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閑話~報告と苦悩③~

 王城の執務室。

 話し声は無く、国王がカリカリと書類に書き込む音や、トンと決裁印を押す音が聞こえる。今処理しているものは、国王自身が判断しなければいけないものだ。

 聖国の事は気になるが、今は自国の事に専念して仕事をしている。

 集中力が切れ、一度休憩を挟もうと顔を上げた時、外が少々騒がしい事に気が付いた。


「………何かあったのか?」


 国王のその言葉に、傍らで書類を確認していた宰相も今気が付いたとばかりに視線を外へ向ける。


「確認して参りましょうか」

「頼む」


 国王の頼みを了承した宰相が、扉を開けて執務室の外へ出る。

 その間、座り続けた事で凝り固まった体をほぐし、軽く伸びをする。

 骨が鳴る音を聞きながら、残った書類に目を向ける。


「漸く半分か……。次から、もう少し息子に仕事を回すか」


 国璽を使用するものは未だ回さないが、その他であれば今より増やしても良いだろうと国王は考える。既に、王太子であるライデルの方が、国にとって良い判断ができるようになっていると思っている。ライデルに少しずつ仕事を任せ、自身は早めに王位から退こうと考えているのだ。

 国王は、今は未だ何とかなっているが、その内取り返しのつかないボロを出しそうだと不安に思っていた。と言うよりも、以前ライデルに指摘されたように、ユリアの件で少々やってしまっている。感情的に行動したせいで、優先順位を間違えた。更にその後、不用意な発言で王妃に(たしな)められてしまった。

 未だ誰にも伝えていない目論見を考えていると、外に出ていた宰相が戻って来た。


「どうだった?」

「その、何と言いますか……」


 宰相は一旦言葉を切り、扉付近に控えている兵士を横目に、国王へ耳打ちする。


「スィール殿下の事で、不明瞭な噂が出回っているようです」

「………何?」

「聞いた話によると―――」


 その噂の出所は学院生で、最近何かと騒動を起こしている令嬢と懇意にしているというものであった。

 原因は先日行われた卒業パーティーで、スィールがその令嬢をダンスへ誘った事だ。其れも、未だ婚約者のいないスィールからすると、特別な意味を含むファーストダンスの相手に選んだというものだ。更に、その際に使った誘い文句が良くなかった。

 話を聞いていると、その令嬢はユリアの事だと国王は推測した。しかし、噂はどうにも変な内容になっているようだと感じた。

 噂をそのまま信じると、ユリアと思われる令嬢がスィールの誘いに対し、嬉々として応じた事になっている。しかし、婚約の打診を断られた身としては、この内容は到底信じられるものでは無かった。取り付く島も無い程にバッサリと断られたのだ。

 国王からすると、今更ユリアが手の平を返すとも思えない。ここ最近の動向でも、以前から心変わりした様子は見受けられない。

 所詮は噂に過ぎない、と国王は其れ以上考えるのを止めた。


「どうされますか?」

「どう…とは?」

「いえ、噂の真偽は兎も角、このまま放置すれば要らぬ憶測を呼びますよ。其れに、この近くで騒いでいたのも、陛下の耳に入れて反応を伺おうとしているようでした」

「………連中には釘を刺しておけ」

「はい。……他はどう致しますか」

「後は何もしなくて良い。自分で蒔いた種だ、他の対処も含めてスィール自身にやらせる」


 宰相は国王に「何言ってんだコイツ」といった視線を向ける。国王もその視線には気付いているが、素知らぬふりをして未決裁の書類を手に取る。

 国王も過去に、現在の王妃に対してアプローチする際、周囲への影響を考えずに行動して叱られた経験をしている。

 当時婚約相手の公爵令嬢であった王妃には、表立って対立できる存在は幸いにして存在しなかった。なので、本来であれば人前でのアプローチはそれ程必要なく、仲睦まじさを見せられれば十分であった。

 当時王太子になる事が決まりかけていた国王は、その実王位に魅力を感じていなかった。その責任を重く感じ、又自分には向いていないと思っていたのだ。だからか、国王は周囲の目も気にせず、必要以上に積極的に王妃へのアプローチを開始した。何かと理由を作っては王妃の下へ訪れ、贈り物や食事の誘い等多岐に渡った。その内に、元から王妃に好意を抱いていた国王は、完全に本気となり溺愛し始めた。

