害虫駆除は慎重に
流血表現が終盤に少しだけ有ります。
苦手な方は注意してください。
害虫の駆除は難しいですよね。
私は以前、GやMに悩まされていました。不用意に叩くと卵を残すG。潰したり熱湯を掛けると番いや仲間を誘うM。共通するのは、発見したら他にも居る事と生命力が強い事。正しい対処法は、瞬間冷却スプレー等で凍らせて、逃げられない様にしてから捨てる事だと聞きました。触りたく無いので私には難しいです………
休養日明けの初日、私が教室へ着いた時には既に何人か居た。
早めに出たと思ったが、そうでも無かった様だ。
相変わらず遠目にチラチラと此方の様子を伺って来るが、話し掛けようとする人は居ない様だ。
自分の席に座り、リンがお茶の準備をしてくれている間、私を観察する様な視線を感じた。
(……外?)
視線の元が気になり、顔を動かさずに気配を探ると、窓の外側に1人見つけた。
どうやら木を利用して隠れているみたいだが、私が気付いた事には気付かず、観察を続けている様だ。
その観察者が気になり、午前中の授業は集中する事ができずに終了した。
「…どうしようかしら?」
「?…ユリア様、どうなさいました?」
「んー……そうね、少し移動しましょうか」
「畏まりました」
「…渡してある魔具を何時でも使える様にしていてね」
最後に小声で伝えると、リンは少し表情を強張らせながらもコクリと頷いた。
先日の事もあるので、暫くは昼食も別々に摂る事としている。
観察者は昼食の時にもついて来ていた。
ならばと思い、学院の裏側にある庭の方に移動する。
学院の庭は2つ有り、片方は見映えを意識した造りになっており、学院の表側に存在する。そしてもう片方は、薬学等に利用価値のある種が多い実用的な造りになっており、学院の裏側に存在する。
今の時間帯であれば、裏側にある庭には人が寄り付かない。
庭に到着し、改めて気配を探ると、予想通り私達以外には観察者しか居ない様だ。
「さて……朝からご苦労様ですけど、昼食くらい摂ったら如何ですか?」
気配のする方に向けて声を掛け、少し待ってみる。
すると、相手も観念したのか姿を見せた。
「まさか最初から気付いてたとはねー、自信無くしちゃうよ。参考に、何で気付いたのか教えてくれないかな?」
頭を掻きながら出てきた者は、随分と飄々としている男性で、この学院に居る使用人の中でも比較的若い部類だろう。
見た目とは裏腹に、足運びが素人のそれでは無い。
何故わかるかと言うと、私の前世が関わって来る。
有名な選手になれる程に才能があれば、自分達が楽できると思った両親が、スポーツや武術に限らず様々な習い事を私にさせた。
そのせいで部活もできず、学校に居る間しか自由な時間が無かった程で、休憩時間にラノベを読むのが唯一の趣味でもあった。
そんな付き合いの悪い私に、友人と呼べる程親しくしてくれたのは1人しか居なかった。
結局、どれも無難に熟せたが、活躍できる程の才能は無く、全て途中で辞めさせられ、その後さらに当たりが強くなっていた。
(ま…其れはさて置き、どうしようかな……)
「あれ?黙りなのかい?やっぱり怖くなったのかな?声を掛けたは良いが、どうしよう的な?」
悩んでいたから黙っていたのだが、私が怯えている様に見えたのだろうか?
