2回目の王城
―――――それが辿り着いたのは、人気の少ない山小屋だった。僅かに聞こえる音を頼りに此処迄来たそれは、音の発生源に近付いていく。すると、身動きの取れない少女が蹲っていた。
聞こえていた音は「ぅ゛……ぁ゛あ゛っ………」という少女の呻き声であった。しかしそれには、声を判別する知能も無ければ、周囲を見る目も無かった。そしてそれは、“求める”本能に従い、音の発生源に接触する。その瞬間―――
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っっっ!!!!!」
――少女の絶叫が周囲に響き渡り、しかしその声が誰かに届く事は無かった―――――
王妃様とのお茶会当日。私は、目の前の人に困惑させられていた。
私は今、例の帽子を被ったままで、指定された場所へ王城の使用人の方に案内されている途中であった。
「……外ならばいざ知らず、此処は城内なのだ。その様な被り物で顔を隠すのは、如何な物かと思うがね……」
「ですから、先程から申しますように、このお方は本日王妃様とのお約束が有り、身元もしっかりなされております」
「とは言っても、些か不作法だと―――」
(何でこんなに足止めされてるんだろう………)
何故こんな押し問答をしているのか。それも誰が通るかわからない通路だと言うのに、場所を考えて欲しい。
そんな事を考えながら、私は此処に至った経緯を思い返していた……………。
学院の自室にて、私はリンに登城用のドレスの着替えを手伝ってもらいながら、今日の予定を再確認していた。
学院で手配された馬車に乗り、城の門兵に招待状を見せて確認を取る。この馬車は、王妃様が学院に手配する様命じたそうだ。その後、城内の所定の場所にて案内係の使用人と合流。その案内に従い、王妃様の待つ茶室と呼ばれる部屋へ向かう。この茶室は王妃様が特別に造らせた個人用のお茶会専用室だそうで、日本で言う茶室とは招く意味合いは一緒だが内装が大幅に違う様だ。……勿論茶道も関係無い。
茶室では、私と王妃様以外は入れないそうだ。リンも隣室にて終わるまで待機となっている。
お茶会は王妃様が満足したら終わるらしく、何時帰れるのか不明だ。
招待状の内容に「相談事がある」と書かれていたので、ひょっとすると其れが解決するまで終わらないのかもしれない。相談の内容に予想ができないので、正直不安だ……。
「ユリア様は今日も美しいです」
いつの間にか終わっていたようで、リンは目を輝かせながら色んな角度から私を見ていた。
「……ありがとう。そろそろ行きましょうか」
「はい!!」
学院の正門に向かうと、既に馬車が待機しており、護衛と御者らしき人が会釈をしてくれた。其れに目礼で返し、リンと共に馬車へ乗り込む。
学院から王城迄は近いので、それ程時間も掛からず到着した。
既に通達してあったのか、私が乗っている馬車を見て門兵が1人中へ駆けて行った。
私は馬車の中から招待状を見せ、そのまま城内へ入る。その後少しして、所定の場所に到着したのか馬車が停まる。護衛の方のエスコートで馬車から降りると、使用人が待機していた。関係は無いが、この護衛の方は職務に忠実なのか無口で、移動中も一切話さなかった。
案内役と思われる使用人と挨拶を交わし、そのまま連れられて移動する。移動中、普段立ち入ってはならない場所等の諸注意を聞く。
一通り聞き終わり、「もうすぐ到着致します」と言われた直後、その人が現れた。
「このような場所に非常識な者を招くとは、何を考えているのやら」
突然、行く手を阻むように目の前に現れ、祭服らしきものを着用している人に言われた。帽子を被っている人は他にも存在するので、恐らくヴェールで顔を隠している事について言っているのだろう……。
「この方は本日、王妃様とのお約束がございます。申し訳ございませんが、時間が迫っておりますので、この場はご容赦くださいませ」
「ならんだろう……その様な怪しい者を連れ歩くとは、其の方には常識が無いと見える」
「この方の身元ははっきりとしておりますので、御心配には及びません」
