られてしまいましたわ」
(そう言えば……)
半ば忘れかけていたが、最初に見た使用人の質が低すぎて苦言を呈したんだった。
しかし其れを素直に聞き入れ、実際に父親に相談と確認をしたのはセイルティール様なので、私は特に何かをした訳でもないのだが……。
「どうやらあの時の使用人は、私の家に敵対する派閥の者だったそうなのです」
(……ん?)
「巧妙に素性を隠されていた様で、改めて調べなければわからなかったようなのです」
(……………んん?)
「ですので、貴重な助言をくださったユリアさんに、私の父が直接会ってお礼がしたいと―――」
「――お言葉ですが、私がセティ様の御父上に会うのは……。緊張してしまいますし、失礼をしてしまうかもしれません。こうしてセティ様とお話しできているのも、学院だからこそですので」
「私の父はそういった事には寛容ですわ。特に我が家の助けとなったユリアさんであれば、万に一つも御座いませんことよ。安心なさって」
(あ、此れ逃げられないやつだ……)
「そう言えば、ユリアさんはどちらの派閥に属していますの?」
「………えっと?」
「殿下の派閥という訳では御座いませんよね?…やはり噂通り、アロワさんの派閥でしょうか。できれば私の派閥に属して欲しいというのが本音ですが、私とユリアさんの仲は派閥が違う程度では揺らぎませんものね」
「……少々お待ちくださいませんか?」
「?……構いませんわ」
(どうして派閥の話に………いや、其れよりも)
殿下の派閥と言えば、殆どが男性で構成されている筈。違う確認とはいえ何故出した?
しかもアロワって誰?
知らないし、噂では私は其処に入ってる事になってるの?
全く身に覚えが無いんですけど?
私の頭の中で、そういった思いがぐるぐる回り始める。
「お聞きしたいのですが、その噂は何処から出てきたのでしょうか?私は何処の派閥にも属しておりません」
「あら、そうでしたのね。……正直、噂の出所は知りませんの。ですが、その派閥に属している方からお聞きしましたので、恐らくは同派閥の内の誰かではないかと……」
「その様に無責任な事を仰る方が居るのですね」
「確か、ユリアさんがいつもご一緒していらっしゃる方達も含まれていましたわ」
「……ええと、ルナリアさんもですか」
「男爵令嬢でしたわね。他の方達は、確か平民でしたわね」
「……まさか、彼女達も?」
「その様ですわ」
「平民ですよ?」
「私も聞いた話なのですが、学院では数が必要ですから、平民の方が巻き込まれるのは珍しくないそうですわ」
(面倒な……)
学院での派閥が将来に影響されるのは知っていたが、平民が其れに巻き込まれるのは知らなかった。
今の話が事実なら、学院での繋がりは派閥に左右され、卒業後の進路に影響が出るという事だろう。
………ひょっとして構わない?
イリスとルナリアさんは私の商会で働く事に積極的だ。フィーナも服飾関係で関わっていきそうな感じになっている。
派閥をガン無視しても、問題無いような気がしてきた。
此れから販路を広げるのなら繋がりも必要だが、既に十分な気もする。
無難に相手をして敵対さえしなければ、特に問題があるようには思えない。
寧ろ、噂の所為で勝手に派閥へ属している事になっているのが問題だ。
(はてさて、どうしたものか……)
「噂が真赤な嘘であれば、私の派閥は如何です?ユリアさんのお友達であれば大歓迎ですわよ」
「其れに関しては、相談も必要ですので良く良く考えてお返事致しますね」
「楽しみにお待ちしてますわね」
「……それにしても、派閥というのは面倒ですね」
ここ最近面倒事が続いた所為か、思わず呟いてしまった。
「貴族の責務ですもの。例え面倒でも、粛々と熟すだけですわ」
「ですが、せめて必要の無い所では自然体で過ごしたいものです」
「……必要の無い所、ですか?」
「はい。TPO…いえ、時と場所と場合によっては、飾らず自然体でいないと息が詰まってしまいます。其れは体に宜しくありません」
「そうなのですか?」
私の言葉に、セイルティール様は不思議そうな表情をして小首を傾げる。
そんな姿を可愛いと思いつつ、私は続ける。
「そうです。…無理を続けると、体に悪影響が出る事もあります。ですので、私は必要の無い所では自然体を心掛けております」
「例えばどのような時ですの?」
「私の場合、基本的に私的空間であればそうですね。この部屋でも、私は自然体で過ごしております。こうしてセティ様と会話できるのも、この場のお陰かもしれませんね」
遠回しに、セイルティール様の実家に行くのは嫌ですと伝えたつもりなのだが、正確に伝わっただろうか……。
「でしたら、私も1つだけしてみたい事がありますの。聞いていただけるかしら?」
ダメだったようだ。
私の言葉はそのままの意味で伝わってしまったようで、逆にお願いをされてしまった。
……若しくは気付いていないフリだろうか?
