代替品を考える
恭しく頭を下げたまま、微動だにしない男が私の目の前に居る。
何故此処に居るのかを聞きたいが、その前に―――
「頭を上げてください」
「はっ」
私の言葉で、漸く直立に戻る。
それと同時に私は、彼の情報を確認した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
《名称》
アンドロマリウス
《種別》
魔人
《先天的才能》
健康体【低】 追跡【中】 気配隠蔽【中】
真贋識別【中】
《後天的才能》
重心安定【中】 近接格闘術【中】 短剣術【高】
投擲術【低】 暗器術【中】 柔術【低】
感情制御【中】 苦痛耐性【中】 信仰【極】
《信仰》
ユリア・ルベール
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
何故か……そう、何故か私に対しての信仰があった。
理由はわからない。………わからないったらわからないのだ。そして本人に聞く気も無い。
(というより魔人だったのね……)
見た目には只人との差がわからない。肌色も少し日焼けしている程度に見えるが、此れが地肌かどうかわからないので判断できない。
私が黙ったままな事を疑問に思ったのか、少し首を傾げている。しかし私が話さないからか、彼も話そうとしない。
「……それで、貴方のお名前は?」
既に名前は知っているが、一応直接聞く事にする。
「アンドロマリウスと申します。少々長いので、アンドゥ若しくはマリウスとお呼びください」
「そ、そう……では、マリウスさんと呼びます」
「ユリア様。自分に敬語は必要御座いません。名も呼び捨ててください」
(ん?…何か違和感が……)
「わか…ったわ。それで、マリウスは何故此処に?」
「啓示を受けました」
(………は?)
「殆ど感覚的なものでしたが、だからこそ、間違い無く啓示だと確信しています。実際にこうして辿り着いた以上、間違っていなかったのだと思います」
(ちょっと何言ってるのかわからない………)
私が引き気味に困惑していると、セシリアが前に出てきた。
「どういった理由があったとしても、貴方は不法侵入者です。何故中へ無断で入っていたのですか?」
「おや?教会には入る許可など必要無いでしょう」
「此処は教会ではありません。ユリア様は教会の者に対し、忌避感を抱いています。此処は彼らと関わらない為に造った神殿で、別物です」
「ほぅ…それは失礼致しました。……しかし忌避感とは、いったい教会で何が有ったのですか?」
「それは……」
セシリアが私を見る。多分、話して良いのか判断に困ったのだろう……。
この様子だと、今後関わらないのも難しい気がする。
私は少し考え、マリウスにも事情くらいは教えておいた方が良いと判断し、ある程度説明した。と言っても、レイエルとのやり取りは伏せて。
「成程……では、自分は教会の監視を行いましょう」
「へっ?」
「確か、教会本部のある聖国は今大変な状況にあったと記憶しております。であれば、大した動きは無いと思いますが、念の為」
(この人は何処迄知ってるんだろう………)
聖国については説明していない。私自身正確な情報を持っていない事もあるが、話して良い内容とも思えないからだ。
(そう言えば、全てが片付いたと言ってたけど、何をしてたんだろう……)
気になる事も多い。でも一度に全部聞くのは抵抗がある。………追々で良いかな。
其れは其れとして、扱いが難しい。
今のマリウスに悪気が無いのはわかる。わかるが、以前私を襲った事実は無くならない。私が気にせずとも、その場に一緒に居たリンは納得いかないだろう。現に今、厳しい目でマリウスを見ている。
「……まだ完全に貴方を許した訳ではありません。以前の蟠りも解けていませんので。今後の行動で判断しますから、そのつもりで」
「承知しました。不用意な行動はしないと誓いましょう」
リンを引き合いに出すのを避け、私が不満を持っていると伝える。
その後は特に話す事も無かったので、連絡手段だけ確認して解散させた。
翌日、私は1人で再度婆様の所へ来ていた。
確認したい事があったのと、名付けをする為だ。
寮に帰った後、ルーから聞いたのだが、あのままだと婆様は1日と持たずにまた眠ってしまうらしい。そう聞いた私は、今日の予定も変更した。と言っても長居する気は無いので午前中だけ。
そして目の前に居る婆様は、既に眠っていた。
昨日と同じように、婆様へ手を当て魔力を流す。昨日よりは幾分か早く婆様が目を覚ました。
『……おや、思ったより早かったねぇ』
「聞きたい事もあったので」
『ふむ…その前に、名付けをしておくれ』
「え?あ、はい。……えっと、『テュール』でどうでしょう」
『わかったよ。あたしは今日からテュールだ』
婆様改めテュールがそう言った瞬間、私の中からごっそりと魔力の抜ける感覚が起きた。
スー達の時には起こらなかっただけに、私は驚き目を見張った。
『?…どうしたんだい』
「その…魔力の抜ける感覚があって驚いたんです。スー達の時には無かった感覚だったので」
『あぁ、そりゃそうだろう。見た所、あの子達は生まれたばかりだ。契約時に持って行かれる魔力は微々たるもんさね』
