選択授業
アクォラス公爵令嬢がエイミさんの研究室に訪れ、仲間入りする事に。
一通りの説明が終わり、今日はもう解散する流れになったのだが………。
「そう言えばユリアさん。どうなさいますの?」
「?……どう、どは」
「知らない訳では無いのでしょう。スィール殿下との事ですわ」
(あー………)
以前、スィール殿下が私をダンスに誘った事で、周囲が噂をするようになった。
―――スィール殿下は今、辺境の子爵令嬢にお熱らしい―――
直接私に聞きに来る人は居ないが、どうやら誘い文句も一緒に流れているらしく、女生徒を中心に噂が広がっている。しかも、スィール殿下の言った言葉は正確に広がっているのに対し、私の返答は歪んで広がっているようだ。何故か、スィール殿下の誘いに嬉々として応えた事になっているらしい。
おまけに、過去に何度も私が誘惑していたといった、根も葉もない噂まで出ている。
非常に不本意だが、1年次でも私の不名誉な噂が出回っていた事もあり、反応が分かれている。
只、共通しているのは、皆遠巻きにしてチラチラと此方を伺う点だ。
「私が何かを主張したとして、聞き入れてくださる方が何人居るのでしょう」
「………今は逆効果でしょうね」
「今回の件も、積極的に何かをするつもりは御座いませんよ。時が解決してくれると思いますので」
恐らく、面白がっている人達が大半だろうと私は思っている。だとしたら、変に騒ぎ立てる方が長引きそうだ。
実害が無い限りは放置の方向で………。
「そうなんですのね……。其れで、実際の所は何と言葉を交わしましたの?」
「……気になりますか?」
「気になっ…いえ、お茶会で話題になる事が多いので、事実を知っておきたいのです」
(若干頬が赤いのは指摘しない方が良いのかな……)
前にも、気に掛けてくれていた事があった。そう思うと、やはり根は優しいのだろう。
アクォラス公爵令嬢は、扇子で口元を隠しながら顔を背けている。
横目で私の様子を伺っている事にほっこりしつつ、あの時の会話を教えた。
「そうでしたの……。ユリアさんはお嫌ですのね。普通なら、王族に加わる事は光栄だと捉えますのに」
「私は自由に生きたいので、時間的拘束の多い王族はちょっと………」
例え次期国王でなくとも、王族であれば重役に就く事になるだろうし、公務も普通の貴族より多い筈だ。
その妻であれば、方々からの茶会の誘いも多くなると思う。逆に、社交の為に主催となって行う必要も出るだろう。他にも、派閥の形成や維持、時には抑えに回る必要もある筈だ。人心掌握は勿論の事、情勢も読まなければならない。
そんな中で自由な時間を作ろうと思えば、苦労する事間違い無しだ。
「私は、しがない商会長でありたいのです」
「……ユリアさんはしがないの意味を勘違いなさってるのではなくて?」
(あー………)
「いえ、そんな事は……」
私の冗談にも律義に返すアクォラス公爵令嬢。と言っても、その表情は心配している人の其れだ。
「それよりユリアさん。私の事はセイルティールと、名で呼んでくださらない?」
「え………?」
「家名で呼ばれると、距離を置かれている様で寂しいですわ。折角お友達になったんですもの、もっと気軽に呼んでくださいな」
(や、何時の間にお友達になったんでしょうか……)
とは言え、呼べと言われて呼ばないのも失礼かと思い、私が折れる事にした。
「では、今後はセイルティール様と―――」
「親しい方はセティと呼ぶの」
(ん?)
