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危機

 王妃様から忠告とも言える情報を受け取り、私にとってのいつもの日常を過ごしていた。

 と言っても、念の為王都では外出しないよう気を付けた。そしてリーデル領に戻った時も、セシリアに事情を伝え、外では必ず透明化して行動していた。

 学院の授業の方も、特に何事も無く進んでいた。只、案の定と言うべきか、ルナリアさんが例の御令嬢から会う度に睨まれるといった状況になっていた。ルナリアさんとしては、直接的な被害に遭っていないだけマシだと苦笑いしていた。

 私に関する噂の方も、どうやらセティ様がそれとなく抑えてくれていたようで、最近は表立って会話する人は居なくなった。

 このまま何事も無く済めば良いのにと思うのだが、残念ながらそうは問屋が卸さなかった……。

 何度目かの選択授業の日、事件は起きた―――――





 何回か座学や剣術を挟み、その日は馬術の日だった。

 全員が乗馬に慣れた頃合いで、遠乗りに出掛ける事となった。

 その時点で私は、嫌な予感があった。何故なら授業という事で、姿を隠す事も偽る事もできないのだ。安全帽は被っているが、髪が全部隠れている訳では無い。その状態で外出するのは、いくら人が多くとも不安でしかないのだ。


「ユリアさん。何か心配事でも?」


 そんな私の心情を察したのか、移動中私の隣にいるルナリアさんが声を掛けてくれた。


「ルナリアさん。…いえ、あるにはあるんですが、私にはどうしようもないと言いますか………」

「そうなんですか?」

「はい」

(此れが授業である限りは………)


 なるべく表情に出ないように気を付け、目的地迄ルナリアさんと雑談しながら進んでいった。



 目的地である丘に到着し、予定ではこの後休憩を挟んで帰還する事になっている。

 しかし先頭組の方で人だかりができており、少し騒がしかった。

 無言でルナリアさんと顔を見合わせた後、気になった私達は馬の待機場所にそれぞれ繋いでから人だかりへ向かった―――


「――ですから。此処は一般開放されておりませんので、即刻立ち去るようお願い申し上げます」

「何だと!?貴様、口の利き方には気を付ける事だな。この儂を誰だと思っておる!!」


 騒いでいたのは、服装だけなら煌びやかな、けれど汚れや何かに引っ掛けたのか(ほつ)れがあるいかにも怪しげなおじいさんだった。その後ろにも2人程居るが、両方とも教会関係者と同じ衣服を纏っているように見える。


(まさか………)

「さて、わかりかねますな」

「なっ!?この……ちっ、儂は教皇だ!態々教会本部から来てやったのだ!何処へ赴こうと儂の勝手であろう!!」

「教皇……はて、正式な入国手続きをされたとは伺っておりませんな」


 おじいさんの正体は、まさかの王妃様から聞いていた不法入国した教皇だった。

 其れに気付いた私は、そっと野次馬に隠れて様子を見る事にした。上手くいけば、騎士さんが追い払ってくれるかもしれない。或いは、捕縛してくれるかもと期待している。


「ふんっ…そんなもの、通達があまいのであろう。儂らは正式な手順を踏んで此処へ来ておる」

「其れはあり得ませんが、仮にそうであったとしても、立入禁止区域は守っていただかなくてはなりません。お引き取りを」

「貴様!!教皇様に対してその物言いは何だ!?」

「そうだ!失礼であろう!!」

(一方的に自分の意見を押し通そうとするタイプかぁ………。このままだと時間掛かりそうだし、授業に影響が―――――っ!?)


 その時、私は背筋に悪寒が走った。

 尋常でない気配がこの場所に向かってくるのを捉えた。

 人と似て非なる気配。今迄感じた事の無いもので、ゆっくりではあるが確実に此処に向かっている事がわかる。


(何この気配。人……では無いようにも思えるけど、よくわからない)

「――いい加減にしろ!貴様は黙って儂に従えば良いのだ!!」

「いえ、虚偽の申告があっては困りますので、一度王城の方へ―――」

「儂に(やま)しい事など無いわ!よって、行く必要など無い!!」

「………疚しい事が無いのであれば、御同行願えますね?」

「くどい!儂は行かんと言うておる」


 私が感じた気配に気を取られている内に、王城へ連行するしないの話になっていたようだ。

 騎士の方も話していて怪しいと思ったらしい。

 私は未だに言い争っている場面を眺めながら、この場に近付く気配に注意を向けていた。

 どうやらこの気配の主は、森の中を突っ切って真直ぐに此処を目指しているようだ。その様子は迷っている風には思えないので、王妃様から聞いた例の聖国を襲った犯人かもしれない。

