もう1人の転生者
「―――――危ない!!」
少女に触れられる直前、その声が聞こえたと同時に私の視界に人影が映り、私と少女との間に割って入る。
「邪魔じゃ―――」
「――きゃっ!?」
直後、少女が人影を押し退け、倒れたのは―――――フィーナだった。
「っ!?…フィーナ!!」
「「フィーナ!?」」
ルナリアさんとイリスの声も聞こえた―――――2人共残っていたようだ。
今の一瞬で意識を失ったフィーナは、倒れた際に危険な頭の打ち方をして横たわった。
当然のように其れを無視し、尚も少女は私に飛び込んでくる。
「ご馳走じゃ~」
「ちょっ、貴女の相手をしている暇は無いの!」
「ふぉぉぉーーーーー……ぶへっ」
私は、少女の飛び込んできた勢いを利用してそのまま後ろに向けて投げた。その時、触れた位置から大量の魔力が抜けていく。その感覚で少し体がよろけるが、テュールに名付けた際に持って行かれた量よりは少なかった為何とか踏ん張れた。
投げた少女の確認もせず、フィーナのもとへ急ぐ。
顔色を見ると、随分青白くなっている。打ち付けた頭に外傷が無い事を確認し、そのまま内部に魔力を通して探る。
(不味い、脳挫傷だ……)
脳挫傷とは、頭部に強い外力―――衝撃―――が加わることで脳そのものに傷―――挫傷―――が出来た状態の事だ。
不幸中の幸いだったのが、小範囲且つ発症後すぐなので私でも対処できる事だろう。
最初に出血部分の修復を行い、腫れた部分を治療しようと集中する為に目を閉じ―――
「まだ足りぬのじゃー」
「「ユリアさん(様)!」」
――ようとした所で、邪魔が入った。
土埃で汚れ、擦り傷痕のようなものはあるものの、完全に無事な少女が私に抱き着いてきた。その傷跡も徐々に治っていく―――――再生が早い。
「おぉほほほほぉ~~」
だらしなく蕩けた表情になり、奇声を上げている。……年頃の少女がして良い顔では無い。
しかし問題は、現在進行形で私の魔力が抜かれている事だ。
瞬時に回復するとはいえ、魔力が抜かれる感覚のせいか、制御が難しくなっている。
「ちょっと離れなさい!!」
「ほぇ~……むぅ、嫌じゃ!これ程までに美味な魔力は初めてなのじゃ~、妾は今飢えておるゆえ食事を優先するのじゃ~~」
「だ、大丈夫ですか!?ユリアさん」
「この少女に触れちゃダメ!……わ、私は大丈夫だから」
私を心配して近付こうとしたルナリアさん達を止める。
一方で、少女は潤んだ瞳で「嫌じゃ嫌じゃ」と駄々を捏ねながら私にしがみ付く。……言動だけ見れば完全に子供だ。
(やってる事は危険だけど………)
魔力は心臓から流れ出し、体を循環している。魔力量が減ってくると、周辺の魔素を吸収し、心臓で魔力へと変換しているのだが、元々存在する魔力が呼び水となっているのだ。………此れは魔具の研究過程で発見した。
つまり、完全に魔力が空になってしまうと、その後魔力が生成される事は無い。そしてこの世界の人間は、魔力が無くならないよう防衛本能が働き、一定値を下回らないように意識を閉じて回復を促す。その値は当人の魔力量の大体1割程度だった。
そのまま放置すると、意識が戻らずそのまま死んでしまう事だろう。
恐らく聖国は、この魔力が空になり意識を失う事によって抵抗できなかったのだと推測できる。
(いや、考えてる場合じゃ無かった)
思いの外少女の力が強く、私の腕力だけでは振り解けない。不安はあるが、この状態のままでフィーナの治療をしなくてはならない。
もう一度、フィーナの頭に手を当て、内部へ魔力を通す。
抱き着いている少女へと魔力が流れる感覚が強いせいで、フィーナに使う魔力が上手く動かない。
焦燥感が募り、集中力が乱れている事を自覚した私は、深呼吸して息を整える。
完全に外部情報を遮断し、治療に専念―――
「おぉおぉぉ~」
専念―――
「ふぉぉぉ~ほほほぉぉ~」
せんね―――
「うへぇへへへ~」
「――っ、せめて声を抑えなさい!!」
「あうっ…?ぬしは何故平気なのじゃ?」
「疑問は全部後!…もう抱き着いてても良いから、せめて声を出さないで」
返事は無かったが、一応聞き入れてくれたようだ……。偶に小さく「ふへぇ~」と聞こえるが無視できる声量だった。
私は、今一度治療に専念する為に集中する。
目を閉じ、意識をフィーナへと落とし込む―――
――ユリアが治療しているその頃………。
