王妃様の提案
―――――それはふと目を覚ました。他に人気の無い山小屋の中、それは少女を吸収し、容と知識を得た。そして知識を得た事で、欲を覚えたそれの“求める”という本能はより強くなった。
それは慣れない身体を動かし、“求める”ものを探しに再度移動し始めた―――――
今、私の目の前で王妃様が倒れた。
原因は頭では判っているのだが、急な事で私は動けずにいた。そんな私を見かねたのか、スーが「ワフッワフッ、ワンッ!!」と声?を掛けてくれた。
其れにハッとした私は、急ぎ王妃様の側に移動する。そして、王妃様の体内を浄化する為に手を当て集中する。正直、体内の毒物を見分けるのは初めてなので緊張している。
原理的には、菌を浄化した時の様にすれば良い。場所が体内で、対象が菌から毒に変わるだけ。
(大丈夫、まだ間に合う……)
私は自分にそう言い聞かせ、王妃様の体内を探る。すると、早くも血管の中にまで毒が回っていた。其れだけでなく、王妃様の呼吸も浅い。
(此れは全身に施した方が早い)
そう判断し、急いで練る魔力量を増やす。この部屋には他に人が居ないので、普段の様に魔法の使用がばれないよう隠蔽する必要は無い。
私は全力で魔力を流し、王妃様の全身を浄化して毒を除去する。
(いつも以上に疲労した気がする)
王妃様の呼吸が安定してきた事を確認し、頭を床に着ける訳にもいかないので、膝の上に乗せた。
スーが心配そうに私の所へ近寄って来てくれたので、御礼を言って頭を撫でる。
王妃様が目を覚ましたのは、夕刻頃だった。目を覚ましてすぐ、いまいち状況が理解できていなかったようだったので、私のわかる範囲で説明した。
「……借りが増えちゃったわね」
「いえ、そういう場合ではないかと……」
「ふふふ、それもそうね。でも、ありがとう」
「…はい、それでその……起きられますか?」
「あら、私はこのままでも良いのよ?」
「御戯れを……床に寝たままでは外聞が悪いですよ」
「他に人は居ないわ」
「………はぁ」
どうあっても退いてくれそうも無いので、取り敢えず気になる事を聞いてみた。
「本日の茶菓子を作った方は、特定できますか?」
「……城の料理人ではあるのだけれど」
(個人の特定は難しいと………)
「では、材料の搬入経路等は調べられますか?…特に取引相手とか」
「管理している者に調べさせればすぐにわかるわ」
「もし同じ取引相手から新しく仕入れていた物であれば、相手が勧めたのかどうかも併せて確認してください。又、普段取引をしていない相手ならば、誰の紹介かの確認もお願いします。……それで内部犯かどうかおおまかに予想できますので」
「ふふふ、大丈夫よ。その辺の調査が得意な子が居るから、安心して」
(………嫌な予感がするけれど、私がこれ以上口を出すのも違うか)
今回の茶菓子に毒物が使用されていたので、私も関係者ではある。しかし私に実害が無かったので、報告等を聞く権利はあるだろうが、調査方法等に口出しするのは難しい。特に今回の件では、王妃様には秘密裏に調査したいと言われた。
この国の法を全部把握している訳では無いが、『原則、被害者は実害を受けた者を言う』という記述があったのを覚えている。
「私ね、娘が欲しかったのよ……」
「…………………」
(えっと……突然何を……………)
「でも、息子しか産まれなかったの。……世継ぎを考えれば十分なのだけれどね、心無い声というものは、何処にでもあるの」
「………」
「外交の為に娘が必要だと言う人も多くてね………でも、私としてはそんな事に関係無く娘が欲しかったの」
(何故だろう……全然そんな事無い筈なのに、死期が近い人みたいな同情を誘ってるような気が………)
「可愛い娘と一緒に刺繍をしたり、お茶をしながら会話に花を咲かせたり」
「………」
「小さな……けれども、相手が居なければ叶えられない願いを持っていたの」
「……………」
「でもね、陛下ももう御歳ですし、私も頑張れなくなってきたわ」
「………」
「ねぇユリア、私の娘になる気は無いかしら?」
「!?………婚約のお話はお断り申し上げた筈ですが……」
「そうね、其れはもう良いの。そうでは無く、養女になる気はなくて?」
「………ぇ?」
「ふふふ、ユリアもその様な表情をするのね」
「……冗談、ですか?」
「いいえ、私は本気よ。ユリアにその気が有れば、問題無く養女になれるわ」
「………いえ、その……」
「あらあら、急すぎたのかしら?お返事は学院を卒業する迄で良いわ。……無理強いする気は無いから、ゆっくり考えて頂戴」
そう言って、王妃様は目を閉じる。そしてそのまま―――
「――いえ、そろそろ起きてください。もう動けますよね?」
