閑話~報告と苦悩②~
ルースリャーヤ王国の王城、その執務室にて、国王と宰相が向き合い、報告書を片手に話し合っていた。その場には他に、諜報部の長も居た。
「………これは、ふざけているのか?」
「いえ、何度も確認しましたが、間違い無いとの事です」
「こんな事があり得ると?」
「……………現実逃避したい気持ちはわかりますが、事実です」
「むぅ……そうか………」
その手にしている報告書は、リーデル領のものだ。細かい内容も報告させている為、今では一番多く報告が送られて来ている。
そして今回の内容を要約すると以下の通り―――
『運び込まれた重傷者に子爵婦人が害され、一度亡くなった模様。その直後、監視対象により蘇生されたと思われる』
――意味がわからず、脳内が理解を拒んでいる。
いや、書かれている内容そのものの意味はわかる。しかし、何故そうなったのか、何故其れを判別できたのか、蘇生とは何の冗談なのか……色々と思う所はあるが、蘇生したという事実が呑み込めていない。と言うよりも、現実離れし過ぎている。
何処の国にも歴史はあるが、その中に死んだ人間が生き返ったという史実は無い。………少なくとも俺の知る限りは。
「此れを確認した者は誰だ?」
「……最近リーデル領に配置替えとなった、トラウスという者です。彼は遠目と集音が可能なので、他国の任を解いて呼び寄せました」
「………そうか」
今後の事を考え、箝口令を布いた。こんな事が知れ渡ってしまえば、聖女がどうのとかいう問題がちっぽけに思えてくる程に大事になるのが目に見えている。
また一つ、ユリアにおける悩みを抱える事となったのだった………。
「あなた、ユリアとお茶会する事にしたから、調整宜しくね」
仕事が終わり、寝室で寛いでいる時に妃が来てそう言った。
「………今、何と?」
「あら、聞こえなかったの?……やだわ、歳かしら?」
「聞こえておったわ!!そうではなく、何故何の相談も無く決めているのだ」
「あら?ですからこうして相談しているではないですか。政務の調整をしてくださいな」
「いや、政務では無くお茶会の事だ」
「私がいくらお願いしても、聞き入れてくださらないからです」
以前から、妃はユリアに会いたいと何かある度に言っていた。勿論直接的な言い方では無く、遠回しに理由を作って城に呼べというものだった。だが、そう簡単に理由を作れる筈も無く、今迄聞き流していた。
「……今はあの枢機卿が居るから手が回らん。………最近は特にだ。何やらまた勝手に色々と持ち込んでいると報告があった」
「怪しげな植物の事かしら?」
「そうだ。詳細のわからない物が数点ある。今は調べさせているから、余分に人手を割いているのだ」
「そう………」
妃は何やら考え込んでいる様だ。こういう時は、大抵碌な事が無い場合が多い。
昔から妃は俺よりも頭が良く、想定外の行動に出る事が多かった。しかし、其れでいて結果を出すから始末に負えない。
「良い事を思いついたわ」
「……一応聞こう」
「ユリアとのお茶会で、其れを利用しましょう」
「は?………」
「つまり―――――」
あの枢機卿が手配したものの中に、食材として購入した品が数種類ある。そしてその中に、毒物と判明しているものが2種存在する。その時点で問題だが、せっかくなので其れを最大限に利用する為、ユリアとのお茶会で茶菓子として出し、妃が食す。
確かに妃が倒れれば、責任問題として枢機卿の行動が問われる事にもなるだろう。
しかし―――
「ふざけるな!!お前を犠牲になどできる訳が無かろう!!!」
「あら、犠牲になる気はありませんわ」
「……何?」
「ユリアとのお茶会でするんだもの。ユリアが助けてくれるわ」
「何故そう言い切れる?」
(この間の報告内容は箝口令を布いている。間違っても、妃の耳には入っていない筈だが……まさか?)