アクォラス公爵令嬢改め、セイルティール様は満面の笑みで何か言っている。
思わず私は、素できょとんとしてしまった。
「親しい方はセティと……」
私の反応から、聞こえていなかったと判断したのか、もう一度言われる。
「えっと―――」
「親しい方は、セティと」
ずずいっ、と私の目の前に食い気味に来る。其れに対し私はやや仰け反ってしまう。
「……セティ、様?」
「ええ、では…今後とも宜しくね」
「………はい」
圧に耐えられず、結局愛称呼びとなった。一気に距離を詰められたなぁと思う反面、満面の笑みを見ていると、まあ良いかとも思うのだった……………。
リズィさんと直接会って相談したい事がある、といった意味合いの手紙を王妃様宛に認めて早数日。未だに返事の手紙は来ていない。内容が内容なだけに、調整が必要と思っているので問題は無いが、ダメだった場合を考えていなかったので、今は其れを心配している。
(まあ、なるようにしかならないよね……)
先の事は一旦置いておき、現実逃避気味だった私は意識を現実に戻した。
(何で此処にも………)
取り敢えず今の状況を説明すると、私は学院の裏庭の一角を借りて薬草を数種類育てており、試験的な種もある為頻繁に様子を見に来ているのだが、私の借りているその一角にのみ、妖精が出現していた。リーデル領の私の畑に居るのと同じ姿の妖精だ。
今も、困惑気味の私に気付いているのかはわからないが、薬草のお世話をしている。水やりをしている者、虫を追い払っている者、雑草を抜いて食べている者に分かれている。
観察していた私に一匹が反応し、他の妖精も此方を向く。………どうやら気付いていなかった様だ。
全員が作業を途中で止め、私の足元に集合し始める。すると、ルーが前に出てきた。
『ユリア、キレイキレイ、スル!』
「……浄化すれば良いのね?」
『ソウ!ソレ、ジョウカ、キレイキレイ』
ルーに促されるままに、妖精が居る範囲を浄化する。その後も、私が借りた一角だけでなく全て浄化した。
満足そうな妖精達の姿に少し癒される。
(にしても………)
此処で育てている薬草は、先にも述べたが試験的な種もある。水やりの頻度を変えたりしていたので、妖精が世話をしてしまうと、その成長の差を見る事ができなくなってしまう。……のだが―――
『ユリア、ウレシ?ウレシ?』
――目の前で、褒めて欲しそうに期待の表情をしているルーを見ていると、とても言い出せない。
「……ありがとう。ルー」
『ユリア、ウレシ!ルーモ、ウレシ!』
喜んでいるルーを見ると、まあ良いか、と思うのだった………。
午後からは選択授業で、現在は集合場所の門に居る。初っ端から外で講義を行うようだ。
「揃ったか、早速だが移動する」
集合時間の少し前には全員揃い、担当教師の案内で移動する。
移動した先は、騎士団の屯所だった。正確には屯所にある厩舎だ。
「今日は馬に慣れてもらおうと思う。相性の良さそうな馬を連れ、此処の奥にある広場を借りて訓練を行う。馬の選定には騎士の方に協力を頼んでいるので、よく聞く事。……ではお願いします」
「はい。承りました」
担当教師の声掛けで、1人の騎士が前に出る。他に、あと2人の騎士が後ろで控えている。
「本日、これから皆さんの訓練を共にする馬の選定を行います。選定は、基本的に調教を終えている馬から行いますが、見慣れない人間が大勢で行くと、怯えたり警戒したりする可能性もあります。よって、私共の案内に従い、順番に入っていただきます。それから―――」
諸注意を聞き、予め決められていた順番で選定を開始した。
私の順番は最後なので、遠目で様子を見ながら隣に居る人物へ話し掛けた。
「其れで、フィーナはこの授業で良かったの?」
姿を見かけた時には驚いたものだ。
選択授業をどれにするかで悩んでいたが、その候補に武芸学は無かったと記憶している。だから、フィーナが集合場所に居た時には思わず自分の目を疑った程だ……。
「ええと……何でかはわからないのですが、どうしても武芸学を受けなければならない気がして、申請していました」
(受けなければ………?)
「そうなの?…でもまぁ、一緒なのは嬉しいわ」
「私も居ますよ!ユリア様!!」
イリスが「私も私も」といった感じで、右手を上げながら勢い込んで会話に入ってくる。別に仲間外れにしていた訳では無いのだが、2人で話していたので少し疎外感があったのかもしれない。
最近は大人しくなったと思っていたが、グイグイ来る本質は変わっていなかったらしい。
そんなイリスの後ろで、ルナリアさんが苦笑している姿が見える。
結局の所、いつものと言っても良い4人が同じ選択授業を受けている。その事自体は私にとって嬉しいので良い事だ。しかし、イリスは兎も角フィーナは良かったのだろうかと少し心配になる。
「勿論イリスも一緒で嬉しいわ」
「ですよね!」
「あ、そろそろ順番来るんじゃないですか?」
ルナリアさんにそう言われて周りを見ると、私達を除いて残り3人となっていた。
4人前後で案内されていたので、後2回で終わるだろう。
それ程待たずに呼ばれ、私達は厩舎に入っていく。
中は想像よりも広く、馬房もしっかりとした造りになっている。馬の様子を見易く工夫しているのか、目線の高さには柱以外何も無い。
結構な数の生徒が居た筈だが、未だ多くの馬が残っている。
手前側に居る3分の1程の馬は、1頭も連れ出されていない。
(此方側が調教の終わっていない馬かな?)
