遭遇しちゃった
学生の頃、夏休みは待ち遠しく、長い休みは嬉しくもありましたが、習い事が多くて満喫できなかった思い出があります。それこそ、週に1〜2回程度自由な日があった程度です。それも宿題で費やしていて、誘いも余り受けられず、段々誘われなくなりました。そんな中、唯一誘い続けてくれた人も居ました………
「うぅぁぁぁん、ユリアさぁぁん!もう嫌だ、貴族の振る舞いとか無理なのぉ!それに何かゲームとちょいちょい違うしぃ!!」
「あー……よしよし」
私は今、自称ヒロインに泣き付かれ、困惑していた。
「それに設定は兎も角、食事は塩味ばっかりだし!町でも臭い所多いしぃぃ!!」
「……そうね」
取り敢えず落ち着いて欲しい。
さっきから、此方を見ているリンの視線が段々冷たくなってきている。その顔は無表情となっており、目の温度が失われている。
遠慮無く抱き付き、私に頭を撫でられながら慰められているこの状況が気に食わないのかもしれない。
このカオスな状況に困惑しつつ、どうしてこうなったのかと数日前からの出来事を振り返ってみた———
襲撃があった日から約2ヶ月が経ち、学院での生活も慣れてきた頃、人の噂も七十五日と言う様な感じで沈静化していった。そういえば、スィール殿下から見舞いの品が届いた事には驚いた。
フィーナやイリスとも、元通り一緒に夕食を食べる様になっている。
生活サイクルもある程度決まり、毎週休養日の内1日は領地に戻って商会関係の仕事をしている。又、以前発見した大きな蜂の巣は回収し、養蜂箱で飼育できるか試した所、割とすんなりと上手くいった。そこで今は、必要な設備や花畑の大まかな図面を作成し、職人に依頼して揃えている最中だ。
エイミさんとの研究の方も進み、自然に魔力を集める方法にも目処が立った。今は実用化に向けて試行錯誤を重ねている。
そんな感じで、順調な日々を過ごしていたある日の事、学院の裏側にある庭へ足を運んだ時だった。
ここ最近庭の一角を借りる事ができ、そこへ薬草を数種類植えている。成長具合の確認をしに来ると、側にあるベンチに普段見かけない生徒が居た。
その生徒は1人で、何やら落ち込んでいた。
そっとしておいた方が良いと判断した私は、足音に気を付けて立ち去ろうとしたが、その前に聞こえてきた声に思わず立ち止まってしまった。
「うぅぅ…何で殿下に婚約者が居ないの?あのアクォラスとか言う公爵令嬢がそうなんじゃなかったの?」
(………ん?)
「それに、いくら頑張っても魔法使える様にならないし……と言うより魔法が有るなんて知らないし、何それ状態だし…」
(あー……)
「そもそも娯楽が無さ過ぎるのよ!何で教養が空き時間に当てられるのよ!?」
(……………)
「それに、新入生代表の挨拶した人なんて知らないし、ゲームには居なかった筈……可愛かったけど…」
「………リン、此処でちょっと待っていて」
「?…畏まりました」
小声でリンに耳打ちし、ベンチに近付いていく。
「そもそも出会いイベントが——」
「お隣宜しいでしょうか?」
「——え?」
私の声に反応して顔を上げ、人が居ると思っていなかったのか驚いている。
(おぉ…美人)
まだ可愛らしさが残るものの、年齢に比べて大人びている印象を受ける顔をしている。ただ残念な事に、平均より身長がやや低い。
少し泣いていたのか、目尻に涙が残っている。
呆けたまま返事が無かったので、勝手に了承と判断して隣に座る。
私が動いた事で正気に戻ったのか、慌てて目元を袖で拭おうとしたので、それを止めてハンカチを取り出し変わりに拭う。
「あ、ありがとう……」
「いえ…それよりも、興味深い言葉を耳にしまして、詳しく伺いたいのです」
「………なっ、何の事かしら」
少し顔を強張らせて惚けるが、目が泳いでいる。……あまり嘘が得意では無いのかもしれない。
「心配なさらずとも、言い触らす趣味はありませんよ。使用人を離れた場所で待機させてる事から、信じていただけませんか?」
「え?……あ、本当に…いえ、何の事かわからないわ」
(警戒されちゃってる?)