まあでも聞くだけなら良いか。と、気軽に考えたのがいけなかった。
「勿論です」
「では…ユリアさん、此方へいらして」
「???」
恥ずかしそうに言う様子を不思議に思いながらも、言われた通りに近寄る。
目の前に着いた所で後ろを向くように言われて振り返ると、後ろから抱きしめられて引張られた。
私はセイルティール様の腕の中にすっぽりと納まり、セイルティール様はそのまま椅子に座り直す。
すると、後ろからスリスリされ始めた……………。
―――そんな訳で、絶賛抱き着かれている訳なのだが、誰も助けてくれそうにない。
まあ、私の羞恥心を除けば嫌な訳でも無いので、されるがままに受け入れる。
初対面の時の事を思えば、随分と変わった気がする。周囲の影響を受けていたとはいえ、この変わりようは凄いと思う。
感慨深く思っていると、耳元で囁かれる。
「ユリアさんの仰っていた事、わかった気が致します」
「………?」
「息が詰まる、というのが先程迄わかりませんでしたが、今ならわかりますわ。とても心が安らいでおりますもの。私は自覚が無かっただけでしたのね」
(自覚と言うよりも認識の問題では……)
此れ迄を思えば、セイルティール様個人の問題と言うよりも、周りの問題だった気がする。本当の所は知らないが、常に意識するようにと言われていても可笑しくないし、其れが普通だと認識していたのだと思う。……一種の刷り込みの様なものだ。
暫くして気が済んだのか、漸く開放される。
「ありがとう存じますわ。私、一度で良いからこうして抱きしめてみたかったのです。……本当は父や兄に抱きしめて撫でて欲しかったのですが、其れは叶いそうに御座いませんもの。ですので、こうしてもう1つの願いが叶い、大変嬉しく存じますわ」
「……いえ、お役に立てた様でなによりです」
公爵家ともなれば教育が厳しいのか、撫でられた事が無いのだろう。
小さい頃はよく母に捕まり、頭を撫でられていた私とは随分と違っていそうだ。
と言うより最早、妹的な扱いになっていないだろうか?
段々と、勝手に上がっていく親密度に戦慄を覚えるが、結構な時間が経ってしまっているので最後に聞きたい事を聞いて終わろう。
「セティ様、派閥は幾つ存在しているのですか?」
「…学院内での派閥ですか?」
「はい」
「そうですわね……。殿下の派閥はご存知でしょうから、省略致しますわね。先ず、私の派閥。学院を卒業した後、そのまま母の派閥へ吸収される予定ですわね。主に穏健派と呼ばれ、現状の維持に努めたり他派閥間の争いを仲裁したり致しますの。次に、アロワさん……アロワ伯爵令嬢の派閥。此方も学院の卒業後、伯爵夫人の派閥へ吸収されると思いますの。主に革新派と呼ばれ、現状に満足していない者達の集まりですわね。恐らくですが、新しい物を色々と生み出している実績を持つユリアさんを引き込みたくて噂を流したのかと……。其れから、アルギーニ伯爵令息の派閥。この派閥は学院内だけのもので、武力派という蔑称が付けられております。勿論、当人達は御存じありません。問題を物理的な力―――暴力で解決しようとする派閥で、一番危険だと思われます。ただ、階級だけは気になさるようで、御自分より目上の人には強く出ませんの。学院の卒業後は其々の親の派閥に分かれると思いますわ」
(まさか、今日の人も属してたり……?)
「後は、人数が少ないので学院では大丈夫だと思いますが、過激派と呼ばれるリーダー不在の方達もいらっしゃいますわね。裏で何かと手を回しているという噂が出るのですが、真偽は不明ですの」
「?…リーダー不在なのに派閥になるのですか?」
「不在なのは学院内でであって、外―――大人のリーダーがいらっしゃいます。接触は少ない筈ですが、裏で動くのは其れが理由かもしれませんわね」
(要注意って事かな……)
「ああ、そうでしたわ。最近発足された、ミルム子爵令嬢の派閥が御座いましたわ」
「どんな派閥でしょうか」
「……ごめんなさい、わからないのです。何故か表沙汰にせず、派閥に誘うのも本人が直接行っているみたいなのですが、目的を一切洩らさない徹底ぶりなんですのよ」
「ああいえ、責めている訳では……。教えてくださり、ありがとう存じます」
「いいえ、ユリアさんのお願いですもの。私にできる事なら、遠慮なく言ってくださいな。ただ、その……偶にで良いので、また先程の様に甘えさせていただけると嬉しいですわ」
「えーと…はい。私で良ければ……」
(頬を染めながら言わないでください)
頬を染めながら、期待するような視線で見つめられると断れない。
断ると物凄い罪悪感に襲われそうだ……。
私が聞きたい事も無くなり、時間ももう遅いからと言って解散する流れに持って行った。
見送りの為に部屋の前迄一緒に出ると、セイルティール様が私に向き直る。
「本日はありがとう存じます。ユリアさんが無事で良かったですわ」
「いえ、私の方こそご心配頂きましてありがとう存じます」
「父と会える日の調整が付きましたら、またご連絡差し上げますわね」
「――え」
「其れでは、ごきげんよう」
私が聞き返す前にセイルティール様は去っていく。
少しの間、私は思考停止して立ち尽くしていた。
ふと我に返り、現実に戻った私は諦めの様な感情が湧いて来る。
「……会うのは決定してたんですね」
「では、手土産の手配をしておきます」
「………そうね、お願いするわ」
取り敢えず、心構えはしておこうと私は思うのだった……………。
ブクマと評価、ありがとうございます。