 そして納得もした。成程この様な気配の持ち主なら、普通の人では考えられない事もできるだろうと。


「ユリア様、此れはどういった状況ですか?」


 最終組のイリスとフィーナも到着し、この騒ぎが気になったようだ。


「理由は知らないけど、一般開放されていないこの場所に入り込んでた人達が居て、本当かどうかその人物が教皇と御付きの人らしいよ。……何かボロボロだけど」


 私がどう説明しようか悩んでいると、隣に居た男子生徒が説明してくれた。


「其れで、話しのやり取りから考えると、多分あの教皇を名乗ってる人達は不法入国してるんじゃないかな。騎士隊長さんもそう思って連行しようとしているみたいだし、さっき他の騎士さんがどっか連絡してたから時間の問題だと思うよ」

「そうでしたか……。教えていただきありがとうございます」

「いやいや、構わないよ」


 大人しく連行されるとは思わないが、応援が来れば抵抗はできないだろう。

 しかし気になるのは、此方に向かって来る気配の主だ。位置的にはもうすぐ見える筈だが………。


(――あれ(・・)は………少女?)


 私達が居る位置とは反対側、教会の人達の向こう側にその姿が見えた。

 私の感じる気配からすると、見た目がそぐわない。

 野次馬となっている生徒の中にも、気付いた人が何人か居て「こんなところに小さい子が……?」とか「迷い込んだのか?」といった声が上がっている。


「?………何だ、何を見て――――――――ぬぅっ!?」


 教皇だと言った人が、生徒達の視線に気付いて後ろを振り返った。

 そしてあの少女(?)を見た瞬間、驚愕し顔色が悪くなっていった。

 他の2人に関しては既に腰を抜かしている。それでもその場から逃げようとしているのを見るに、恐怖心はあるものの逃げないと不味いと理解しているようだ。


(どうしよう………この人数で太刀打ちできるとは思えない。其れに―――――)


 聖国の軍事力は知らないが、この場に居る戦力の方が低い事は確実だ。

 あの少女の目的にもよると思うが、下手をすればこの場の全員が死んでしまうかもしれない。

 そして先程から、あの少女の姿が見えてから何度か酸素濃度を低下させてみたのだが、一向に倒れる気配が無い。それどころか、作用させる為の魔力があの少女に触れた瞬間吸収されている。

 つまり、少なくとも直接作用する魔法は効かない事になる。

 其れに、今日私と一緒に行動しているのはスーだけだが、先程からあの少女に対して怯えている。


「ひ、ひぃぃぃっ、こ…此処迄追ってきおったのか!?しつこい奴め!!他にも腐るほど居るだろうが!何故儂なのだ!?」

「あの少女をご存知で?」

「し、知らんわ!儂は知らん!!早く奴を殺せぃ!!」

「?…何を言って―――」

「漸く追いついたのう、妾はお残しをせぬ主義なのじゃ」

「???」

(場が混沌(カオス)になっている………)


 突然現れた少女に怯える教会の人達。

 その少女の危険性を知らず、職務を全うしようとする騎士隊長さん。

 何故かいきなり食に関する(?)主義を話し始める少女。

 更にその発言で混乱する騎士隊長さん。

 見ている方も今の状況を正確に把握している人は居ないと思われる。

 ある程度事情を知っている私でも、頭の理解が追い付いていない。てっきり問答無用で襲撃されると思っていた。

 しかし会話が可能なら、何とかこの場を切り抜けられるかもしれない………。


(でも念の為……)

