授業開始と出会い
説明回としてはこれで最後になります。
さて、突然ですが日記を付ける事にしました。思い掛けない事が多く、前世では無かった経験をしているので整理しようかと、勿論他の人に読まれない様に日本語です。
そう言えば他にも転生者は居るのでしょうか?……もし居るのなら会ってみたいですね。
話は変わりますが、こちらでは貴族の子女は大体5歳頃から家庭教師を雇い、10歳から社交が始まるそうです。その後13歳の年から王都の学院へ4年間通い、卒業と同時に成人と見做されるとの事。学院は兎も角社交が憂鬱ですが、ルベール家は国の端の方にあるので、理由を付けて回避できそうです。
後は精霊であるスーの事ですが、とても大人しく良い子です。常に側に居ますが、他に見える人が居ないので、話し掛けるのも他の人が居ない時だけにしています。にも関わらず、一切不満の無いように見える態度で甘えてくれて凄く可愛いです!!
この世界に生を受けた理由はわかりませんが、もし神様が居るのなら叱責と感謝をしたいと思います。叱責は前世での事を、感謝は転生の事についてを、それぞれO・HA・NA・SHIしたいですね………
精霊であるスーと出会って3日経った日、自室で寛いでいると父が訪れ、魔法の教師をしてくれる様に頼んだ相手から了承を貰えたと言われた。
読み書きは週に2回行う予定だったそうなので、そこに魔法の授業を入れるとの事だ。そして他の一般教養については週に3回、淑女教育は週2回で行う事になっている。
さらに3日経過し、最初の授業が行われる日になり、初めて会う人に緊張し身構えていたが、内容はとても簡単だった為思ったより早く進んで、教師の用意していた教材が尽きる方が早かった。理由は単純な事で、5歳向けに用意しているのだから、難しい内容かどうかは兎も角、量が少なかったのである。
さらに2日後の今日、遂に魔法の授業が行われる日となった………
「それじゃ、後は頼んだ」
「はい、お任せを」
魔法の授業をしてくれる方を連れて、父が勉強部屋に訪れた。そして軽く自己紹介をした後、師となる方——エイミ・ヴィクシム——を残して退室していった。
彼女はお姉さんといった雰囲気で、赤髪の肩まで伸ばしたストレートヘアだ。全体的に細く、運動ができる様には見えない。
胸部も残念な感じである。
(そう言えば私の胸は大きくなるのかな?)
先日淑女教育をした際、一人称でうっかり『僕』と言ってしまって凄く慌てた。幸い聞かれていなかったので助かったが、それ以来心の中でも『私』と言うようにしていた。
「ではまず、魔法についてのお嬢様の知識を知りたいので、知ってる事を教えてくださいますか?」
「……あ、はい」
(危ない、聞き逃すところだった)
「魔力を消費して行使する事象改変で、魔力自体は誰でも持っています。そして魔法の成否は想像力によって左右され、失敗しても魔力は消費します。一般的に、内容が複雑になればなる程消費する魔力が多くなります………と、このくらいです」
「素晴らしい!!良く勉強されていますね。それに要点を押さえた説明でとてもわかり易いですね」
(そう手放しで褒められると照れるな………)
「……ありがとうございます」
「さて、基本的な事は理解されているようですので、本日は魔力の量と質を測定し、魔法を扱う素質も調べましょう」
「測れるのですか?」
「ええ、10年程前に魔力を測定する為の魔具が開発されまして、大体の量と質が測れる様になりました」
そう言ってエイミさんは鞄の中から板状の物を取り出し、目の前に置いた。
「これがその魔具で、手で触れて魔力を流し込むと輝きます。その輝きの強さで量が、色の濃さで質がわかるようになっています」
「その質と言うのはどういったものですか?」
「そうですね……密度、と言ってわかりますか?」
「はい、大丈夫です」
「………………」
「……?」
「あぁ、失礼しました。そうですね、その密度が高いと行使する魔法の規模が大きく、強くなります。それを質として表現しています」
「成る程、よくわかりました!」
置かれていた魔具を手に取り、魔力を流してみた。すると、板が白から濃い青紫色に変わり、眩く輝き始めた。
「っ!!ま、眩し!!」
堪らず目を閉じて手を放した。すると光が収まり目を開けると、吃驚した表情のエイミさんが板状の魔具を凝視していた。
「………あの?」
「………………」
「エイミさん?」
「え!?あ、いえ、すみません、取り乱しました」
「?……はあ」
「あの様に強い輝きは初めて見ましたので、少々放心しておりました。それはそれとして、お聞きしたいのですが」
「何でしょうか?」
「魔力の流し方はもう教わってたのですか?」
「あー………」
つい好奇心のままに魔具を使用してしまったが、そう言えば普通はやり方を知らないよね。と思いながらも、どの道この先の事を考えるとバレるから良いかと開き直る事にした。
「独学ですが実は魔法も使えます」
「え!?そうなの?」
(あ、言葉使いが………これが素なのかな?)