興味深く馬を眺めていると、その内の1頭がジッと私を見ていた。
気になった私はその馬の側に行ってみる。
目の前に来ても視線を逸らす事なく私を見続けるその馬は、何となくだが他の馬よりも賢そうに見える。それに白の毛並みも美しく、他にも白毛は何頭か居るが、一番綺麗に見える。
「お嬢さん。そいつは調教が終わってないんだ。他の子から選んでくれ」
気付けば、馬を選んでないのは私だけになっていた。
恐らく見兼ねたのであろう騎士の方が、声を掛けて来た。
「そうなのですか?随分と落ち着いた子ですけれど」
「あー…まあ、そうなんだが、其処から出てこようとしないんだよ。何となく言葉を理解してるみたいで、ある程度は言う事を聞くんだが、出るのだけは嫌がってな……」
「そうなのですね。私はこの子が気に入ったのですけれど……」
「どうした。早くしないと時間が無くなるぞ」
「あ、隊長……いえ、このお嬢さんがね、こいつを気に入ったそうなんですが、未だ調教終わってないって説明してたんですよ」
「そうか。……お嬢さん。その馬は訳ありで此処に来たんです。駿馬だって事で最初は我々も喜んでいたんですが、何故か此処から出ようとしないのです。残念でしょうが、他の馬の方が良いと思いますよ」
(訳あり………)
訳ありが気になった私は、その馬を視てみる事にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
《名称》
―(未登録)
《種別》
ユニコーン(未成熟)
《先天的才能》
悪意感知【特】 疾走【高】 浄化【中】
言語理解(全)【低】 魂視【特】
《後天的才能》
持久力【中】 跳躍【低】
《異常》
角欠損(回復中)
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
(……馬じゃない)
見た目が綺麗な点を除けば馬にしか見えなかった子は、どうやらユニコーンの様だ……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
<魂視>
生物の持つ魂を視認できる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
(魂を…視認……?)
初めて見る能力に驚いていると、隊長さんは私に未練があると考えたのか、こんな提案をしてきた。
「なら試してみましょうか」
「試す……?」
「そうです。此処から出てくれば、お嬢さんの相棒はその馬です。しかし、出てこなければ諦めて他の馬から選んでください」
「わかりました」
(や、ダメなら私は別に他の馬でも良かったんだけど……)
そう思いつつも、チャンスがあるなら乗っかる気満々なので、余計な事は言わず了承した。
「ヒース、開けろ」
「了解です」
隊長さんの指示で出入口が開けられる。其れを見たユニコーンは、ゆっくりと歩み出てきた。
出る気が無ければその場に佇んだままだろうと考えていた騎士の人達は、呆けた表情になっていた。
出てきたユニコーンは、そのまま私の側に来て頬を擦り付けてくる。
「あら…ふふっ、私で良いって事かしら」
「ブルルッ」
私の言葉に反応している。理解しているのは間違いなさそうだ。
「……まさか、本当に出てくるとは」
「そうっすね。さっきは出てこなかったのに………」
(ん?)
「私の前にも何方か試したのですか?」
「はい。一番最初の組に居たお嬢さんも気に入ったと言って試しましたが、その時には出てきませんでした。……其れもあって我々は、今日も無理なのだろうと思っていたのですが……」
「いやぁ……馬にも好き嫌いはあるが、そいつは人一倍…いや、馬一倍選り好みしてたって事ですかねぇ。綺麗なお嬢さんでないと嫌なら、確かに俺らじゃダメって事ですもんねぇ」
(そもそも馬じゃないんだよね……)
――ふと、ユニコーンに名前が無かった事を思い出す。
「そう言えば、この子の名前は何ですか?」
「あー…未だ無いんだ。調教が終わってない馬には名前は付けない事になってる」
「理由をお聞きしても?」
「……ものにならなかった場合は、大半は処分されてんだよ。引き取る人も少なくてな。だから情が移り難いようにって配慮さ」
「そうでしたか……。不躾な質問で申し訳ありませんでした」
「ああいや、大丈夫だ。それより、次に行こう」
「はい」
取り敢えずは選定も無事(?)終わったので、皆の待つ広場へ向かった―――――
ブクマありがとうございます。