「ならば顔を見せてみろ。後ろ暗い事が無いのなら問題無かろう」
(見せられる訳無いでしょう………)
「他人には見せられない事情があるのです。御容赦くださいませ」
使用人の方が頑張って答えるも、全く引く気が無いようだ。
帽子を取れば髪が見えてしまう為、帽子を取るという選択肢は無い。
服装からして、教会関係者だと思われる。先程祭服らしきと表現したのは、以前王都の教会で見た物と似ていたからだが、この人の場合はより豪華になっている。もし聖職者なのだとしたら、そんなに煌びやかに着飾ってどうすると言いたくなるくらいだ。
何にせよ、教会関係者の可能性が高いこの人には見せられない。と言うより見られたくない……………。
………回想は終わったが、言い合いはまだ続いていた。
王妃様との待ち合わせ時間は、もう過ぎているんじゃないかと思う。それ程にしつこく、そして邪魔だ。
ほぼ同じやり取りを続けているのを眺め、そろそろ私も何か話さないとマズいかなと思い始めたその時、奥から声が掛かった。
「あら、此処で何をしていらっしゃるのかしら?」
「っ!?王妃様、申し訳ございません」
使用人の方が謝罪と礼を取る。私も其れに続いて礼を取る。
すると、王妃様はそのまま近付いてきた。
「さあ、いらっしゃいな。時間になっても来ないから、心配したわ。私は今日を楽しみにしていたのよ」
「お待ちください。その様な不審人物、王妃様の客人かどうか疑わしいものです。確認の必要があるでしょう」
「あら、彼女は私が呼んだ客人で間違いありませんわ」
「顔も見えないのに何故そう言い切れるのです?偽物であったならば大問題でしょう」
「例えそうだとしても、貴方には関係の無い事でしょう。他国民の貴方が此処に居る時点で、特別待遇なのです。問題を起こすのなら、帰っていただいて結構ですのよ」
「何を!?この私は神命によって行動しているのです。たかが一国の王妃が邪魔をするなど―――」
「あらあら、私共はお願いした事など一度たりともございませんわ。それに、その神命とやらも本当かどうか……特に最近の貴方の行動は、目に余りますのよ」
「ぐっ……………後悔なさらなければ宜しいのですがね……」
捨て台詞を吐き、その教会関係者はぶつぶつ言いながら立ち去って行った。
姿が見えなくなった事を確認し、改めて王妃様に向き直って御礼を言う。
「助かりました。ありがとう存じます」
「良いのよ。それに、砕いた言葉で良いわ。私とユリアの仲じゃない」
「……は、はは」
以前と同じような事を言われ、思わず苦笑いになる。
その流れで一緒に茶室に向かい、準備を終わらせた使用人とリンが退室するのを見届けてから、王妃様に改めて先程の御礼を言う。
「改めまして、先程は助かりました」
「ふふふ、気にしないで良いのよ。それに、あの人の扱いは少し問題になってるのよ」
「?……問題、ですか」
「ええ、今日相談したい事にも関わるのだけれど、教会はユリアを探しているわ」
「と言う事は、先程の方はやはり………」
「そうよ。教会本部から来た枢機卿ね。街宿には泊まれないとか言って、城の客室に居座っているの」
王妃様は「困ったわ…」とでも言いそうな表情になっている。
「それは、また……」
「私達も別に頼んでないから、是非とも帰っていただきたいのだけれどね。……問題は、先程も言ってた神命ね。私達には確かめる術は無いし、そもそも詳しい内容をおっしゃらないのよね。そのくせ協力しろと上から目線で、何かあれば神命がとか言い出すの。疑うのも仕方の無い事だと思わない?」
「………そうですね」
(レイエルからは何も聞いてないし、勝手に主張しているだけだろうな……)
私が少し考えていると、改まった様子で王妃様が続ける。
「内密に聞きたい事があるの。勿論此処で聞いた事を口外しないと約束するわ」
「……何でしょうか」
「先ず、教会の者が聖女を探している理由を知っているのは、私と陛下と王太子のライデルだけなの。そして其れがユリアだと知っているのは、今の所私と陛下だけ……少なくともこの国では」
(……この国では?)
