十歳になりました
日々精進、そういった気持ちで頑張り続けて早くも5年が経ち、10歳になりました。
覚えが早かった様で、家庭教師の授業が3年で終了しました。まあこれも前世の記憶のおかげでもありますね。
他に、ケンとリンも使用人として正式に採用されたり、コッタとサテンの栽培が安定し、品種改良を開始したり、一部の管理をケンに任せてみたり、忙しくも楽しい時間を過ごして来ました。勿論砂糖の精製も行いましたが、上質には後一歩と言った所でしょうか。とは言え十分使用できる品質ではあるので、料理人に頼んでお菓子を試作して貰っています。
一方で、物足りない事もあります。その理由が卵で、この国には食用の卵が存在しません。そして最適な鳥——ニワトリ——も居ないので、他の国へ訪れて探すしかないかなと思っています。
え?諦める?………無いですね———
「ユリアお嬢様、招待状が届いています」
国外への訪問を、何とか理由を付けて実現できないか考えていると、ケンが招待状を持って部屋に来た。
「………何処から?」
「伯爵家からが2通、子爵家からが1通来ております」
(むぅ……社交なんかやってる暇無いのに)
「全部断ります」
「………宜しいのですか?」
「良いの、理由はそうね………体調が余り良くないから、馬車での移動に耐えられない事にしましょう」
「……左様で」
「あら?何か言いたいのかしら?」
「いえ、何も」
「失礼ですよ!兄さん!」
「……あーはいはい」
途中迄黙って聞いていたリンが、ケンの雑な対応に我慢できなくなって口を挟んできた。
最近リンは兄であるケンよりも、私を優先する様になってきている。仕える以上それは当たり前の様な気もするが、私の意見を全肯定するので、何となく度が過ぎていると思う。
それに比べるとケンは必要な時には丁寧に、今みたいに他の人が居ない所では少し砕けて話す事がある。
「まあ、態々こんな国の端にある領地に招待状を送る理由も、何となく察せるのよ」
「?理由、ですか?」
「ええ、今私が行っている砂糖の精製に関して、何処からか情報を掴んだのでしょうね。それで、あわよくば自分も一枚噛もうとしてる人が、娘を使って取り入ろうとしてるんじゃないかしら」
「ユリアお嬢様がやってると気付いて?」
「それは無いと思うわ。…恐らくはお父様が進めてる事業だと思って、その娘が丁度良い年齢になったから、社交に誘い出そうとしてるのよ」
「………そういうものですか」
「さて、お断りの返事を書くからレターセットを持って来て」
「畏まりました」
「あ、あと書き終えたら町に行くから準備もお願いね」
「では準備の方は私がしますね」
「ええ、宜しくね」
断りの返事をそれっぽく書き上げ、ささっと準備をしていると、部屋へ向かって慌ただしい音が聞こえてきた
「——アお嬢様、お待ちください!!」
ガチャッ
「おねーさま!!」
「あら?ミリア、どうしたの?」
「あっ、ユリアお嬢様申し訳ありません!お止めしたのですが、ミリアお嬢様を止められず………」
「ふふっ、構わないわ。……それで、どうしたの?ミリア」
ミリアは5年前に産まれた私の妹で、とても愛らしい子だ。時間がある限り構い倒していたので、今では家族の中で一番懐かれている。
「おねーさま、ミリアとあそんでください!」
「うーん、ごめんねミリア、これから町に出掛けるのよ。帰ってきたら一緒に遊びましょうね」
「でしたらミリアもいっしょにいきます!」
「……えっとね、お姉ちゃんは遊びに行く訳じゃ無いから、つまらないわよ?」
「ミリアはおねーさまといっしょにいられればうれしいのです!!」
「まあ!!」
ひしっ!!———と思わず抱き締めてしまった
(妹が可愛すぎて辛い!!)
