説得と今後の計画
未来の私はどうなってますか?
立派な淑女になっているのでしょうか?それとも、男であった前世を忘れる事なく、そのまま成長しているのでしょうか?
精神は肉体に引っ張られると聞いた事がありますが、今は余り想像したくないですね。
将来はやはり誰かと結婚するのでしょうか?そして子供を………いえ、考えるのは辞めましょう。
未来の事は、未来の私が良い様にしてくれている事でしょう———
「お帰りなさいませ」
「ただいま、この子達をお風呂に入れてあげて」
「?……っ!!お嬢様、孤児ですか?」
「そうよ、すぐに洗えば大丈夫だから、それでも心配なら後で私の部屋に来て」
「………畏まりました」
私に言われた使用人の子は何か言いたげではあるものの、特に反論せず2人を連れてお風呂に向かった。
私はそのまま自室へは戻らず、まず父の書斎へ向かった………
「お父様、ユリアです。今宜しいですか?」
「ん?良いよ、入りなさい」
ガチャッ
「失礼します」
机に向かっていた父が筆を置き、こちらを向いた
「どうしたんだい?」
「お父様にお願いがあって参りました」
「ふむ、それは町に行った事と関係あるのかな?」
「はい、先程町でお買い物をした後、孤児を2人見つけまして、連れて帰りましたの」
「!?……ユリア、孤児には——」
「セバスサンにお聞きしましたが、それは病の基となる菌が繁殖しているからです。身綺麗にして衛生状態を良くしておけば大丈夫です」
「そんな知識いったい何処から………」
「それについてはまた説明しますが、先にお願いについてお話しさせてください」
「ううむ、気になるが説明してくれるのなら待とう。それで、お願いとは何かな?」
「単刀直入に申しますと、あの2人を私付きの使用人として雇って頂きたいのです」
「………ユリアは賢いからわかると思うが、人を育てるのは時間もお金も掛かるのだよ?」
「はい、承知の上でお願いします」
「んー、何か考えがあるのかな?」
「あります」
「聞かせてもらえるのかな?」
「勿論です。先程町で買った物にも関わる事なのですが———」
町で見つけた植物について、砂糖の原料となる事。それを精製する事で甘味の幅が広がり、飲み物やお菓子の種類を増やして販売し、利益を得られる事。そして植物からの砂糖精製には、実験が必要である事や品種改良と維持管理を行う為に人手も必要となる事。又、その人手を増やす際の教育係に、あの2人を使いたい事。孤児院なる物を建てて孤児を引き取り、その子達を育てて今後他の事業展開の際に、人手とする事等、思い付く限りを説明した。
「………………」
父は目を閉じて思考している。今言える事を全部言ったので、これでダメなら違う説得方法を考えないといけない。
「ユリア」
「……はい」
「やってみなさい」
「良いんですか?」
「まあ、正直不安もあるが、砂糖とやらのとこまでは失敗しても構わないから、好きな様にやってみると良いさ」
「ありがとうございます」
「あと行動に移すのは、病気に関して問題無いと判明してからだよ」
「はい!………お父様、大好きです!!」
普段はあまり表情が変わらない自覚があるが、今は満面の笑みになっている自信がある
「っ!!……私も愛してるよ、ユリア」
「それでは失礼致します」
深々と礼——カーテシー——をして書斎から退出して自室へと戻った。その時、父が身悶えていたが、自分の要望が通って浮かれていた私は気づかなかった………
「長い事放ったらかしにしてごめんねスー」
「わふっわふっ」
自室に戻って着替えた後、スーの相手をして時間を潰すことにした。予想が間違ってなければ、そろそろあの2人を任せた使用人の女性が来るはずである。
医学がまともに発展していない、若しくは一般的に広まっていないのであれば、目に見えない菌の存在は知られていないのだろう。だとしたら、殺菌の意味がわからないと思われるが、実際にやってみせて簡単にでも説明すれば良い。
コンッコンッコンッコンッ
「お嬢様、先程の2人を連れて参りました」
「どうぞ」
ガチャッ
「失礼致します」
「……あら?」
