時が経つのは早いもので…
遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
―――――とある山の砦の中に、それは居た。周りには、夥しい数の人だったものが転がっている。虚ろだった瞳は、今や知性を感じさせる輝きを持っていた。そしてそれは現在―――
「うぅむ、妾に似合う物が見当たらぬ……」
――服を漁っていた。知性を宿した事で、それは羞恥心を覚えていた。そして自身が裸である事を恥じ、その辺に落ちている服を漁って―――否、剥ぎ取っている。
「……しかし、こやつらは揃いも揃って暗い色ばかりじゃったな」
暗い色、というのは服の事……ではなく、人の持つ魂の色の事だ。それには普通の人には見えないものが見えている。もとからあった“求める”本能は、今では魔力の事だと理解していた。そしてその魔力は、魂の色が明るく綺麗であればあるほど、それにとっては美味に感じるのだった。
数えきれない程の魔力と言う名の栄養を得たそれは、今や人格を形成していた。複数の人間から知識と記憶を得て、常人であれば精神がぐちゃぐちゃになっても不思議では無いが、人格には最初に吸収した少女が根幹となっている為問題は無い。
暫くして、漸く気に入った服を発見したそれは、少しだけ上機嫌になった。そして服を着た後、新たに得た記憶の中から、次の目的地へと移動した―――――
月日が過ぎ去るのは思いの外早く、既に2回目の試験も終えた。結果はまたも1位で、他の上位陣もほぼ変動なかったようだ。試験は年2回なので、1年次の試験は終了した事になる。
そしてやはり私の身長は全くと言って良いほど伸びず、ルナリアさんに抜かれてしまった。ルナリアさんは小柄な事もあり、以前は私の方が少し高かったのに………。因みに、ミリアはほぼ同じ高さにまで成長しているので、あと数ヶ月で抜かれそうだ。そして何だか、最近ミリアが私を見る目が怪しい時がある………こう、何と言うか…慈しむような表情なのに、獲物を狙っている目を……いや、深く考えるのは止めよう。
学院生活も平穏そのもので、特に此れといったトラブルも無かった。ただ、私生活の方は平穏無事とはいかず、ちょっとした問題もあった。
問題その1、神殿の管理者。
私は最初、育成院の年長の中から管理者を募ろうと思っていたのだが、何時の間にやらセシリアに神殿の事がばれており、自ら志願してきた。其れ自体は問題無いどころか、嬉しい限りなのだが、セシリアは私が居ない間の殆どの時間を神殿に費やしていた。其れが原因で父に神殿の事がばれてしまい、根掘り葉掘り聞かれる事となってしまった。
結果的に、あくまでも神殿は教会と似て非なるものだからと言い包めて終わらせた。
問題その2、商会の妨害。
私の商会であるユウ商会は、国内での商いはリーデル領内でのみ行っている。そして取引先の大半は他国であり、国内の他の商会は勿論の事、父の商会ですら契約していない相手だ。なので、独占状態と言える。其処に至った経緯はまたの機会に説明するとして、今の情勢に危機感を抱いた他の商会から先ず接触が有った。しかし、従業員は全員若者とは言え育成院育ちであり、少なからず私に恩を感じている。そんな結束のある人達からまともな情報を得られる訳も無く、引き抜きに応じる事も無かった。
其処で諦めてくれれば良かったのだが、何処にでも諦めの悪い人間は居るもので、そんな人達は誘拐や拉致を企てていた。結論から言えば失敗したのだが、私は気が気じゃなかった。
商会設立時に、その辺の問題も考えて対策はしていた。商店は宿舎も兼ねており、従業員は全員其処に住んでいる。扉や窓の施錠は確実に行う様教育しているので、夜中にこっそり侵入する事もできない。後は取引先とのやり取りだが、対で会話可能な魔具を渡してあるので連絡は容易。商品の引き渡しや商談等では、宿舎に地下室があり、其処に転移扉の門バージョンを設置しており、国境手前にある屋敷に出られるように繋いであるので、其方を利用している。そしてその屋敷周辺で自給自足も可能になっている。なので、外で待ち伏せしても意味は無い。
そして犯人は、いつの間にか察知したセシリアによって捕縛されていた。背後関係は調査中だ。
問題その3、鉱山の運用。
私が発見し、活用する気の無かったリーデル領の海側に面する鉱山。其処を活用する話が浮上してしまった。と言うのも、以前父を通して国へ報告した内容には、採掘して採れる鉱石類は含まれていなかった。しかし、私が自室に置いていたサンプルが父に見つかり、見逃せない物があったらしい。
何故最初に聞いて来なかったのか、とも思ったが口にはしなかった。そして見逃せない物とは、チタンやコバルト、タングステンやヒヒイロカネがあり、その他宝石類は全てだと言われた。私も改めて何が採れるのか確認していたのだが、何故天然でできるのか疑問を覚える物や、種類の多さから節操無し感が増しただけだったので報告はしていなかった。……………面倒だった訳ではないですよ?