「そうなんですか」
『まぁ、逆に言えばあたしの様に成長しきっている場合じゃ、人によっては魔力が無くなって死に至るのさ』
「………え?」
そんなに危険なら、何故名付けを提案したのか。
そう疑問に思っていると、表情に出ていたのかテュールが説明してくれる。
『安心おし。ユリアの魔力が並じゃないのはわかっていたから、名付けを頼んだんだよ。……それにしても、大分魔力を貰ったと思ったんだが、ユリアの魔力が減った様には見えないねぇ。思った以上だよ』
「あ、あははは………」
『さて、聞きたい事は何だい?何かあったんだろう?』
「あ、はい。……昨日、魔物について語られていたので、詳しく聞きたいと思いまして」
『……ふむ、そうだね―――』
テュールは、魔物について私が知りたい事を教えてくれた。
魔物は総称で、魔獣や魔虫、魔樹や魔魚等を纏めてそう呼んでいるとの事。
この土地の様に魔素溜まりがある場所では、普通の生物が魔素を異常に吸収して魔物に変質する。そしてその魔物が繁殖して増えるらしい。又、魔素の濃度が濃すぎると、突然発生する事もあるそうだ。
元々この場所にも魔物は居たらしく、テュールが追い払ったそうだ。その後も、魔獣や普通の獣はテュールの気配を怖がって近寄らなくなった。
「それでこの国周辺に魔物が居ないのね。……でも獣は?この近辺には居ないけれど、国には何種類か生息してますよ」
『魔獣の方が気配に敏感なのさ。感覚が鋭くなるからね。しかし、魔物が居ないという認識は甘いよ』
「?」
『魔虫はこの山にも住み着いているだろう?奴らはあたしの気配は気にしないし、恐怖心も無い奴が居るからね。勿論魔樹もそうさね』
「え?…では、ひょっとしてサイズが大きい虫が居るのって……」
『魔物になってるからさ。魔物の特徴は、サイズが大きくなる事、感覚が鋭くなる事、生命力が強くなる事なんだよ』
「えっと…駆除した方が良いのですか?」
『いや、必要無いさね。害獣や害虫なら別だが、その生物の気性は変わらないからね。……ただ、特定の魔石が欲しいなら狩ると良いさ』
「特定の魔石ですか」
『そうさ。魔石は、自然で採れる物は土地や気候に影響されるからね。数は兎も角、欲しい性質を得るには苦労する事もある。だが、魔物の持つ魔石は、魔物に影響される。だから、欲しい魔石の性質を持つ魔物を狩れば確実に採れるのさ』
つまり、欲しい属性の魔石があるなら、その属性を持つ魔物を倒せば良いらしい。特に癒と蝕は魔物からしか採れないようだ。
他に聞く事は無いかなと思ったが、テュールが抱いている装置の存在を思い出した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
《名称》
魔素変換器
《種別》
魔具・動力変換型
《特性・特徴》
周囲の魔素を取り込み、魔力に変換する。許容量を超えた魔力は徐々に放散される。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
(此れ、魔具だ……)
テュールは装置と言っていたが、単純構造の魔具だった。
魔具は、魔力を動力源として作動する。基本的に、魔力を貯蔵する核、魔力を伝達―――入力・出力―――する回路、効果・効力に影響する情報があれば魔具になる。情報に関しては、条件設定に必要なもので、魔法が使える人しか作成できない。他にも、効果に合わせて形状を変えたり、内容物を仕込んだりと色々ある。
又、回路に使用される素材は魔鉄粉で、魔鉄を粉状に粉砕した物だ。核は魔石で、属性が効力に影響を及ぼすので、選別が必要となる。此れらは情報可視化で発覚した事で、例の鉱山にもあったので今では作り放題となっている。情報を入れる素体は金属であれば何でも良いが、情報が細かくなればなるほどサイズが大きくなる。改良点として、魔力伝達率の良い物を使用すると、小型化及び軽量化できる事迄判明している。
「テュールは此処を放れられないって言ってましたよね?」
『そうさね。消滅の心配は無くなったけど、魔物の心配があるからね……。あたしは此処に留まるよ』
少し寂しそうに聞こえる。
起きていられるようになった分、他に誰も居ない状況が続くのは辛いのだろう。
詳しく聞くと、魔具から放散される魔力を吸収せず放置すると、時間経過で魔素に戻るらしい。
「なら、その魔力をどうにかする魔具を作れば大丈夫ですよね?」
『ん?……魔具かい?』
「あ、装置です」
『ふむ……そうなるねぇ。あたしが此処に居る意味も無くなるから、解放されて自由にはなるよ』
「では、お節介で無ければ、時間は掛かりますけれど何とかします」
『………なら、期待しとくよ』
「ふふっ、期待しておいてくださいね」
魔力をどうにかするだけなら、浄化の魔具を置けば良いだけだから簡単だが、折角なら有効活用したい。
「あ、話しは変わるんですが……」
『何だい?』
「鱗を触っても良いですか?」
『其れは構わないけど、急だねぇ…』
「いえ、実は初めて見た時から触ってみたいなと思ってました」
『そうかい、好きにしな』
許可を得たので近付き、撫でてみる。
(うわっ、すべすべだ!)