使用人の連れて来た2人を見ると、兄の方はまだ少し警戒している様だが、妹の方はこちらをじっと見ているだけで警戒していない様だ。
(それにしても………)
連れ帰って来た時には汚れていたので気付かなかったが、2人とも痩せこけてはいるが顔が整っている。
この世界では美系ばかりに出会うなぁと思いながら見ていたが、使用人の女性がソワソワしているのが目に入った。
「あぁ、こちらに来てくれる?」
「はい」
2人を伴って近付いて来た使用人に、害のある菌が死滅する様イメージしながら魔法の行使をした。
「少し動かないでね」
「えっ?………!!」
やや青白い光を発しながら、体全体を覆っていくこそばゆい感覚に困惑しながらも、言いつけを守って動かない使用人。
およそ10秒程で終わり、目をパチクリさせて何が起きたのか理解できていない使用人に説明する事にした
「今のは貴方に害を与える菌を殺したの」
「……菌、ですか?」
「そう、病の基となる目に見えない生物の事よ」
「………………病の基?」
「そうね、全ての菌がそうなるわけではないけれど、菌が繁殖して体内に入ると病気になる事があるの。だからそういった害になる菌を魔法で殺したの」
「………………」
「大丈夫?」
「……あ、はい」
「ならもう良いわ、下がってて」
「い、いえしかし……」
チラッと横に居る2人を見て、このまま退室して良いのかと気にしている様だ。
「セシリアが居るから大丈夫よ、ね?セシリア」
「はい、私がお側に控えているので気にせず退室しなさい」
「!?………か、畏まりました」
何処からとも無く現れたセシリアに吃驚しながらも、礼をして退室していく使用人さん。そう言えば名前聞き忘れたなと思いつつ、目の前の子供2人と改めて向き直った。
「さて、貴方達2人には私付きの使用人となるべく、これから学んでもらいます」
「………俺達が使用人に?」
「はい、そうですよ」
余程驚いたのか、兄の方は警戒から困惑へと変わったようだ。そして妹の方は相変わらずジッと見つめてくるので、何を考えているのかが全くわからない。
「まあ急に言われても吃驚しますよね?理由はちゃんと説明しますが、その前にお名前を教えてもらえますか?」
「………ケン」
「そう、ケンと言うのね」
「………………」
「ええと、貴方は?」
今のやり取りでも何も喋らない妹へ向けて改めて問い掛ける
「女神様ですか?」
「え?………違うわよ?」
「違うんですか?」
「え、ええ」
「妹はリンだ」
「……そう、リンね」
会話になってないのを見兼ねたのか、ケンが妹の名前を教えてくれた。しかし、何故女神と聞いて来たのかは疑問だが、聞き返すのは藪蛇な気がする。
「ま、まあ気を取り直して、これから貴方達には私のやりたい事を手伝って貰います。ただその為には、礼儀作法を身に付け、私付きの使用人となって貰わないと色々不便なの」
「手伝うって、何を?」
「それは、貴方達がキチンと使用人になれたら教えるわ。だから先ずは頑張って礼儀作法を身に付けてね」
「………嫌だと言ったら?」
「あら、私はてっきりここへ来た時点で覚悟ができてると思ったのだけど、違うのかしら?……それとも、またあのご飯も満足に食べられない生活に戻りたいのかしら?」
「………………」
「悪い様にはならないわ。努力は必要だけど、貴方達の生活は私が保証します」
「………わかった」
「そう、それは良かったわ。あと口調も少しづつでいいから丁寧にね」
「わかっ……りました」
「ふふっ………頑張ってね。セシリア、あとをお願い」
「畏まりました。それでは失礼致します。………ついて来なさい」
セシリアがケンとリンを連れて退室し、部屋にはスーと私だけとなった。
「ねえスー、あの2人はどうかしら?」
「クゥーーン、わふっわふっ」
スーは大丈夫と言いたげに鳴いた。
ここ最近判明したのだが、スーは人の善悪がわかる様なのだ。まあずっと隣にいて吠えたりしなかったので大丈夫だと思ったが、念の為確認してみた。
「さて、私は私で準備しないとね」
2人の成長を楽しみにしつつ、コッタとサテンの栽培候補地を探す為、書庫へと向かった………
ケンとリンに出会ってから数週間後、2人は拙いながらも給仕ができるようになってきたとの報告があり、授業の合間の休憩時間を利用し、お茶を入れて貰う事にした。
