試験終了!そして……
清廉恪勤と言う四字熟語が有ります。
心が清くて私欲が無く、真面目に一生懸命勤める事という意味ですが、勤労がそもそも生活資金欲しさに行うものだと思うのです。又、趣味を仕事にする人の場合は其れ自体が私欲ですよね。そうなってくると、この場合の勤めるとは、何に対して使うのが正しいのでしょうね………
「ぅん゛〜」
(……………ん?)
朝、起きた時に伸びをしていると違和感を感じた。
気になった方へ視線を向けると、スーが丸まって寝ているのが目に入る。いつもなら伸びて寝ているスーが、今日は何故か丸まっている。そして気のせいで無ければ、少し大きくなっている様に見えた。
(成長……してる?)
昨日寝る前迄は変化無かった筈で、一晩で成長した事になる。特に心当たりは無い。
(まあ、悪い事では無いよね……)
別に問題が発生した訳でも無いので、気にする必要も無いかと自分を納得させる。
その後、リンが来るのを待って支度を済ませ、部屋から出た——
試験は種類別で行われるらしく、私は最後と言われた。他に創作が試験となっている人も居たが、歌か曲のどちらか片方だけだった。
何となく疎外感を感じながらも、大人しく待つ事約3時間、私の番となった。
最初の方は既存の曲ばかりで、体感ではもっと長く思えたのは、それだけ退屈だったという事だろう。
指定された場所へ行き、先ず挨拶を交わしてピアノに向かう。
何故か試験が終わった人が残って、此方を見ている。合否に関しては、試験終了後すぐに言い渡されるので、終わった人は退出しても良いと聞いている。
兎も角、私の試験は大多数の人に見られながらやる羽目になる様だ。
椅子に座り、深呼吸をして心を落ち着ける。
集中して周りをシャットアウトし、演奏を開始した——
—————♪♫♪—————
(略)
—————♪♫♪—————
——演奏が終わり、一息吐いて立ち上がる。試験の合否を伺う為に教師の方を向き、大人しく待つ。
「…はい、合格です。この短い期間で、良くできていると思います」
「うむ、素晴らしい。文句無しだな」
「……ありがとう存じます」
淑女教育担当の教師と、ヒース・アロマルスさんの2人から合格を貰えた。礼をして立ち去ろうとした時、淑女教育担当の教師からまさかの提案が出された。
「ではユリアさん、本日の親睦会でもお願いしますね」
「…………え?」
「毎年親睦会では、その年の各年次での最優秀者が演奏を行う事になっていますので、宜しくお願いしますね」
「……あ、ハイ」
提案では無く決定事項でした……それも毎年恒例行事だった様です。
(や、初耳なのですが……)
「それと、既存の曲も弾いていただきますので、いくつか選曲しておいてください」
「…承知しました」
「さて、これで本日の試験は終了致しました。今回は不合格者も無く、大変結構でした。解散としますので、各自親睦会に備える様に」
その言葉で生徒の大半が退出したのだが、1人だけ残っている人が居た。使用人を連れているので厳密には1人では無いが……
誰かと思い見てみると、アクォラス公爵令嬢だった。
(気のせいかな?ちょっと睨まれてる気がするけど、何か………あ)
以前突然の訪問を受けて以来で、結局その後呼ばれる事も無かった為今迄忘れていた。あの時は何か用があって来ていた筈だが、話が有耶無耶になったまま帰ったのだ。
もしかすると、私から何も接触が無かった事が気に障っているのかもしれない。
(まあ、例えそうだとしても最近は何かと忙しかった訳だし、そもそも部屋知らないし……)
心の中で言い訳をしながら、目が合って挨拶しない訳にもいかないので、近付き礼を取る。
「ごきげんよう、アクォラス様。お久しぶりですね」
「……ごきげんよう、ルベール様。随分と……えぇ、本当に随分とお久しぶりね!」
(ん?………)
機嫌が悪い、と言うよりは拗ねている様に見える。
「私、毎週貴女にお茶の誘いを掛けていましたのに、毎週不在なのですもの。避けられているのかと思いましたわ」