「はい」
「あっ、失礼しました」
「いえ、大丈夫ですよ」
「………あ、先程の結果ですが、魔力の量に関してはとても子供とは思えない程高いですね。それも私よりも高いですし、質も異様に高いかと思われます」
「異様に、ですか?」
「えぇ、色は人によって変わりますが、光の強さや濃さは私が今迄見てきた中で一番でした」
「色は人によって違うんですか?」
「……そちらを気にするのですね。色はその人の得意な魔法を現します。混色で青紫という事は2つが突出していて、確か紫色が治癒に関わるもので、青色が水に関わるものだったと思いますが、青は兎も角紫は珍しいですね」
「治癒が珍しいんですか?」
「非常に珍しいです。お嬢様もご存知の通り、魔法は想像力によって成否が決まりますが、治癒を行う為には表面だけでなく、内部まで知っておく必要があります。しかし現実にそんな方は居ませんので、せいぜい擦り傷程度しか治せません。なので治癒が得意となる人は大抵が他の魔法が使えない、ほぼできない人に限られているのが実情です」
確かに書庫にある本は、医療に関するものが無かったけど、この世界では人体については学べる程の知識が無いのかもしれない
「そうなんですね」
「私としては反応の薄さが気になりますが、取り敢えずこれで今後の方針が決まりました」
「方針ですか?」
「はい、実技としては次回から行いますが、最初は満遍なく実践して行きます。それから徐々に、得意な魔法を重視していこうと思います」
「わかりました」
「では本日は引き続き座学を進めますね」
「はい、お願いします」
その後、現在の魔法士——実践レベルで魔法が使える騎士団所属の人——の数や、魔学技工士——魔具や魔法に関する研究を行っている人——の数、歴史や一般公開されている内容を教えて貰い、その日の授業は終了した………
「お父様、町へ行きたいです」
「ん?どうしたんだい急に」
昼食が終わった後、父の書斎を訪ねてお願いをしてみた
「実際に町を見てみたいです!」
「ふむ………そうだね、ユリアはしっかりしているから付き添いがあれば大丈夫かな」
「付き添いはどなたが?」
「少し待ってなさい」
そう言って父は机の上にある呼び鈴を鳴らした
「お呼びでしょうか?」
「あぁ、丁度良かった。セバスサン、ユリアが町へ行くのに付き添ってくれ」
「畏まりました」
「ユリア、家令のセバスサンだ、彼を連れて行きなさい」
「サバスさんですか?」
「お嬢様、こうしてお話しになるのは初めましてですな、セバスサンと申します。宜しくお願いします」
(セバスサンまでが名前だったのね………惜しいな)
「宜しくお願いしますね」
「はい……それで、いつ出発なさいますか?」
「すぐにでも、と言いたいのですが、着替えてから行きましょう!」
「畏まりました、表に馬車の準備をしておきます」
セバスサンはお辞儀をした後退室していった………
「セシリア、町に行くから大人しめの格好にして欲しいの」
「大人しめでございますか?」
「そう、できるだけ目立たない様にしてね」
「………畏まりました」
着替えを済ませ、セバスサンの用意していた馬車に乗り込んで町へ向かう。
馬車に揺られる事約20分、周囲の音が変わってきた。
町に入り、馬車を停められる場所へ到着して降りると、聞こえていた喧騒が大きくなる。周囲を見回してみると、想像していたよりもずっと大きく、散策が楽しみになってきた。
この町はミルムと言い、他国との取引きもあるので、この国以外の物も多く扱っている。なので、以前からの目標の一つである、調味料となる物が見つかるかもと思い、こうして訪れたのである。
「さて、一通り案内して欲しいんだけど、植物や食材を扱ってるお店優先でお願い」
「植物と食材ですか………では西の方から参りましょう」
「西に多いの?」
「はい、区画で売っている物が分けてあります。北に宿屋が多く、東に工芸品や美術品、南に実用品等の雑貨、そして今から向かう西に食材や薬草等があります」
「そうなんだ、なら時間があれば後で南にも行きたいな」
「ではそのように致します」
西区画へ移動し、人々の賑わいを眺めながらも、お店の様子を伺うが、看板のような物も見当たらず、店先に並べてある品で何のお店かを察する必要があった。
「んー、あのお店に行きましょう」
「畏まりました」
「セバスサン、基本的には見ててくださいね」
「承知しました」