「そうね、なら着替えていらっしゃい。待っててあげるから」
「はい!すぐにまたきますね!!」
「ユ、ユリアお嬢様、宜しいのですか?」
「良いわ、今日は見て回るだけだから、早めに帰って来る様にするわ」
「畏まりました」
走って行った妹を見送り、さて何処を見て回るかと計画を立て直す。暫くすると、ミリアが使用人を連れ立って戻って来たので、他の使用人に父へ外出する事を伝えさせて町に繰り出した———
何度も町に繰り出した甲斐もあり、お忍びでありながらも町の住人には領主の娘であるとバレてはいるが、言及しないという暗黙の了解が出来上がっている。なので、服装で町娘スタイルの場合なら、気さくに話し掛けて貰えるほどになっている。
「おや、お嬢ちゃん今日は妹さんと一緒かい?」
「ええ、一緒に見て回ろうかと思ってね」
「そうかい、仲が良くって羨ましいね」
「ふふっ、でしょ?」
通りを歩いていると、こんな感じで顔馴染みとなった八百屋の店主が話しかけてきたりする。フランクに接する方が楽なので、とても助かっている。
「おねーさま、ひとがいっぱいです」
「そうね、いっぱいね」
「おねーさま、たべものがいっぱいです」
「そうね、いっぱいあるわね」
「ユリアお嬢様、会話がバカみたいです」
「………ケン、もう少し遠回しな表現にしなさいよ」
「失礼しました」
「?……おねーさま?」
「何でもないのよミリア。……あのお店に行きましょうか」
遠慮の無い物言いのケンをジト目で見ていると、今回の目的地に近付いていた。ここ最近訪れるようになったお店で、他国の商人から色々な情報を得ているので、大変為になっている。
「失礼しますわ」
「しつれいしますわ」
「ん?おや、いらっしゃいな」
私の言葉を真似る妹に癒されていると、お店の奥からお姉さんと言っても過言でない程に若く見える店主が出てきた。
「お久しぶりですインティアさん。今日もお買い物ついでにお話を聞かせてくださいな」
「よく言うわ、買い物の方がついででしょうに」
「あら、そんな事ありませんわよ」
「それで?今日は何が聞きたいんだい?」
「鳥について、何かあれば聞きたいです」
「あぁ、前に言ってた飛べない鳥かい?」
「はい」
以前訪れた際に、他国に生息する鳥の話が聞けたので、ニワトリの特徴に近い種を調べて貰う様お願いしていたのだ。
前世でのお菓子を再現するにも、自分の知っている範囲では卵が必須であり、何より卵料理が食べたいという思いもあるので、可能な限り早めに知りたい。
「2つ隣の国にグッテンという国があってね、この店もそこからの輸入商品があるわけだが………」
インティアさんは途中で言葉を止め、視線をこちらに移した——
「ふふっ、それではこの癒し草を全種1束ずつくださいな」
「あいよ、ならサービスしたげようかね」
「ありがとうございます」
聞けばグッテンでは放牧を含む飼育や林業が盛んな国らしく、その中には食用の鳥もいるとの事。放牧にも関わらず逃げ出さないので、飛べない鳥かもしれないそうだ。
ただその内容の詳細がわからないので、実際に行ってみるしか無いかもしれない。
「今日も為になるお話ありがとうございました」
「そうかい、年頃の娘が聞くような内容じゃないと思うけどね…」
そう言いながらインティアさんは苦笑していた。
「それでは失礼しますわ」
「またおいで」
店員さんが纏めてくれた癒し草を受け取り、ケンが支払いを済ませるのを見てからお店を出る。
知りたい情報を得たので、帰る事にして馬車へと乗り込む。
「おねーさま、すごいです!」
「ん?どうしたの?」
「ミリアにはおはなしがむずかしくてわかりませんでした」
「あら、ミリアもこれからお勉強を頑張ればわかるようになるわ」
「ほんとうですか?」
「ええ、だからしっかりとお勉強してね」
「はい、……がんばりましゅ……おね………しゃ……ま」
「眠いの?ミリア」
「ぃえ、……おね…しゃま……あそばにゃ……いと………」
「帰るまで横になってて良いわよ」
「ふぁ……ぃ」
ミリアがうとうとし始めたので、私の膝にミリアの頭を乗せ、ゆっくりと髪を梳くように頭を撫でると、すぐに寝息が聞こえてきた。
妹の可愛さを堪能しながら、家に着くまでの時間を過ごした———
帰宅後、妹を使用人に預けて自室へと戻り、スーと戯れて時間を潰していた。
その後夕食にて——
「ユリア、5日後に王都へ向かうから、そのつもりで準備をしてくれ」
「?王都に………ですか?」
「ああ、ユリアも10歳になったからな、王都でのお披露目に参加しないといけないのだよ」
「必ず参加しないといけないのですか?」
「そうだね、これは貴族子女の義務なんだよ」
「………お父様」
「なんだい?」
「王都までどのくらいで着きますの?」
「ふむ、だいたい2週間といったところかな?ユリアは初めて行くからね。途中の休憩は多く必要だろう」
「2週間ですか………」
「ん?どうしたんだい?」
「お父様はどのくらいで行っておりますの?」
「俺かい?俺はだいたい1週間と4日だね」
「そう……ですか」
休憩は馬車の揺れが疲れる原因だし、緩衝材はあるけどサスペンション程の性能は無い。でも長旅になるなら、少しでも近いものを作って楽にしたいとも思う
「お父様、馬車を1つ貸してください」
「馬車を?……それは構わないが、どうするんだい?」
「少し試したい事があるのです」
「………壊さないようにね」
「はい、ありがとうございます」
要望が通り、ほくほくしていると、ミリアがしょんぼりしているのが見えた
「ミリア、どうしたの?」
「おねーさまとあそびたかったのに、ねてしまいました」
「……………」
(や、やばい!可愛すぎる!!ほっぺつんつんしたい!!!)