眠ろうとするのを止め、起き上がるよう説得した。
「あら、ダメだったかしら?………ユリアの膝が余りにも心地良かったものだから、私はこのままでも良かったのに」
「ダメです。もうすぐ夜ですよ。このまま誰も来ないという事も無いでしょうに、その時はどうするおつもりですか?」
王妃様は、思っていた以上にお茶目で強かな性格なのかもしれない。今日で今迄と認識が変わってしまった。
立ち上がり、先程とは打って変わって楽しそうに話す。
「ふふふ、私が声を掛けるまで、此処には誰も入れないように厳命してあるわ。今も扉の前で待機している筈よ」
「?…その割には、王妃様が倒れられた時に誰も入って来ませんでしたが………」
倒れた際に、そこそこ大きな音がした筈だが、誰も来なかった。確かに扉前に人の気配が2人分有るが、微動だにしていない。
「それはそうよ。ユリアの作った、簡易防音結界装置を持たせてあるもの。会話だけでなく、物音一つ聞こえていないでしょうね」
「それは………」
私はその気が無いから良いものの、とても危険だと思うのは私だけだろうか……。
「ふふふ、ユリアだからよ。…実を言うとね、ユリアが治癒の魔法が得意なのは知っていたの。だから万一なんて事は無いと、確信していたのよ」
(………この方は)
「あら、そんな顔しないで。可愛い顔が台無しよ」
いつの間にか表情に出ていたらしい。気が緩んでいた様だ……。
「治したと言っても、数日は様子を見てくださいね。何か異変が有れば、すぐに掛かり付けの医師様に診ていただいてください」
「あら?ユリアは来てくれないの?」
「……学院に居ますので、ご用命であれば登城致します」
「そう……ならまたお願いするわ。それと、せめて2人の時にはもっと砕けて話して欲しいわ」
「………わかりました」
少し考えたが、経過も気になるので結局了承してしまった。と言っても、そう頻繁に呼ばれる事は無いだろう……。
「あ、養子縁組の件は本気よ?」
「……私は」
「ふふふ、今は聞かないわ。先に言ったように、ゆっくり考えて欲しいの」
「………はい」
残った茶菓子は証拠としてそのまま保管する事になった。他の2種類も視てみたが、毒は含まれていなかった事を確認した。
これで、料理人が意図して混入させた可能性は少し低くなった。……やるなら全部に入れるだろうと思うからだ。
お茶会はそのままお開きとなり、私はリンと一緒に学院へ戻った……………。
夏季休暇も終わり、授業が再開されて数日が経過した。その間、フィーナとルナリアにお土産として蜂蜜を使用したマフィン擬きを渡した。何故擬きかと言うと、私自身満足のいく完成度に達しなかったからだ。記憶にあるものが再現できないのは、もどかしい気分になる。
最初は装飾品にしようと考えていたのだが、防犯用として渡した魔具があるので止めた。もう心配は無いと思っているのだが、念の為だ。
他にも、夏季休暇前に知り合ったリリィ様とサリィ様にも同じお土産を渡した。アクォラス公爵令嬢達と約束していた件については、日取りを決めていなかったので商品のサンプルを準備するだけにしている。
王城で起きた毒混入事件のその後については、王妃様から直接手紙が送られてきた。
結論から言うと、現在容疑者となっているのはあの枢機卿らしい。彼は以前から自分の食材を取り寄せていたらしく、今回も城内の人間には告げずに取り寄せた物がいくつかあったようで、その中の1つがイヌサフランだった。
今回使用されたイヌサフランという植物は、日本でも誤食によって食中毒を引き起こしており、何人かが亡くなっていた。理由は、他の食用の物と間違って使用されていたそうなので、素人目では間違え易い見た目なのだろう。私は知識だけで、実物を見た事が無い。
彼は其れを、毒の含まれている物だと知らなかったと主張していたそうだが、他人に見つからないよう、隠れて食料保管庫に持ち運んでいたのを偶然使用人が見ていた事で状況証拠となった。因みに料理人の方は、見慣れない食材に疑問を覚えたが、保管庫にあるのだから大丈夫だろうと思って茶菓子の色付けに使用したとの事。
まだ調査は続いているが、王妃様が無事だった事もあり、今迄の事を教会本部へ苦情を入れただけらしい。今後の対応については検討中なようだが、一先ず今居る枢機卿に関しては監視を常に付け、実力行使で行動を制限しているとの事で、それらについての愚痴も書いてあった。
中には私に教えても良いのか疑問の残る内容も書いてあったので、思わず読み返してしまった程だ。
(此れは私の心の内に仕舞っておこう……)
個人的には、此処迄判明しているのであれば、もう犯人扱いで裁いて良いと思うのが正直な所だ。
