学院生活2年目が始まります
―――――幾星霜を経て、漸くあなたを見つけた。
―――――どれだけ時間が掛かろうとも、必ずあなたを私のものにする。
―――――制約を課され、自由を奪われようとも、私は諦めない。
―――――だから………どうかあなたも、私に気付いて……………。
学院生活も2年目に突入した。
今迄の事もあり、入学式でも何かしら手伝いがあるのかと身構えていたが、特に何も無かったので拍子抜けしてしまった。
今年の新入生代表の挨拶は、伯爵家の御令嬢が行った。2年連続で代表が女性なのは、学院設立以来初だそうだ。
私が驚いたのは、今年は音声を拡散する魔具が使用されており、見た目が私の知っている拡声器とあまり相違なかった事だ。後から聞いた話だが、私が去年やった事で興味を持ったエイミさんが、1人で開発していたそうだ。なので、見た目が私の知っている拡声器に似ているのは偶然だったようだ。
そしてそのおかげで、今年の入学式は全員の声が良く聞こえた。去年私は、代表だったので前列に居たのでそうでもなかったが、後ろに居た人達は良く聞こえなかったらしく、空き時間での会話はその話題ばかり聞こえてきた。
周りの人達の会話を聞きながら、私は最近の王妃様からの手紙にあった内容の事を考えていた。
要約すると、教会本部のある聖国が滅んだから注意するように。という事らしく、最初は何に注意しろと言っているのか理解できなかった。が、その事について書かれた手紙はその後も続き、2通目、3通目となってくると、何となく見えてくるものがあった。
つまり、国としては滅んだが、人が全て亡くなった訳ではない。そして、その中には教会本部の人間も含まれる。
教皇を含む一部の者は、この国方面へ逃走した形跡が散見されたという報告もあり、その足取りは今も追っているそうだ。そしてその目的は、恐らく私にあると言う。
どういった形かはわからないが、聖女を利用して何かするんじゃないかと、王妃様は心配してくれている様だ。
何はともあれ、私がそうだとばれてはいないので、此れ迄通り教会に近寄らないよう注意しておこうと思う。
いざという時は、転移を駆使して逃げる事も辞さない。
(………そう、遂に!自身での転移ができるようになったのだから!!)
つい先日の事。いつも通りに転移扉を使って移動した時、唐突に、何の根拠も無く『できる』という感覚を覚えた。本当に唐突で、思わずそのまま固まり、リンに心配されてしまった程だ。
気のせいだったら恥ずかしいと思い、こっそり1人で試した所、あっさりとできてしまったのだ。と言っても、場所が想像できなければならないので、行った事の無い場所は無理だ。因みに、移動先と置き換える形になる様で、何か物が有ったら私が元居た場所に移動する。それも、物体として移動するので、私が移動した部分だけが抉れるといった事は無かった。
さて、時間が経過しお昼時。話は変わるが、2年次になって選択授業が増える事になる。私は今、どの授業にするかで悩んでいる。
選択授業の候補は、芸術(鑑)・芸術(職)・経営学・奉仕学・武芸学の5つだ。
芸術の鑑は、見る目を養い、評価する力を付ける事を目的とする。主に鑑定士を目指す人や、将来芸術品を取り扱う商売に携わる人が受ける。
芸術の職は、見る目を養う点では鑑と同じだが、こちらは手に職を付ける為に必要な基礎知識を学ぶ事を目的とする。鍛冶職人等の様に、専門の設備が必要だったり、師弟関係を築いて学ぶ職種は含まれていないが、他の職人に必須と思われる知識と技術が学べるらしい。主に画家や針子職人を目指す人が受ける。
経営学は、そのままの意味だ。主に商人を目指す人、商家の跡取りが受ける。
奉仕学は、此方もそのままの意味だ。主に将来使用人を目指す人、他家の臣従に当たり、家督を継ぐ予定の無い人等が受ける。
武芸学は、剣術や馬術等の技術を磨き、習得する事を目的とする。主に騎士を目指す人、この機に乗馬を覚えたい人が受ける。
私の場合、芸術は情報可視化があるので見る目を養う必要が無いし、職人になる気も無い。
経営学は、既に商会を持っているので今更である。
奉仕学に至っては論外だ。今後誰かに仕える気は全く無い。
と言う事で、消去法で武芸学となる。ただ、学ぶ事は少ないかも知れない。剣術は別として、乗馬の方は心得がある。勿論前世の知識なので、馬術と呼べる程のものでは無いが………。
(まあ、体格が違うから感覚も変わると思うけど……)
「ユリアさんはどれにするのですか?」
私が考え込んでいると、ルナリアさんが話し掛けてきた。
「えっと…選択授業の事ですか?」
「そうですそうです!私は乗馬に興味があります!」