「ミリア、ユリアとはまた明日遊んでもらいなさい」
「……はい」
「ミリアちゃん、お母様とも遊びましょう?」
「おねーさまとがいいです」
「ミ……ミリアちゃん………」
ずーんという音が聞こえそうな程落ち込んでしまった母、ミリアに悪気が無い分余計にダメージが大きいのだろう。
父が母を宥めながらその日の夕食は過ぎていった———
「んー、こんなものかな?」
王都行きを聞いてすぐ、サスペンション作りに取り掛かった。
材料を揃えるのは簡単だったが、スプリングを作るのに苦労した。他のアーム等はサイズ調整するだけで良かったが、スプリングに関しては強度や伸縮性の調整が難しかった。それでも何とか出発前には間に合った。
「おねーさま、いっちゃうの?」
妹が潤んだ瞳でこちらを見ている!
「ミリア、お姉ちゃん用事を済ませたらすぐに戻って来るから、良い子にしてるのよ」
「ゔぅ……」
「お土産買ってきてあげるから、ね?」
「………はぃ」
妹の頭を撫でて落ち着かせ、自室へ戻る様促す。
この調子で大丈夫かなと心配になるが、母は家に残るそうなので何とかなるだろう。
因みに、私付きだったセシリアは今妹に付いている。
「さて、着替えましょうか」
「準備はできております」
「では行きましょう」
自室に戻って着替えを済ませ、父の準備が終わってから荷物を馬車に積み込み、王都へ向けて出発した。
「………?」
馬車が走り出してすぐ、父が視線を彷徨わせ始めたので、何となく理由に当たりを付けながらも聞いてみる
「お父様、どうなさいました?」
「ん?あぁ、いやなに、随分と揺れが無くなったなと思ってね」
「ふふっ、馬車をお借りしたのは、長旅になるのなら少しでも揺れを無くして、疲れ難くしたかったのですわ」
「ふむ、まさかこうなるとは思わなかったな。それで、これはいくら掛かったのかな?」
(いくら?………ああ、お金かな)
「……材料も珍しい物は使っていませんので、原価はせいぜい銀貨2〜3枚程度ですわ」
「………そ、そうか……手間は、どうなんだい?」
「?手間は試行錯誤したので、それなりですが、次から造る分には数刻あればできますわね」
それを聞いた父は、考え込む様に目を閉じて顎に手を当てていた。
「?」
「………ユリア」
「はい?」
「商会をやってみないか?」
「私が、ですか?」
「ああ、以前言っていた事を実現するのにはお金が必要になる」
「そうですね」
「それに、ユリアは自分で言っていた事を実現しつつある。それも商品として売れる物になってきている」
「ありがとうございます」
「そこでだ、本当なら私の事業を一部任せる予定だったが、いっその事自身で商会を立ち上げるのも良いだろう」
確かに砂糖は売れるだろうし、馬車にサスペンションを付けるのもそれなりに需要があると思われる。
自分で自分が自由にするお金を稼ぐ方法としては、一番良いだろう。しかし、疑問もある。
「あの、私の歳で商会を立ち上げられるのですか?」
「問題は無い、必要な手続きは俺がやっておくから、ユリアは商会の名を考えておくと良い」
「……ありがとうございます」
そんなに簡単に商会ができるわけないと思うが、父が言うのなら何か方法があるのだろう。
思わぬ展開ではあったが、都合が良いのも事実なので、商会を立ち上げる方向で今後の計画を軌道修正する事にした———