番外編~素朴な疑問~
いつものメンバーでお茶をしていた時の事………。
「そう言えば、美男美女が多くないですか?」
「えっ、何の事?」
ふと、思い出したように突然の疑問を投げかけるイリス。
そして拾うルナリアさん。
其れを静観する私とフィーナ。
「ふと思ったんです。この学院に通ってる生徒って、殆どが美男美女じゃないですか?」
「……言われてみれば確かに」
「ですよね?…まあ、使用人の方達は普通、と言うか様々ですし、年齢層も違うのでちょっと表現し辛いですけどね」
「んー………。多分なんだけど」
「はい」
「ゲームだから、じゃないかな。この世界が…特に学院だからとか」
ゲームを参考にしてこの世界が創られた、という事は皆に話している。其れも、1つではなく複数が利用されている事も。
その事を話した時、心当たりのあるルナリアさんだけが「あぁ、そういう事か……」と何処か納得している感じだった。他の人の反応は様々で、ジャンル違いのものが一緒になって大丈夫なのか、といった斜め上の心配の声もあった。
「あっ、恋愛シミュレーションだから美形が多いって事ですか?」
「そう思うの。まあ育成ゲームでもあるけど、学院はその舞台な訳だし、登場人物は美男美女だし、立ち絵のある人はモブでも美形だったと記憶しているから、その影響じゃないかな」
「成程……言われてみれば、確かにそうですね」
イリスは納得がいったようで、話は其処で終わった。
フィーナが前世の記憶を取り戻して数日経った頃の事………。
「下着を作ろうと思うの!」
「………いきなりね」
お昼を済ませ、雑談に興じていたら、フィーナが急に力強く発言した。
確か、以前は服飾関係の仕事をしていたと記憶している。何かこだわりがあるのかもしれない……。
話の続きを促しつつ、紅茶を口に含む。
「この間、ユリアの胸を揉んだ時に思ったの―――」
「――んぶっ!!?」
口に含んだ紅茶を吐きかけた。
勢いでカップの中身は少し零れてしまったが、口の中身はギリギリで何とか堪えた。飲み込んだ後、少しだけ紅茶が気管に入ってしまい咽る。
「っ、こほっ、ん゛ん。きゅ、急に何を―――」
「ど、どういう…何時ですか!?」
「そんなうらやまけしからんことを、何時の間に……」
私の言葉を遮り、イリスがフィーナへ詰め寄る。……目力が強い。
ルナリアさんも、何故か戦慄いている。
「いえね、記憶が戻ってすぐの時、ユリアが余りにも立派な胸を持ってたもので、つい………」
「「あ~……」」
フィーナの言葉に納得して、私の胸を見る2人。気の所為でなければ、ちょっと恨めしそうに見える。
その視線を受け、私は3人の胸を順に見遣る。
ルナリアさんとフィーナは、絶壁と言っても過言ではない。
イリスの膨らみも僅かだが、年齢からすれば未だ希望があると思う。正直私は、程良い大きさで良いんじゃないかと思っている。
そんな私の視線に気が付いたのか、フィーナがジト目になって私に言う。
「持ってる者にはわからないのよ……」
「っ……そ、其れで、下着がどうしたって?」
此れ以上は不味いと思い、強引だが話題を戻す事にした。
「あ、そうだった。胸を揉んだ時に、感触が変だなーって思ったの」
「?………変ってどういう?」
「感触が…こう、ワイヤー程でもないけど、硬い感触が不規則に並んでいて、支えているって言うよりも―――」
「――単に胸を覆ってるだけ?」
「そう!そんな感じなの!!」
「……そうね。私達の知るブラジャーみたいな良い物ではないのは確かだと思う」
他は知らないが、この国に出回っている下着に機能性とデザイン性は無い。単に、布に針金みたいな物を編み込んで形を作っているだけだ。
女性物の下着には詳しくないが、良い物ではない事はわかる。恐らく、フィーナ的にはアウトな作りなのだろう。
「だから、私が作るのよ!」
「其れはわかったけど、当てはあるの?」
意気込むフィーナに、ルナリアさんが冷静に突っ込む。
「……………ユリア、何処か伝手とか無い?」
「伝手って、仕立て屋の事?」
「ううん、其れだと自身で手掛ける迄時間が掛かっちゃうから、素材の方かな」
「素材………」
素材だけで良いのであれば、私の商会を使って取り寄せられるかもしれない。
デザインだけして後を任せる事もできるけど、フィーナは自分で作りたいようだ。
「生地って何があるの?」
「うーん……シルクは未だ見つかってないかな。リネンなら、私の商会でも取り扱ってるけど」
「リネン…亜麻か……。まあ、絹は蚕がいないとね。養蚕業なんて聞いた事無いし……」
「あ、あのー……」
「「ん?」」
私とフィーナが生地の素材について話していると、ルナリアさんが声を上げた。
「蚕について…心当たりがあって」
「えっ、本当!?」
「ええ、私の家の近くで、害虫扱いになってる白い色の蛾が大量発生するんですよ」
「白い蛾……それって」
「はい。多分蚕が成虫になったらそんな感じですよね」
「そうね。……でも、一応確認しないと。其れに、野生の蚕って……」
「ですよね。私もそう思って半信半疑なんです」
蚕は、繭から絹糸を得る事ができる。ただ、私の知っている蚕は野生では生きられない。完全に家畜化された虫で、自力で餌を得る事もしない。しかし、この世界でもそうであるとは限らない訳で、結局は実物を見てみないと何とも言えない。
ルナリアさんも、恐らくは同じ思いなのだろう。
「まあ、取り敢えずはある物でやってみる?」
「え?…私から言い出した事だけど、良いの?」
「勿論。正直偶に痛い時あるし、良いのができるのなら嬉しいから」
「「「……………」」」
3人共黙り込み、私を見つめてくる。
何か変な事を言っただろうか………?
