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閑話~聖国が滅んだ日~

 ファクロス聖国の教会本部の一室にて―――


「……まだ見つからんのか?」

「はい。目下捜索中で御座いますが、何分他国では動きに制限が……」


 教皇と司教が会談を行っていた。


「そんな事はわかっておる。だからこそ、アドモン枢機卿に行かせたのだ。あの問題児ならば、他国であろうと関係無く動くだろうと思い派遣したというのに。だが現実はどうだ……定期連絡を忘れるだけでなく、遊び呆けておるそうではないか!…よもや、目的を忘れておる訳では無かろうな?」

「いえ、そんな事は……しかし、どうにもあちらの国は、協力的ではないどころか、邪魔をしているようでして……例の聖女様の所在も執拗に隠されているとか、どうにも難しいとの事です」

「ふんっ、どうだかな……あの件についても失敗しおってからに………」

「?……あの件、とは何でしょう」

「お前は知らなくても良い事だ」


 教会が設立された当初、関係者は皆信心深い者ばかりであった。しかし、代を重ねるにつれて段々と腐敗して行った……。とは言え、神の存在を信じていない訳では無い。むしろ、神の存在と聖女というシステム(・・・・)については理解している。

 ただ単に、崇め奉る気持ちが無くなって行っただけに過ぎない。そして、聖女を利用し、より自己顕示欲を満たし、私腹を肥やそうとしている。

 特に今代の教皇はその傾向が強く、自分の代で出現した聖女を囲い利用する為に枢機卿を派遣していた。


「まあ良い、同じ報告も聞き飽きた所だ。今後は何か進展があった時だけで良い」

「承知しました。……失礼します」


 司教が出ていくのを見送った後、教皇は懐から手紙を取り出し、誰にともなく呟く。


「あのバカ者が……あれほど慎重に事を運べと言い聞かせたが、足りなかったか………。しかし、あの毒を食ろうて無事とは……悪運のあるやつよ………」


 手紙を懐に戻し、部屋を出た時、外が騒がしい事に気が付いた。

 教皇は近くに居る者を呼びつける。


「おい!何の騒ぎだ」

「あっ、教皇様。いえ、その、私も今来たばかりでして、状況を把握しておりません」

(ちっ、使えんやつよの……)

「まぁ良い、見て来い」

「は、はい」


 教皇に言われた者が、様子を見に行こうと踵を返した瞬間―――


「ぬ?……こやつらもか………」


 ――1人の少女が現れた。


「……誰だ?此処は関係者以外立入禁止となっておる。即刻立ち去るがよい」

「のう、ぬしら……此処に教皇というやつが居ると思うのだが、何処に居るか知らぬか?」

「何?失礼な小娘が!儂がその教皇だ。何者か知らんが、無礼が過ぎるぞ!!」

「ぬしが教皇……?馬鹿を申すな。真黒ではないか。そんな不味そうなやつが聖職者の長な訳が無かろう、妾を謀っておるのか?」

「何だと?」

(真黒?何を言っているんだこの小娘は……)

「無礼なだけでなく、不敬でもあったか……。これ以上の不愉快は我慢できん!失せろ!!」

「教皇様、此処は私にお任せください」

「……良いだろう、さっさと連れ出せ」

「はい」


 少女を連れ出そうと、若者が近付く。


「ぬしはまだマシだな」


 そう言った少女が若者に触れた瞬間――――――若者がその場に崩れ落ちた。


「っ!!?……な、何をした!?」

「む?…これは異な事を聞く。食事ではないか」

「は?な、食…事、だと?」

「生き物は(すべか)らく栄養が必要であろうに。その為の食事に何の疑問を持つ?」

(栄養?食事?……今のが食事だと?こいつは何を言っている?……いや、それよりも―――)

「誰か!!誰か居らんのか!?」


 教皇の声を聞いた人が急いで駆けつける。しかし、人数は少ない。この時既に、教会本部に居た者の大半は逃げていた。残っていたのは、騒ぎに気付かなかった者や、気にしていなかった者だけだった。


「!?…こ、この状況はいったい……?」

「この小娘を追い出せ!だが触ってはいかん!理解できぬ方法で無力化されるぞ!!」

「わ、わかりました」


 教皇はこの時、この少ない人数では無理だと悟った。そこで、時間稼ぎをそれと気付かせずにさせ、自分は逃げる気でいた。


(一旦部屋に戻り、急ぎ金目の物を纏めねば……)

「何!?」

「魔法と魔術が効かない!?」

「何故!?」

(何だと!?其れでは時間稼ぎも期待できんではないか!!くそっ、仕方あるまい)


