山を調査します
難行苦行
さまざまな苦労、苦難に耐える修行の事だそうですが、この言葉に使われている行の字は、元々仏教の修行の事だそうです。修行と聞くと、個人的には苦労や苦難はセットだと思っていたのですが、この言葉が存在するという事は違っていたのでしょうか?まるで楽な修行もあるように聞こえますね……………。
翌日、天気も良く絶好のピクニック日和………と言う建前で準備し、山の調査をする事にしている。
調査と言っても、周辺動物の生態系を確認するのが主で、危険は無いかといったものである。
私一人なら、転移扉があるので距離や外の様子を気にする必要は無いが、管理を育成院の者に行ってもらう予定なので、あまり遠いと移動に困るし危険も無い方が良い。
速やかに終わらせたいので、今は単独行動―――精霊は一緒に行動―――している。監視の目は透明化して抜け出して来た。因みにこれができる事は、家の者は使用人含め全員知っている。……………初めて実演した時、揃って呆けていたのが可笑しくて笑ってしまったのは良い思い出だ。
私が帰郷してからすぐ、監視する複数の視線を感じていた。その存在は前々からあったもので、以前より数は増えている。
幼い頃にその存在に気付き、セシリアにそれとなく聞いた翌日から一度居なくなったと思っていたが、気配を探れる範囲が広がってから再度気付き、より離れた位置から監視していたのかと不満に思っていた。常に視られているというのは気分の良いものでは無いし、ストレスが溜まってしまう。
監視者は家の者では無いようだが、危害を加えられている訳でも無いので無視する事にしていた。
セシリアには心当たりがあるようだったが、教えてはくれなかった。
山に到着し、早速とばかりに辺りを確認する。
場所は、屋敷から見て南西に徒歩で30分程度進んだ所だ。
此処に来るまでもそうだったが、獣とは遭遇しなかった。その代わりかはわからないが、虫を良く見かける。しかも結構大きいサイズばかりだ。
私の存在には気付いてそうだが、近寄っては来ない。
「この辺は虫しか生息していないのかしら……」
クマやイノシシといった遭遇してしまったらマズい大きめの獣は勿論の事、リス系のような小動物もいないようだ。
次に土の内部―――含有物質―――を調べる。
魔法で行うエコーを利用したもので、指定した物質―――今回で言えば土―――を透過して調べられる。反響の仕方で、鉱物等がどの程度含まれているかが凡そわかる。
「あら?土が殆ど無い。鉱物の反応ばかりなのね……」
初めて使った時には、何かあるとしかわからなかったが、今では何となく違う種類がある程度にはわかるようになった。それでも、具体的に何々があるとまでは判別できない。
もしかすると、この異常に高い山は鉱山でもあるのかもしれない。それに、塊の規模からすると鉱石が多量にあるのだろう。
活火山があるとは聞いていないし、危険は無いと思うが………。
この近辺の山は途中迄は普通に登れるが、ほぼ崖じゃないのかというくらいに急に斜度が上がっている。なので、今まで誰も調査に来た事は無いと父からは聞いている。
(んー………何処から掘ろう……)
ピクニックという建前なので、出る時には4人―――私、イリス、ケン、リン―――だったが、他3人には町と町周辺の方に行ってもらっている。この3人には、私が何をやろうとしているのかを説明してある。………リンには最後迄私を1人にする事を反対されたが、何とか説得できた。
調査を主目的と説明したが、早めに算段が付いたら作業にも入ると言ってある。
普通は1人で山を掘ろうとは思わないのだが、この世界には魔法が存在する。しかも私は、レイエルにより魔力量が固定されているので好きなだけ使える。と言っても、集中力が必要で精神的疲労はあるので、集中力が切れる迄だ。
足場の丁度良い場所を発見したので、そこからトンネルを掘る要領で作業を進めていく。因みに施工方法はイリスから聞き、其れを魔法で実行している。
