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閑話~セシリアとして~

 ルースリャーヤ王国の東に位置する街、トラッシュで私は産まれた……………らしい。

 らしいと言うのは、産まれてすぐに母が実家へ私を連れ帰ったからだ。

 母の実家は、森人族の里と呼ばれ、何処の国にも属さない森の奥深くに存在する。その所為か、外部との交流も殆ど無く、閉鎖的な場所である。又、その分仲間意識が非常に強い。その反面、一度里を出た者には厳しく、裏切り者として扱われる。

 母も例外ではなく、親からさえも見放されていた。

 私と母は、離れとは名ばかりの倉庫で暮らし、他の家族との接触も最低限だった。

 私が成長してくると、母は私を鍛え始めた。「何処に行っても生活できるようになりなさい」とは母の言だ。その為に、先ずは1人でもこの森で行動できるようにと、気配の殺し方や他の気配を察知する訓練から行い、慣れてくると次第に戦闘訓練も追加されていった。


「足運びは常に気を遣いなさい。自然とできるようにね……」

「感情は抑えて、怒りや憎しみ、其れに殺気は気付かれ易いのよ……」

「膝を伸ばしきってはダメよ。動きに余裕ができなくなるわ……」

「体勢が崩れても持ち直せるようにしなさい……」

「違和感を感じ取るの。見えるものだけでなく、音や空気にも気を配って……」

「投擲は腕力だけではダメよ。手首の動きを意識して、足腰にも……」

「接敵したら相手の目を見るの。一部分だけを見てはダメ、俯瞰(ふかん)して見て……」

「貴女は魔力が無いのだから、その分体力を付けないとね……」


 このように多くの事を教えられた。

 毎日繰り返し訓練し、少しずつだが確実に身に付けていった。その度に母は私を褒め、嬉しそうに微笑んでいた。

 私は、母と暮らせていければ其れで良いと思っていた。母の笑顔が好きだった。

 でも、そんな幸せな時間は長くは続かなかった。



 ある時、母が体調を崩した。其れ自体は此れ迄にも何度かあり、数日安静にしていれば元気になっていたので私も余り気にしていなかった。

 いつも通り看病すれば、そのうち良くなると………そう、思っていた。

 しかし、10日を過ぎても母は良くならなかった。寝たきりとなった母が、今度は「衣服に困るといけないから」と言って裁縫や刺繍を教えてくれた。

 私としては、母に早く元気になって欲しくて最初は拒んだが、何故か母が譲らなかった。

 1月もすると頬は痩せ落ち、食欲も無くなり固形物を飲み込む力も落ちていった。

 私は何もできず、どうすれば良いのかわからなかった。一度里に住む薬師を訪ねたが、門前払いされて会う事もできなかった。その際に、「呪われた忌み子が近寄るな!」と言われて呆然とした。

 その事を話すと、母は涙を流しつつも「わたしが悪いの。貴女は悪くないのよ」と言って私を慰めた。聞けば、私の父は只人で、母は人攫いに売られそうだった所を助けられ、そのまま使用人として恩返しの為に働いた。そのうちに母は父と関係を持ち、私を身籠った。

 森人は皆、魔力の回復が早い事で有名らしく、私が産まれる時にも期待されていたそうだ。私のガーネットという名も、複数ある意味の中から“実り”を象徴として付けられた。しかし、結果は魔力無し。前代未聞の事態に父は母を責め、私と共に母は捨てられた。

 身1つなら兎も角、赤子である私が居る所為で母は頼る当ても無く、里に拒否される可能性も高かったが、死ぬ覚悟で森を突っ切り私を連れて帰った。無事辿り着いたものの、案の定里からは歓迎されず、されど肉親のよしみで何とか追い出されずに済み、今こうして暮らせている。


「ごめんね。満足に産んであげられなくて、ごめんね……」


 泣いている母を見たくなかった。

 だから私は、「お父さんが悪いじゃない!お母さんは悪くない!」と叫んでいた。

 そんな私を見て、母は「あの方は悪くないわ。お父さんを責めないであげて」と否定した。

 母は本当に父を愛しているのだと、その時理解した。

 でも、其れでも私は父を許せない。優しい母をこんな目に遭わせたのだから、悪くない訳が無い。

 もしも母が捨てられていなければ、今も元気に暮らせていた筈だ。



 ――数日後、母は亡くなった。

 私は泣いた。

 ずっと泣き続けた。

 意味は無いかもしれない。

 母が生き返る訳では無い。

 頭ではわかっているが、哀しさは誤魔化せなかった………。

 どれ程泣いていたのか、気付けばもう涙は出なくなっていた。

 その時ふと、此処へ近寄る気配に気が付いた。


 ――バンッ!!!