「ユリアが治癒の魔法が得意なのは知っているんですよ。私にも耳がありますので」
「……忍ばせていたのか」
「さて、どうかしら」
「はぁ………だが、先も言ったが人手が少ない。何人集めるつもりかは知らぬが、茶会をするにはとても足りぬのだ」
「ふふふ、私の使用人だけで良いですわ。ユリアと2人っきりで楽しみますから」
「お前というやつは………」
その後、使用人をさり気なく枢機卿の様子見がし易いようにと、仕事の割り振りを変えるようお願いされた。俺にお願いしたい調整は其方関係がメインだったようだ。其れに了承しながら、何故今更と思い尋ねると………。
「あら、前からあの枢機卿は食糧保管庫に色々忍ばせていたの。今迄、事前に処分していたから特に問題にはなっていないけれど、今回は其れを利用したいの。目撃者が使用人だったら、偶然見つけたように思えるでしょう?」
「……待て、以前から…だと?俺は知らんぞ。何故報告しなかった」
「あら?伝えていませんでしたか?其れは失礼致しました」
(そんな笑顔で言われてもなぁ………)
胸中複雑に思いつつも、妃が楽しそうに「こういう事は、最も有効となる時に利用しないと」と言った事で毒気を抜かれ、それ以上問い詰める気にはなれなかった。
(俺は一生セリカには敵わんのだろうな………)
妃とユリアの茶会の日になり、俺は内心穏やかでは無かった。念の為医師を待機させているが、もしもがあってはいけない。
一応、こうなる事は目に見えていたので、今手元にある書類は内容の確認をして決裁印を押すだけのものにしている。……その内容がなかなか頭に入らないのが難点だが。
それでも何とか熟していると、誰か来たようだ。
「陛下、只今戻りました」
「うむ、ご苦労だった。直轄地の視察は疲れたであろう。報告は、後程改めて聞く。体を休めてくると良い」
「はっ、失礼致します」
(……しまった、今日だったか…忘れていた)
王太子であるライデルは、王家直轄の領地視察に出ていた。其れは、国王になる前の修行の一環として、実際に自身の目で見て学ぶ事を目的としている。ただ、普通の視察では無く、実際に領地経営に年単位で携わる。
王太子妃を得たのが5年前、その後すぐに直轄地に行き、今日が返ってくる予定日であった。……が、妃の事もあって、先程姿を見るまで完全に忘れていた。
(よりによって今日とは、ついていない……)
ライデルは、最初の子という事もあってか、妃がよく面倒を見ていた。その影響か、ライデルは他の息子よりも妃を尊敬しており、何かあれば必ず俺よりも先に妃に相談に行く。そのうえ、妃が興味を持った事には自分もと言わんばかりに興味を持つ。
帰還報告は流石に先に此方へ来たが、妃を訪ねるのも時間の問題だろう。その時、ユリアと2人だけで茶会をしていると聞けば、妙な邪推をしかねない。
(邪推……とも言い切れないのが難しい所だが)
過去の妃とユリアのやり取りは、面倒事になるのが目に見えていた為に、ライデルへ伝わらないよう注意していたが、今日はそんな根回しをしていない。間違い無く後で色々と聞かれるだろう。
「仕方無い、覚悟を決めるか……」
俺の独り言に帰ってくる言葉は無かった―――
「それで、此れはいったいどういう事でしょうか」
「どう……と言われてもな」
案の定、妃が一度倒れ、ユリアによって救われる結果となった。全快してはいるものの、一応安静にする為ライデルの面会を断ったらしい。そして現在、俺の目の前には無表情のライデルが居る。昔から、怒っている時は無表情のまま圧を掛けられていたが、今も変わらない様だ。
仕方なく、今回の謀について説明する事にした。勿論、蘇生の件については省いて。
「陛下……いえ、父上。見損ないました。少々頼りないながらも、母上を想う気持ちだけは尊敬致しておりました。しかし、其れももう昔の事だったようですね」
「そう言われると辛いが、今回の事はセリカが言い出したのだ。俺も反対したが、成功する確信があったのだろう。引く気は無いようだったし、実際にこうして無事では怒るに怒れんのだ」
「………何故」
「む?」
「何故母上は、その者を其処迄信用しているのです?」
「其れについては、全ては語れぬが……どちらにしても、ユリアの存在を我々王家は無視できんのだ」
「………どういう事ですか」
「ユリアは、精霊と契約している」
「!?………本当ですか?」
「うむ、リズィに確認させている」
報告には驚いたが、幼いながらも2匹の精霊と契約していたと聞いた時には、最初は何かの間違いではないかと疑っていた。偶々一緒に居ただけではないかと。しかし、名付けを行っていたと聞き、間違いではないと思い直した。
「でしたら、王家に縛り付ければ宜しいでしょうに。適当に役職をあてがうか、ドゥクスかスィールが気に入れば婚約者にでもすれば良い」
「婚約の打診は断られている。今はスィールが自身でアプローチしている筈だ」
