追い詰める
(放っておくのもなぁ……)
イリスの熱意に負けて精霊視の魔具を人数分製作し、残りは調整のみとなってから、私は教皇の事を考えていた。
養蜂場から戻ると、王妃様からの手紙が届いていた。
其処には、教皇が王都を離れた可能性が高いと書かれていた。
見回りの強化を行ったが成果は無く、行動範囲が徐々に変わっていった。そのうちに、王都内での教皇の仕業と思われる窃盗が無くなり、足取りが掴めなくなったそうだ。
その行動範囲の移り方から、王都の南東へ向かったと思われるらしい。人の足でも、1日程で着ける場所に村があるらしく、其処へ逃げ込まれた可能性があるのだとか。
そして面倒な事に、教皇自身に物的証拠のある罪が無いせいで、派兵できないらしい。勿論、捕まえさえすれば証拠品も出てくるのであろうが、現状では派兵の理由が弱い。王都内であれば話も早かったが、余所では難しい。精々が通達を出し、警戒を強めさせるのが限界のようだ。
「ねぇ、ティア」
「む?」
「前に一度、教皇の居る場所がわかるって言ってたよね」
「うむ、確かに言ったの」
「其れは、今でも?」
「む?…そうじゃな、1人だけ移動しておるようじゃな」
「そう……」
(残っているのは教皇のみ。そして、ティアはその居場所がわかる)
教皇の居場所がわかるのに、このまま放置する理由は無い。対して、捕まえる理由はある。個人的なものになってしまうが、散々な目に遭っている人も多くいるのだ。
教皇がこの国に来る迄にも、詳しくは知らないが多くの領地が被害に遭っていると聞いた。
ただ問題は、こっそりと処分する事はできないので、捕まえて引き渡す必要がある事だろうか。
捕まえる事そのものは難しくない、と思っている。
(引き渡しをどうするか……)
運ぶのは面倒である。転移扉があると言っても、設置してそのままという訳にもいかないし、此ればかりは見つかりたくもない。
やはり此処は、引き取りに来てもらうべきか……。
(………うん、考えるのは後にしよう。先ずは捕まえないと)
「ティア、ちょっと手伝って欲しいの」
「殺るのかの?」
「…いえ、捕まえるわ。あんなのでも一応、法の下に裁いてもらいましょう」
「ならば妾は案内という事かの?」
「ええ、お願いするわ」
ティアの協力を取り付け、先ず王都へ行く。
今回は父の屋敷から、王都を出て南東へ向かう。目的地の村はリベロと言い、規模は村だが防壁を設けてある。
緊急時の避難場所として、又時間稼ぎを行えるように設備だけは整っているそうだ。他にも同じような場所がいくつかあるらしい。
王都を出た私は、移動用に作った魔具を亜空間から取り出す。
「む?此れは何なのじゃ?」
「移動用の魔具よ、ティアと一緒だと転移が使えないでしょう。だから作ってたの」
ティアに直接作用する魔法は使えない。その原因も未だにわかっていないが、だからと言って何もしなかった訳ではない。一番困るのは移動手段だった事もあり、この魔具を作った。
形状はキックボードで、持ち手の部分に魔力を込める事で車輪が回転する仕様となっている。此れなら一応、ティアに直接作用しないので使える。
「此れは目立つのではないか?」
「良いのよ、今回は。其れに此れなら、それ程騒ぎにならないでしょ」
車とかであれば騒がれると思うが、此れならサイズも小さいので驚かれる程度で済むだろう。
見た目的にも、個人でしか使えないように見えるので、欲しがる人も少ない筈だ。
早速乗って移動を開始する。
思ったより道の整備が甘く、結構振動が伝わってくる。
「うっ、おおぅ!?…ぬぉっ!!」
振動が起きる度、ティアが反応していて少し面白い。
サスペンションみたいに上等な物は付いていない。と言うより、サイズ的に付けられない。そして今の速度は、体感で4・50キロくらいだ。小石を踏んだだけでも結構揺れる。
凡そ半刻程で防壁が見えてきた。
門番らしき兵士が見えたので速度を落とし、目の前で止まる。門番さんの方を見ると、これでもかと言う程に目を見開いていた。
「そ、その乗っている物は何だ?」
「見ての通り、移動する為の乗り物です。其れより、通って宜しいでしょうか?」
「あ、ああ。いや、待ってくれ。この村へ来た目的と、身分の証明ができる物を提示していただきたい」
「此処へ来たのは、支払いをツケにしたまま逃げた者が、この村へ向かったと聞いたので探しに」
言いながら、私は商会の方の身分証を提示する。貴族の娘よりも、此方の方が話が早いと思ったからだ。
目的も、盗みの分の支払いが滞っていると考えれば、完全な嘘でもない。
「そ、其れは…何と言うか、若いのに大変だな。……通って良し。ようこそ、リベロ村へ」
身分証を確認した後、門番さんは引き攣った笑みで通してくれた。
門から入ると、想定より随分と広く見えた。
建物は少ないが、農地が多い。畑の面積が大半を占めている。
暫くすると、一際大きな建物が見えた。
(あれが避難所かな?)
