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記憶喪失

 記憶とは

記銘(一旦見聞きした事を覚える)、保持(大事な内容は貯める)、想起(必要な時に思い出す)といった一連の現象の事で、いくつかの種類があるそうです。どれか一つでも障害を発すれば、日常生活に支障を(きた)す事にもなります。勿論ならないのが一番ですが、なってしまった場合はどうすれば良いんでしょうかね……………。





「ユリアちゃん、こっちも美味しいよ。はい、あーん」

「ぁ…あーむぐっ」

「ふふふっ、美味しい?ねぇ美味しい?」

「お、おぃひいれふ」

「うふふふ」


 どうしてこうなったのだろう……。今私は母に拘束され(抱きしめられ)た状態で、朝食を摂っているのだが、手が動かせないので母に食べさせられている。

 ミリアとミールは暗い表情(かお)をしており、困惑もしている様だ。父に至っては此方を見ようともしない。

 こんな状況になった理由を説明するには、起床後間もない時まで遡る―――――。





 目が覚め、レイエルに会っていた影響なのか、寝た気がしない。しかし、いつも以上に頭がはっきりしていた。

 窓の方を向くと外は未だ暗い。朝日が昇る前の様だ。


「ん………あら?」


 起き上がろうと思って力を()めたが、右腕に抵抗を感じたので其方を見ると、いつの間にかミリアが抱き着いていた。絶対に逃がさないぞと言わんばかりに、両腕でしっかりと抱え込まれているので、起こさずに抜け出すのは難しいだろう。

 昨日はあの後姿を見かけなかったが、誰かに何かしら聞いて此処に来たのかもしれない。


(誰か来るまではこのままで良いか……)


 気持ち良さそうに眠るミリアの頭を撫でながら、レイエルとの会話を思い出しながら今後について考える事にした。



 レイエル(いわ)く、会いたいから呼んだと言っていた。正直これについては嘘か本当かはわからない。それよりも、蘇生が禁忌に触れていると言っていた。なら、他所(よそ)に知られないようにした方が良いのだろう。

 家の者は問題無いと思うが、昨日来訪していたお客様は今日も来ると聞いている。使用人から漏れないように、注意しておかなければならない。

 後はレイエルの像をどうするかだが……。造る事は別に良いのだが、何処に設置するかが問題である。

 確か教会は無断で建てられなかった筈だし、だからと言って所属する気も無い。しかし、像のみだと人目につき易いから論外だ。


(そう言えば、何故か神殿は無かったよね……)


 この世界の宗教関連の建物は教会しか存在せず、他には聞いた事も無い。

 元々教会というのは、信仰するものの教義を行う集まりの事を指すのであって、建物の事では無かった筈だ。しかしこの世界ではむしろ教会しか無く、他の建物が存在していない。……ある意味わかり易いとも言える。

 規模は少し大きくなりそうだが、神殿を建てて像を設置すれば問題無さそうだ。管理人が必要になってくるが、それは今の育成院に居る年長者の中から選べば良いだろう。

 何か言われても「教会じゃないから」の一言で通そう。


(山を切り(ひら)いて建てるか……。それとも()()くか……)


 切り拓く方はまだ楽だが見つかり易く、刳り貫く方は手間が掛かるが見つかり難くする事もできると思う。


(保険を掛けるなら後者かな…リスクは少ない方が良いし……)