十分な広さになった事を確認し、硬度を上げて崩落防止を行う。掘った時に出てきた鉱物を鋼にして利用した。鋼にする時、硬度と粘度が高くなる様に意識すると、不要な鉱物が排出されていてその様子は少し面白い。
ただ、ドーム状に全体を覆うつもりだったのだが、排出された物の中に宝石の原石っぽいものを発見して中断した。
宝石に関しても素人だが、サファイアやルビーは私でもわかった。この世界での呼称は知らないが、他にも何種類かある。
(同じ場所からこんなに出るものだっけ?………)
少なくとも前世では、こんなに節操無しの鉱山は無かったと思う。
異世界だからと納得しておくべきかもしれない……。
兎も角、此処は神殿とするのは諦めて採掘場にする事にした。採掘し易いよう整えよう。
上部はそのままにして、横は大人3人分ずつくらいの感覚で軽く掘った。出てきた鉱物は全部亜空間に放り込む。
「取り合えず今はこれで良いとして、どう説明しよう………」
鉱山として利用するのは良いが、問題もある。
先ず、この世界にもいくつかの決まった病名があるのだが、その中に鉱山病がある。………高山病では無く鉱山病だ。
症状は、採掘をしていると一定の年数で呼吸不全に陥り、苦しみながら亡くなると言ったものだ。勿論塵肺が原因である。
対策は、採掘の際に発生する粉塵を吸い込まない事だが、魔法で採掘できる人は兎も角として、できない人は人力で行う為、十分な換気やマスクの着用で吸い込まないよう注意する必要がある。因みにこの世界にマスクは無かったが、今は私の商会で販売している。
ただこの知識は知られていないようなので、今鉱山で働く人は大半が罪人であり、終身刑かそれに準ずるものだ。一般の人が職に就く事は無い。なので人員を募集しても、その先入観から人が集まる事は無いだろう。
一応父には発見した事だけを伝え、国への報告は任せよう。私は必要になった時だけ採りに来ようかな……。
入口は即席で扉を作って設置し、周辺の虫が入らないよう閉じる。
場所を変えて他も調べたが、ほぼ鉱山だった。
山の東側が唯一普通の山だったので、神殿は其処に建てる事にした。
調査が終わった時点で日が暮れ始めてきたので、今日の作業は此処で中断し、イリス達と合流する為に引き揚げた。
「ユリア様、御召し物が汚れています」
「………ごめんなさい」
合流してすぐ、リンに指摘されてしまった………。
服の汚れを浄化して帰宅し、予想通り母に捕まって相手をした後、書斎で父に鉱山の存在を伝えた。
聞いた父は頭を抱え、「また面倒事が………」と呟いていた。
私は、今牢に入れている男性の他に面倒事があったっけ?と首を傾げる。
そんな私を見て父は溜息をついていた。
「………国へは報告義務があるが、ユリアはどうしたいんだ?」
「?どう……とは」
「採掘を主導する気はあるのか?」
「いえ、ありません。必要な時に採らせて貰えれば十分です」
「そうか……だが、この領地では採掘に回す人手は足りないぞ。…であれば、国に助成願うしかないが、その場合は不都合も増える。それは避けたい」
「報告だけで良いではないですか。急がなくて良いのなら、管理自体は私が責任を持って行います。後々手を入れる予定と言っておけば、無理に人を派遣して来ないと思いますよ」
確かレイエルは以前、この家の発言力はその辺の貴族より強いと言っていた。
元々手を入れる計画の無かった場所だし、国で言えば最南端に位置するのだから、派遣に前向きにはならないと予想できる。この国の現状では鉱山の有用性は低いし、十分な人手を集めるのも大変だろう……。だとしたら、多分このくらいの事は聞いてくれると思う。
「ふむ………一応、それも報告に併せて伝えるとしよう」
「はい。お願いします」
話も纏まったので、もう一つ気になっていた事を聞いてみる事にした。
「そう言えばお父様……」
「何だ」
「家には兵士が常駐していませんが、何か理由があるのですか?」