「ど、どうなっておる!?…何故あの小娘は無事なのだ!」
「い、いえ、其れはわかりかねますが………あっ!?」
「…何だ、どうした」
「あの娘の髪の毛をご覧ください!」
「む?帽子で見え―――いや、耳元に少し出て………ほう、桃色…か?」
「はい。この距離ですと少々確認し辛いですが、そう見えます」
「という事はあの小娘が………。だが、聖女には特殊な能力なんぞ無かった筈だ」
「え?…ですが、あの状況の説明が……」
「……いや、理由などどうでも良い。聖女が見つかったのだ。教会の総力を挙げてお迎えすれば後はどうとでもなる。あの化け物を御せるのならば尚の事よ」
「成程……では、この場は一旦退いて準備を致しましょう」
小声で話し合った2人は、騎士の視線が自分達に向いていない事を確認した後、急いでその場から立ち去ったのだった。
騎士隊長はすぐに気付いたが、突如現れた少女を放置する事もできず、脅威度は少女の方が高いと判断して追わなかった。
教皇達の会話は、当然ながら治療に専念しているユリアにも聞こえていなかった―――
(何とか止まった……)
脳内の傷を修復し、出血を止めた。血管から漏れ出ていた血液は、時間は掛かったが全て回収して循環の流れに戻した。
(次は腫れを―――)
傷を探る時、内出血した箇所に腫れを発見した。今は未だ小さいが、大きくなれば脳を圧迫する危険があるので放置はできない。
患部を冷やしながら様子を見る。どうやら血液成分が溜まってできていたようで、先程回収したおかげかそれ以上悪化しそうには無かった。この分なら自然に治るだろう……。
続いて、魔力譲渡に移る。
先程少女に奪われ、フィーナの魔力は完全に空になっている。以前リズィさんに行ったように、フィーナへと魔力を移す。
顔色は悪いままだが、段々と呼吸は安定してきた。……しかし意識は戻らない。
(どうしよう、場所を移したいけれど……)
チラッと視線を私に抱き着いている少女へと移す。
其処には、今も「ふへぇ~」と声を洩らしながら、だらしのない表情をしている姿があった。
「ユリアさん。フィーナは……」
少女にどう声を掛けるか悩んでいると、ルナリアさんが声を掛けてきた。
「あ、フィーナは大丈夫です。……ただ、場所を移動してベッドにでも寝かせてあげたいのだけれど」
「ああ、その少女ですね。……どういった子なんでしょうね」
「私もわからないけれど―――あ、触っちゃダメですよ。魔力を抜かれてフィーナの様に意識を失う事になりますから」
「えっ!?……ユリアさんは大丈夫なんですか?」
「一応、今も魔力を抜かれているけれど、私は大丈夫。ただ―――」
「――失礼。その…正直現状が把握できていないのですが、わかる範囲で良いので教えていただけませんか?……その、其処で抱き着いている少女と倒れてしまったお嬢さんの事を」
騎士の方が会話に入ってくる。……正直存在を忘れていた。
そういえばと、先程教会の人達が居た場所を確認すると、倒れたままの人が放置されているだけで他は誰も居なかった。
「この少女については騎士様の方が良くご存知なのではないですか?」
「……お恥ずかしながら、我々は先程の教皇については通達を受けておりましたが、その少女に関しては全く情報が無いのです。又、この状況も理解できておりません」
本当に?……とは思ったものの、嘘を吐いているようにも見えなかった。
いつの間にか近くに戻って来ていたスーを見てみるが、特に反応していないので本当なのだろうと思う事にした。
「私も知りたいくらいです……。兎に角、フィーナは治療しましたけれど、未だ意識が戻らないので安静にさせてあげたいのですが………」
「此処では体を痛めてしまいますね。ですが、近くに休める場所は……」
この場所が立入禁止区域な事もあって、付近に人が休めるような施設も住宅も無い。元々騎士団の軍事訓練でのみ使用する場所で、学院の授業で使用するようになったのはここ最近の事だそうだ。又、騎士団は軍隊の一部―――エリート集団―――なのだが、他の兵士は此処での訓練は無いらしい。
そして移動するにも、長距離となるので抱えて行く訳にもいかない。
「間に合いませんでしたが、今部下の者に護送用の馬車を応援と共に呼びつけております。其れ迄お待ちいただくしか……」
(でもそれって、私の商会の改良馬車じゃないよね?)