とは言え、ヒヒイロカネを視た時には流石異世界とも思ったが、他にも魔石や魔力結晶、ミスリルやオリハルコンもあるのに父は気付いていないようだった。世間的に未だ知られていないのか、利用価値を知らないのか………恐らく前者だと思われる。
兎も角、父の言いたい事を要約すると、このまま眠らせておくのは勿体無いといった私的理由だった。
ならばと、私は自分の管理下で採掘する方向で説得した。
さて、ここで思い出したのが、以前母を害した男の処遇だ。あの男は錯乱していたとは言え、一度母を殺めている。私としては絶対に許せない相手だ。父によると、背後関係を含めた調査は終わり、本人は鉱山送りで確定しているそうで、リーデル領にある牢獄に入れたままだった。
其処で私は、その男を此処で働かせる提案をした。どうせ鉱山送りなら、そのまま利用しようと思ったのである。
父は渋っていたが、経営している店の1つに宝飾店があるので、其処に採れた宝石類を一部安値で卸すと言ったら了承してくれた。後で聞いた所によると、最近職人が余り気味で困っていたそうだ。
………実際の所、私は男に採掘させる気は無い。鉱山の手前に休憩用の小屋を建てているので、其処に住まわせ、最近安定してきた養蜂をさせる事にした。一応面談したが、深く反省しているように見受けられた。なので、逃走しないか確認する為、養蜂場の周囲に人が通ると検知する魔具を設置して様子見をしている。今の所逃げる気は無いようだ。
そんなこんなで、問題自体は大体解決している。そして私は今、別の事で頭がいっぱいになっていた。それは―――
「やっぱり港を造ってしまうのが早いかしら」
「ユリア様?今港がどうとか聞こえたのですが………」
「そうね、今迄我慢していたのだけれど……」
「?………」
「私は魚が……いえ、海の幸が欲しいのよ!!!」
――海の幸を入手する事だ。
今私は、フィーナやイリス、ルナリアさんと一緒にお昼を済ませ、雑談に興じている。そして先程の私の言葉に、イリスを除いた2人が疑問符を浮かべた表情をしている。
「リーデル領には海があるのは知っているかしら?」
「あ、はい!……でも、山がある所為で海が利用できないとか」
「そうね、でも今なら手段があるわ。………魔法って便利よね」
「………あはは」
私の呟きに、夏季休暇を一緒に過ごしていたイリスが乾いた笑いをした。彼女はその目で私がしてきた事を見ているので、できると知っているからだろう。
「手段……ですか?」
「そう、山はトンネルでも掘って開通させて、埋立地にして港を造るの。そうすれば船を利用して漁ができるようになるわ」
「成程………ん?ユリアさん、船はどうするんですか?それに、漁ができる人も居ないのでは?」
「……………そうね、難しい問題だわ」
船は港の横に造船所を設けるとして、問題はその船を造る技術だ。造船所は遠目ながらも見た事があるので、魔具を併用すれば造る自信はある。しかし、船自体の構造は詳しくない。竜骨や部品のいくつかはわかるが、設計図は書けない。それに、漁ができる人にも心当たりは無い。
私1人が満足するだけなら、取り敢えず港だけ造って魔法で魚を捕る事は可能だろう。だけど、欲しくなる度に自分で捕りに行かなければならない。せっかくなら漁師を雇い入れて商売にしたいし、そうなれば楽に入手できるようになる。
「えっと……漁師の人は、私に少し心当たりがあります」
「!!……本当に?是非とも教えて欲しいわ!!」
「その、私の家の近所に、以前は他国で漁をしていた。ってよく話してた方が居まして、昔は私も色々と聞かされてたので覚えてます」
「そう………なら、次の夏季休暇はフィーナのお宅にお邪魔しても良いかしら?」
「えぇっ!?そ、そんな…恐れ多いです!!わ、私が詳しく聞いて参りますので、考え直してください!」
「でも実際に本人から聞いてみないと……」
「ユリアさん、普通は平民の家に貴族が訪れるのは、良くない事が理由の方が多いのですよ。それに、失礼があってはならないと緊張させてしまいますよ」
「ルナリアさん……そう、なら行くのは諦めるわ。でも、聞きたい事を纏めておくから、宜しくねフィーナ」
「は、はい!……任せてください」
少し残念に思いつつも、ルナリアさんの助言に従い、後日聞きたい内容を纏めた用紙を渡す事にした。
更に月日が経ち、卒業パーティーの日となった。………え?冬期休暇ですか?あれは半月しかなく、夏季休暇とは違って帰省する人は居ないので、寮で過ごしましたよ?
