接触と名付けの意味
フィーナからの愛の告白(?)を聞いて早数日、ルナリアさんとイリスにも話せる範囲で事情説明を行い、フィーナが転生者且つ私の友人だった事も告げた。
その際にフィーナが、私の事を今でも好きなのだと発言し、何故かイリスを連れて少し離れた場所で話し合いをしていた。帰って来た2人は、満足そうな表情だったので私からは何も言わなかった。
念の為、以前渡した魔具を身に着けているか確認し、簡単にではあるが点検も行って問題が無い事も確認した。
学院内とはいえ、相手は透明になれるので警備は余り当てにならない。そう思いつつも、只の兵士だけでなく騎士迄捜索に加わっている今、事を大きくするような不用意な真似はしないだろうと思っていた。
そう………思っていた。
「――ぬ?来たのじゃ」
「………嘘でしょ」
今私は、フィーナ達とは別行動している。
理由は、姿の見えない気配を学院内で感じたからであり、人通りの少ない裏庭が近かったという事もある。
3人には寮に戻るように伝え、リンとティアが一緒に居る状態だ。そして精霊のお供は、スーとルーの2匹となっている。
(まだ先の事だと思ってたんだけれど……)
学院内の出入口は1つしかない、自身は姿隠しの魔具で透明になれるのだろうが、連れ出す相手を透明にはできない筈だ。姿隠しの魔具は、1人分を隠すのが限界だと聞いている。だから私は、他に出入口が作られていない限り、学院内での強行手段には出られないと思っていた。
(この短期間で、何処かから出入りできるようにした?)
学院に戻った翌日、時間を見てそういった場所が無いかどうかの確認はしていた。あれからそう日は経っていない。
私の確認不足か、将又今回の相手が底抜けのバカか、ひょっとすると姿隠しの魔具の性能が聞いている物より良いのか……。
悩む私の前に、教会の人と思われる服装をした人が現れた。服装こそ違うが、顔がこの間教皇と一緒に居た人と同じ気がする。ティアも反応していたので、間違い無いだろう。
「おぉ!探しましたぞ聖女様。此処は貴女様が通う必要の無い場所で御座います。是非とも相応しき場へ来ていただきたく……」
「ユリア様はお下がりください。……失礼ですが、貴方は?」
「何だ貴様は、わたしは聖女様とお話ししているのだ。邪魔をするでない!」
『アイツ、キライ』
ルーが私の後ろに来てそう言った。隠れなくても見えないと思うが、気持ちの問題なのだろう。
私の肩からそ~っと顔を覗かせるルーに少し癒されながら、様子を見る事にした。
「おや、何方かとお間違えでは?…そも、相手の事、事情を理解していない様に見受けられます。事前のお伺い無く急に訪れ用件を強要するとは、恥知らずな方です事」
(おおう…リンが怒ってらっしゃる……)
「なっ!?くっ、無礼な小娘め!わたしは司祭だぞ!下手に出ておれば調子に乗りおって!!」
(何時下手に出たのよ)
憤慨した教会の人が、筒状の物を取り出す。見覚えのある其れは、恐らく姿隠しの魔具なのだろう。
すると、徐々に教会の人の姿が歪み、薄れていく。
前に出ようとしたリンの肩を掴み制止する。
「?…ユリア様」
「っ!?ごほっ、ぶふっ、がぼぐげごぼお゛!!?」
「え………?」
『スゴイ!ヤッチャエ、ヤッチャエ』
突然のた打ち回り始めた教会の人を見て、リンが怪訝な顔になる。ルーは何が起きたのかを理解しているのか、喜んでいる。
勿論私の仕業だ。
空気中の水分を集め、水で鼻の穴を塞いだのだ。酸素濃度を下げようかとも思ったが、そっちは集中する時間が掛かるので諦めた。
口の中にも水を満たし、完全に呼吸できなくすると、姿隠しの魔具を手放し首へ手を当てた。
「リン、任せるわ」
「畏まりました!」
何処からかロープを取り出し、手足を縛るリン。相手の方が体が大きく、暴れていてもしっかり押さえつけていたのは流石だった。父から話は聞いていても、自分の目で見るのは初めてになる。その鮮やかな手腕に、ルーも『オ~』と感心している。
縛り終わった事を確認し、リンに離れるよう指示をしてから水を霧散させた。
暫くは咳き込んで会話ができなかったが、落ち着いた後も此方を睨むだけで会話にならなかった。
「はぁ~……仕方ない、門兵の方に言って引き取ってもらいましょう」
「くっ、同じ信徒とは思えん所業……教皇様が知ればお怒りになりますぞ」
「漸く喋ったと思えば……。私は信徒という訳では御座いませんので悪しからず」
「なっ!?そん…………」
話している途中で急にぐったりとして意識を失う教会の人。
「………ユリア様?」
リンがジト目で私を見る。以前にも同じ現象を見ていたので、ピンと来たのだろう。
はい、犯人は私です。
私達では尋問できない―――してはいけない―――ので、酸素濃度を下げて意識を失ってもらったのだ。
