表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/151

閑話~報告と苦悩①~


 ルースリャーヤ王国では、精霊を見る事のできる者が少なくなった頃から諜報部が設立された。

 元々は精霊から情報を得ていたのだが、時が経つと共に段々と難しくなってきたからだ。

 最初こそまともに機能していなかったが、僅か数年で形になったらしい。そして今では、早々に気取られる事も無くなっていた為、各地の確実な情報が素早く入手できるようになっている。

 今代の国王である俺―――ワンド・イス・リャーヤ―――は、今日も諜報部からの報告書に目を通していた。因みに諜報部と言っても、調査員と工作員に分かれており、調査員は情報収集を行い、工作員は情報操作を行っている。


「………砂糖だと?」

「はい…リーデル領内にて、そのような物が極少量ですが出回っているそうです」

「それはどういった物だ」

「その……はっきりとはしていないのですが、塩の様な見た目という事しか…」

「そうか………調査員を追加で送れ。人数は任せる」

「畏まりました」


 リーデル領は隣国には2ヵ国接しており、この国の最南端に位置して海がある土地だ。しかし、海に面している所は全て異常な高さの山が有る為港にできない。それ故に、土地自体は広いが開拓できる範囲は狭い。

 他国との取引がし易い場所でもある為、特産品となりうるものには以前から注意を払っていた。

 実のところ、俺は自身の事を賢くないと思っている。だからこそ、宰相に限らず騎士団長も含めた各(おさ)達にも意見を聞いている。とは言え、直接的に聞くのではなく、何かしらの用件を申し付ける時にそれとなく話を振る程度だ。

 だがそれが功を奏したのか、今では配下を気に掛ける善き王と言われるようになっている。

 ………妃には見通され、其れをネタに揶揄(からか)われていたりもする。

 (うやうや)しく礼をした後、宰相であるダモンは執務室を後にした。諜報部へ指示を出しに行ったのだろう。今後の対応は、次の報告待ちとなる………。



「―――何?ルベール子爵の娘だと?」

「左様でございます。どうやら子爵の商会を通してはいますが、生産に着手したのは娘との事です」


 現地調査の結果、ルベール子爵が娘に畑を与え、そこで作られているとの事だった。

 新たに甘味を作り出す為の調味料で、危険な物では無かったらしい。


(あの幼さで何という発想力だ…このまま放置しておくのは危険かもしれんな……)

「ルベール家を……特に娘を重点的に見張るよう伝えろ。場合によっては囲う必要もあるかもしれん」

「それが…その……」

「ん?どうした」

「報告書の最後の方にも記載しているのですが、少々不味い状況になりまして……」

「何があった?」


 改めて手元の報告書に目を落とし、最後の辺りを確認する。

 そこには目を疑う報告が書かれていた。


「ガーネットが居ただと?」

「数年に渡り捜索しており、今まで発見できませんでしたが、どうやら子爵の使用人として働いていたようで……」


 ガーネットは、以前の諜報部の長をしていた。そして、諜報部とは思えない程に実戦もできていたのだが、ある時負った肩の怪我の後遺症が原因で辞職し姿を消していた。

 と言っても、その状態でも1対1(タイマン)では騎士団長くらいしか勝てない程に強かったので、周囲は辞する事を反対していた。


「何故だ………」

「理由は存じませぬが、調査の為監視していた者に接触してきて、警告されたそうです」

「……………話せ」

「その者によれば、『職務上今は見逃すが、お嬢様に必要以上近付くな。お嬢様は気配に敏感で、本気で気配を消した私以外には気が付く。周辺に居られるだけで迷惑だ』と言われたそうです」

「……それは本当なのか?」


 ガーネット程では無いにしても、向かわせた調査員はどれも優秀で、隠密に長けている。お披露目も済んでいない少女に見抜けるものでは無い筈だ。


「…その様です。現地の者曰く、一瞬ではあるものの、不意に視線の合う時があったそうです。その時は気のせいだと思っていたとの事ですが、思い返せば不自然な程に多かったと言っていました」

「………何か特別な訓練でもしていたのか?」

「それについては、全くわかりませんでした」

「そうか……ならば気付かれない範囲で継続しろ」

「畏まりました」


 残った書類を片付けた後、新しく増えた悩みを抱えたまま寝室に移動した。



「あら?陛下、お疲れの様ですね」

「……何故嬉しそうに言うのだ」

「ふふっ、そう拗ねないでくださいな。(わたくし)で宜しければお聞きしますよ」

「実は………いや、今はまだ良い」

「そうですか?」

「ああ、取り返しがつかない事では無いからな」


 本音を言えば聞いて欲しかったが、確かガーネットと妃は仲が良かった筈。知れば会いに行こうとするかもしれないうえ、ガーネットがあの領地に居る理由がわからない今、不用意に伝える事は躊躇われる。