「移送中の体への負担がありそうですが?」
「其れは勿論そうなのですが、馬上で抱えて走るよりはマシかと………」
(まあ、それもそうか)
「ところで……」
私が仕方ないかと納得していると、言い難そうに言葉を続ける。
「?……はい」
「そろそろ、その少女が何者なのかを知りたいのですが……」
「ですから、私も知らないと―――」
「先程の様子を見るに、会話はできるのではないですか?」
「……………」
確かに奇声が邪魔になるからと、声を抑えるように言ったら少しはマシになっていた。
顔を私の体に押し付けているから聞こえ難いが、今も少し声が洩れている。此れが私の言った事を素直に聞き入れた結果なら、確かに会話は可能なのだろう。
私は少女の頭に手を置き、ポンポンしながら話し掛ける。
「ねえ、貴女は何故此処に来たの?」
「ほへぇ~……む?何ぞ?」
「どうして此処へ?」
「うむ、妾はお残しをしない主義でのぅ、態々逃げた餌を追って来たのじゃ」
(お残し……はさっきも言ってた気が……。で、逃げたもの?ん?)
「じゃがもうよいのじゃ。ずっと食べられる餌があるのならば、妾は飢える事も無いのじゃ」
「さっきから言っているものって…何?」
「ぬ?……ふむ、餌じゃ!」
「「……………」」
思わず呆ける私と騎士の方。
「む?そう言えば、ぬしは何故平気なのじゃ?」
「あー、私は特異体質なのよ。魔力の回復が早いの」
ざっくりとした説明だが、嘘は言っていない………筈だ。
「ぬ?と言う事は食べ放題なのじゃ!」
「食べ……まあ、其れは良いわ。いや、良く無いけど今は措いておきましょう。で、その追って来たって言うのはあそこで倒れている人と一緒に居た人達の事?」
言いながら、私は今も倒れている教会の人を指す。
「うむ、そうじゃ。…じゃが、あれは真黒で不味そうじゃからもう要らぬ。ぬしは真白で美味いのじゃ」
「まっく……いえ、つまり教皇が原因なのは確定したと言う事ね」
「そのようですな。……聞きたい事も増えましたが、後日ご協力頂いても宜しいでしょうか」
(まあ断れないよね)
「わかりました」
「そろそろ食事に集中したいのじゃ」
「え?……」
(あれ?そう言えば………)
少女と話している間、魔力を吸われていなかった。
もしかすると、問答無用じゃないのではと考えたその時、吸魔力の説明を思い出す―――
『触れた対象から魔力を強制的に吸収できる』
――できる、という事は当人の意思次第である。
「はぁ………」
「む?どうしたのじゃ?」
何故気付かなかったのかと自分に呆れていると、不思議そうに少女が尋ねてくる。
キョトンとしたその表情を見ていると、悩んでいた事がバカらしくなってきた。
「ええと、私から魔力を吸っても良いから、もう他の人からは吸わないで欲しいの」
「?………構わぬぞ。妾も美味い餌があるのに態々不味い餌を欲しいとは思わぬ」
「其れはどうも―――っ!」
言い終わらないうちに魔力を吸われ始めた。
この感覚には慣れる迄時間が掛かりそうだ………。
一段落(?)し、暫くして護送用の馬車が到着した。
少女が引っ付いて離れないので、私も馬車で送ってもらう事になった。
逃げた生徒や馬達は、騎士の方達が捜索する手筈となった。準備が終わり次第行動に移るそうだ。
そして馬車で移動中、もう残り半分の距離となった時、フィーナが突然苦しみ始めた―――
「あ゛っ、う゛ぅぅぅ……」
「っ!?フィーナ?大丈夫?何処か痛いの!?」
不用意に動かさないよう注意し、フィーナの状態を確認する。
しかし、特に異常が見当たらない。
仕方なく、今迄は申し訳なさから避けてはいたが、心の中で謝りながら情報可視化でフィーナを視る事にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
《名称》
フィーナ(藤代 結奈)
《種別》
只人
《先天的才能》
柔軟【低】 健康体【中】 直感【低】
刺繍【中】 裁縫【中】 調理【高】
《後天的才能》
舞踏(洋)【中】 歌唱【低】 演奏【高】
礼節【中】 馬術【低】
《異常》
記憶封印(破損)
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
(……………え?)
私は名前の表記に釘付けとなった。
自分の時もそうであったように、()内は転生前の名前だ。
しかし私が釘付けとなった理由は、その名前を知っているからだった。
「……ゆい…な?」
「ん゛う゛ぅ……っ」
私の呼び掛けに反応したのか、薄っすらと目を開け―――
「…ゆ…うや。やっと………会えた…ね」
――微笑みながらそう言った後、再度目を閉じてそのまま意識を失った。
ブクマと評価、ありがとうございます。