王妃様は紅茶を口に含み、一息入れる。
「教会の本部がある国で、情報がどの程度出回っているのかはわからないのが現状ね」
「そう……ですか。…それで、聞きたい事とは?」
「ユリアは………女神様に御会いしたのではなくて?」
「……………」
「お願い、今後に必要な事なの。教会の者は、自身の正当性を主張して好きに行動しているわ。それこそ、他国にも関わらず城内で女漁りしているのよ。信じられないでしょう!?」
(典型的な悪い権力者みたいな感じだなぁ……)
「私付きの使用人にまで手を出そうとして……すぐに気付いたから未遂で終わったものの、彼女はあの男に怯えているわ」
興奮してきているのか、王妃様の言葉遣いがだんだん荒くなってきている……。
他にも、厨房で何かしていたようだが証拠が見つからなかった事や、料理人に何やら詰め寄っている姿を目撃されたりと、明らかに聖女捜索と関係無い事でも目に余る行動が増えているらしい。
そう言った事もあり、行動の制限をしたのだが、例の神命を盾にしてのらりくらりと躱しているそうだ。
私としては、王妃様は嫌いでは無いので協力しても良いと思っている。偶にグイグイ来る事にたじろぐが、其れも別に不快な訳でも無い。
因みに今日はスーだけが一緒に居る。そしてスーも、王妃様の事は結構好意的なのか、尻尾を振りながら大人しく座った状態で此方を見ている。
(スーが大人しくしているって事は、今の話に嘘は無いって事だよね?)
王妃様に教えるのは構わない。付き合いが長い訳では無いが、誰彼構わず言いふらすような方ではないとの確信もある………。
「だから、教えて欲しいの。ユリアを助ける為にも必要なのよ」
「……他言無用であれば」
「勿論よ!その為に今日は他人を排してのお茶会にしたのだから」
「………わかりました。確かに私は会っています」
「……やはりそうなのね」
「しかし、教会の方が言われる神命とやらに心当たりはありませんし、私は女神様から直に自由に行動して良いと言われております」
「まぁ……」
私は、レイエルとした会話の一部を伝える事にした。勿論、転生者の事やゲームに関する事は伏せて。
ただ、王族又は国の重役に取り入ろうとしている人が存在するという事は伝えた。そして、其れを阻止して欲しいと頼まれた事。その他は自由に行動して良いと言われた為、教会に関わる気は無いという事。その時に、レイエルは教会の人達には無関心に見えた事。
「なので、少なくとも神命というのは彼らが勝手に言っている事だと思われます」
「そうなのね。……ありがとう」
「いえ、勿体無きお言葉です」
「ふふふ、本当に感謝しているわ。ユリアを助ける為と思っていたのに、まさか私達にも関係ある事だっただなんて……。その問題の人物が誰か、わかっているの?」
「まだ何とも……ただ、学院に居る人かなと当たりは付けていますが……」
「あら、何か理由が?」
「はい。……しかし、確証が有る訳では無いので、口にする事はできません」
「………そう。なら、私はそれとなく調べてみる事にするわ」
「お願いします」
話は一段落したが、心なしか王妃様の顔色が悪いように思える。
(心労かな?……気苦労も多いだろうし、今はあの枢機卿にも悩まされてるようだし)
「……さて、真面目なお話は終わりよ。後は楽しいお話をしましょう」
(あ、まだ続くのね……)
それからの会話は、本当に王妃様が聞きたい事に私が答えるといった感じであった。
学院で、私が魔具の研究に携わっている事も把握していた。王家からの改良依頼にも私が関係していると知っていたみたいで、どういう観点から発想が出てくるのか、研究を行うに当たっての手順等、好奇心が強い方なのか、結構な数の質問が飛んできた。
暫く経ち、質問が途切れたので紅茶を飲み、そう言えば茶菓子に手を出していなかったなと思い、提供されている茶菓子を見遣る。
私が以前お土産として渡したクッキーに形は似ている。だが、表面の粗が目立つので、齧った瞬間にポロポロ零れるのが目に見えている。色は3種類有り、プレーンと思われる物、茶葉を使っていると思われる物、何を使っているのか想像の付かない緑色の物だ。
(だから小さ目なのかな……でも、一口サイズよりはちょっと大きいかな)
王妃様は一口で食していた。となるとやはり、齧ると零れるのだろう……。でなければ、口内がいっぱいになる事態は避けるのが普通だ。
私は何となく気になり、緑色の茶菓子を視てみる事にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
《名称》
― (未登録)
《種別》
菓子(毒物)
《特性・特徴》
一級品の砂糖が使用されている、小麦粉から作られた菓子。甘い。イヌサフランの葉が使用されている事で、極少量ながらも毒性を帯びている。食すと下痢、嘔吐、皮膚の知覚麻痺、呼吸困難を発症する。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「――え?」
「……何だか、苦しいわ………」
私が呟くのと、王妃様がテーブルに手をついて倒れるのはほぼ同時だった―――――。
ブクマと評価、ありがとうございます。