 もう少し調査が進んでからでも良いだろう………。



「……目が可笑しくなったのかもしれん」

「?…何かございましたか」

「いくら何でも此れは無いだろう………」


 貴族子女のお披露目を目前にして、またしてもルベール子爵の娘に関する報告書にある一部分に頭を悩まされる事となった。

 その内容は、『王都の教会に訪れた目標は、寄付を渡した後に礼拝を行いに向かったものと思われる。内部への侵入は不可能と判断し、外にて待機。その後、教会を後にした目標の髪色が青銀色から桃色に変化した事を確認。教会内での行動は確認できず、染色に至った理由は不明』とある。

 無論監視を行った者は知らない事だが、王家には伝文があるのでその意味は理解できる………できるが納得はしたくない。


(此れは間違い無く教会に目を付けられたな………)

「教会の動きも監視する様手配してくれ」

「教会もでございますか?」

「そうだ、動向を確認するだけで良い」

「畏まりました」


 教会を相手にする事になってしまえば、面倒事は避けられない。

 国益になると思い囲う為に監視させていたが、教会が動き出すのであればいっその事諦めた方が良いかもしれない。



 そして、お披露目当日の事。


「……スィール、その娘の特徴を教えてくれ」


 突然俺の元に来たスィールが、植物園を眺めていた時に現れた娘が魔法を使っていたと興奮気味に報告してきた。その内容を聞いている内に嫌な予感を覚え、特徴を聞く事にした。

 すると―――


「桃色髪の綺麗な娘でした」


 ――案の定予感は当たり、面倒事が決まった瞬間でもあった。

 未だ学院に通っていない状態で魔法が使える、制御できると言う事は間違い無く才能がある。

 妃も態々一緒に来たと言う事は、そういう事なのだろう。つまり、囲う理由が増えてしまった。

 この先の事を考えていると、今度は妃が声を掛けてきた。


「…陛下?」

「あぁ、いや…それは恐らくルベール家の娘だろう」

「あら、ご存知でしたの?」

「うむ、あの娘の情報は最近入ってきてな…」


 実際には少し前からだが、それを言ってしまえば妃は拗ねるだろう。

 今までに入手した情報を噛み砕いて説明し、反応を見る。

 予想通り、妃は気付いた上で尚あの娘が欲しい様だ。それも多分、娘として……。

 仕方が無いと思いつつ、一方で妃の為に頑張るかと単純な自分が居る事に苦笑した。

 何となく悔しかったので、少し試す事にしよう………。



 ……………完敗だった。

 直接会話をする場で、他のどの子供も緊張して何かしらの失敗をしていたというのに、ユリアは最初の礼から完璧な所作だった。

 思わず見惚れてしまい、声を掛けるタイミングが遅れてしまった。…出鼻を挫かれた気分だ。

 会話内容でも、少し意地悪な事を言って困らせてやろうとしたのだが、思わぬしっぺ返しを受けてしまい、しかもそれを見ていた妃が笑った事で恥ずかしくなった。


「ふふっ、元気出してくださいな」

「……落ち込んでなどいない」

「それは良かった。……では、(わたくし)はユリアと話してきますので」

「…うむ」


 少し浮かれている妃を見送り、教会を監視させていた者からの報告書を再度確認する。

 早急に対処しなければならないその一文を確認し、さて誰に相談しようかと考えていた。


『―――――尚、教会本部より枢機卿を招く動き有り』


 そもそも教会は、いつからあったのかが定かではない。

 本部は宗教国家と呼ばれるファクロス聖国にあるが、最初は聖国では無かった。

 聖国となった理由は、最初に聖女が出現した国だからだ。

 その当時には未だ教会は無かった筈だが、その後いつの間にか各国に教会が建てられていて、詳しい記録が残っていない。そして聖国はこの国と同じく王政であるのだが、国王と同じく聖女の発言力が強い国でもあり、次に教皇となる。

 理由は『女神に見初められるのならば、私利私欲で行動しない』といった決め付けである。因みに女神(・・)だと判明したのは聖女が流布したからだ。

 教会の本部から、派遣以外で他国に人が行く事はこれまで聞いた事が無い。それだけ今回の事を重要視しているのだろう………。


(来るのが教皇ではないのがマシか……)


 それでも今は未だ聖女認定されていないので、本人にさえ会わせなければどうとでもなる。

 動向を逐一確認するのは手間だが、幸いリーデル領は遠く、この国の教会を拠点とするのであれば先手を取れる。先程ルベール子爵にも連絡手段は伝えてある。

 本人も教会とは関わりたくない様子との事だったので、問題は無いだろう……。



「あなた!!ユリアをスィールの婚約者にしたいわ!協力してくださいな」


 寝室に入ってくるなり、妃が興奮気味にそんな事を言い出した。

 公的な場では陛下と呼ぶ妃も、寝室で2人っきりになると呼び方が変わる。それに合わせて俺も妃……いや、セリカの事を名前で呼ぶ。


「セリカは余程気に入ったようだな…」

「えぇ、(わたくし)にこんな娘が居たら…と思っていた理想そのものだったんですもの。それに、笑った顔がとても可愛らしいのですよ。………あの子を教会なんかには渡せないわ」