 それらは良い意味でも悪い意味でも、周囲を騒がせる原因となっていた。

 ――恋に盲目な馬鹿王子。

 周囲からの評価は徐々に下がり、王太子は他の王子から選ばれるのでは?といった憶測も出ていた。

 だが、その評価を変えたのが王妃であった。

 馬鹿王子をフォローする手腕が見事に評価され、この令嬢が支えるのであれば問題無いとの見方になった。その結果、学院の卒業と同時に立太子式が執り行われる運びとなった。

 この時点で、国王の目論見は潰えた。

 けれど、王妃にべた惚れになっていた国王は、王妃と一緒になれるのであれば其れも良いかと思い直していた。同時に、将来息子が成長し、王位を早々に譲って自分は退こうと決意した瞬間でもあった。


「……まあ、今の身分差から気にしていない者は良いですが、面倒なのは色々と察してすり寄って来る者達でしょうな。裏で手を回されると厄介です」

「同じ事だ。あいつの今後次第だろう……」


 ユリアへ婚約の打診をして断られた事実を知る者は少ない。

 成立してもしなくても、騒ぐ者が出る事は予想が付いていた為に、秘密裏に行われていたからだ。

 当然ながら、宰相は知っている側の人間である。ユリアについての情報もある程度共有しているので、現状を詳しく知っている数少ない人間でもある。

 なので、スィールがユリアに好意を持っている事も、国王と王妃が婚約を容認するどころか推奨していたという事も知っている。そして其れが思うようにいっていない事も……。

 国王としては、ユリアには是非ともスィールに絆されて欲しい。その為ならば、多少他の貴族からの干渉があっても良いとさえ思っている。多少の面倒事も、王家の悲願が叶うのならば問題無いと判断しているのだ。

 しかし宰相は、王家の悲願を知らない。

 その所為で、国王と宰相は重要視する点が違っていた。そのまま、お互いがすれ違った意見を持っている事に気付かず、話が進んでいった……………。





「………見張りはどうした」

「申し訳ありません。門番だけでなく、増員していた警備の者も誰も目撃しておりません」


 一枚の報告書を片手に、国王が誰にともなく尋ねた。その声が、いつもより低いのは状況が最悪に近いからだろう。

 報告書には、教皇がこの国に侵入した可能性が高いと書かれていた。

 この場には、国王の他に宰相を含んだ各大臣が揃っている。答えたのは軍務を預かる者で、今回国境の警備増員と配置の指揮をしていた。しかし、実際にこうして報告を送ってきたのは、教皇と襲撃者の行方を捜索していた諜報部隊からだった。

 軍部としては面目丸潰れである。

 しかし、問題は既に其処には無かった。


「聖国を落とした者も、既に侵入していると思うか?」

「……いえ、其れは未だかと…。もし入国していれば、既に何処かしらが被害に遭っている頃かと思われます」


 聖国を襲撃した者が教皇を追っている事は周知の事実であり、最も警戒しなくてはならないのがその襲撃者だ。何故教皇を追っているのかは知らないが、その所為でこの国に甚大な被害が起こるのは看過できない。

 本音を言えば、教皇がこの国へ密入国する前に取り押さえ、襲撃者の注意を逸らす為にもできるだけ遠くへ放逐したかった。だが残念な事に、既に手遅れだ。

 急ぎ教皇を探し出し、此れ以上面倒な事態になる前に何とかしなければならない。


「国境の警備はもう良い。教皇の捜索を第一とし、その他は通常警戒態勢に戻せ」

「は……?しかし、其れでは襲撃者への対応が………」

「聖国は抵抗敵わず滅んだのだ。態々被害が増えるような事をする必要は無い」

「其れは……」

「最早一刻の猶予も無い。急ぎ教皇を探し出し、捕縛せよ。最悪の場合、生死は問わぬ。何を目的にして追っているのかはわからんが、国外に持ち出せば状況は変わるだろう」

「その…いえ、承知致しました」


 軍務卿が「楽観的ではないか?」と言いそうになったが堪えた。今この場で反論しようものなら、代替案を出さねばならない。しかし情報の少ない現状では、最善と言える提案ができるとも思えなかった。