「逃げられたら困るじゃない」
「……………そうですね」
姿隠しの魔具は回収し、門兵さんに引き渡す。今日の警備担当の人達は、誰も入る所を見ていなかったそうだ。そして当然ながら許可も出していないとの事だったので、誘拐未遂及び不法侵入として連行されていった………。
「本当に来たんですね」
「そうね。でも何で1人だったんだろう……」
「ユリアさん、確か魔具は5個だったんですよね?」
「そう聞いているわ」
「なら、今後は慎重になるんじゃないですか?」
「だと良いけれど………」
「それに、言い方は悪いですけど、その人は捨て駒だったんじゃないですか?」
翌日、いつものメンバー+1(ティア)で昼食を摂っている。
話題は昨日侵入した教会の人の件だ。
ルナリアさん曰く、教会云々はゲームでは出てこなかったから全然わからないそうだが、バートン伯爵家については多少ながら知識があるそうだ。
裏稼業との繋がりは複数あり、表での証拠隠滅も得意だったらしく、王家も怪しんではいるが手を出せない状況だった。攻略対象のキルケは、攻略難易度が高い理由の1つに、そういった背景も含まれていたのだとか。攻略の途中で家の事情が絡んできて、主人公が其れを解決する事で改心したキルケが罪の告発を行って家督を奪い、組織諸共一網打尽にするんだそうだ。
「まあ、当の本人が罪を犯したうえ、王族が直接指揮してお家取り潰し迄行っていますからね。もうかなり知ってる内容と違ってきてますよ」
「そうなのね……」
(本当に面倒になってきたな……)
落ち込み気味になった私に気付いたのか、スーが膝の上に乗って私を見上げる。尻尾をフリフリするその姿は愛らしい。
私はスーの頭を撫で、癒しを求めてモフる事にした。
「話には聞いていても、実際に見ると戸惑いますね」
そんな私を見て、イリスが困惑気味に言う。
フィーナの話をした際に、ついでだからと改めて私に関しての情報共有をしていた。
精霊についても知っている範囲で説明し、最低でも必ず1匹―――スー―――は私と行動を共にしていると伝えていた。
「事情を知らない人が見たら、パントマイムか危ない人に見えますよね」
「少なくとも、この国にパントマイムは無いよフィーナ」
「なら危ない人になっちゃうのね……」
「………好き放題言わないでくださる?」
「でも精霊が見えないし……。ね、私達が触る事ってできないの?」
「?………どうなのかしら。試した事も無いし、試そうと思った事も無かったわ」
確かに触れれば、其処に存在する事は証明できる。しかし、見えなくても触れるかもしれないといった発想は無かった。
物は試しと思い、私はスーに他の人が触って良いかを確認。問題無いとばかりに「バウッ」と返事をくれたので、取り敢えず隣に居たイリスに触ってみてもらう事に。
「この辺に頭があって、体はここね」
「で、では…失礼します」
イリスは、そ~っと手を差し出してスーに近付けていく。背中に触れた瞬間、イリスの口から「ふぁっ」という声が出てきた。
「か、感触があります!と言うか何ですか此れ!?凄く触り心地良いんですけど……」
「そ、そう……」
イリスの興奮気味な様子に気圧されつつ、私は首を傾げる。
(見えなくても触れるのなら、何で知られていないんだろう……)
「名付けておるのじゃから、触れるに決まっておろう」
「え?」
私の疑問に答えるように、ティアが発言する。
「どういう事?」
「ふむ。……名付けを行う事で、この世に存在を確立するのじゃ」
「存在を確立………」
「うむ、本来精霊や妖精は、世界を漂い調整する役割を担っておるのじゃ。魔素を吸収し、魔力を糧とする事で成長しておる。しかし、魔素を魔力へと変換する際に、己の力を使用する為効率は悪くなるのじゃ。その状態では、1つの生命としての存在は確立しておらぬ。よって、見えぬ者からすれば、其処に在って其処に無い状態となり、触れる事はできぬ。じゃが、見える者にとっては、其処に在るものとして視る事で、一時的に存在を確立させ触る事ができるのじゃ」
「……………」
「そして名付ける事で、魔力回路が繋がり存在を確立させる事ができるのじゃ。魔素の吸収とは別で魔力も得られるから、成長も早くなるしの。その状態ならば、見えぬ者も触れる事ができるようになるのじゃ」
「……詳しいのね、何故そんなに知っているの?」
「ぬ?…妾は食事の際に、餌の知識と記憶を得る事ができるのじゃ。精霊に関しての知識はどこぞの山で食べた餌から得たのじゃ」
(忘れそうになるけれど、この子は人間じゃないんだよね……。見た目と、実際に目の前での殺人を見ていないから、いまいち実感はわかないけれど………)