 扉が乱暴に開けられた。

 入って来たのは2人、多分母の家族だろう。何となくだが見覚えがあった。


「おう、やっと死んだか」


 ズカズカと入ってきて、母を粗雑に持ち上げる。


「っ!!?―――――止めて!」

「ああ?るせぇんだよこの混ざり者の小娘が!!」

「きゃっ!」


 母が連れて行かれると思い、止めようと手を伸ばしす―――――が、もう1人に殴られ吹き飛ばされる。


「あ゛ぁ、ゔっ」


 壁に背を打ち付け、激しい痛みが私を襲う。

 蹲っている今この瞬間にも、母が外へ連れて行かれている。


 ――嫌だ、連れて行かないで!!


 痛みを我慢し、無理矢理起き上がる。2人共背を向けていて、私に気付いていない。


 ――『感情は抑えて、怒りや憎しみ、其れに殺気は気付かれ易いのよ』


 不意に母の言葉が蘇る。

 冷静になった事で、投擲用の刃物を右の太股に隠し持っていた事を思い出す。数は3、この距離なら外さない。もし外しても、左の太股には短剣がある。

 私は即座に構え、ほぼ同時(・・・・)に3つ刃物を投げる。


「がぁっ!?」

「ぐ、あ゛っ!!?」


 ドサッ、と母が落ちる。

 狙った通り母を抱えていた腕、足、もう1人の足に刺さった。


「痛っ、このっ…クナイだとぉ?何でこの小娘が、んな(もん)持ってんだよ!!」

「ゔ、腕と足がっ」


 2人が刃物に気を取られている間に、私は体に鞭打って母を持ち上げ逃げる。

 痩せていた所為か、以前看病した際に持ち上げた時よりも異常に軽かった。

 後ろから声がしたが、無視して森に必死に逃げた……。



「はっ、はぁ、はぁ、はっ…ふぅ……」


 森の中、子供の足とは言え結構な距離を進んでいた。簡単には見つからないだろう。

 辺りを見回し、気配が無い事を確認する。

 勢いで出てきてしまったが、後悔はしていない。

 あの2人は、何故母を連れて行こうとしたのか。其れも、死んでからのタイミングが良すぎる。

 しかも「やっと」と言っていた。もしかしてあいつらが……。と、其処迄考えて、しかし会ってもいないのにとも思う。


「ううん、大事なのはこれから」


 考えてもわからないから、もう考えない。私はあの人達を疑っているが、今更戻る気も無い。

 私は母を見る。

 乱暴に扱われ、なりふり構わず森の中を走って移動した事で、細かい傷や汚れが付いてしまっていた。


「お母さん………」


 もう返事が返って来ないと知りつつも、声を掛ける。


「私、これからどうすれば良いの……?」

「お母さんが居ないと、楽しくないよ……」


 ――『何処に行っても生活できるようになりなさい』


「お母さんは、こうなるってわかっていたの?」


 母の教えは色々あった。

 今思えば、私が1人で生きて行く為だったのだろう。

 森には様々な動物が棲んでいる。中でも熊や狼に遭遇すれば、逃げきれないと思いなさいと教えられていた。臭いに敏感だとも……。

 今襲われれば、母を食い荒らされるかもしれないと考えた私は、近くの木の枝を折って削り、穴を掘って母を埋葬する事にした。体の痛みもあって時間は掛かったが、運が良い事に襲われなかった。



 数日間、私は森の中で過ごしていた。幸いにも、早い段階で川を見つけた。食用の草や木の実を発見して集め、少しずつ行動範囲を広げていった。何度か狼と遭遇したが、木を利用して逃げ回り、1匹の場合のみ狩る事を繰り返した。