「それは……失礼致しました。太陽の日であれば特に用事は無いのですが、闇の日や光の日には基本部屋に居ないのです。前以て連絡をいただければ、予定を調整するのですが……」
そもそも、お茶会に誘うのなら事前に連絡するのがマナーの筈だ。連れてる使用人に、以前の失礼な人が居ないので、入れ替えは行われたのだろう。しかし教育の方は、学院に居るからか遅れを取り戻せてはいない様だ。
………使用人が進言する事もできる筈だけど。
「では、夏季休暇の初日だけ私に時間をくださいな。お茶会にお誘いしますわ!」
「…承知しました。では、失礼かと存じますが、お部屋の場所を教えてくださいませんか?」
「あら?……あ、そうでしたわね。では、当日迎えを出しますので、お部屋で待機していてくださいな」
「承知しました」
「ふふん、楽しみにしてますわ!ではお先に失礼しますわね」
最初と違い、随分と上機嫌になって退出していったアクォラス公爵令嬢。
「…………戻りましょうか、リン」
「…はい」
ずっと此処に居る訳にもいかないので、私達も部屋に戻る為移動する。
あの様子だと、私自身がどうとかでは無く、私と会えなかった事が不満だった様だ………それだけ聞くと、好かれている様に聞こえるから不思議だ。
其れは其れとして、親睦会で弾く曲の候補をいくつか考え、支度をしてから会場に向かった——
親睦会会場では、既に人が来ていた。
指定された時間よりも少し早く来たのだが、会場の設営も終わっている様だ。会場で演奏を行う者は、事前の打ち合わせがある為早目に集合する事になっていた。なので、今居る生徒も演奏する人達なのだろう。
今居るのは2人で、演奏は各年次と言っていたのであと1人来ていない事になる。
(それにしても……)
既に居た2人は、かなり煌びやかなドレスを纏っている。装飾に関しても、一目見て高価とわかる様な宝石が鏤められた物で、親睦会の目的を思えば普通なら華美に過ぎるが、完全に着こなしている。1人は青系統で揃えていて、もう1人は緑系統で揃えている。
2人を観ていると、青系統で揃えている令嬢が此方に気付き、微笑み掛けてきた。
「ごきげんよう、可愛らしい方が来たのね!」
「あら?ごきげんよう、貴女も奏者なのかしら?」
「…ごきげんよう、1年次のユリア・ルベールと申します。本日はどうぞ宜しくお願いします」
「あらあら、本当に可愛らしいこと。宜しくして差し上げてよ」
「ありがとう存じます」
青系統の衣装の令嬢は、活発そうな印象を受けたが、緑系統の衣装の令嬢は、おっとりしたお姉さんといった雰囲気だった。
「私はリーリエル・ヴェントラーよ!これも何かの縁だし、リリィと呼んで良いわ!」
「え?…えっと、宜しくお願いします。リーリエル様」
「むぅ…リリィ、よ!」
(いや、初対面ですし……)
「もう、無理を言ってはダメよ?…私はサーリアス・アルトランドよ。ごめんなさいね、この子は可愛いものに目が無いの。でも悪い子ではないから、できればリリィと呼んであげて欲しいわ」
「えと…その、承知しました」
「あらあら、堅苦しくしないで良いのよ?公的な場で無ければ、砕けた言い方で構わなくてよ。あぁそれから、私の事はサリィと呼んで宜しくてよ」
「そうね!私もそれが良いと思うわ!」
「……わかりました」
2人の勢いに押されて、最終的には了承してしまった。
リーリエル・ヴェントラーことリリィ様は2年次で、伯爵令嬢だそうだ。そしてサーリアス・アルトランドことサリィ様は4年次で、侯爵令嬢との事。
2人は親同士の付き合いもあり、幼い頃から交流があったそうだ。関係的には親戚に当たるみたいで、姉妹の様に仲が良いみたい。
リリィ様は元気娘のまま成長していて、もう少しお淑やかになって欲しいとはサリィ様の言だ。ただ、其れが関係あるのかはわからないが、リリィ様は自然と悪意ある人は避けるらしく、今回の私の様に最初から好意全開なのは珍しいとこっそり教えてくれた。
其れでいきなり愛称呼びを許してくれたのかと、妙に納得してしまった……
「それにしても、残り1人は遅いわね!」
「そうね。もうすぐ時間なのに来ないなんて、何かあったのかしら」
「?…教師の方も見えませんね」