何故かアクォラス公爵令嬢から2回もお茶会に誘われましたが、そのくらいです。
話を戻して、この学院では卒業式は無く、卒業生を主役とした卒業パーティーが開かれる。このパーティーは、3年次以下で協力して準備するので、私もそこそこ頑張った。
今はリンと一緒に壁の花となり、中央のダンスをしている人達を眺めている所だ。ダンスは苦手ではないが、積極的にしたいとも思わない。なので今はそっとしておいて欲しい、のだが………。
「一曲お相手願えませんか?」
「……………」
私の目の前では、またもや軟派男が手を差し出してダンスの申し出をしている。
前回あれだけ恥を掻いたというのに、まだこうして話し掛けて来るとは………。
(根性があるのか、性懲りも無いのか………)
どちらにしろ、私にとっては迷惑でしかないので、どう断ろうかと考えていると、視界の端にスィール殿下が映った。………此方に向かって来ている様に見える。
「以前もお断り申し上げたと存じますが……」
「前は前、今は今…だろう?過去は振り返らない主義なんだ」
ドヤ顔でそんな事を言う軟派男に、私は内心イラッとしたが、表情に出さないよう我慢して、揚げ足を取る事にした。
「そうでしたか……では、失敗を反省する事無く、繰り返し過ちを犯すのが貴方様の主義である。と、そういう事ですのね?………私とは相容れないと存じますので、今後私に構わない方が宜しいかと」
「………何だと?」
想定外の返しだったのか、私の言葉に呆ける軟派男。周りに居た他の男子生徒は、顔を背けて笑いを堪えている人も居た。女子生徒は、私に同情的な人と軽く睨んでいる人の二通りだった。………思いの外、この軟派男は一部に人気なのかもしれない。
そんな空気の中、全く気にしていないとばかりに、スィール殿下が私達の方に歩み出てきた。
「失礼、お話しは終わったかな?」
「っ!?…殿下!いえ、まだ――」
「ごきげんよう、スィール殿下。私は特にございませんので、大丈夫です」
軟派男の言葉を遮り、私からは話す事は無いから問題無いと伝える。スィール殿下には正確に伝わった様で、軟派男を一瞥した後、私に向き直って手を差し出してきた。
「ユリア嬢、僕に一曲分の夢を見せていただけませんか?」
「……ぇ?」
思わず、目を見開いてしまった。先程の言葉は、意中の相手をダンスに誘う常套句だ。それも一方的に慕っている場合に用いられるもので、ある種の告白でもあり、周囲への牽制でもある。
当然の様に周囲はざわついた。何故この女に?といった視線や、私を値踏みする視線も増えた。
スィール殿下と一緒に来ていた人達も驚いている。其れを見るに誰も知らなかったのだろう……いや、良く見たら後ろで頭を抱えている人が1人居た。
(これってどう返事しても後が大変なんだけど……)
とても良い表情で私の返事を待っているスィール殿下。断られるとは微塵も考えていないのだろう。
私としても、この場から立ち去る為にも、誘いを受ける事自体は良いのだが、せめて誘い文句が普通であればと思ってしまう。
(……いや、誘われた時点で詰みか)
「……ユリア嬢?」
(あっ、いけない)
「謹んでお受け致します。一曲分で宜しければ、誠心誠意努めさせていただきます」
そう言って私はスィール殿下の手を取り、エスコートに従って中央へ向かう。
スィール殿下は少し残念そうな表情をしていたが、すぐに笑顔になった。
先程の私の返事は、気持ちには答えられない場合に用いるもので、且つ相手が目上の人に対する言葉である。態々一曲分、と言ったのはそういう事だ。
曲が始まり、最初は注目されていたが、少しして各々自分の相手に集中しだした。視線が外れた所で、私はスィール殿下に御礼を言った。
「先程は助かりました。ありがとう存じます」
「いえ、困っているのは遠目でもわかりましたから」
「できれば、もう少し普通のお言葉で誘っていただけたら良かったのですが……」
「あはは……。あそこまで騒がれるとは思っていませんでした」
(え?何?天然?天然なの??)
「ですが、僕の気持ちは本気ですよ」
(……はぁっ!!?)
所謂、一目惚れという事らしい。
好かれるような事をした覚えが無いと伝えたら、そう返された。
私にそのつもりが無い事は知っているのだろう。残念そうではあったが、それ以上は言って来る事は無かった。
卒業パーティーも終わり、自室に戻った私は、リンが就寝の準備をしてくれている間に手紙を読んでいた。
送り主は王妃様で、最近は頻繁に送られてくるのだ。
その内容は様々で、愚痴めいたものもあれば、次は私主催でお茶会をしたいといった無茶振りもあったが、時々重要な事がしれっと書いてあるので、真面目に読まなければならない。………まさかとは思うが、その為に重要な内容を混ぜてる?
今回も愚痴に近い内容だったので、私は安心しかけていたのだが、最後に爆弾とも言える内容がまたしてもしれっと書いてあった。
「……………ファクロス聖国が、滅んだ?」
ブクマと評価、ありがとうございます。