「調査員の報告によると、枢機卿が近々こちらの教会に来るようだ」

「あら、では此処にも来るのかしら……」

「だろうな…面倒な事だ。しかし、魔法の才ある者をそう易々と連れて行かれては困る」


 俺の言葉を聞き、セリカが真剣な表情に変わる。


「あなた…未だ可能性の話になるのだけど、聞いてくださるかしら」

「………聞こう」

「ユリアは、精霊が見えるのかもしれないわ」

「何!!?」


 ユリアとの対談の祭、普通の人には見えないものが見えているといった(ほの)めかしがあったようだ。それも、説明が難しいからという理由で仔細は語らなかったらしい。

 つまり、それが事実だった場合教会へ渡せない理由が増える事になる。その点についても調査させなければならないが、現状は難しい。


「リーデル領に行きたいわ」

「んなっ…ダ、ダメに決まっているだろう!!あの領との往復が、どれだけ時間掛かると思っている!?行くのなら別の者を手配すれば良い事だ!」

(わたくし)は自分で行きたいの。きちんと供も連れて行きます」

「許さん!今よりも移動が(・・・・・・・)短縮できる何か(・・・・・・・)が無い限りはダメだ!!」

「………わかりました。ならばもう良いです」


 何とかセリカを思いとどまらせられたと安堵し、その後もその話題をする事は無かった。

 それで安心していたのだが、何やらリーデル領までの短縮ルートが無いか調べていると小耳に挟んだ。諦めていなかった様だが、そんな方法は無いだろう。

 あの領に行くには、整備された道以外は自殺行為だ。これでやっと諦め、もう行くとは言い出さないだろうとこの時は思っていた。

 だが、結論から言えばそれは間違っていた。後日、ユリアからの献上品の中に、驚くほど乗り心地の良い馬車があった。


「陛下、言質は取ってますからね?」


 満面の笑みで、そう言われてしまった。

 セリカがリーデル領へ向かう事が決まったのだった……………。





「………聞こうか」


 セリカがリーデル領から帰ってすぐ、供をした魔学技工士長のリズィを執務室に呼んで報告させた。

 最初は向こうでの食事や魔具の素晴らしさを語られ、半ば聞き流しそうになっていたが、最後に聞き逃せない報告があった。


「――それから、精霊が2匹と数えきれない妖精を確認致しました。あんな数は初めて見ました」

「………何?」


 その光景を思い出しているのか、リズィは目を閉じ恍惚とした表情になっていた。


(いや、それよりも………)

「名付けをしていたのか?」

「あ、はい。2匹とも名前が付いていました」

「………そうか」


 もしかしたらが現実となり、しかも想定以上であった。こうなっては何が何でも教会には渡せない。

 王家の悲願に必要な人物となった。


「報告ご苦労。下がって良いぞ」

「はい。失礼致します」


 リズィが退出し、椅子に深く座り直し天井を仰ぐ。

 思わず溜息を漏らし、これからの展開を想像すると胃がキリキリしてきた。



 その後すぐにルベール子爵の元へスィールとの婚約を打診したが、断られてしまった。

 セリカは予想していたらしく、ならば学院に居る間はスィールに婚約者を付けないようにと言われてしまった。それに対し俺は、子爵なのだから側室でもと言おうとしたところ、物凄い表情で睨まれてしまった……………怖かった。

 仕方なくスィールに頑張らせるように……と言っても過度な干渉はしない様注意しておく事になった。



 教会への対応をしている間も、報告書は様々な内容が途切れる事も無く送られてきた。

 作物の種類が増えた事はまだ良い方だ。他国との取り引きを始め、そのくせリーデル領にしか店が無いせいか、王都迄流れてくる品が少ない。さらに、移動した形跡が無いにもかかわらず、いつの間にか王都に現れる事があり、調査員が見失う頻度も増えていた。

 意味がわからない報告が増え、その頃には最早考える事を放棄していた。

 学院に通い始めた時には、少し安心したものだ。

 これで暫くは変な報告も無いだろうと……。

 しかしすぐにまた、休暇の度にリーデル領に現れていると報告が届き、見失う事もセットであった。


「………もう嫌だ」

「陛下、まだお仕事中でございますよ」

「此処にはお前しか居ないんだから良いだろう」

「ダメです」

「むぅ……固いやつめ」


 机に突っ伏していたら、宰相に怒られてしまった。

 幼い頃からの付き合いなので、俺に遠慮が無い。普段は良いのだが、こういった時にはもう少し優しく接して欲しい。



 そしてまた新しく報告書が来た。

 そういえば、今学院は夏季休暇に入ったばかりであった筈だ。

 不安しか無い報告書を手に取り、その内容を確認するべく、紙を広げた―――――。


ブクマと評価、感想ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] この国王、大丈夫か? 正妃扱いの婚約を断っているのに側室なんて受諾する筈ないなんて誰でも分かりそうなものでしょうに。 いっそお飾りに徹するか、王太子に玉座を譲った方が良いのでは・・・
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