「…貴方はどちら様なのでしょうか?」
「ん?覚えてないのかい?魔学の授業で会ったじゃないか」
「?」
「……嘘だろおい」
言われてもピンと来なかったので、首を傾げて思い出そうとしたが、わからなかった。
「まあ良いか、それならそれで都合が良いや」
「…何かなさるので?」
「さてね…お嬢さんに恨みは無いが、これも仕事なんでねー。お嬢さんには、暫く身を隠して貰おうと思ってるんだよ」
「身を…隠す?」
「そう、ついでに傷物にでもなって貰えると言う事無しかなー。相手は用意してあるから」
(うわー……そう来たか)
つまりこの使用人は、例のバートン家の関係者なのだろう。
学院への侵入は難しいと聞いていたが、使用人として潜り込むか、内部協力者が手引きすれば簡単なのかもしれない。
「お断りしますわ」
「あらら、抵抗しちゃうのかい?荒事になっちゃうかもよー。どっちかと言うと俺はそっちが得意でね、痛い思いしたく無ければ大人しくしといた方が良いんじゃないかな?」
「ふふっ、面白い冗談ですね」
「…流石の俺も怒っちゃうよ?」
「荒事にはならないと思いますよ?」
「は?それはどうい————っ!ぁ゛…」
男性は喉に手を当てて苦しそうにした後、意識を失ってその場に倒れた。
「ユリア様、今のは?」
急に倒れた男性から目を離さず警戒しながらも、リンが何が起きたのかを聞いてきた。
「あの人の顔周辺だけ、一時的に酸素濃度を下げたのよ」
「酸素濃度?」
「んー…空気に含まれるもので、人が吸入しないと活動できないものよ。それを魔法で半分くらいに減らしたの」
「……魔法を使っている様には見えませんでした」
「ふふっ、コツがあるのよ」
「成る程、流石ユリア様です!」
「あ…ありがとう」
ある時、他人の魔力を観察する過程で、流れがある事に気が付いた。それは魔具を使う際にもあり、魔法を使う際に起きる発光現象は、魔力を無駄に放出している結果だと判明した。
実際、私が他人の魔力を観る時には発光していなかった。これは外側では無く、自分自身に作用させる事で、体外に無駄な魔力の放出が無い為だという事に気が付いたのだ。
つまり、流れの制御さえしていれば、相手に気取られる事無く魔法を行使できる。
まだ時間が掛かるが、先程の様に会話で時間が稼げるのなら問題無い。
男性に死なれては困るので、酸素濃度は半分くらいで止めた。これなら、運が悪くなければ昏睡程度で済むだろう……多少頭痛等もあると思うが…
「リン、この人を運んで拘束しておきましょうか」
「はい!私にお任せを!暗器も所持している様なので、回収しておきますね」
「え?……」
言うが早いか、リンは男性に近付いて服の内側を探る。
何処に隠し持っていたのか、刃物や薬物と見られる物が色々と出てきた。
「凄いわ。良く暗器を持ってるってわかったわね」
「はい、こんな事もあるからと、セシリアさんが見分け方を教えてくださいました」
(だから何をしてるのセシリアは!!)
昔から謎が多かったセシリアだが、今でも謎が増えていくとは思わなかった。
そしてリンは、いつの間にか持っていたロープで男性を縛り上げた。
(……ロープは何処から?)
「そ、それじゃあ運びましょうか」
「はい!」
光を屈折させる魔法を使い、周囲に見えない様にして男性を運ぶ。
庭で使う農具や掃除道具が入っている倉庫が近くにあったのでそこに入れ、バレてはいけないので防音の魔具を置く。これは非売品の物で、魔力を注ぎ続けなくても半日は保つ仕様にしてある。
範囲を最小に設定してあるので、倉庫外に影響は無く音も洩れない。
入口付近から見えない事を確認し、何事も無かったかの様な顔で教室に戻った——
午後の授業も恙無く終わった。
あの後、他にも同じ様な人が居ないか警戒していたが、それは杞憂に終わった。
今なら見張られていないので、帰り際にフィーナへ小袋を渡す。
中には防犯用の魔具と、説明書きをしたメモが入っている。
渡す際に、小声で自室に戻ってから確認する様伝えた。イリスは教室が違うので、後でリンが部屋に届ける予定となっている。
教室を出て人目が無い場所まで来ると、魔法で見えなくしてから倉庫に向かう。
(………誰も来てないみたいね)
入口と中の置場を確認し、道具の出し入れがされていない事を確認し、奥へ向かう。