見た目でもつるつるしてそうだと思っていたが、実際に触ると掴めそうにない程すべすべだった。
私は満足いくまで撫でた後、学院に戻った―――
「何処に行ってらしたんですか!?ユリア様!心配したんですよ!!」
「………ごめんなさい」
(書置き忘れてた……)
叱られた後、拗ねたリンの機嫌を取るのに苦労した。
抱きついて頭を撫でていると、「は、はしたないですよ」と言いながら照れているリンは可愛かった。
お昼過ぎ、エイミさんの研究室に来ていた。
丁度次の魔具の研究内容を決める予定だったので、魔素溜まりを活用する為に色々考える事にした。エイミさんには、話して良いのか判断に困ったので、テュールの件は伝えていない。
研究室にある資料を読み漁っていると、興味深いものが出てきた。
「エネルギーの変換技術?」
「あら、珍しいものに目を付けましたね」
私の呟きにエイミさんが反応する。
「珍しいんですか?」
「ええ、昔の研究者が出した論文に、どの魔力でも違うエネルギーに変換できる可能性がある。といったものがありまして、残念ながら途中で実験を断念せざるを得なかったようですが……」
「断念した理由ってわかりますか?」
「はい。実験の途中で、危険が伴うようになったそうです。……確か、当時の研究資料の写しがこっちの棚にあった筈」
そう言って、エイミさんは資料を纏めてある棚を探す。
「この辺に……あぁ、ありましたね。えーっと、感電?どうやらエネルギーを変換する所迄は成功していたみたいですが、変換後のエネルギー抽出の際に感電して意識不明の重体になったそうです。その後は、危険が伴う実験であると判断され、同様の実験は禁止されたみたいですね」
(感電したって事は電気になったって事だよね?)
「………エイミさん」
「はい?」
「安全が保障されていれば、実験しても良いという事ですか?」
「其れは……そうかもしれませんが、魔学技工士長の許可を得て、王妃様の承認も必要ですよ」
(魔学技工士長………リズィさんだったかな?)
「……では、許可が出なければ諦めますね」
私の言葉に、エイミさんは仕方のない子、という風な表情をしていた。無理だと思っている顔だ。
説明は面倒そうだが、何とかなりそうな気はする。
一応根回しと事前準備も必要だから、許可が貰えるとしても先の話になる。
私が頭の中で算段をつけていると、研究室に珍しく他の人が訪れたようで、ノックの音が聞こえてきた。
「私が出ますね」
「はい。お願いします」
私の方が扉に近かったので、私が出迎える。
「はい。どなたで……いらっしゃいませ?」
「何故疑問符が付くのですか。私が来るのが変ですか?………ごきげんよう」
「ごきげんよう。いえ、初めていらっしゃったものですから、驚いてしまいました」
扉の前には、アクォラス公爵令嬢と、使用人と思われる人が2人居た。
「私、こちらの研究室に入りたいと思いまして」
「……え?」
「聞けばユリアさんも此方で……いえ、1人しか出入りしていないとお聞きしましたの。それならば、私も集中して研究できると存じますの」
「………成程?」
「それに加え、今年の選別授業では、私も魔学を受けますので、有意義な時間になる筈ですわ!」
取り敢えず中に入ってもらい、エイミさんに軽く紹介。
エイミさんも研究室の人員が増えて嬉しいのか、二つ返事で了承した。
そして、私を含めての今迄の活動や、今後の予定について話した………。
ブクマと評価、ありがとうございます。