「……断られた?その娘は、何処の者です?」
「ルベール子爵家長女だ」
「っ!?子爵の分際で断ったというのですか?…本来子爵の身分なら側室でも十分でしょう。なのに婚約を断ったと!?」
「……仕方あるまい。相手はルベール家だ」
「?……ルベール家が何だと言うのですか。確か元は男爵でしょう。そもそも、何故辺境の領地を与えられているのが男爵だったのかも私には疑問が残ります。他は全て辺境伯です。地位的に見ても低く、軍事力の面でも心許無いではないですか!」
確かに普通の男爵であれば、先ず辺境を任される事は無いし、あったとしても辺境伯に叙爵するのが当然だ。しかし、ルベール家の場合は別だ。
「普通であれば、お前の言う通りだ。しかし、ルベール家は違う」
「………普通では無いと?」
「そうだ。……………ふむ、本来であれば、お前が国王の座に就く際に教える予定であったが、少々予定を早めよう」
「……?」
「王家の悲願を覚えているか?」
「?……はい、覚えています。建国に携わった始まりの精霊と呼ばれる精霊を、眠りから覚まさせる事でしょう」
「……認識が少し甘いが、まぁ今は其れで良い。その精霊は、祖と友人の関係にあった。そして、祖が建国を決意して最初に頼った相手が、今のルベール家だ」
「……………本気で仰っているのですか?」
「本気だとも」
「其れが本当ならば、何故地位が低いのですか?おかしいでしょう!!」
言いたい事はわかる。俺も、聞いた時にはなかなか信じられなかったものだ。
「この国の始まりは―――――」
俺はライデルに最初から説明した。
建国の少し前の事、その方は最も強く、最も知識があった。そして、武の面でも衣食住の面でも、相当に助けられていた。当時は、この国を狙う近隣諸国からの侵攻もあり、その方が最前線に立つ事で難局を逃れた事も数多くあった。
そしてその方は、個人の武も勿論だが、数多くの精霊と契約をしていた。どうやら精霊が好きな魔力を持っていたらしく、いつも複数の精霊に囲まれていた。しかしその方は、自身が自由に行動する事を是とし、自らが纏め、指揮する側になる事を嫌った。曰く、性に合わないと……。
その後、近隣諸国も侵攻を諦め、国と認め交易を行う事で利を得ようと方策を変えた。
建国当時、祖はその方に対し、様々な役職と爵位を受けて欲しいと交渉したが、その方が首を縦に振る事は無かった。だがそれでは引けない祖は、何か願いは無いかと尋ねる。すると、その方は商人になりたいと願ったそうだ。自由に国と国を行き来し、経済の面で国を助けたいと……。
とはいえそれ迄の功績を考えると、とても釣り合いが取れているとは言えなかった。其処で祖は、話し合いの末に、子々孫々その方の直系に限り、王家が強制する事は無いと約束をした。又、その方の子孫が受け入れたのなら、働き相応に褒賞を与える事となった。
――そしてその機会はすぐにやって来た。
その方の息子が商才を発揮し、その時経済面で傾きかけていたこの国を救う事となった。その功績を称え、相続権のある男爵位とルベールの姓を与えた。本来は伯爵位を与えようとしたそうだが、身に余ると辞退された事で位を下げた。そして変わりと言う訳では無いが、リーデル領を併せて与えた。
その当時、リーデル領は今程の広さは無く、辺境でも無かった。ジュワイと言う名の辺境地があり、その領に囲われている為安全だと考えたようだ。しかし、ジュワイの領主であった辺境伯は、隣国と繋がり、謀反を企てていた。幸いにして、精霊に愛されていたルベール家は、兵を動かす前に情報を得て対処ができた為、損害は軽微で退ける事ができた。
当然ジュワイの領主は死罪となり、無理矢理に挙兵していた事で領内の維持が難しくなっていたので、リーデル領と併合する事になった。リーデル領の資金は潤沢で、補填が容易だったのが理由だ。その際、辺境伯に昇爵すると王家は打診したが、またしても断られた。
リーデル領がジュワイ領の謀反を、ほぼ被害無しで退けた事が隣国に伝わり、停戦状態にあった2ヵ国から同盟の申し出があった。内片方はジュワイの領主を唆した国だ。
それから暫く後、国からの援助も断り、何事も無く領地経営を行っていたが、現在のリーデル領主であるルベール子爵の代で開拓が成功し、男爵から子爵へと昇爵した。その際に、本宅となる屋敷もさらに南の方へ移した………。
「―――と、そういう事だ」
「……………」
「それに今も、リーデル領は益々活気付いている。一時期はとあるバカ貴族がちょっかいを掛けて面倒な事になっていたが、今では子爵の商会も、ユリアの商会も多大な資産を得ているのだ。国からの支援も無しに領地を守れる程にな」
「?……ユリアの商会と聞こえましたが、まさか令嬢の身で、しかも未だ学院生にも関わらず商いを行っているのですか」