 そのまま会議は終わり、具体的な対策は教皇の捜索のみというお粗末な結果となった。



「――という訳だ」

「……そうですか」


 その夜、王妃に会議の内容を話す国王。

 話を聞き終えた王妃は、心なしか呆れた表情になっている。


「………何だ?」

「らしくないと思いまして」

「?」

「いつもであれば、必ず誰かの意見を聞いて話を進めていたのではありませんか?」

「……………」

「何かございましたか」


 国王は、少し悩んだ後、自分の思惑を話す事に決めた。後々知られた時の事を考えると、今告げておいた方が良いと判断したのだ。

 息子に王位を早めに譲ろうとしている事。

 やや強引だが、その為に少しずつ政務の割合を移そうとしている事。

 今回の件を切っ掛けにしようとしている事。

 王妃は、最初の方は呆れているだけであったが、最後には微笑みながらも威圧感を出していた。


「陛下が王位を退きたいのは理解致しました。少々早い気も致しますが、今のライデルなら問題は無いでしょう。…しかし、今回の件を利用するのはお止めくださいな」

「な、何故だ?」

「ユリアが狙われる可能性が無くなった訳ではございません。なのに、もしもが起こり得る事はなさらないでくださいな」

「い、いやしかし……」

「しかしではございません!……どうしてもと仰るのでしたら、賊を捕らえる指揮をライデルに執らせれば宜しいのです。そも、現状で反対するのは宰相くらいのものでしょうに」

「え?……そ、そうなのか?」

「そうです。陛下に不満を持つ者こそ居りませんが、陛下が退く事に異論のある者も又居りませんよ」


 王妃の、歯に衣着せぬその物言いに、国王はショックを受けていた。少なからず反対されると思っての行動が、その実意味を成さないと言われたのだ。

 そして、王妃のその言葉も真実であった。

 臣下の中に、現国王に対する不満は無い。だが、退くと知って引き留める者は宰相くらいであった。

 対して、王太子であるライデルの評判は良い。一部の者達の間では、現国王を超える逸材だと広まっている程である。王位継承に反対する者はいないだろう。

 王妃からの、説教じみた説明を受け、国王はしょんぼりとして落ち込んだ。


 ――後日、王妃と王太子がユリアと面会した事を知った。更に暫く後、ユリアを含む学院の生徒が襲われたという情報が入った。





「今すぐユリアを呼びましょう」


 ある日、次々と届く教皇の情報を国王が整理していると、王妃が急ぎ足で現れてそう言った。


「……随分と急だな」

「あら?例の襲撃者の情報は手元に来ていないのですか?」

「例の………聖国を襲った者が出てきたのか」

「つい先程の事ですよ」

「…………………は?」


 唐突に(もたら)された情報に固まる国王。

 既に情報を得ているのでしょうといった感じで王妃が言った為、少なくとも数日前に出てきたものだと勝手に思っていた。

 だが、その情報は先程起こったものだと告げられ混乱してしまう。


「ユリアの監視に就いていた者からの緊急連絡がありましたの。今は、学院へ向けて出発した頃だと思われますわ。早めに準備してくださいませ」


 矢継ぎ早に言われ、国王は未だ納得していなかったものの、王妃が言うのならと召喚状を用意した。

 同行者がいる場合は、一緒に呼ぶようにと伝えて兵士を送り出す。

 その他の事は、王妃が嬉々として準備の指示を出していた。

 準備が終わった後、未だに頭の整理ができていなかった国王は、王妃に確認を兼ねて詳しく聞く事にした。すると、学院生が授業の一環として遠出した先で遭遇したと言う。場が騒然としたものの、幸いにして被害は無かった。但し、ユリアがその場に居なければ、どれ程の被害が出たか計り知れなかったと言う。

 その内容に、国王は余計に頭が混乱した。


「ユリアは何をした?」

「全く存じ上げませんの。見ていた者も、何が起きているのか理解できなかったそうです。ただ、教会の者は成す術無く一瞬でやられたそうですよ」

「騎士が一緒だったのだろう?……奴らは何をしていたんだ」

「止める間もない程に動きが早かったそうです。其れから、ユリアを庇おうとして1人倒れた娘も居るそうで、同じく一瞬の出来事だったとか。ですが、ユリア自身は一度ふらついただけで無事だったそうですよ。……倒れた娘も、ユリアが治療したと聞きましたので恐らく無事でしょう」