明らかに民家ではないその建物は、外観だけで言えば500人は収容できそうだ。其れが5つ…5棟?並んでいる。
維持するだけでも大変そうだと思いながら見ていると、ティアが私の服を引張る。
「居るぞ、この村の中に」
「……そう、案内して」
「うむ、向こうなのじゃ」
ティアの指示に従い、教皇が居ると思われる場所へ向かう。
民家の建ち並ぶ場所を外れ、防壁付近へ辿り着く。其処には、昔使われていたであろう廃屋が数軒残っていた。入口と思われる場所には、立入禁止を表す絵の看板も見える。
(こんな場所が……。確かに1人、気配がある)
比較的増しな廃屋から、弱いが確かに気配を感じる。
(もしかして寝てる……?)
「ティア、あの廃屋の中で合ってる?」
気配のある廃屋を指しながら、ティアに聞く。
「うむ、あの中じゃな」
「そう。ちょっと様子を見たいから、此処で待ってて」
「む?…ぬぅ~、少しじゃぞ?」
「ええ、確認したら戻るわ」
1人で廃屋に向かった私は、すぐさま自分を透明化する。
足音を立てないよう慎重に近付き、一部崩れている壁から中を除く。すると、見覚えのある服装の爺さんが横になっている。恐らく教皇だろう。
此方からは顔がはっきりとは見えないが、予想通り寝ているようだ。明るい内に寝て、暗くなってから盗みに行っているのかもしれない。
入口の扉は閉まっている。
他に人が出入りできそうな所は無い。
(取り敢えず縛るか……)
持って来ていた手錠と足枷を出し、教皇に向けて飛ばす。
飛んで行ったその2つは、教皇に触れると自動的に手足を縛った。
この2つは警備隊でも重宝されている魔具で、相手がどんな体勢でも触れれば捕縛できるという優れものだ。使用には制限があるので、本来ならば私が所持しているのは可笑しい。ならば、何故持っているのかと言うと、自分で作ったからだ。領地持ちの貴族には、所持と使用の裁量権が与えられている。昔、私は父の持っている物を拝見し、興味本位で作っていたのだ。
縛られたにも関わらず、教皇が目を覚ます様子はない。
私は好都合だと思い、透明化を解除して扉から堂々と中へ入る。
「んぁ?…な、何じゃ此れは!?」
流石に扉を開けた音が大きかったのか、教皇が目を覚ます。しかし、既に縛られている為動けない。
ジタバタしている教皇を放置し、私は先に姿隠しの魔具を探す。
周辺には「こ、このっ」見当たらない。
棚らしき「ふっ、ふんぬぅ!」にも見当たらな「ぅお、おおおぉぉぉ」―――
「――黙っててもらえます?」
「んなっ!?…誰か居るのか!!?儂を助けよ!!」
「ご自分の今の状況で、どうして助けてもらえると思えるのか、理解に苦しみますね」
「何だと!?」
教皇は、必死に体勢を変えて此方を見る。
私の顔を認識した瞬間、鬼の形相となり更に喚き始める。
「き、貴様ぁ!よくものこのこと儂の前に姿を見せおったなぁ!!貴様の所為で、儂の約束された尊き未来が潰えたと言うに!その責任も取らずのうのうと生き永らえよってからに!!」
(責任転嫁な上に意味のわからない事を……)
その瞬間、私は理解した。話の通じない相手なのだと……。
そして頭に響くその声に、段々とイライラが募ってきた。
「貴様さえ大人しくしてしたが―――」
「黙れ」
「――っ!?」
頭が痛くなる程に煩かったので、つい怒りに任せて素で遮ってしまった。自分でも驚く程に低い声だったと思う。
教皇は口をぱくぱくさせているが、声になっていない。目は血走り、私を睨みつけたままだ。
私は急に黙った教皇を怪訝に思い見つめる。
(口は動いてるのに声が出てない……?)
一体何故?と考えた時、言霊の事を思い出した。確かレイエルは感情がどうのと言っていた気がする。
見た感じ、本人は今も何か喋ろうとしている。という事は、意志そのものを捻じ曲げる訳では無さそうだ。強制力は肉体に及び、精神には影響が無いように見える。
兎も角、動けず声も出ない状態となったので、警戒する必要も無いと判断した私は、ティアを呼んでから姿隠しの魔具を再び探す事にした。
姿隠しの魔具は教皇の懐に入っていた。
寝ている時にも肌身離さず持っていたようだ。
探る時、暴れられて面倒だったので、結局酸素濃度を低下させて意識を奪った。
「さて、どうしましょうか」
「む?……引き渡すのではなかったのか?」
「其れはそうなのだけれど、方法がね……」
「?……飛ばせば良かろう」
「え?」
「亜空間とやらにじゃ」
「………入るの?」
「入るのではないか?」
私の質問に、きょとんとした顔で聞いてくるティア。……少し可愛い。
そう言えば、生き物は試してなかった。と言うよりも、試そうとすら思わなかった。
――時間停止した亜空間に放り込んだらどうなるのだろうか……?