(でもそうしないのは、あの枢機卿が他国民で地位が高いから?………考えても仕方無いか)
手紙を読み終わり、外出の準備をする。
今日は、エイミさんと一緒に試験中の浄化の魔具を確認する日だ。以前、試験品を城下町の汚水処理施設に設置していたので、それらの効果範囲と持続力を記録する事になっている。
――集合場所である研究室に到着した。すると、中に入るまでもなく扉の前でエイミさんが待ち構えていた。
「あ!ユリアさん。早速向かいましょう!」
今日はいつもよりテンション高めなようだ。
「おはようございます。……お待たせしてしまいましたか?」
「あぁいえ、結果が楽しみで待ちきれなくて………早く来てしまいました。お恥ずかしいです」
照れくさそうに笑うエイミさん。本当に楽しみにしているようで、良い結果を想定しているのだろう。
早速移動し、最初の設置場所に来た。
此処は処理後の汚水と川が合流する場所で、比較的汚れの少ない場所だ。この国の汚水処理は、数ヵ所存在する2槽1セットの沈殿槽に一度溜め、上澄み部分を川の下流に合流させて流している。2槽1セットなのは、切り換え可能にして片方を使用中にもう片方の溜まった汚物を処理しているからだ。
此処に設置したのは3つ。夏季休暇直前だったので、1ヶ月と少し経過している。
私は1つを手に取り、魔具の核となっている部分を確認する。試験的に設置しているだけなので、今は取り外しし易いようにしている。
「……順調に作動中ですね」
「そうですね。浄化作用も衰えている様には見えませんので、此れは完成と言っても良いでしょう」
「エイミ先生、完成と判断するのは一番酷い場所を確認してからですよ」
「あ、そうでしたね。すみません、少し気が急いていました。………とは言え、設置した時に作動の問題は見られませんでしたので、持続さえ大丈夫であれば何も問題無いと思いますよ」
「ふふっ、そうですね」
現状問題無いので、魔具を元の位置に戻して次の場所に向かう。
2ヵ所目、3ヵ所目と見て回り、効果範囲と持続力共に問題は無かった。
そして最後の場所である沈殿槽に到着し、最初に臭いが無い事に驚いた。次いで施設の中に入っても臭いがせず尚驚いた。
「………設置当初は臭いを完全に抑えられませんでしたよね?」
「そうですね、此処迄無臭では無かった筈です」
初めて訪れたこの場所は、かなり酷い臭いがしていた。その後浄化の魔具を設置してもましになる程度だった。
疑問に思った私達は、汚物処理を担当している人達に聞いてみる事にした。
「ん?…ああ、お嬢さん達があの魔具を作ってくれた人達かい。本当に助かってるよ。以前は涙目になりながら我慢して作業していたからね」
「あはは……それは良かったです。それで、最初に設置した日は未だ酷かったと思うのですが、此処迄無臭になった理由に心当たりは有りませんか?」
「あー、そう言われても……いや待てよ、確かあれを設置してもらってから、段々掃除が楽になってったって聞いたな。俺は主に運搬の担当だからよくは知らないが、今はまだ帰ってないから聞いてみると良いさ」
「そうなのですね、ありがとうございました」
その掃除担当の人が居る場所を聞き、私達は御礼を言ってから其処に向かう。
休憩中らしき人が3人座って会話していた。
「休憩中申し訳ありません。聞きたい事がありまして………」
作業員の方達は、私達の質問に心良く答えてくれた。
先ず、浄化の魔具が設置された翌日には、既に掃除に掛かる時間が減ったらしい。汚物の量は毎回変わる為、最初は「運が良い日が続くなぁ……」程度に思っていたそうだが、日が経つ毎に目に見えて労力に掛かる負担が減り、悪臭も無くなった今では作業に対する不満が出なくなっている程だそうだ。
つまり、徐々に汚物の量と質が変わっていったという事だろう。
「エイミ先生、此処の魔具は他と一緒の物を使用していますよね?」
「……そうですね、性能が同じ物でないと正確な記録ができませんので」
記録を取るに当たって、場所を変えるのは条件を変えて調べる為だが、前提として性能に差が有ると参考にもならない。よって、今回の試験品は性能が同じである事を確認して選定した。
「想定以上の結果ですから、一応の完成としましょう。……ただ、この結果についての調査を別で行わなければなりませんね」
「そうですね。結果には喜んで良いと思います。改良せずともこのまま実用は可能でしょう」
私とエイミさんは、今後実用に向けての話し合いとこの結果についての調査は別で行うとして、今日は記録を纏めて確認を終える事とした……………。
ブクマと評価、ありがとうございます。