 教皇は金品を諦め、そのまま逃げる事にした。自分への注目が切れている事を確認し、脇目も振らず逃げ出した……………。





 ファクロス聖国の王城内にて―――


「教会の者は大人しくしているか?」

「はい。そのようですな。流石の教皇も、毒殺の指示を疑われれば、大人しくする他ありますまい」

「………全く、自分達の教義を忘れたんじゃないだろうな?」

「はてさて……どうでございましょうな。少なくとも、今の教皇になってから良い噂を聞いた事はありませんな」

「不安だ……幸いにして、ルースリャーヤからは抗議文書が届くだけで済まされているが、向こうがその気であれば、この国などものの数では無いと言うのに……」

「ふむ………温厚な対応で良かったとは存じますが、此処に攻め入ろうとしても行軍は難しいのではないですか?」

「……先王の言葉に、絶対に敵に回してはいけない国の名がいくつか有ってな。その中にはルースリャーヤも含まれていたのだ。と言う事は、距離など関係無い何かがあの国には有るのだろう………」

「左様でしたか……」


 若干重苦しい沈黙となった室内に、兵士が慌てた様子で入って来る―――


「た、大変で御座います!!」

「……何だ、騒々しい」

「申し訳ありません!現在、教会本部と付近の住民が原因不明の昏睡、及び殪死(えいし)しており、調査に向かった兵が戻って来ておりません」

「何……?」

「それから、目撃情報を集めました所、教会本部に見知らぬ少女が入った事と、その後に教会の者が複数人逃げるように飛び出して行った事から、その少女が何かしらの形で関わっているものと推定されます」

「………それでは何か?その少女とやらが訓練した兵より強いと言うのか?」

「いえ、その……自分にはわかりません!」


 集めた情報を、私見を交えずにただ報告しただけの兵士には、国王からの質問に答える事ができなかった。

 国王自身もその事は理解していたが、何も言わずにはいられず、先の発言を行ったのだった。


「まあ良い、報告ご苦労。職務に戻れ。後は第一騎士団に任せよ」

「はっ、失礼致します!」


 兵士が礼をし、退室した。


「………どう思う」

「現状ではまだ何とも……調査している者も、何も発見しておらず戻ってこないだけかもしれませぬ」

「それもそうか……」

「それでは第一騎士団に―――」

「し、失礼致します!!」


 今度は別の兵士が慌てた様子で入って来た。


「……今度は何事だ」

「も、申し訳ありません!只今、教皇様が登城致しまして、至急陛下にお会いしたいとの事です!」

「何?………先触れは来ていないぞ」

「…面会予定も無かったかと………」

「となると、先程の件か……」

「でしょうな………」

「ええい!まだか!!」

「お待ちください!未だ入室許可が出ていません!」

「やかましい!そんなもの必要無いわ!!この儂が態々直々に来たのだ。邪魔をするでない!!」


 扉前の兵士の制止を振り切り、教皇が入室して来た。


「おや、これはこれは……何処の礼儀知らずかと思えば、教皇ではないか。面会の約束も無しに突然来るとは、とても由緒ある教会の者を束ねる長とは思えませんな」

「それだけ急ぎの用だと思わんのか!このバカめが!!……いや、言っている場合では無い。よく聞け若造、先程教会に意味不明な発言をする小娘が来ておった。今何処に居るかはわからんが、あれは危険だ。既に何人か犠牲となっておる。早う何とかせい!」

「……意味がわかりかねますな。どう危険かを詳しく伺いたい」

「そんな事は儂が知りたいくらいじゃ!儂を庇った者が、何をされたのかわからず目の前で倒れたのだぞ!」

「其れはつまり、助けに入った者を見捨てて此処に来られた訳ですな?」

「当たり前だ!!儂は生き延びねばならんのだ!犠牲になった者も本望であろう!!」

(そんな訳があるか耄碌(もうろく)爺めが……)

「はぁ……今から第一騎士団を出動させる。ギブスリー、手配を」

「畏まりました。して、き―――」

「きゅ、急ほ――はっ、ごほっ、ふっ、ふぅ…ん゛ん゛、急報です!」


 更にまた別の兵士が息を切らしながら入室して来た。


「……申せ」

「はっ、只今城門前にて、襲撃を受けております!」

「何!?襲撃だと?」

「既に門兵を含んだ数人がやられております!現在は各騎士団が緊急配備を整えておりますが、対象の進攻速度は衰えず、急ぎ判断を仰ぎたいとの事です!!」

「……どう見る、ギブスリー」

「ふむ、その者の特徴他気付いた点があれば申せ」

「はっ、対象は少女の見た目をしておりますが、拘束の為に接近した者が()す術無くやられました。その後、遠距離からの制圧に切り替えたのですが、魔法や魔術が効いている様子が見られませんでした!」

(魔法が効かない?……)

「何をされたのだ」

「その―――」

「陛下!お逃げください!!此処は危険です!!」


 兵士の返答を遮る形で現れたのは、隊長格の男だった。


「………考える暇も無いのか」

「此れは少々…いえ、非常に不味いようですな」

「襲撃者は真直ぐ此処を目指している模様です!我々は阻止に失敗し、既に騎士団長達がやられました!!」

(騎士団長がやられた!?……待て、()と言ったか?)