「お、お待たせしました」
カチャ
「ありがとう」
リンは緊張のし過ぎか、置く際に音が大きめになってしまっていた。初めての給仕なので特に気にせずカップを手に取り、口をつけた。
「ん、美味しいわ」
「あ、ありがとうございます」
まだ完璧とは言えないが、飲む分には問題無い美味しさだ。
あの後兄妹の年齢が気になったので聞いてみたところ、兄が10歳で妹は8歳だそうだ。とてもそうは見えなかったが、栄養が足りてなかったからなのだと思い至った。
今では食事も改善されているので、今後はまともに成長できるはず。
「ここでの生活は慣れてきたかしら?」
「は、はい!……お嬢様には感謝しています」
「そう、今後も頑張ってね」
「はい!!」
そうしてまったりしていると、慌てた様子で使用人が部屋へ入ってきた。
「お、お嬢様!!奥様が倒れられました!」
「!!?………どういう事?」
「あの、庭に居た時に気分が優れないとの事で、部屋へと戻っていたのですが、途中で気を失ってしまわれました。現在旦那様の指示で医師を呼びに行っておりますが、お嬢様にも来て欲しいとの事です」
「わかりました。急ぎましょう」
「あ、あの、お嬢様、私はどうしたら………」
「リンはここを片付けた後部屋に戻ってて」
「か、畏まりました」
急いで母の部屋へ向かい、ベッドに近付く
「お母様、聞こえますか?」
声を掛けて反応を見てみるが、全く反応が無い。しかし顔色こそ良く無いが、呼吸は落ち着いているように思える。
(確か気分が優れないって言ってたはず、気持ち悪くて吐き気がするとかそういう?………わからないけど、放っておくのも嫌だ)
見た目にはまだ大丈夫そうに見えるが、自分の知らない病気を患っていたらと思うと気が気でなかった。
兎に角今の状態を知る為に、即席で魔法のイメージを行う。
(体を治す事もできるのだから、異常の有無を調べる事もできるはず。普段との違いを直接脳裏に投影するよう想像すれば何とかなるはず)
母の腕と肩に触れ、目を閉じて集中していると、扉の開く音が聞こえて誰かが中へ入って来た。
気にせず集中し続け、魔法を行使すると、漠然とはしていたが母の体の様子が浮かび上がって来た。
(?………あれ?これって———)
「——ア!ユリア!!」
「っ!……はい?」
いつの間にか、父が部屋へ来ていたようだ。
先程聞こえた扉の音は父だったようで、どうやら声を掛けても反応が無い私を見て焦った様だ。
「ユリア、大丈夫なのか?何をしていたんだい?」
「あ、お父様、お母様の体の異常を確認していました」
「……何?それはどういう———」
「そんな事よりお父様!!大変です!大変なのです!!」
「!?な、何がだ!」
「赤ちゃんです!赤ちゃんなのです!!」
「?え?……赤ちゃんがどうしたと言うんだい?」
「お母様のお腹に赤ちゃんが居ます!」
「!!?ほ、本当かい?いやしかし、何故そんな事が………」
「魔法で調べました!!間違いありません!」
「……え?ユリア、魔法が使えるのかい?」
「っ!」
しまったと思うが後の祭りである。
単に伝えるタイミングが無かっただけであるが、何となく後ろめたい。しかし勢いで押し切ろうと前向きに考える。
「使える様になりました!でも今はそんな事よりお母様です!倒れたという事は、恐らく必要な栄養が足りてないと思います!お母様は元々少食ですから、十分な栄養が足りず倒れたのだと思います」
「む、では食事が必要なのか?」
「いえ、少食なお母様が急に食べられる様にはならないと思いますので、栄養価の高い飲み物を作って、それを細めに飲ませるのが良いと思います!」
「そ、そうか、では早速用意させよう」
そう言って父が部屋から出て行った後、医師が到着したとの知らせが入り、部屋へ入る許可を出した。
医師は母の状態を見ても原因がわからなかったようで、吐き気を抑える薬を処方して帰って行った。
後程知った事だが、身籠った事が判明するのは、お腹が大きくなってからだそうで、診察してくれた医師の腕が悪い訳では無かった様だ。
こうして慌ただしい日々が過ぎていった———