そんな疑問が頭を過ぎる。
――実験してみたい。
其れはほんの少しの知的好奇心だった。
相手は迷惑極まりない存在で、私の良心も痛まない。
普通なら動物で試すのが先なのだろうが、その辺はもうどうでも良かった。
(と言っても一緒にするのは抵抗がある……)
既存の亜空間には、劣化したら困る物を入れてある。実際に触れる事は無いのだろうが、生理的に無理だと思ってしまう。
仕方なく、新しく時間停止した亜空間を創り、其処に教皇を放り込む。
確かに入った。入ってしまった……。
(うわぁ……。多分此れってヤバいやつでは?)
「しかし主様よ、惨い事をするのう」
私が現実逃避しかけた時、何故かティアから責められる。
「え?ティアが亜空間にって言ったんじゃない」
「ぬ?そっちではなく、奴の魂の事なのじゃ」
「……………ん?」
「奴の“魂が縛られて”おったのじゃ。主様が何かしたのではないのか?」
「え?いや、したと言えばしたけれど……」
「あれは何かしらの行動が制限されておると思うのじゃ」
(そんな事もわかるんだ……)
魂が視えない私には、ティアの言う“魂が縛られる”というのが今一ピンと来ない。
と、思考が逸れている事に気付き、元に戻す。
「取り敢えず、王都に戻りましょうか」
「直接引き渡すのかの?」
「…どういう意味?」
「普通は騒ぎになると思うのじゃ」
「……………其れもそうね」
私は只の学院生でしかない。そんな小娘が、強く無さそうとは言え教皇を捕縛したという事実は、確かに何かと注目を集めるだろう。
王都の軍が取り逃がした相手であれば尚の事……。
教皇を捕まえる事しか考えていなかった。
捕まえてから引き渡す方法をと思っていたが、私が捕まえた事が露見するのはまずそうだ。
「本当にどうしよう……」
「城に放り投げれば良いのではないか?」
「え?其れは…」
「やった者が誰かわからなければ問題あるまい」
「んー…そう、かもね……」
とは言え、城内に突然捕縛状態の教皇が現れるのは違う問題が出るだろう。
無難なのは城門前だろうか……。
でも、門番が不在になる事は無い。隙を見て置くのは難しいと思われる。
では、どうするか……。
(んー……うん。ちょっと大胆だけれど、まあ何とかなるでしょう)
1つの案を思い付いた私は、王都に戻るとティアを先に帰し、王城へと向かった。
王城への出入りを厳しく管理する門番。その役職は、地位としては低いものの、責任は重大である。
不心得者を見極め、時には武力によって抑える必要もある為、観察眼や判断力を含めた力量も求められる。
その日、門番を担当していたのは、勤続3年目となる若手と10年を超えたベテランの2人だった。
「先輩。今日の来城予定って、あと何組でしたっけ?」
「……確か、後2組だな。しかし、突然の面会依頼が無い訳ではない。残りを気にするだけ無駄だ」
「それもそうっすね」
若手の方は、貴族と問題を起こして左遷された身だ。
その所為か余りやる気が無く、度々気を抜いては叱られるを繰り返していた。
対してベテランの方は、その事情の詳細を知っており、軽く同情している。だからか、他の人達に比べてやんわりと注意するだけに止めている。
そんな関係から、よくこの2人が組むようになった。円滑に仕事を熟せるようにと、上官が判断を下した結果だ。
そして其れは功を奏し、今迄大きな問題も起きてはいなかった。
今日、この時迄は………。
―――――ドサッ、と何かが落ちる音がした。
「「……………」」
その音を聞いた門番の2人は、気の所為ではない事を確認する為、お互いに顔を見合わせる。
どちらからともなく頷き、目の前の異変を確認する。
其れは突然で、理解できなかった。
唐突に、何も無い筈の空中から、ボロ布を纏ったお爺さんが現れ、落ちたのだ。しかも、拘束されており意識が無いようにも見える。
ベテランの方が近付き、先ず生きているかを確認する。その時、お爺さんの顔を見ると、何処かで見た事があるような気がした。
「っは!…ど、何処から!?」
我に返った若手が、辺りを見回す。しかし、人の姿は勿論の事、何も見当たらない。
状況がわからず、されど何もしない訳にはいかないと焦りが生まれる。
「は、犯人を捜しに行きます!!」
「――っ!?ま、待て!」
言うが早いか、駆け出してしまった若手には、ベテランの声は届かなかった。
後に、許可なく持ち場を離れたとして、若手は減俸を言い渡される事となるのであった……………。
ブクマと評価、ありがとうございます。




