改めまして、異世界です
現実逃避した事はあるだろうか?
自分の現状に不安や不満があり、一定以上のストレスを感じると、自己保身の為に行う人が多いんじゃないかと思われるが、程度に差はあれど全く違う場に逃げたくなる心境という事だろう。しかし、人によっては、現実と違う世界に行きたいという憧憬を抱く人も居る事だろう。
斯く言う僕もその一人だったりする………
「どうやらここは別世界のようだ………」
自室に戻り一人呟く、今日得た情報を整理しておこうと、ベッドの上で横になって先程の本の内容を思い返していた。
(しかも、ラノベで読んだ事のあるファンタジーな世界だったとは………という事は異世界転生?……ならやっぱり僕はあの時そのまま死んでしまったという事なのかな………)
先ず最初に調べたのは、自身の置かれた状況を知る為、この家についてだったが、思ったより情報が無かった。
家名はルベールと言い、子爵家のお貴族様であった。と言っても元は商人だった祖先が、国への貢献が認められて男爵位とこの辺境にあるらしい小さな領地を賜り、暫くは何事も無く領地経営を続けていたが、現在の領主である父の代で開拓による領地拡大に成功した為、その功績で子爵位となったみたいだ。
他に目に付く情報は無く、家族関係については良くわからなかったが、現在父親らしき人が見当たらなかったのは、今王都にて行われている建国祭に行っているかららしい。
そして次に確認した本には、この国の歴史が載っていたが、どうやら周辺諸国に比べるとこの国は歴史が浅いようだ、と言っても国力が弱いわけでも無く、そこそこ発言力もあるようだ。
その理由が精霊や妖精にあるみたいで、建国に関わっているとの事。しかし、誰にでも見える訳では無いようなので、一部の人にしかその恩恵は無いみたい。
(………僕には見えるのかな?)
居ると言われれば会ってみたいのが人の性というものだろう。
正直これを知った時は、年甲斐もなくワクワクしてしまった。
(いやまあ今は女の子だけども………)
さらに興奮してしまったのが、魔術や魔法といった力も存在するそうだ。
使い分けとしては、魔具と呼ばれる物で発動するのが魔術で、自身の魔力のみで発動するのが魔法である。そして魔力自体は誰にでもあるらしい。
(そうと知ると使ってみたいよね………)
とはいえやり方がわからないので、また書庫へ行って探さなければならない。
暫くは本の虫となりそうだと思いながらも、それが嫌ではないのであった………
暫く自室の家具等を確認して時間を潰し、以前の生活と比較してみたが、然程変わりは無いようだ。
(これなら不便無く生活できそうかな………)
その後夕食を終え、明日以降の予定を考えていると———
コンッコンッコンッコンッ
「お嬢様、湯浴みの時間です」
セシリアが部屋の扉をノックし、外から声を掛けてきた。どうやらお風呂に入る時間を知らせに来てくれたみたいだ。
あまり汗は出ていないが、前世でも毎日お風呂に入らないと気が済まなかったくらいにはお風呂好きである。
「はーい」
返事をし、さて行くかと移動する為立ち上がった時、ふと———
(あれ?……もしかして洗ってもらうのかな?)
着替えでさえやってもらったのだから、お風呂もそうなのかなと思い至ると、途端に恥ずかしさが湧き上がる。
(女性に裸を見られるなんて………)
未だ心は男のままなので、現在の自分が女の子であっても、恥ずかしいものは恥ずかしいのである。
結局悶々としたままの状態で、セシリアにされるがまま入浴を乗り切ったのであった………
それから数日程、主に書庫と自室の往復となっていたが、必要と思われる情報はあらかた入手していた。
この国はルースリャーヤと言い、建国に関わった精霊から取った名だそうだが、その精霊や妖精が見える人は総じて魔力量が高い傾向にあるらしい。
魔力量を増やす方法は定かでは無いが、毎日消費していると増えると主張していた人も居たとの事。
他にはこの国の……と言うよりもこの世界での事だが、調味料がほぼ無いようだ。
ここ数日の食事で実感したのだが、味付けが塩味しか無く、果物以外での甘味が無い状態だった。
香辛料はおろか、砂糖すら無いとは思わなかった。とはいえ食事は不味くなく、寧ろ美味しかったので、食材が前世よりも良いのかもしれない。しかしそれだけに、調味料といった物の発展が無かったのかもしれない。
人は満足すると、そこで成長が止まってしまうと誰かが言っていた気がする。
取り敢えず情報収集は良しとし、今後の方針を考える事にする。
(まず魔法は使ってみたいから早めに取り組むとして、調味料も知ってる範囲だけでも探してみようかな………商売をしているなら色々と流通もあると思うし、いくつかは見つかるよね?)