お客の姿が見えないお店があり、見間違いで無ければ店先にあるのは甜菜かもしれない。
「すみませーん!」
「………何だ?お嬢ちゃん」
お店の中から、ガタイの良いおじさんが出てきた。少し……いや結構びびってしまったが、なんとか表情には出さずに済んだ。
「あの、これは何ですか?」
言いながら、大根がやや丸くなった様な物を指差す
「あぁ、これはコッタと言ってな、隣の国では貧困層が甘味の変わりに食しているらしい」
(!!正しく甜菜だ)
「こちらをくださいな」
「ん?見た所良いとこの嬢ちゃんだろう?こんな物買わなくても果物があると思うが………」
「いえ、こちらが欲しいのです」
「………まあウチとしては売れるなら構わないから良いがな、いくつ欲しいんだ?」
「ではここにある物全部くださいな」
「お、おうわかった……ちょいと待ってな」
「あ、他にも見せていただきたいのですが」
「なら支払いは後で良いから先に見てきな」
物色を開始してすぐ、今度は稲の様な植物を発見した。その茎には節があり、これまた探していたサトウキビに見える。これなら砂糖を作る為の実験が、同時進行できるかもしれない。
「すみませんおじ様、こちらは何ですか?」
「おう?これまた珍しい物に目を付けるな」
「珍しいんですか?」
「そうだな、こいつは滅多にここには入荷しないんだが、今年は多く収穫されたらしくてな、名前はサテンと言って畑の肥料なんかに使われている。サテンを肥料に使った年の収穫量は上がるってんで、農家に人気なんだよ」
「ではこちらもくださいな」
「は?正気か?嬢ちゃん。肥料だぜ?嬢ちゃんには不要だろうに」
「いえ、これから畑を持とうと考えておりますので」
「………まぁ良いさ、ならさっきのも含めて切り良く銀貨10枚に負けとくよ」
「支払いは私が」
「……お、おう………ん?まさか貴族なの……ですか?」
「おじ様、言葉遣いはそのままでお願いします」
「だが………」
「お願いしますね」
「………わかったよ」
思わぬ収穫があり、買った物を馬車へ運び込み、まだ時間があったので南に向かった。
「………あら?」
南へ向かう途中、建物の間にある狭い路地で、何かが動いたのが見えた気がしたので、セバスサンに声を掛けた後近付いて行くと———
「………………ぅん、ん?」
「ここで何をしているの?」
———自分と同じくらいの歳の子が2人、ボロボロな布に包まっていた。
「ねぇ、聞こえてる?」
「お嬢様、恐らくこの子達は孤児と思われます。親に捨てられたのかはわかりませんが、こういった子は毎年一定数出てきます」
「?孤児院は無いの?」
「?はて、孤児院と言うものは聞いた事ありませんが、孤児は認知されていない子が殆どですので、民権がございません。なので、積極的に関わろうという人が居ないのです」
「そうなのね………」
(毎年一定数か………子供を捨てるくらいなら産まなきゃいいのに!!)
自身の前世での境遇がまだましとも言える孤児の現状に、何とも言えない怒りが湧いてきた
(孤児院が無いのなら、孤児達は生き抜く術が無いのと同じ事、親は悪くとも子が悪いわけがない)
「貴方達、聞こえる?」
「………な、何?」
凄く怯えてる2人の様子に、怒りを抑えて優しく話し掛ける様に注意した
「貴方達は兄弟?」
「………妹」
「………そう」
兄妹だったのねと思いながら、この後どうするかを考え、決意する
「ねぇ、セバスサン」
「はい、何でしょうか?」
「この子達を連れて帰るわ」
「!!?お言葉ですがお嬢様、昔から孤児には病気の基があると言われております。連れて帰るわけには参りません」
「それは衛生状態が悪くて、菌が繁殖するからよ。連れ帰ってすぐに洗えばいいわ。あとは触れた人も洗えば大丈夫、殺菌なら私がやります」
「な………か、畏まりました」
「聞こえてた?今から貴方達を私の家に連れて帰るわ」
それを聞いた兄の方は警戒している様で、こちらを睨んでいる。対して妹の方は、何を考えているのかわからない表情でこちらを見ていた。
「そんなに警戒しないで、それとも妹さんに苦しい思いをさせたいの?」
「っ!!」
「いらっしゃい、悪い様にはしないから」
ようやく納得したのか、布を外し妹の手を握って歩いてきたが、足取りが重い
「セバスサン、運んであげて」
「……畏まりました」
「今日はもう帰りましょう」
2人を連れ馬車迄戻り、その後の帰路でさて両親に何と説明しようかと頭を悩ませるのであった………