 雨が降った事で森での生活に限界を感じ、移動を決心した。

 目的地は、母から聞いていたルースリャーヤ王国だ。

 どんな方法であれ、私と母を捨てた父を見返す事を目標にした。

 最初は復讐を考えた。しかし、母の想いは無視できない。だから見返し、捨てた事を後悔させてやると決意したのだった。


 何日経っただろうか。

 私は、漸く道と言える場所に辿り着いた。

 森を移動する最中、熊には遭遇しなかったが、狼や兎、時には猪にも遭遇した。おかげで狩りの腕前は上達し、多くなければ狼の群れでも対処できるようになった。

 其れからは、旅人を装い行商人へ肉や毛皮を売ったりしながら移動を続けた。

 ルースリャーヤ王国内に入り、情報を集めながら資金繰りをしていたある日、見ただけで身分が高いとわかる人物から声を掛けられた。周囲は鎧を纏い、武器を携帯している人達で固めていた。


「――(わたくし)の下で働かない?」


 挨拶もそこそこに切り出された言葉だ。

 突然の事に驚いたが、そう言った相手の正体はこの国の王妃であり、とある情報が耳に入った事で私を探したと言う。


「とある貴族の事を、調べて回っている者がいるという情報(もの)だったわ。でも、それ以上の情報が入ってこなかったの。だから(わたくし)は興味を持ち、本格的に調査を命じたの。けれど、この辺に出没する事しかわからなかったわ。金銭のやり取りは行商人が主で、この国に店を構える商人とは取引をしない。宿も取っていない。現れる時間帯も決まっていない。………探すのに苦労したそうよ」


 最初は警戒しての事だったようだ。

 しかし、調査していくうちに私の行動に疑問を抱き、他国の間諜にしては動きが変だと考えた。

 そして私を監視しようと足取りを追うが、目撃情報も曖昧で辿り着けない。張り込んでも成果が上がらない。

 仕方なく、精鋭を送り本腰を入れた。そうした事で漸く私を発見し、行動を監視しながら調査を続けた。

 結果、他国の間諜でも何でもない事が判明。だが、何故貴族を調べているのかは不明であった。

 其処で、実際に王妃自ら出向き、勧誘に来たのだと………。


 ――意味がわからなかった。


 けれど、この話は私にとっては都合が良かった。

 功績を上げ、名が広まれば、貴族である父の耳に届くかもしれない。

 悩んだが、私は此れ迄の経緯を話し、誘いを受けたいと申し出た。

 王妃は私を諜報部へ配属し、一通りの基礎を学んだ後「自身の手で探りなさい」と言って私の他に1人付け、ダスター男爵家―――私の父―――の調査を命じた。



 任に就いて半年程。

 私の手元には調査報告書が握られている。自分の手で纏めたもので、長を経由して王妃へ提出される予定だが、気を抜けばぐしゃぐしゃにしてしまいそうな程に怒りに震えていた。

 恐喝、殺人、密売、そして………人攫い。目を疑うような内容が並んでおり、母から聞いていた人柄からは大きく乖離していた。特に人攫いの手段には絶句した。

 人を雇って攫わせ、移送中の所を自らの手で助け出し、当人にそうとは悟らせず恩を売って働かせるといったものだった。労働の内容は様々だが、器量の良い女性は使用人として働かせ、必ず関係を持っていた―――――母から聞いた過去と同じ内容だ。

 性質(たち)の悪い事に、家の中でも限られた者しか知らず、外面が良いようでそれなりに領民の支持者が多い。だが、長年問題も無く油断していたのか、潜入して証拠を押さえる事自体は難しくなかった。

 今すぐにでも殺したい衝動を堪え、証拠となる契約書類を報告書と一緒に提出した。

 結果、爵位剥奪に加えて領地及び財産の没収、一族は公開処刑が決まった。幸いと言って良いのか、被害に遭った者達は書類上他人であり、その子供は皆認知されていなかった。

 逃亡の恐れがあるとして、秘密裏に派兵するらしく、作戦が終わる迄私達は自身の判断に委ねるとの指示があった。

 私は思う所があったので、結末を見届ける事にした。

 予想通り、男爵は逃げ出した。それも家族を残し自分だけ。その事に少しだけ安堵し、私は行動を開始する。





 ――国境へ向けて繋がる街道の途中、男爵の乗った馬車が走っていた。男爵の他に人は御者のみで、後は貨幣と価値の高い物がありったけ袋に詰められている。


「くそっ、何故このワシが……」


 悪態をつき、焦りつつも他国へ逃げた後の事を考えているこの男、既に逃げ切れた気でいた。


 ―――――ッ!!