 被害が無いのならと、国王は無理矢理自分を納得させた。どの道この後会うのだから、詳しくは本人に聞こうと……。

 そう思った矢先、頭の痛い情報が追加で入った。教皇を見失ったというもので、姿隠しの魔具を使用した可能性が高いようだ。

 先日、バートン家の者達が牢から姿を消していた。様々な状況を鑑みて、今回の件に関わっている可能性が高かった。

 国王は王妃と相談し、この事をユリアに伝える事にした。恐らくユリアは狙われる。ならば、行動を制限する事で相手の行動範囲も絞れると考えた。

 其れから間もなく、ユリア達が到着したとの知らせが入った……………。





 事情聴取とも言える非公式の謁見が終わり、国王は新たに入手した情報に頭を抱えていた。

 恐らくは最小限の被害で済んだ事に安堵し、元凶とも言える少女がユリアの制御下―――国王はそう捉えた―――にあるのならと様子見をする事になった。しかし、教皇は逃走し行方を見失ってしまっているので、今度は別の意味で警戒しなければならない。何より面倒なのは、教皇がユリアと会ってしまった事だろう。

 今も、聞いた話全てを信じた訳では無い。だがどういう訳か、王妃が全面的にユリアの言葉を信用した為、国王もその前提で動く事にした。

 昔から、王妃にはそういう所があった。他人から見れば根拠が無い自信だが、言葉を交わすだけで相手の本質と才能を見抜けるらしい。正式に王妃となってからはより顕著となり、直接会わなくともその才能を見抜き、何時の間にか自ら直接会いに行って勧誘してくるようになった程だ。


 話が終わった後、騎士団長からの追及がしつこかった。

 ――何故、正規の手続きすらせずに即日会ったのか。いくら緊急であっても、臣下の者に聴取させれば良かったのではないか。

 ――何故、相手の意見をその場で聞き入れたのか。後日、追って沙汰を下す事もできたのではないか。

 ――何故、あの態度を許容しているのか。例え非公式であっても、立場が変わる訳では無い。御前で意識を失うなど以ての外である。厳しくせねば、増長させる原因となるのではないか。

 ――何故、何故、何故、何故、何故………。

 国王は、途中で騎士団長を黙らせた。「それらの疑問は王妃に聞け」と言いたかったが、そうすると、後々面倒な事になるとわかっていたので言わなかった。代わりに、「もう終わった事を蒸し返すな」と言って其れ以上の追及を逃れた。


 教皇の捜索隊はすぐに結成された。

 騎士団から約1割を、諜報も混ぜた軍の小隊規模の人員を5つ、最後に見失った場所を中心にして展開させた。

 だがしかし、成果が何も挙がらないまま時間が過ぎていった。なのに、ユリアが教会の者を1人捕縛したという知らせが入った。

 ――何で?

 国王は意味がわからなかった。最初、その場にユリアが居合わせただけかと思っていたが、実際にユリア自身が捕縛したらしい。正確にはユリアが無力化し、専属の使用人が捕縛したそうだが……。

 何にせよ、少々困った事になっていた。この事が軍の耳に入り、捜索の任に就いていた者が数名自信を無くしていた。更に、ユリアに目を付ける者迄出始めてしまった。



 数日後、明らかに教会が活発に動き始めた。

 内容は、『聖女の名を語る悪魔が居る。我々は協力して悪魔を討ち滅ぼさねばならぬ』というもので、民衆を扇動する事が目的だった。しかし、扇動しているのは一部の者だけのようで、民衆もまた懐疑的だった為殆ど意味が無かった。

 教皇が吹き込んだ結果起こった事なのだが、教皇にとっての誤算だったのは、ユリア自身の知名度が平民の間では無いに等しく、貴族の間でも聖女関連の情報が伝わっていない事から、全てが空回っていた。