貴族にはお抱えの私兵が存在する。勿論規模は異なるし、王都の騎士団とは練度が違うが各領地には軍隊もある。戦時には、その軍隊に騎士団が加勢する事になっている。
この領地は隣国と貿易をする仲であり、国としても同盟を結んでいるので今は軍隊を持っていない。しかし他の辺境地は、停戦中ではあるが同盟国では無いので油断できないらしい。
私が気になったのは、他の貴族家では門番だけでなく、数人が護衛を兼ねて常駐しているのだが、この家には護衛どころか門番も居ない。我が家の私兵は、領地の出入りとなる門の通行を確認する門兵と、見回りを行う巡回の兵士だけだ。それも私兵扱いな点に疑問を覚えるが、今は置いておこう。
先日の件は完全に私の落ち度で、兵士が居たところで防げなかったとは思うが、あの一件でふと気になってしまった。
「そうだな、ユリアにも説明しておこう。我がルベール家で雇う使用人は、必ず選考基準の中に戦闘経験が有る事を入れている。そのうえでテストを行って合否を決めている」
「……………」
「此れは御先祖様が決めた事で、今でも守られている。そして今の合格ラインは兵士と互角以上に戦える事だ」
「……では、今居る使用人の方は全員護衛の役割も兼任していると」
「そうだ」
(それで私兵の常駐が居ないと………あれ?じゃあ―――)
「ケンとリンは良かったのですか?」
「あの2人はセシリアに任せていた。猶予期間を設け、それまでに実力を付ければ正式採用すると」
「それは……」
「今こうして、ユリアの使用人として就いているのが答えだ。………正直、俺は無理だろうと思って許可していたが、あの2人は与えた期間の半分で結果を出した。余程ユリアの役に立ちたかったのだろう」
「……そう…でしたか」
(どうしよう………凄く嬉しい……)
嬉しさでにやけそうになるが、何とか真面目な表情を保つ。
聞きたい事も無くなったので、退室しようとした私を父が止める。
「あーその……何だ、俺の両親が近々訪ねて来る事になった」
「お爺様とお婆様ですか?」
「ああ、ユリアは初めて会うからな。事前にある程度説明しておこうと思う」
「……はい」
父の説明によると、祖父の名はミゲル、祖母の名はレリエットとグラデルと言うそうだ………。
この時点で私は一度待ったをかけた。
「お婆様の名が2つありましたが……?」
「その…なんだ。……父は女性関係に少々だらしない人だったのだが、責任は取る方でな」
「……………」
正妻であるレリエットさんとの間に子を授かった祖父は、お忍びで出掛けた先で出会ったグラデルさんと関係を持ってしまったそうだ。そして暫く後、グラデルさんも子を授かっている事が発覚して騒動に。その騒動を抑える為に奮闘した結果、2人目の妻として迎える事で決着したらしい。………何で?
男爵位としては、妻が2人居る事は非常に珍しい。
父と父の弟さんはレリエットさんの子で、妹さんがグラデルさんの子だそうだ。私にとっての叔父と叔母であり、叔母の存在は今初めて聞いた。因みに、叔父に関しては王都で父の商会員として働いていて、私も一度だけ挨拶した事がある。
話を戻すと、祖父は爵位を返上しているらしく、元当主であり元貴族となっている。父の代で子爵に昇爵した事もあり、元男爵の祖父よりも現子爵令嬢である私の方が形の上では身分が上になるそうだ。
「だからまぁ……無茶を言われても断って良いからな」
「?……実の孫に、無茶を言う様な方なんですか?」
「そう…だな、悪気は無いんだが……その、行き過ぎる方なんだ」
(押し付けの善意って事かな?)
「わかりました」
所謂ありがた迷惑と言う事だろう。過去にも何度かあったらしく、苦々しい表情で父が遠い目をしていた。
それ以上は特に無いようだったので、私は今度こそ退室した……………。
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