 とその時、悲鳴ともつかない馬の鳴き声と共に馬車が跳ねた(・・・)


「っ!?な、がぁっ!!?」


 勢いそのままに横転し、衝撃で首や肩、腰を痛めた。馬車の中に詰め込まれていた袋に押し潰され、身動きが取れなくなる。横転した際に袋の一部が屋根を突き破ったようで、辛うじて人1人通れそうな穴が空いていた。

 死にたくないという思いから、必死で痛みを堪えて何とかもがき、馬車の外を目指して這い出す。

 頭が外に出た時、不意に声を掛けられた。


「おや、自力で出てきましたか」

「っ!―――誰だ!?」


 声のした方に顔を向けると、もうすぐ成人するかという年頃の娘が男爵を見ながら佇んでいた。

 幼さは残るが、好みの顔立ちであり、状況も忘れて欲望が顔を出す。


「お、おぉ…其処な娘よ、ワシに仕える事を許してやろう。よく働けば情けをやるぞ」


 言った瞬間、娘の眉がピクリと動く。


「何だ、どうし……ああ、そうであった。先ずはワシを助けよ、出ようにも此れ以上進めんのだ」

「進めない?」

「そうだ、腕が(つか)えて動けぬ、だから―――」

「其れは好都合ですね」

「――何?」

「貴方は裁かれるべきです。罪を償いなさい」

「何だと!?」

「第一、実の娘である私に欲情するなど、気持ち悪いですね」

「っ!?……実の、娘?」

「ええ、私は貴方が騙し、孕ませ、挙句に子と共に捨てた森人の娘です」

「………なっ、あの能無しか!まさか生きていたとは……いや、其れよりもよくワシの前に出て来れたものだな」

「母は、最期迄貴方のようなクズを愛していました」

「はっ、あのバカは器量も良く、扱い易かったから傍に置いてやったのだがな……。だが、拾い物と思えば使えない奴だったから捨てたのだ」

「……………来たようですね」


 男爵から視線を逸らし、何かを呟く。釣られて同じ方を見ると、騎士が混じった兵士の集団が此方に向かっているのが見えた。

 到着した兵達は、惨状を見て一瞬固まる。馬車は横転し、中の物が飛び出して破損しており、捕縛対象は軽く血を流した状態で頭だけ出ている。御者らしき男は既にこと切れ、少し離れた場所では馬が血塗れで倒れている。