よくよく考えてみると、私は他に転生した人が居る事を知っているから簡単に思い至るが、他の人はそうでは無いかもしれない。
そんな状態で、独り言に反応して話し掛ける知らない人……怪しいですね。
(ふむ……)
「では秘密の共有はいかがでしょうか?それならば、他言しない保証になるかと」
「秘密の…共有?」
「えぇ、私が知りたいのはゲームの内容です。変わりに、貴女の知りたい事を一つお教えします」
「知りたい事って言われても……」
「例えば、生前は同郷だったのかどうか…とかいかがでしょうか」
「!?………それは、どう言う意味?」
「ふふっ、そのままの意味ですよ」
「……良いわ。でも、先に私が聞くけれど、良いかしら?」
「ええどうぞ」
「日本人だったの?」
「そうですね」
「…日本人だったのなら、この世界の食事や娯楽が物足りない事はわかるでしょ?」
「それはもう」
「お願い!資金提供してくれそうな人を紹介してくれない!?」
「?…資金提供、ですか」
「そう!投資って事!私はパティシエを目指していたの。バイトでは飲食店で働いていたから、料理も自信あるわ!……でも、家は男爵家だけど貧乏なの」
「つまり、技術はあるけど資金が無いから投資して欲しいと」
「そうなの!」
「家では全く?」
「うっ……私、要領は悪くて、教養を身に付けるので精一杯だったの。特に言語には苦労したわ」
「……成る程」
私の場合、何故か文字の読み書きや会話ができていたので、無意識に他の転生者もできるものだと思っていた。
「卒業後に問題が無いのであれば、私の商会で働きますか?」
「え!?良いの!!?」
「構いませんよ。有望な人材は多く欲しいので」
「?…欲しい?紹介してくれるのよね?」
(ん?……ああ)
「いえ、紹介するのでは無く、私が商会長なんです」
「え!?その歳で!?」
「はい」
「お、お願いします!私を雇ってください!」
「えーと、先程も言ったのですが、卒業後に問題が無ければですよ」
「そ、そんな!?卒業まで待たないといけないなんて……」
「平民ならまだしも、貴族であれば個人で決めてはいけませんよ」
「うっ、そう…ですね」
「ふふっ、私はユリア・ルベールと申します。貴女は?」
「あ…私はルナリア・ハルヴァーンです」
「そう…ルナリアさん、とお呼びしても?私はユリアで良いですよ」
「はい。ユリアさん」
「さて、ゲームについて教えてくださいな」
「あ、はい」
それから私は、知っている範囲でゲームについての内容を聞いた。
学院が主な舞台の乙女ゲームで、タイトルは『幸福へのストラーダ』と言い、日本とイタリアの会社が共同開発した物だそうだ。
男爵家に産まれた主人公が、学院で努力し成り上がるサクセスストーリーで、各種イベントでは必要とされるパラメーターがあるらしい。足りない場合は失敗し、失敗が多いと学院を追放される。そして、攻略対象は7人で、王子が2人、宰相の息子、騎士団長の息子、侯爵令息、伯爵令息2人らしい。
伯爵令息の内1人は、問題を起こしたキルケ・バートンだった様で、入学間も無く謹慎処分となっていて驚いたそうだ。何でも彼のルートは難易度が高く、必要なパラメーターの設定も高かったらしい。うっかりルートに入ってしまい、パラメーターが足りないと学院の追放より悪質なバッドエンドになるとの事。
因みに、必要とされるパラメーターは非常にシビアで、乙女ゲームとは思えない程作り込まれているのだそうだ。その道の人には人気のマゾゲーという評価だったらしく、その成長要素のお陰か、乙女ゲームにも関わらず男性ユーザーも多かったとの事。
しかしそのゲームには魔法要素は無く、当然ながら魔学も無かったらしい。他にも、ゲーム中に私が出てくる事は無かった様で、新入生代表の挨拶ではアクォラス公爵令嬢が登場する筈だったみたい。
もう一つ違う点が有り、王子には婚約者が居て、ドゥクス殿下には卒業している侯爵家の人が、スィール殿下にはアクォラス公爵令嬢がそうだった様だ。
「では既に、ゲームとの相違が結構有るのですね」
「そうなの。それにゲームでは日本語とイタリア語が選べたのに、此処の言語はどちらでも無いの」
「…そうなんですね」
ルナリアさんが話してくれている間、珍しくルーが興味深そうに観察しながら周りを飛んでいた。この子は悪い子では無いのだろう……
王子狙いでは無いのなら、少しは手伝っても良いかもしれない。
「因みに、ルナリアさんはどなたを狙ってるんですか?」
「え?あ…えと、一応推しは騎士団長の息子さんなんだけど、今はそれどころじゃ無いの」
「それどころじゃ無い?」
「淑女教育についていけないの………」
「……成る程」
この学院では、週に2回淑女の日があり、その日は午後の時間全てを使って淑女教育が行われる。内容は講師によって違うが、大きく分けると、お茶会の作法、ダンスレッスン、器楽、声楽の4つだ。
「私が教えられる事でしたら、少しは力になれると思いますよ」