「ぅー……ぅゅ?」


 思考に(ふけ)っていると、ミリアの目が覚めたようだ。

 まだ眠いのか、私の腕を抱えたまま目を擦るという器用な事をしている。


「おはようミリア。良く眠れた?」

「ぁ……おはようございますお姉さま」

「ふふっ、どうしたの?私のベッドに潜り込むなんて」


 私の質問に、ミリアは表情を少し曇らせた。


「その…きのうの事を聞きまして」

「………そう、心配してくれたのね、ありがとう」


 その言葉に嬉しくなった私は、髪を()くようにしてミリアの頭を撫でた。

 一転して、気持ち良さそうにし目を細め喜んでいるミリアは相変わらず可愛い。色々あって疲弊した精神が癒されていくようだ……。



 その後、リンが来るまで撫で続けていた私はすっきりとした気分となっていた。因みに、リンに見られて恥ずかしかったのか、ミリアはそそくさと自室に戻って行った。


「ユリア様、その…大丈夫ですか?」

「え?…えぇ、大丈夫よ。ミリアが添い寝してくれたしね」

「………良かったです」


 リンは私の様子を伺い、納得したのかそれ以上は聞いてこなかった。


「それで、お母様の様子はどう?」

「ぁ…その、それが………」

「?……何かあったのね」

「あの…見ていただいた方が早いのですが、少々困った事になっておりまして……」

「何が―――[ガチャッ]」

「ユリアちゃーん!!」


 あったの?と私が聞くよりも早く、私の部屋に母が現れた。そして、そのまま私の元へ来て抱きしめられる。


「あら、ユリアちゃんいつの間にそんなに成長したの?それに髪も……」

「え?お母様?」

「まあ良いわ!元気に育ってくれれば十分だものね」


 そう言って母は私に頬擦りし始めた。

 何が起きているのか理解できず、一瞬固まってしまったが、答えを求めてリンを見つめる。

 すると、私の視線に気が付いたリンはそっと呼吸を整えた後真面目な表情になり言った。


「一部の記憶を失っているようです」

「……え?」

「目を覚ましてからというもの、ユリア様の事ばかりで…その、ミリアお嬢様の事も覚えていない様です」

「嘘……よね?」

「……………………」

「あら?どうしたのユリアちゃん。………そうだわ!一緒に朝食を摂りに行きましょうね」

「え?あ、はい……」


 言うが早いか、母は私を連れて移動し始めた……………。





 ―――そして現状に繋がる訳なのだが、到着した時には既に食卓には私たち以外が揃っていた。

 母は父に挨拶をした後、イリスとミリアとミールの姿を確認するなり不思議そうな表情をし、「あら?可愛らしい子達ね。お客様かしら」と言って初対面の対応をし始めた。

 それを聞き、イリスは別として、ミリアとミールは一瞬呆気にとられた後、泣きそうになり暗い表情になったのだった。

 私はと言えば、母に捕まったままなので、そんな2人に対して声を掛ける余裕が無かった。

 事情を知っているであろう使用人が傍に寄り、耳打ちしていたのでフォローは任せよう。

 その後も「ユリアちゃん、今日は一緒に過ごしましょうね~」と言われ、何とか説得して解放されたのは昼過ぎであった。


「ユリア様、大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫よ。無事に生きててくれてるだけでも嬉しいもの」

「………無理なさらないでくださいね」

「ふふっ、ありがとう」


 母から離れる為の説得をしている際に、何時からの記憶が無いかを確認した。すると、ミリアを身籠(みごも)るより少し前、私の意識が出てすぐの頃であった。

 ただ、姿が変わっている筈の私に気が付いた事もあり、断片的にではあるが薄っすらと記憶に残っていると思われる。ならば時間の経過と共に思い出してくれる筈。………………そう信じている。

 家族にも其れを伝え、焦らず見守って欲しいとお願いした。

 そして今はイリスを連れて町に向かっている。

 今回のお供には、リンだけでなくケンも来ている。昨日の騒動を聞いて、自分も行くと言って譲らなかったのだ。

 本当は捕縛した男の事を聞きたかったのだが、未だに口を割っていないそうだ。

 それなら本来の予定を優先した方が良いのか悩んでいると、セシリアから「今日中には何かしらの情報を得ます。お任せください」と有無をも言わせぬ圧力を受け、イリスと共に出てきたのだった。………またセシリアに対する謎が増えた。



 さて、イリスを連れて領地へ帰って来た目的だが、上下水道の整備をする為にも、ゼネコンで培った知識の有るイリスの協力が必要と思い、実際に現地の様子を確認して貰う事である。そして、最初に実績を作る為の場として自領を選んだという訳である。とは言え、最初から上手くいくとは思っていないので、規模に合わせて必要な物資や人員を見積もる目的もある。

 この世界では魔法が存在するので、省略できる事もあると思う。しかし、私が段取りできる範囲で可能か、素人考えでは概算すら難しい事に気が付いた。

 今回の様な大規模な計画では、イリスの存在はとてもありがたい。


「必要な情報があれば調べるから、遠慮なく言ってね」

「はい!………そう言えば、以前浄化の魔具を開発中って言ってましたよね?」

「そうね、今はテスト中だけど完成の目途はついたわ」

「それって量産可能ですか?」

「勿論よ。今後も改善は必要だけど、今でもそこまで高価な訳ではないもの」

「成程……………」


 一通り見て回り、イリスがメモを取りながらしきりに頷いている。

 その間私は暇なので、一緒に居たスーをモフりながら時間を潰す事にした。スーは耳の裏辺りをわさわさされるのが気持ち良いのか、嬉しそうにされるがままになっている。

 因みに、今回はスーだけが付いて来ていた。ルーは恐らく妖精の所に行っているのか、朝から見ていない。クーは昨日からずっと寝たままだ。

 考えが纏まったのか、イリスはメモを仕舞った後此方を向き、首を傾げた。


「ユリア様?何をしてるんですか??」

「……え?」

「その……パントマイムみたいな手の動きしてますけど」

(あれ?………あっ)