(前世では自由と言える時間も無かったし、今世では好きに生きよう!)
実の所、前世では子供の頃に親を亡くし、親戚に養子として引き取られていたが、家業である飲食店の手伝いをしながら生活し、部活はダメだったが習い事は多数やらされ、学校でしか自分の好きな事をする時間が無い程忙しく、就職した先でも上司からの無茶振りで毎日残業となり、休日も月に何度か出社していたので、自由と言える時間が殆ど無かったのである。又、そのせいで心身共に疲弊し、体力の無い状態であの事件が起こった為、助からなかったのだ。
(あとは………言葉使いも少しずつ矯正すべきかな……)
そう思いながら、室内にある姿見で改めて自分の顔を確認してみる。
(顔は整ってると思うし、将来は美人になると思う………)
現在5歳という幼さだが、それでも顔が整っていると言えるほどに目鼻立ちははっきりとしており、それでいて上品にも見える。
個人的には美人よりも可愛い方が好きなので、母のようになりたいが、望みは薄いのかもしれない。
と言うのも———
(後妻だったとはね………)
たまたま使用人——メイドと言う呼び方ではなかった——の雑談を聞いていた時、突然母親に対する態度の変わったお嬢様——自分の事である——の会話になったので、そのまま気になって聞いていると、3歳の頃に前の母が亡くなり、その後間もなく後妻として今の母であるミーリアがこの家に来たそうだ。
そういった事情もあって、後から現れた人に素っ気ない態度になったんじゃないかと推測している。
(でもその割にあの態度はどういう事なんだろう?………)
初めて会った——自分主観で——時に「私の可愛いユリアちゃん」と言っていた。しかし、実際には自分の子供でなければそんな言い方はしない。ならどうして「私の」と付けていたのか、すごく気になる。
(まあでも今考えてもわかんないから、いつかそれとなく探りを入れてみようかな)
今は考えても無駄だろうとの結論を付け、次は一番気になっている魔力について調べてみる為、庭へこっそりと出るのであった………
所変わって庭の片隅、この家には正門から玄関へ続く道の途中、両脇に大きな木が並んでいて、家から死角になる場所がいくつかある。
「誰も居ないよね………」
周辺を見渡し、誰も居ない事を確認した後、本で得た知識を基に、魔力の知覚から練習を開始した。
(えーっと確か、血液の流れと同じように、心臓部分から手足の先へ、先から心臓へと循環している………だっけ?)
目を閉じ、意識を体の内側へ集中させてみる。しかし残念ながら、自分の心臓の鼓動しか聞こえてこない。
アプローチの仕方が違うのかと思い、今度はストレッチをしながら集中してみる。すると、血の巡りが良くなり始めた時、僅かに揺らぎの様なものを感じ、そこを重点的に意識してみると、何となく流れが掴めたように感じた。
(これ……かな?)
感覚を掴むと後は早かった。意識して魔力の循環を早めたり抑えたりと、試しているうちに段々慣れてきた。そうやって繰り返し続け、疲労感が出てきたところで今日の練習を終えた。
(このくらいなら部屋でもできるし、寝る前にやることにしようっと)
さらに数日経過し、簡単な魔法なら扱える様になっていた。この世界で言うところの魔法は想像力さえあれば発動するようだ。ただ、想像力の補完の為に言葉を添える人も居るみたいで、むしろそちらの方が一般的らしい。
そんな感じでこっそり魔法の練習をしつつも今の生活に慣れてきた頃、王都へ行っていた父が帰って来る日がやって来た。
「ユリアちゃん、旦那様のお迎えは一緒にしましょうねー」
(今日も捕まってしまったか………)
帰って来る父の対応をどうするかで悩んでいたところ、ここ最近毎日構ってきていた母に捕獲された。
(最近良く抱きついてくるなぁ………)
最初こそ戸惑っていたものの、今では普通に接する事ができている。しかし、その普通に感激したようで、スキンシップが激しくなってきていた。
(まあ母に殆ど任せて追従する形でどうにかなるかな)
そんな事を考えながらも、外から聞こえてくる馬車らしき音を聞きながら、母と共にエントランスに移動するのであった………