「あの少女は見た目に反して危険です。皆さん、急いで避難してください。此方に意識が向いていない今のうちに」


 向こう側に聞こえない程度の声で生徒達に避難を促す。


「は?危険って何がだよ。適当言ってんじゃねぇぞ」

「……そうだな。とてもそうは見えないし、騎士も居るんだから何も問題は無いだろう」


 やはりと言うべきか、私の言葉を素直に聞き入れてくれる人は居ない。

 すると、ルナリアさんが顔を近付けて小声で聞いてくる。


「ユリアさん、あの少女の事を何か知っているんですか?」

「はい。情報元は言えませんが、あの少女は聖国を滅ぼした張本人だそうです。とても此処に居る騎士達で抑えられるとは思えません」

「え!?…でも、それなら何故騒動にならずに此処迄来ているのですか?」

「それがよくわからなくて……もしかすると、あの教会の人達を追って来ていたのなら、同じく警備の隙をついたのではないかと思うのですが………。推測の域は出ません」

「そんな……でも、だとすると確かに危険ですね。とは言え皆さんを放って逃げる訳にもいきませんよね」

「ですね………」


 私達だけで逃げる訳にもいかないのは、その通りだと私も思う。なら後は、話が通じる事を願うしかない……例え可能性が低くとも。

 気が付けば、向こうも言い争いが激化しているようだ。少女ももう目の前迄来ている。


「良いから早く奴を討て!!」

「いやしかし―――」

「やかましいわ!お、お前達も儂を守れ!儂が居なくなれば教会が終わるぞ!?」

「し、しかし私共では時間稼ぎも難しいですぞ!」

「そ、そ、そうです!!我々では力不足で―――」

「何じゃ、やかましいの。ぬしらは黙っておれ」


 そう言って話に割って入った少女は、未だ立てずにいる教会の人に手を伸ばし―――


(!?…魔力を吸い取ってる)


 ――その手で触れた瞬間、魔力がごっそり抜き取られているのが視えた。

 一瞬の出来事だった。誰も邪魔できず、触れられた教会の人はそのまま力なく倒れた。


「「「「「「「「「「「「「っ!!?」」」」」」」」」」」」」

「ぬ゛ぅぅぅ、このままでは……」


 周囲が騒然とする中、私は急いで少女の情報を読み取った……。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

《名称》

 ― (未登録)

《種別》

 異形種・人型(覚醒済)

《先天的才能》

 不死【特】 再生【特】 記録【特】

 飢餓感(魔力)【特】 吸魔力【特】 魂視【特】

《後天的才能》

 苦痛耐性【中】 健康体【低】 並列思考【中】

 不老【極】 重心安定【低】 空間把握【低】

 柔術【低】 近接格闘術【低】 剣術【低】

 短剣術【低】 槍術【低】 斧術【低】

 暗器術【低】 投擲術【低】 追跡【特】

 罠術【低】 解読【低】 気配隠蔽【低】

 気配感知【低】 遠泳術【低】 棒術【低】

 潜水【低】 不眠【低】 刺繍【中】 裁縫【中】

《異常》

 魔素吸収阻害

 魔力澱滞留

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「……………え?」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

<不死>

 生物的な意味では死なない。


<再生>

 肉体に欠損が発生した場合、正常と認識している状態に復元される。


<記録>

 情報を魂に刻み込む。


<飢餓感(魔力)>

 常に魔力に対する飢えを感じる。


<吸魔力>

 触れた対象から魔力を強制的に吸収できる。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


(あ、此れって詰んだのでは………?)


 読み取った情報の、余りにもな内容に私が軽く絶望していると、周囲の生徒達は悲鳴を上げながら一目散に逃げ去って行った。


(―――私が言っても聞かなかったのに………)


 そう思いつつ棒立ちとなっていた私は、目の前の生徒が居なくなった事で少女や教会の人達から丸見えとなってしまった。

 そして少女が私に気付き、何やら目を見開いた―――――心なしかその瞳が輝いている気もする。


「お、おお、ほおぉぉぉぉぉぉ!!」


 少女が奇声を上げながら、目の前の人達を無視して私に向かって走り始める。……その視線は私に固定されたままだ。


「スーはちょっと離れていて」

「バウ…クゥーン」

(取り敢えず土で壁を―――――――っ!?しまった!!)


 スーが離れるのを確認した一瞬で、気付けば少女は既に私の目の前に来ていた。

 土を盛り上げて壁を造るつもりだったが、もう間に合わない位置にまで接近されてしまっていた。

 この少女に直接作用する魔法が効かない事は先程確認済みだ。つまり、この状況の中至近距離で使える魔法が無い今の私にはどうする事もできないのだ。

 何か無いかと必死に考えるも、思いつく前に少女は私に触れ―――――


評価、ありがとうございます。

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