厳密には、フィーナと教会の人が1人被害に遭ったけれど、両方助かっている。其れに今は誰も襲っていない。つまり、私の見ている範囲では誰も殺していないのだ。
情報としては、大量殺人犯だと知ってはいるが、感情的に納得できていないのだろう。………主に見た目の所為で。
「あれ?そう言えばティアにも名付けたけれど、貴女は精霊じゃないのにパスが繋がったとか言ってなかった?」
「うむ。妾も自身が何なのかは知らぬ。気が付いた時には、飢えを凌ぐ為に必死じゃったのじゃ」
「そ、そう……。ん?という事は、私の知識や記憶も?」
「うむ、得ておるのじゃ。其処なフィーナという者の物もの」
(うあー………何だか恥ずかしくなってきた)
其れはつまり、他人に知られたくない事も知っている事になる。そう思うと羞恥心が半端ない。
「……今の説明ですと、見えない人も見えている人の協力があれば、精霊と契約できるという事でしょう
か?」
私が羞恥に悶えていると、ルナリアさんが聞いてきた。
「えっと……どうなの?」
「ふむ…不可能では無いのじゃ。じゃが、名を受けるかどうかは相手次第じゃからの。余程好かれておらねば、無理であろう」
「成程………」
意外にも可能だった。しかし、見えなければ相応に難易度も高そうだ。
丁度昼の時間も終わりが近付いたので、そのまま別れて午後の授業へ向かった………。
その日の授業も終わり、私は久しぶりにエイミさんの研究室に来ていた。
「あら?お久しぶりですわね。ユリアさん」
「お久しぶりです。ア―――セティ様」
アクォラス様と言い掛け、慌てて言い直す。決して笑顔のセイルティール様が怖かった訳では無い。
挨拶もそこそこに、室内を見回すがエイミさんの姿が見当たらない。他に居たのは初めて見るセイルティール様の使用人1人だけだった。
「ああ、先生でしたら今学院長の所へ出掛けていますわ」
「左様でしたか」
「ええ。何やら予算の事でお話があるとかで」
(予算?……特別計上のやつかな)
エネルギーの変換技術研究の許可が下りた後、エイミさんにも報告していた。
ただ、研究費に掛かる予算を見積もってみた所、エイミさんの研究室に出される年間の予算よりも多く算出されたのだ。勿論この数字は、私が手配しない場合のもので、全てエイミさんの伝手によって手配した場合だ。其れに、確実に何かしらの成果は上がるだろうが、完成まで漕ぎ着けるかはわからない範囲だった。
私が手配する場合であれば、ある程度素材に見当を付けられるので大幅に抑えられるのだが、まさか知っているので任せてくださいとは言えない。以前説明した理屈が精々だ。
因みに、セイルティール様は現在初歩を学習中である。
私の場合は、幼い頃にエイミさんから魔具について習っていたので、研究室に参加した時からお手伝いをしていたが、セイルティール様の場合は軽く触れた程度だったので、勉強から始めている。
「丁度良かったですわ。ユリアさん、此処の説明に疑問があって……教えてくださる?」
「あ、はい。大丈夫ですよ」
了承しつつ、手元を覗き込む。
魔具の構造について学んでいたようで、回路の説明の部分を指していた。
「回路の所ですね」
「ええ、希少な素材ではないみたいですし、態々魔鉄粉にして細かな加工をしなくても、魔鉄で本体ごと製作すれば済むのではなくて?」
「あぁ…成程。単一の効果しか持っていない魔具であれば其れでも良いのですが、殆どの魔具は複数の効果を持つので、条件の設定や順次作動を行う為には、どうしても回路を設けて製作する必要があるのですよ」
「?…情報に書き込めば宜しいのではなくて?」
どうやらこの資料は説明不足のようだ。
「その場合ですと、サイズに少々問題が出るのです」
「大型になる……という事かしら」
「はい。情報は細かければ細かい程、必要な素体のサイズが大きくなります。勿論、素体の材料によっても変わってきますが、同じ効果を持つ魔具を製作する場合、情報を分けて製作した物に比べ、情報を纏めて製作した物は、情報数の累乗となります。例えば、威力・方向・間隔の3つの情報を書き込んだ場合ですと、纏めた物は分けた物の3乗のサイズになります。まぁ、実際には回路や核もありますので、厳密には違いますが……」
「そうでしたのね」
「ですので、設置型で場所に余裕があるのなら兎も角、携帯型や場所が限られる設置型ですと、可能な限り小型化しなければ実用性が無くなってしまうので、回路は必要なんです」
「納得致しましたわ。説明ありがとう存じますユリアさん」
「……はい」
セイルティール様は知的好奇心が多く、其れからもいくつか意見や説明を求められ、私は1つ1つ答えていった。
その様子を、セイルティール様の使用人が微笑ましく見守っていた……………。
ブクマと評価、ありがとうございます。