「そ、そう言えば、何で服は色々な種類があるのに、下着は違うんでしょうかね?」
微妙な空気を察してか、イリスが話題を変えてきた。逸らしきれていないのは、動揺している所為かもしれない。
「確かに……普段着もそうだけれど、ドレスも見慣れた物が結構あったよね」
「そうね。其れこそ時代が関係無いと言うか、流行っていう流行も無さそうだったし」
「でも、やっぱり年代で傾向は違ってる気もしますよ」
フィーナ、私、ルナリアさんの順だ。
ルナリアさんの言葉に、私達がへーといった表情をしていると、胡乱気に私を見つめながらルナリアさんが続ける。
「ユリアさんも、社交の際に見た事があるんじゃないんですか?」
「ぁー……イヤ、ドーダッタカナー………」
その視線に耐え切れず、私は目を逸らしながら言葉を濁す。
理由を付け、毎回社交の誘いを断っていた私は、夜会は当然ながら他家でのお茶会にも参加した事は無い。強いて言うならば、王妃様とセイルティール様の個人的なお茶会をしたくらいだが、前者は王城内だし、後者は学院内だったので人も少なく、着飾った人を見る機会は全くと言って良いほどに無かった。
「どうせ、何のかんのと理由を付けて断っていたんでしょう」
私の様子から感付いたのか、フィーナに断言された。
「……貧乏貴族の娘である私ですら、嫌々ながらも参加していたのに………」
「まあまあ、ユリアは前からそんな感じだったから、断り慣れているのよ」
(失礼な……)
やや気落ちしたルナリアさんを慰めるフィーナ。
だがしかし、その内容には意義を申し立てたい。前世の時は、確かに殆どの誘いを断っていたが、ちゃんとした理由あっての事で、今世のように態々断る為に理由を探したりはしていない。
ただ単に、面倒事が嫌いだっただけである。
結局、下着についての疑問はそのまま有耶無耶になった。
魔法の修練をしていたある日の事………。
「………もう一度言ってくれる?」
「む?……座標指定は使わんのかの?」
「えーっと……詳しく」
日課を熟し、魔法の精度や速度を上げる為に試行錯誤していると、突然ティアがそんな事を言い出した。
具体的な名称が決まっている魔法は、実の所少ない。と言うのも、必ず同じ規模で同じ現象が起きるものが少ないからだ。
火球や水球の様に、種類で大別されたものは結構存在するのだが、今ティアが言ったような固有名称があるものは珍しい。其れに、そういった魔法は一子相伝であったりする事もある。
名称から、どんな魔法か大体の予想は付くが、私は詳細を尋ねた。
「その名の通り、座標を設定して他の魔法を遠隔で発動させる事ができるのじゃ」
「遠隔って事は見えない場所でもって事?」
「うむ。魔力の続く限り有効じゃから、応用の幅が広がるのじゃ」
「でしょうね。……でも、ティアは魔法使えないよね?」
「使えぬが、知識はあるのじゃ」
「………成程」
早速、私はティアから教わる事にした。
座標は、点と範囲のどちらかで指定する事ができる。単体では、何の意味も無い魔法なのだとか。
イメージとしては、印を指定する座標に刻み込むのだそうだ。
点の場合、其処を中心にして発動する。比較的簡単で、魔力消費量が軽微。
範囲の場合、その内側に作用して発動する。やや難しく、魔力消費量が指定範囲に比例して増大する。
一度設定すると、脳に直接刻み込まれるのか、繋がった感覚が消えない。そして、複数設定する事も可能であった。
周囲への被害や影響を考えないのであれば点で、限られた空間や影響を及ぼすと不味い場合は範囲で指定するのが良さそうだ。
「主様は覚えるのが早いのじゃな」
「そうなの?」
「うむ。……因みに、目標指定という似て非なるものもあるのじゃ」
「………其れも教えて」
ティアの後出し情報に呆れつつも、好奇心には抗いきれずに尋ねる私。
座標指定と違い、目標指定は物体限定ではあるものの、視認さえできれば発動でき、紐付けた魔法に追尾効果が加わる。つまり、対象が動いていても的中させる事が可能となり、紐付けた魔法―――射出系のみ―――を雑に発動しても問題無くなる。
魔力消費量は軽微なので、コスパを考えると戦闘では此方が重宝されるそうだ。
「なら、この魔法は珍しく無いの?」
「む?………知らぬ。少なくとも、妾の知識に該当する者は1人じゃ」
(其れって結構レアなのでは………?)