「……はっ、兵達よ!貴族たるワシを襲った()れ者だ!あ奴を捕らえろ!!」


 兵は顔を見合わせる。其れは、『何言ってんの?こいつ』といった様相だ。

 男爵の言葉を無視し、彼らは与えられた任務を全うする。


「な、何をする!ワシよりもあの娘を捕らえよ!貴族を平民が害したのだぞ!貴様達は正気か!?」

「先程から何かと思えば……其処にいる方は陛下直属の諜報部の一員だ。一貴族、其れも男爵程度が非難できる対象ではない」

「っ!?陛下…直属…だと?」


 信じられないといった表情で絶句する男爵。

 騎士は気にする事なく捕縛し、その他の兵士は後処理を行った………。





「ふふふ、結局手を出さなかったのね」

「………あれは、クズで最低の男でしたが、私の母にとっては唯一愛した男でしたから」

「やっぱりガーネットは面白いわね。価値観と言うよりも、判断基準が違うのかしら」


 任務が終わり、公開処刑が行われたその日に、私は王妃に呼び出されていた。

 報告書とは別で、私の話を聞きたかったらしい。

 今更隠す事も無いので、心情を交えて説明した所、先程の言葉を言われた。「気に入ったわ」とまで言われた。

 その後も、特に用事が無くとも度々呼ばれて話をするようになった。私は専ら聞き役に徹したが……。

 だが、私はあれから心にぽっかりと穴が空いたような状態になっていた。

 惰性のまま働き続け、諜報部に配属されてから4年程で私は長に就任していた。前任者から選ばれ、他の人達からも反対は無かった。

 更に2年後、私の心境は特に変わらず、このままで良いのかと疑問を持ち始めていた矢先、潜入先で仲間を庇い左肩に深い傷を負った。

 任務を終えて治療したが、王家お抱えの治癒士でも完全には治せなかった。普段は問題無いが、もし戦闘になった場合を考えると差し障りがある。

 私は、王妃に考えそのままを伝え、辞する事の許可を頂いた。其れを聞きつけた周囲の人達からは引き止められたが、考えは変わらなかった。



 王都を出た私は、南を目指して旅をしていた。王妃と話した際、争いの少ない地域へ行きたいと言った所、「北以外にしなさい」と助言を受けた。北部の国境付近は今剣呑な雰囲気らしく、近寄らない方が良いとの事だ。

 北がダメなら南と単純だが、そう間違いは無いと判断したからだった。

 噂を拾いながら旅を続け、リーデル領へ辿り着いた。最近妙な争いがあったそうだが、粛清が終わって平和そのものになっていると聞き及んでいる。

 臨時の職で稼いだ路銀も減り、そろそろ定職を探すべきかと悩んでいた時だった………。


「どうされました?」

(っ!?……気配は断っていた筈)


 声を掛けてきたその人物は、名をミーリア・ルベールと言った。

 表情には出していないつもりだったが、私が悲し気に見えて思わず話し掛けたのだそうだ。

 そして聞いてもいないのに、身の上話を話し始めた。


 途中で私が慰めるといった珍事に見舞われながらも、何とか話が終わる。

 彼女は、今の屋敷に居る使用人を信用しきれていないらしい。別に何かをされている訳では無いが、心情的には、前妻の時から仕えている人達に、娘の世話を任せる事に抵抗があるのだと。

 しかし立場上、自分で全ての世話ができない。必ず使用人に任せる必要が出てきてしまう。だから、自分で見つけた使用人を雇いたいと言う。


(何故私にその話を………?)

「ね、仕事を探していたのでしょう?……使用人、やってみない?」

「どうして私に?」


 気になり理由を尋ねる。すると彼女は「最後迄きちんと聞いてくれたから…かな」と言って微笑む。

 初対面の私に身の上話をしたのは、反応を伺って信用に値するのかを値踏みしていたようだ。

 どの道、定職を探していた。

 断る理由も無い。

 乗る理由は……少し同情してしまった事だろうか。状況は違うが、周りが信用ならないという点では、昔の私に少し似ているのかもしれない。

 悩んだ時間は短かった。


「受けようと思います」

「ありがとう。……そう言えば、名前を聞いてなかったわね」

「名前…ですか……では、付けてください」

「え……?」


 私はあの件以降、過去を清算した気でいた。しかし、あの男に付けられた今の名を呼ばれる度、どうしても思い出してしまう。

 ならばいっその事、私の事を知らないこの地で、新しく始めよう。

 私の、私だけの人生を……。


「そうね………では、セシリアにしましょう」

「畏まりました。では、今後は奥様とお呼びします」

「あ、そうだったわ。採用試験があるから、頑張ってね」

「……………え?」


 そういう事は早く言ってください―――――そう言い掛け、何とか呑み込む。

 だが、私の心配とは裏腹に、試験は何故か戦闘技術の確認だけであり、簡単に合格した。

 そしてお嬢様を見て―――――成程此れは重症だと理解した。

 見た目は、人形の様に整った顔立ちで可愛らしい。しかし、無表情で感情の起伏が感じられない。声を出す事も無い。どういった扱いを受ければこうなるのだろう……。


(いえ、何であれ私は、セシリアとして誠心誠意お仕えするだけです)


ブクマと評価、ありがとうございます。

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