「ふふふ、教師は来ないのよ」
「そうなんですか?」
「あらあら、もしかして何も聞かされていないのかしら?」
「?」
「親睦会はね、料理以外は生徒に任されているの」
「え?」
「会場の設営は4年次と3年次生徒が、飾り関係を揃えるのは2年次生徒が行うのよ。将来の為の練習を兼ねているの」
「……成る程」
親睦会の目的には、将来自身で開催するパーティーの練習も含まれているらしく、使用人に指示を出して設営を行うとの事。
1年次は雰囲気を学び、2年次は前回を参考に装飾を準備し、3年次から設営の練習をする様だ。そして4年次は、其れに加えて進行役も担うのだそうだ。
2人が早く来ていたのは、演奏の内容を決めてさっさと一休みしたかったかららしい。
「……あらあら、もう時間になってしまったわ」
「もう放っておきましょ!待てないし、3人でもきっと大丈夫よ!」
「…そうね、ユリアは問題無いかしら?」
「ええと……はい」
「そう心配しないで、来なかった方の分は私達で補います」
会場での演奏は、試験で演奏した曲と既存曲の中から1つの、1人2曲ずつ行う予定だった様で、来なかった人の2曲は、リリィ様とサリィ様が既存曲から選んで演奏するそうだ。
演奏は生徒が前半で行い、後半は楽手が行うとの事で、時間さえ稼げれば大丈夫だそうだ。
順番はリリィ様が最初、次に私が、最後にサリィ様となった。
「さて、軽く弾いて確認しておきましょ!」
最後に曲を一節ずつ弾いて雰囲気を確認し、打ち合わせを終えた——
時間となり、進行役の人が定型文の様な挨拶をして親睦会が始まった。
リリィ様が演奏を始めると、貴族令息の方が意中の相手にダンスの申し込みを始めた。
会場内のテーブルは、貴族エリア、使用人エリア、平民エリアで配置が分けられている。使用人は基本的に貴族と平民が混ざっているので、間に設ける事で仕切りとして機能する様になっている。又、貴族の中でも上級と下級が存在するので、自然と分かれて交流を行っている様に思える。
さて、此処で気になってくるのは王族だ。
今は2人在学中な訳だが、態々エリア分けを行っていなかったのを確認している。
さり気なく周囲を見ていると、人集りができている場所があった。どうやら、ダンスの誘い待ちをしている令嬢達の様だ。
(成る程、落ち着く暇が無いからかな……ん?)
何気無く見ていたが、気が付けば3曲目に入っていた。次は私の番なので、待機しておかなければならない。
待機場所に移動するついでに、フィーナとイリスの事が気になり探してみると、友人らしき人達と会話していた。ほぼ毎日夕食に参加してくれていたので、友人が居るのか心配だったのだ。
(って…誘ってる奴が何を言ってるのかって思われちゃうかな……)
内心苦笑しながら待機場所に到着すると、何故かサリィ様が居た。
「サリィ様?……出番は未だですよね?」
「ふふふ、ユリアの歌をリリィと聴こうと思ってね。此処は特等席でしょう?」
「え?いえ、ダンスの邪魔になるから歌は無いのでは?」
「あらあら、試験の曲は歌がある場合は歌うのよ。私とリリィは曲のみの創作だったけれど、ユリアは弾き歌いだったのでしょう?」
「……はい、ですがダンスに合わないのです」
「大丈夫よ、過去にもそういった事はあったみたいなの。その場合は、料理をつつきながら歓談の時間になるみたいよ」
「そうなのですね………」
「ふふふ、もう終わるわ。頑張ってね」
「…はい」
激励と共に手を振って見送られ、曲が終わって伸びをしているリリィ様に近付いて行く。そして今度は、私に気付いたリリィ様に手を振って迎えられた。
「いらっしゃい、私はあっちで聴いてるから!頑張ってね!」
にぱーっという擬音が聞こえてきそうな笑顔で言われ、少し沈んでいた気分が回復する。
(ま、いっか!気にしてももう仕方無いし!)
どうせたった2曲で、歌は1曲だし!と開き直る事にした。なる様になれば良いのだ。
ピアノに向かった私は、開き直った勢いで演奏を始めた———
———後の事は思い出したくない日となった………
ポイント評価ありがとうございます。