「……誰が残っている?」

「あと数名が時間稼ぎをしております。しかし、他は皆やられました。騎士団は壊滅状態にあります!」

「「何だと!?」」

「最早一刻の猶予も有りません!急ぎお逃げください!!」

「くっ、こんな事が……教皇、この事態を………何処に行った?」


 教皇は先程の報告途中で抜け出し、自分1人で逃げ出していた。


「あの耄碌爺め、我が身可愛さは人一倍だな。……仕方あるまい、王城(ここ)は放棄する。一時身を隠す、急ぎ城に残る者皆に伝えよ!!西の―――」

「何じゃ、此処も騒々しいのぅ……」

「誰だ!!?」

(異国の服を着た……少女?ならばこいつが………)


 国王の決断が遅かった訳では無い。時間稼ぎが意味を成さなかっただけだ。


「陛下!此処はお任せを!御身だけでも急いでください!!」

「煩わしいのぅ。ぬしらも邪魔立てするのか」


 顔を(しか)めた少女が呟いた直後、立ちはだかった兵士に接敵し、触れようとする。其れに反応した兵士達は、盾で防ごうとした者、斬りかかった者、躱そうと身を捻った者に分かれた。

 盾で防いだ者と斬りかかった者はその場に崩れ落ちた。躱した者は助かったが、目の前の光景が信じられず、更に伸ばされて来た手への反応が遅れて捕まった。その瞬間、最後の兵士が倒れた。


(何だ?何が起こっている!?)


 その場に残った2人は非現実的な現象を目にし、逃げるという思考が吹き飛んでしまい、その場から動けずにいた。

 そんな事もお構いなしに、少女は話し始める。


「此処に教皇を名乗る者が居ったと思ったのじゃが……ふむ、移動しておるの」

(教皇だと?……と言う事は、あの耄碌爺が此処に来た所為だったのか!!)

「……そうだ、教皇は既に居ない。邪魔はせんから追うと良い」


 国王は、教皇を追って来たのならば、邪魔さえしなければ助かるかもしれないと思い、少女に話し掛けた。しかし、結果的に言えばこの行為は失敗だった……。


「ぬ?……おぬし、比較的明るいのう。あの者よりも美味そうじゃ」

「………何を言っている?」

「うむ、先におぬしからいただく事としよう」

「!?陛下、お逃げくだ―――」

「邪魔じゃ」


 少女が国王に向かった瞬間、危険を察知して咄嗟に庇う行動に出た大臣だったが、接触した途端にその場で倒れる。

 逃げられないと悟った国王は、恐怖に震える―――――事は無く、目の前で起こった現象を考察した。



(昏睡し殪死する。……昔、未だ子供の頃に聞いた事がある)



 少女は、邪魔になったものを横に払い除ける―――



(魔法を使い、魔力が底を尽きると、昏睡状態になる)



 少女は、国王の方へと歩み寄る―――



(そして、更に魔力が無くなり、空になると死を迎える)



 少女は、国王の頭を鷲掴む―――



(昏睡するのは、体の防衛本能が作用し、死を避ける為なのだと)



 少女は、恍惚とした表情となり、「ふぉぉぉおお!!」という奇声を上げる―――



(当時、他の学者が其れを否定しておったが、もしや―――)



 国王の意識は其処で無くなった。その場には、満足そうな表情をした少女のみが残された。


「うむ、今迄で一番美味であった」


 その後、少しの間余韻に浸った少女。他の場で騒いでいた者達も、少女の餌食になった。その中には、姫や王子も含まれる。

 こうして、ファクロス聖国は滅んだ―――――





「はっ、はぁ、はぁ…げほっ、ごほっ、ふっ……ふぅ、はぁ…くそっ、この儂がこんな目に遭うとは」


 教皇は現在、馬車に乗って街道を進んでいた。

 其処には、教会本部から逃げ出した者が数名、一緒に乗っている。王城から出た所で、偶然合流できたのだ。その後、王城を出て少し行った場所で馬車と食糧を無理矢理提供させ、今に至る。


「しかし、あの様な化け物が出ようとは………。教皇様、これからどう致しましょう」

「知れた事よ。あれが存在する限り、もうこの国は終わりだ。逃げるしかあるまい」

「逃げると言いましても、目的も無く移動するのは無謀と思われます。何処か……できれば遠い国に亡命するのが最善かと。問題は…食糧をどうするかですが……」

「………儂に考えがある。向かうのはルースリャーヤだ。其れ迄の国では、各教会で食糧を供出させれば良いのだ。向かう理由も既に考えておる故、心配する事は無い」

「おぉ!流石は教皇様!何処までもついて行きます」

(こやつらも使えんようであれば、途中で捨てれば良い事だ……)


 自身の思惑を悟られないよう、教皇は注意を払いながら説得を行った。だが―――



「む?…移動が速くなっておるな。少し急ぐか……」



 ――他でもない、自分自身が狙われている事には、(つい)ぞ気付かなかった……………。


※殪死:たおれ死ぬ事。


ブクマと評価、ありがとうございます。

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