何人分の1人かは知らないが、聖国の軍を壊滅させておいて該当者が1人と言うと、物凄く珍しいような気がしてきた。
(ま、良いか……)
今更でもあるし、気にしても仕様が無い。
使ったかどうかも、魔力視が無ければ見えないので大丈夫だろう。
兎に角、便利な事には変わりないので、精々有効活用しよう。
ティアも応用の幅が広がると言っていた。特に、座標指定は遠隔で目視できなくても使える訳だから、一度設定さえしてしまえば―――
(――ん?)
遠隔……目視不要………魔力の続く限り…………という事は―――
「――よし、試そう」
「む?」
「ちょっと待ってて、すぐに戻るから」
私は、思い付くままに試す事にした。
先ず、学院寮の私の部屋に転移する。取り敢えず、場所は何処でも良いので机の上に鉱石を置いて座標指定を設定する。
次に、元の場所に戻ってから目の前の足元に座標指定を設定する。規模は先程と同じだ。
最後に、今設定した2つの座標指定を対象にし、転移を発動した。
「おぉ、できちゃった」
「……ほう」
私の目論見通り、目の前には先程学院寮の私の部屋に置いてきた鉱石が出現した。
もう一度発動すると、目の前から鉱石が消える。更にもう一度発動すると、鉱石が出現する。
(輸送に使えそう……)
今の所、商品等で必要な物―――主に宝石―――は大量に亜空間に放り込み、必要量だけを出すようにしている。しかし、此れを利用すれば、態々私が移動する必要が無くなる。
連絡は魔具を作れば良いし、保管用と別で転送用の倉庫を設ければ問題も無さそうだ。
幸い、座標指定は空間に設定できるので、範囲内に送りたい物を置けば良いだけだ。
(でも、念の為……)
鉱石を座標指定の範囲から半分出た位置にずらし、転移を発動させる。
(……良かった)
鉱石は丸ごと移動した。どうやら、範囲内に一部でも入っていれば対象になるみたいだ。転移の性質はそのままだったようで、もし誰かが中途半端に足を踏み入れた状況で発動しても、グロテスクな状態にはならなさそうだ。
「主様は面白い事を考えるのじゃな」
「そう?」
物体を移動させる事の何が面白いのかわからないが、ティアが瞳を輝かせながら楽しそうに言う。
「妾も、其れをやって欲しいのじゃ!」
「………え?」
其れって何だろう……と、本気で考えてしまった。
いや、言いたい事はわかるが、ティアには魔法が作用しない。原因が判明しないまま今に至るのだが、ティアは忘れているのだろうか……。
「ティアには魔法が効かないでしょうに」
「うむ。そうらしいが、物は試しなのじゃ」
やや興奮気味なティアは、とてもワクワクしているのが伝わってくる。ただ其れだけに、ダメだった場合を考えると少々申し訳なく思ってしまう。
「一度…一度だけで良いのじゃ」
「……まあ、其処迄言うのなら」
勢いに押されて了承してしまった。
でも、試すだけだから別に構わないかと思い直す。
ティアを囲うように範囲を設定して座標指定を行う。
いつもなら、ティアに魔力の干渉が起きた瞬間に崩壊して吸収されるのだが……。
(――あれ?………消えない)
座標指定はそのまま保持されている。
不思議に思うが、ティアが視線で促してくるので次の座標指定を行う。場所は、目算で20メートル程離れた位置。
繋がった事を確認した私は、そのまま転移を発動させる。
どうせ作用しないだろうと思っていた私の考えは―――――裏切られる事となった。
「おお!!…景色が一瞬で変わったのじゃ!」
此れは楽しいとはしゃぐティアを眺める私。その表情は、余り他人に見せられるものではないだろうという自覚がある。普段なら、はしゃぐティアを見て可愛いなぁと、のほほんとした気持ちになる所だが、今はそれどころでは無い。
魔法が発動した事自体は良い。座標指定は必要だが、此れでティアが一緒でも転移で移動できるから。しかし、何故作用したのかがわからない。
その後、座標指定の点での設定や目標指定を試すも、どちらもダメだった。
ティアの魔法無効体質の謎が、更に深まるばかりであった……………。
ブクマと評価、ありがとうございます。