「そうなのですね……。私の場合、消去法で武芸学になるかと…」
「じゃあ一緒ですね!」
「ふふっ、そうですね」
ルナリアさんは嬉しそうだ。其れに対し、イリスとフィーナは少々暗い表情だ。
「2人共どうしたの?」
「あっ、えっと……なかなか決まらなくて………」
「私はその、将来の事を考えてなかったので………」
「あら、そうだったの?……でも、イリスは悩むまでも無いんじゃない?」
イリスは学院卒業後、私の商会で働く事になっている。なら、経営学で良いと思うのだが、何か他にやりたい事があるのだろうか……。
「あー、その………ユリア様と一緒に旅をする時の為に、武芸学も学びたいなと思いまして」
イリスは他の2人に聞こえないよう、小声で伝えてきた。
「そういう事ね……」
気持ちは嬉しいが、正直必要無い気がする。馬で移動する気は無いし、剣術が必要になる場所に連れ回す気も無い。とはいえ、其れを言っても結局は本人の気持ち次第だろう……。
「フィーナは?」
「えっと、私は学院卒業後の事はあまり考えていなかったもので………。正直、どれが自分の為になるのかわからないんです」
(そういう事ね……)
「私としては、芸術の職で良いと思うのだけれど…希望申請は来週だから、納得いくまで悩むのも良いと思うわ」
「………はい」
選択授業の話は其処で終わり、話題は学食の味付けの事に移った。
「それにしても、料理人が変わったという噂は本当だったんですかね?」
「そう思うわ。メニューは一緒だけど、味が全体的に薄くなったもの」
「私はこれくらいが丁度良いです」
イリス、ルナリアさん、フィーナの順だ。私としては、どちらの味付けでも美味しく頂けるので思う所は無い。………どうでも良い訳ではありませんよ?
「どうせ変わるなら、メニューも変えて辛味を出して欲しいですね」
「あら?イリスは辛いのが好きなの?」
「はい!!私、辛党なので!!」
「……えーと、辛党は、塩辛い味付けみたいな濃い味付けを好む人を言うのよ?」
「え!?……そうなんですか?」
「そうね、だから辛いのが好きで辛党は間違ってるの」
意外とこの事実を知らない人は多い。前世でも、知ってる範囲だけでも半数近くが間違って使っていた。
「それと、今調味料と呼べるものは塩と砂糖だけよ。意図して辛味を付ける料理人は居ないと思うの」
「え?でも、ユリア様のお父様が経営してるお店で、カレーが食べれますよね」
「そうね。でも他では無いでしょう?」
「確かに………あれ?ひょっとして、ひょっとします?」
「ん?」
「ユリアさんが関わってるか聞きたいんじゃないですか?」
「ああ、そういう……。そうよ。私がお父様の経営しているお店の料理人に教えたの」
「ほぇー……ん?なら其処からも収入があったりして……」
「そうね、少なからず」
「良いなぁ~。やっぱりそっち方面の知識が有った方が良かったかも」
イリスは、仕事に関係無い知識は余り無いそうだ。料理に関しても、食べる専門で作った事は無いと言う。
「うふふふ。その点、私はスイーツの事なら良く知ってますから、任せてくださいね!ユリアさん!」
「……その前に食材と調味料を揃えないとですね」
「ああいえ!急かしている訳ではありませんよ!?」
「ふふっ、わかってるから大丈夫ですよ」
「………良いなぁ」
「?……どうしたの?フィーナ」
「……皆さん、何だか通じ合っている様で、少し羨ましいなと思いました」
そう言いながら、フィーナは少し寂しそうに微笑んだ。
通じ合っている、というのは恐らく私達が転生者で、その事実を共有しているからだろう。自然と気安く接している自覚はある。転生者の事はフィーナには教えられない―――教えたとしても信じてもらえないと思う―――が、私としてはフィーナにその気があるのなら、学院卒業後に私の商会で働いてもらいたい。
フィーナは気付いていないが、男子生徒からの人気が結構高い。普段は私達が居るせいで近付く男子はいないのだが、フィーナが1人の時、授業内容がわからないと言って聞きに行く男子がちらほら居るのだ。中には、成績上位者で試験結果の順位に載っている人も居た。間違いなくフィーナ目当てだろう……。
ルナリアさんには言った事があるが、将来は食材や調味料を今以上に揃える予定だ。そして、スイーツ専門店を開き、ルナリアさんには其処で存分に腕を振るって欲しいと思っている。なので、フィーナさえ良ければ、店員をして欲しい。
可愛らしい店員が居ると店内が華やぐし、お客受けも良いだろう……。そして何より、私が制服姿のフィーナを見たい!凄く見たい!!……………私情は置いておこう。
「あら、フィーナも遠慮を無くせば良いのよ」