 イリスには転移扉の事を話していたので、精霊に関する事も話した気でいたが忘れていた。

 知らないまま今の私を見ていれば、不審に思うのも無理はない………。

 ついでと思い、精霊や妖精の事を話す事にした。


「え!?精霊が見えるんですか?」


 イリスは驚いていたが、すぐに「良いなぁ…私も見てみたい……」と羨ましそうな表情に変わっていった。

 丁度日も沈み始めたので、切り上げて帰宅する事にした。

 帰りの馬車で雑談をしていたのだが、話の流れで何となくレイエルとのやり取り―――神像の事だけ―――を話すと、そっちを優先した方が良いと言われてしまった。


「今日は町の状態を教えていただいただけですし、どのみち調査と設計が先ですから、必要資材とかがわかるのはその後になりますし、ユリア様は像の方を進めてください。こっちは私に任せていただいて大丈夫ですよ」

「そう?……なら案内の者だけ付けるわね」

「はい、お願いします」


 具体的な話はまた後日ということにして、他に必要な物が無いかを聞くと、紙と筆記具が多めに欲しいとの事だった。

 この世界では羊皮紙と植物紙の両方があるのだが、一般市民が普段使いするには少し高価となっている。その為、イリスの所持金では使用に躊躇いがあるのだろう。今使っているメモ帳も私があげたもので、サイズは小さく量も少ない。……設計には向かないのだろう。

 一応私の商会でも何種類か取り扱っているので、希望のサイズと枚数を聞いて、予備も含めて用意する事にした。



 帰ってすぐ、再度母に捕まってしまった。

 発見される度に捕獲されるのは幼い頃以来だなと思いつつ、暫くは好きにさせてあげようと諦める。

 解放されたのは夕食が終わってからだった。

 湯浴みの前に一度部屋に戻ると、ルーは戻って来ておりクーも起きていた。私に気付き、ゆっくりと近付いて来たので相手しようとクーを抱き上げると、外出前より僅かながら大きくなっていた。


(クーも成長してる?……でもルーは変わり無いみたいだし、何が違うんだろう……)


 順番から言えば、スーの次に出会ったのはルーだが、クーの方が先に成長した。………もしかしたらルーは成長した姿なのかもしれない。

 それにしては小柄だが、タイプが違うので何とも言えない。


「………ま、良いよね?元気そうだし」

「ワフ?」


 私の呟きにスーが「何?」と言わんばかりの反応をした。……………可愛い。


「ふふっ、何でも無いよ……少し考え事してただけだから」


 スーの頭を撫でていると、ルーが隣に来てそっと頭を差し出してきた。撫でて欲しいのかと思い、そうしてあげると満足そうだったので正解なようだ。

 構い倒してから湯浴みに向かった。



 イリスや家族に就寝の挨拶をしてから部屋に戻り、例の男を拷問した結果をセシリアが報告書にして纏めてくれた内容に目を通す。

 部屋に戻る途中で、そっと渡されたものだ。

 その内容によると、男は狩人斡旋所という場で働いていた者で、表向き(・・・)の仕事をしていたそうだ。表向きと言ったのは、偶然裏の顔を知ってしまい、其方をメインで仕事していた者に追われる事となった。

 逃げ切る事はできたものの、私が発見した時に負っていた傷が原因で気を失い、目が覚めた時には捕まっていると勘違いし、近くにあった花瓶を割ってその破片を武器にしようとした。………不幸だったのは、その際花瓶の割れた音に気が付いた母が部屋に入り、やられる前にやってしまおうと男が襲ってあの状況となったらしい。

 事実関係の調査は別で行い、セシリアは引き続き詳しい事を聞き出す気の様だ。


(確かにこの内容だけだと、私が発見した時の状況に説明がつかない事もある………)


 セシリアには発見した時の状況を詳しく伝えていたので、不審に感じる部分もあったのだろう。

 この件については任せるしかない……………が―――


(本当にセシリアは何者なんだろう……)


 謎は増えるばかりである。


ブクマと評価、感想ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 作者さん、更新はお疲れ様です! まさかあんな事に成るとは。。。お母様が生き返られるだけでも幸いですね! 百合はイイモノですw
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