「え?……教えてくれるの?」
「そうですね…困った時はお互い様と言いますしね」
「うぅ、ユリアさぁん」
「あっ……ふふっ、よしよし」
「あ゛り゛が ど ぅ゛〜〜〜」
目を潤ませ、私の袖を掴みながらお礼を言うルナリアさん。身長がやや低い事もあり、ついつい頭を撫でてしまった。
暫く経ち、落ち着いたところで今後の予定を決める事にした。
授業が終わった後から夕食迄の時間を使い、淑女教育で行われた内容の復習をする事にした。そしてそのまま夕食を一緒に摂る。
フィーナとイリスには後で相談するとして、可能ならば2人も一緒にやって欲しい。
ルナリアさんにはあと2人増えるかもと伝えると、予想外に嬉しそうだった。
その後は、本来の目的であった薬草の様子を確認してから寮の部屋に帰った………
フィーナとイリスにも了承を貰い、淑女教育の復習を開始したのだが、予想以上にルナリアさんはダメだった。
お茶会の作法は問題無いが、他が酷い。ダンスの動きは硬く、楽器は大丈夫だが歌う時は音が外れる。楽器に関しても、音が外れないだけで、演奏中の表情は緊張している事が丸わかりだ。
因みに学院で使う楽器はヴァイオリンとピアノである。
初日は苦手なものを見る為に一通り行ったが、翌日からは歌とダンスをメインに行う事とした。緊張するのは仕方ないが、そっちは徐々に慣れて貰うしかない。ルナリアさんの使用人も、目を閉じて見ない様にしていた。
ダンスの硬さや、歌で音を外すのは緊張から来る部分が大きいと思われるので、ルナリアさんはあがり症なのだろう。過去に何か人前で失敗した経験があるのかもしれない。
其れを踏まえ、私達は休養日を利用して町へ行く事にした。
先ずは、人が多い事から慣れていけば良いと思ったのだが、特に何をする訳でも無いのにルナリアさんは表情が少し強張っていた。なのでその日は早めに帰る事になった。
———そんな感じでルナリアさんは頑張っていたが、夏季休暇前にある試験が目前となった今日、私の部屋を訪ねてすぐ、泣きながら不満と不安を漏らしながら私に抱き付いて来たのだった。
どうやら1人(使用人は別)でも頑張って町に繰り出したりしていたらしく、ストレスも溜まって限界が来た様だ。
「今日の復習は中止しましょう」
「うぅ゛…それはダメ、このままじゃ追放されちゃうかもしれないもの」
「……私にはとてもそうなる様な学院には思えないのですが、何故そう思われるのですか?」
「最初の試験を落とすと、追放フラグが立っちゃうの」
「……………ふぅ」
「…?」
「ルナリアさん、此処は現実ですし、貴女の知ってる知識と相違がある事は既にご存知の筈ですよ」
「そ…それは……そう、だけど……」
「…ルナリアさんは男爵家に未練はありますか?」
「え?…いえ、ありませんけど」
「なら、こう考えてください。もし学院を追放されたら、私の商会で働きましょう。すぐにではありませんが、私は調味料を揃えるつもりです。あと、まだ探している最中ですが、鳥の卵も将来的に調達する予定です。なので、飲食店を建てる予定もありますから、そこで腕を奮ってみませんか?」
「それは…魅力的な提案ですけど、何でそこまでしてくれるの?」
「…既に情が移っちゃいましたから」
「あ…ありがとう……」
「深く考えないで、気楽にやりましょう。もしもの話ですし、私にできる範囲でなら助ける事もできますよ、という事ですので」
「……ありがとう」
結局その日はルナリアさんを宥めて終わったのだった——
そして試験前最後の淑女教育の日、授業の最後で其々に課題が与えられるのだが、内容は思わぬものだった。
「歌…ですか?」
「はい。ユリアさんは声が綺麗ですので、是非歌での試験をと思いまして」
「その、私はピアノの方が良いのですが…」
「では、弾き歌いとしましょう。過去にも例はありますので問題有りませんよ」
抵抗を試みたら難易度が上がってしまった……
「……わかりました」
「ああそれと、歌についてですが…」
(選曲できないのかな…)
「創作してくださいね」
(……え?)
「申し訳ございません。創作すると聞こえたのですが」
「はい。ユリアさんは、聞いた事の無い歌を口ずさんでいたと耳にしましたので、是非ともお願いしますね」
(嘘っ!?誰に聞かれたの!!?)
私は時々、気分の良い日に生前聞いていた曲を、口ずさんだり鼻歌を歌ったりしていた。
それを誰かに聞かれたのだろう。
「あれは…その……」
「では次の方——」
(もう聞いてないし…)
既に決定事項となってしまった様なので、大人しく引き下がる。
とは言え、作曲は愚か作詞もした事は無い。
(…どうしよう)
ルナリアさんには気楽にやりましょうと言ったものの、今度は自分に降りかかって来てしまった様だ。
仕方が無いので、生前の曲をアレンジして適当に歌詞を付ける事にする。
(面倒な事になったなぁ………)
ポイント評価、感想ありがとうございます。