 聖国では、貴族は勿論の事、平民ですら聖女について語り継がれていた。だからこそ、教皇はこういった手段に出ていた。

 国王は、この程度であれば問題無しと判断し、放置した。扇動している者達は今、自分で自分の首を絞めていた。


 国王の下に、新たに報告が上がってきた。

 いや、正確には上がってきたのではなく、突撃(・・)してきた………王妃が。


「ガーネットが来ましたの」

「は……何?」

「久々に会えましたけれど、ゆっくりしていってくれなかったんです。用件だけ済ませて、すぐに帰ってしまいましたわ」

「………そ、そうか。…いや待て、何時、何処から入って来た?」

「隠し通路に決まっているではないですか」

「そ……いや、ん?……俺が可笑しいのか?…いやいや、もうあ奴はルベール家の使用人だろう。侵入者として扱われても可笑しくないぞ!?」

「あら?……今、興味深い事を申しましたわね。何故ガーネットの今の御勤め先をご存知なんですの?」

「あっ………いや、まあその…何だ。……偶々、報告で知ってな」

「あらあらあらあら、ふふふふ……」


 目だけ笑っていない王妃に詰め寄られ、国王は正直に全部話した。

 根掘り葉掘り聞かれ、疲労感たっぷりとなった国王に、王妃は此処へ来た本来の目的を果たす事にした。


「陛下、此方を預けますので、今のこの不毛な状況に終止符を打ってくださいな」

「何だ、此れは……?」


 王妃から受け取ったそれ(・・)()めつ(すが)めつしながら、どういった物かを尋ねる。


「通信用の魔具だそうです。それぞれが対になっているそうなので、間違えないように注意してくださいね」

「……………」


 王妃の言葉に、国王は開いた口が塞がらなかった。其れが事実なら、戦略の幅が劇的に広がると気付いた。

 今は無駄な時間が多い。と言うのも、定時連絡を入れる為に詰所を往復しているからだ。離れた場所から連絡ができるのであれば、その時間を短縮し効率化が図れる。

 指示も離れた場所からノータイムで行える。その利便性は計り知れない。


 その後、捜索隊の編成を見直し、本格的に大捕り物を行う運びとなった。

 通信用の魔具があった事もあり、ほぼ被害無く一方的に制圧が完了した。しかし、肝心の教皇の姿は無かった。

 国王は、1人だけ危険を察知して逃げたのだろうと当たりを付ける。

 後日、窃盗に遭う店舗が増えた事で、その手口と現場の状況から犯人が教皇であると判断され、捜索を継続していた。しかし、捕捉できずに王都から逃げられてしまった。

 今後の方針を決めるのは難航した。

 殆どの者が保守的で、兵を差し向ける事に反対したからだ。楽観的な者も多く、1人ならば脅威にはならないと判断した。向かった先も予想でしかないのに、兵を向ける理由は弱いと……。

 会議も真面に進まず、方針が定まらないまま時間だけが過ぎていく。

 ――そんな時だった。

 王城の門前に、突然老人が縛られた状態で降って来たという報告が来た。

 その時点で、国王は嫌な予感を覚えた。

 その後すぐ、その老人が教皇である事が発覚した。



「……………」

「陛下、現実を見ましょう」


 国王が報告の内容から目を背けていると、宰相が現実に引き戻す為に声を掛けた。今は議論の真最中でもある。

 教皇が捕まった事は、歓迎すべき良い事ではある。しかし、その際に起きた現象が意味不明であり難解だ。しかも、その所為で無駄に若者を罰する事となってしまった。

 城門前で起きた事は、無視できない事態になっていた。

 その時担当していた門番は、唐突に現れたとしか言いようが無いと発言していた。

 連れて来た者の姿も見えず、痕跡も発見されなかった。

 唯一、何が起こったのかを知っているであろう教皇は、全く何も話さない。其れも、偶に口を開くが声が出ていないといった状態だ。無論、此れの原因はユリアが言霊で縛ったからだが、そんな事は誰にもわからなかった。

 この時点で、誰がどんな手段を用いたのかと騒ぎ始める者が続出した。

 今回は罪人だったから良かったものの、此れの矛先が自分達に向けられたらどうするのかと……。

 国王は一瞬、ユリアの仕業ではないかと考えたが、すぐにその考えを否定した。非常識な存在ではあるものの、どうやって運んだのか、あの体格では運べない、運べたとしても痕跡が残らないのは可笑しい。

 そう考える国王に対し、王妃は直感でユリアの仕業だと結論付けた。勿論説明できない事もあるが、逆にそういった事を成せる存在の心当たりが、ユリアしかいなかったからでもある。しかし、王妃は其れを誰にも話さなかった。秘密裏に事を運ぶのが好きな王妃は、自身のちょっとした思惑に利用する事を決意した。


「………陛下」

「ん?…何だ」

「この件、(わたくし)に預からせてくださいな」


 どう決着を付けようか悩んでいた国王は、王妃の提案に乗る事にした。自信満々に言い放つその姿に、何か感じるものがあったようだ。

 その後、元々の議論そっちのけで騒いでばかりいて、自分達で解決策を出さない者達を鎮める事に注力するのであった……………。


ブクマと評価、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 国王様ご苦労様です。早く譲位できるといいですね。
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