「へ?あ、いえ、そんな……今は学院生だから、こうして御一緒させていただいてますけれど、イリスさんは兎も角、御2人とは本来こうして話す事すら烏滸がましいのです。」
「そんなに気にしなくても良いのに……私が、フィーナとこうして話したくて誘っているのだから。……ね?」
私の説得が功を奏したのか、最終的にフィーナは頬を赤く染めつつ「努力します」と了承してくれた。
お昼が終わって解散した後、イリスが私に近寄って来た。
「ユリア様って、フィーナの事をよく気に掛けていますよね?何かあるんですか?」
他の人に聞こえないよう、小声で聞いてくる。
何か、と言われても特に無い。………強いて言うのなら、教室で最初に声を掛けたから…だろうか。第一印象は、可愛らしい小動物的癒し系だった。現に、フィーナが頑張っている姿を見ていると、私は癒される。
(何してるか気になったり……はっ、まさか此れが、恋!?………いや、無いか)
「……そうね、私が誘った責任もあるけれど、フィーナって可愛いじゃない?」
「え?……あ、はい。そうですね」
「将来、ウェイトレスとかやってもらえたらな~って思ってるの」
「あぁ、成程………集客効果ありそうですね」
「ふふっ、まあ…強制する気は無いけどね」
納得したイリスと別れ、午後の授業を消化してその日を終えた……………。
『ユリア、オキル、ユリア、オキル』
(んぅ………ん?)
休養日の朝、眠っていた私は聞き慣れない声で目を覚ました。
「……あれ?」
体を起こし、周りを見るも、誰も居ない。―――――個人部屋なので、居たとしたらそれはそれで問題なのだが………。
『ユリア、オキタ!ユリア、オキタ!』
「え?」
再度声が聞こえたと思ったら、ルーが目の前に来て空中で舞いだした。
私は混乱しながらも、ルーに確認する。
「……今の声、ルーなの?」
『ソウダヨ、ルーダヨ!』
会話できる事が嬉しいのか、くるくる回りながら返答するルー。心なしかルーの羽根が大きくなっている気がした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
《名称》
ルー
《種別》
中級精霊(未成熟)
《先天的才能》
悪意感知【特】 浮遊【高】 眷属化【特】
言語理解(全)【中】 魔法才能(風・地)【中】
《後天的才能》
魔力操作【低】 舞踏(精)【中】 念話【特】
《契約者》
ユリア・ルベール
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
(………成長してる)
言語理解が【低】から【中】になっていた。其れに、念話が増えているので先程のは此れかもしれない。よく見てみると、ルーの口の動きと聞こえてくる声が合っていない。
『ユリア、ヤマイク。ババサマ、タスケル』
「え?やまいく?……山?山に行きたいの?………と言うより、婆様って?」
『ババサマ、ネテル。カワイソ、タスケル』
「えっと、ちょっと待ってね……」
ルーは片言で話すので、少し聞き取り辛い。
今の単語を聞くに、私に山に行って欲しいらしい事はわかった。婆様とやらを助けて欲しい事も。
問題は何処の山か、婆様とは誰かがわからない事だ。それから、助けてと言うわりには笑顔でいる事もちょっと理解できない。……急ぎでは無いのだろうか。
「山って、何処の山なの?」
『ヤマイク、イツモイクヤマ。ユリア、ヤマイク』
「いつもいくやま…いつも、行く、山?」
『ソウ!ユリア、イツモイクヤマ』
「えっと、鉱山の事?」
いつも行く、と言われれば、鉱山くらいしか思いつかない。と言っても、最近はあまり行っていない。
それでも一応、と思って聞くと。ルーは首を傾げる。
「あれ?違うの?」
『ヤマハ、ヤマダヨ!』
「??………んー、なら…此れが有った所?」
『ソウ!ソノヤマ!ユリア、イツモイクヤマ!』
亜空間にストックしていた鉱石を取り出し、ルーに見せる。
鉱石を見たルーは、くるくる回りながら答える。
「場所はわかったけど、今日は予定があるの。……急ぐの?」
『イソグ?ワカンナイ!…デモ、ババサマ、カワイソ』
「うっ、……」
急を要するか、いまいちわからない。でも、可愛そうと言われると言葉に詰まる。
確かに、助けが必要なら急いだ方が良いのだろう……。
(仕方ない、エイミさんには急用ができたって言って予定を変更してもらおう)
本来なら、今日はエイミさんと一緒に、新しく開発する魔具について話し合う予定であった。
その後、部屋にやって来たリンに一通り説明し、エイミさんには予定変更のお願いと謝罪をしてからリーデル領に移動した。
ブクマと評価、ありがとうございます。