「そうだ。確か10の歳だったか……恒例のお披露目の時に来た子爵から、財務の方に申し出があったな」
「信じられない………」
(む?……素が出る程の事だったか………)
ライデルは妃を尊敬しているだけあって、自身の研鑽を人一倍頑張っていた。その分、他の誰にも負けないという誇りがあったのだろう……。
「さて、お前がどう思うかは勝手だが、この事実と祖が交わした約束を無下にする事は許さん。そしてこの話は、代々国王にのみ口伝されているものだ。間違っても他の者へ言うでないぞ」
「………何故広めないのです?事情を知らぬ者は、私の様に反感を覚えるでしょう」
「これも約束の一つだそうだ」
「……………その娘に強制できない理由は理解しました。しかし、王家の悲願はまた別の話でしょう」
「始まりの精霊は今も眠っているが、その場所は誰も知らぬ。だが、精霊は別だ。精霊との意思疎通が一定レベルを超えれば、その場所に至る事もできるだろう。そしてその可能性があるのは、今はユリアだけだ」
「いえ、それはわかっています。私が言いたいのは、何故理由を説明して協力を願い出ないのかという事です」
「…………………」
「何故顔を逸らすのです?」
(言い辛い…初対面のやり取りで少々やらかしたなどとは……)
「父上?」
「む、むぅ………」
結局、圧に耐えかねた俺は、お披露目の時のやり取りと、どうやらユリアが王家を避けている事等を説明した。すると―――
「バカでしょう、父上……」
――息子の視線が痛かった……………。
暫く後、細々とした事はあれど、比較的平穏な日々が続いていた。
今日も報告書に目を通していると、暗号文を映し出す魔具が作動した。……ファクロス聖国に忍ばせていた諜報からのようだ。
内容は―――
「外。大樹、木、枯れ赤。草、枯れ黄」
『外』は外敵の事を指す。『大樹』は国の中枢を指し、『木』は軍部を指し、『草』は民を指す。そして『枯れ』は被害、又は損害を表し、其れが多いか少ないかを色で表している。赤は甚大、黄は少なめだ。つまり、この場合は何らかの侵攻か襲撃に準ずる事が起こり、国の中枢と軍部は壊滅状態。民の被害は一部で済んでいるという事だ。
この事から、国として維持する事ができないか、難しい状態になっていると考えられる。
「くっ、正確な報告を待つしかないか」
「そうですな……幸い場所は遠いですし、交易も行っておりません。何があったかはわかりませぬが、この国にもすぐに来る可能性は無いと見て良いでしょう。であれば、対策は報告が来てからでも遅くはありますまい」
諜報を送っていたのも、教会本部の動きを見張らせる為だった。しかし、こうして別の形で役に立つとは思ってもみなかった。………それも、全く嬉しくない事で。
とは言え、正式な報告が来る迄の間、何もしない訳にもいかない。教会がどうなるのか、どう動くのかがわからない以上、何があっても対処できるようそれなりに準備しておかなければならない。
「………すまんが、残りは明日片付ける。緊急な案件でない限り、止めておいてくれ」
「承知しました」
部屋を移し、妃を呼んだ。用件はファクロス聖国についてだ。それ程時間も掛からず、妃が部屋を訪れる。
「急ぎだなんて、どうなさいました?」
「……ファクロス聖国が滅んだかもしれん」
「まぁ………しかし、何故私に仰るのかしら」
「正確な情報は未だだが、教会が無事だった場合どう動くかわからぬ。考えられる状況が、俺にはあまり思いつかんのだ」
「左様ですか……では、最悪の場合に備えれば宜しいかと」
「む?……最悪と言うと、この国へ何かしらの被害が出るという事か?」
「いえ、国というよりも、ユリアの事です」
「何………?」
「教会の人間は、聖女認定こそできていませんが、そういった存在が此処に居ると知っています。国が確実に滅んでいるのならば、再建の為に担ぎ上げる存在が不可欠となりましょう。……その場合、ユリアが狙われます」
「そういうもの…なのか」
「それだけでなく、教会本部を此処に置く可能性もありますわね。それならば、国を再建する事に比べれば非常に楽でしょう。……ただ、残された民が流浪となってしまうのが気に掛かりますが………」
(こうなってくると、教会本部も一緒に壊滅していて欲しいものだが……いや、そんな他人の不幸を喜ぶようなまねは良くないか)
後日、帰還した者の報告によると、国としての維持は不可能な状態となっているとの事。しかし、教会本部の被害は軽く、無事な者はすぐに国を出ていたらしい。
そして何より、そんな状態に追い込んだ襲撃者は―――
「では、たった1人に国が滅ぼされたと?」
「はっ、間違い無く、先の報告通りで御座います」
(………勘弁してくれ)
――たった1人の、それも見た目も幼い少女だった……………。
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