縛られたままの男性は、ぐったりしているが目を覚ましていた様で、私に気が付くと怯えて逃げようと踠き始めた。
私は防音の範囲内に入り、しゃがみ込んで男性に話し掛けた。
微笑む事は忘れない。
「ご機嫌如何かしら?」
「っ!?…な、何をした」
「あら、貴方が倒れた事を聞いているのかしら。それとも…いくら叫んでも、助けが来ない事かしら」
「なっ!!……」
(これは後者かな…)
「ふふっ、どうなさったの?」
「くっ……俺の腕には、仲間に救助を求める為の魔具が埋め込んである。だが…いくら起動しても誰も来ない」
「………そうでしたの」
(案外簡単に喋っちゃうんだね…)
人体に魔具を埋めるのは、邪道である。
魔具は消耗品で、いつかは限界が訪れる。
埋めているという事は、交換する際に抉って取り出す必要がある。非常に強い痛みが伴う筈で、正気とは思えない。
それだけで、まともな組織では無い事が伺える。
「さて、貴方には聞きたい事がありますの」
「ふんっ、話す事など無い」
「……所で」
「?」
「話し方が先程と違うのですね」
「……あっちの方が、相手が油断するんだよ。あんたにゃ意味無かったがな」
「…ふふっ、演技だったのですね」
「………」
まだ警戒心が強い様で、若干の怯えがあるが、それでも私を睨み付けてくる。
「何方の命令ですか?」
「さあな」
「バートン家ですよね?」
「…確かに俺はキルケ坊ちゃんの使用人をしているが、他からの依頼だ」
「バウッ!、グゥー」
突然、私の肩に居るスーが吠えた。
この吠え方は相手が嘘をついている時だ。
「嘘ですね」
「何だと!?」
「そう言えば、お名前はキルケでしたね。その方ですか?」
「……違う」
「バウッ!、グゥー」
「嘘ですね」
「………」
今度は沈黙を貫く気の様だ。
「貴方は今の人生に納得しているのですか?」
「っ……」
少し反応があった。
「このままでは、貴方は犯罪者として処分しなくてはなりません」
「…証拠など無い筈だ」
「……リン」
リンに回収させていた暗器を目の前で並べる。
「……これが俺の物という証拠は無い」
「あら、今の状況が理解いただけていない様ですのね」
「…何?」
「これを貴方に戻して、縛ったまま騎士団の屯所前に転がすと、どうなると思います?」
「は?……」
「学院内で武器の携帯を認められているのは、訓練所内と騎士の方のみですよ。違反すれば重罪です」
「………」
「ですが、それでは貴方が損をするばかりですし、私もそれは望みません」
「………」
「何方の差し金か教えていただければ、保護して差し上げますわ」
「……無理だな」
「あら、それは何故でしょう?」
「腕に埋めてある魔具は、大凡の位置がわかる様にもなっている」
「?…その割には、貴方は今も捕まっていますけど」
「…そうだ、だから何をしたと聞いた」
「んー、魔具の原理がわかれば良いのですが」
「何だと?…どうにか……できるのか?」
怯えが消え、少し希望を見出した様にも見える。
もしかしたら嫌々組織に従っていたのだろうか。
「取り敢えず、わかる範囲で説明してくださいますか?」
「…良いだろう」
男性の説明によると、腕に埋めてある魔具は、人には聞こえない音を発する事ができるそうだ。
その音で救助を要請すると共に、他の仲間の位置を大凡把握できる仕様になっているらしい。
という事は、取り除けば問題は無いだろう。
(…超音波かな、だから防音の結界に阻まれたのかも)
「では、魔具を取り除けたら協力していただけますか?」
「……可能なのか?」
「結論から言えば可能です」
「なら頼む……いや、お願いします。その後は協力すると誓います」
スーの様子を伺うと、先程と違い大人しくしているので大丈夫そうだ。
「では先ず、これからご覧になる事は他言無用です」
「……わかりました」
「ふふっ、素直が一番ですよ」
言いながら、亜空間から麻酔薬擬きを取り出す。
「!!?…今何処から」
「秘密です。これを服用してください」
「これは?」
「痛みを鈍らせる薬です」
「痛みを?」
「はい…気を強く持ってくださいね」
「?」
薬を飲ませ、効いてくるまでの間に体内にある魔具の位置を特定する。
魔法で体をスキャンすると、右前腕の肘に近い位置に確認できた。
男性の体から力が抜けてきたので、どうやら効いてきた様だ。
「今から、貴方に埋めてある魔具を抉り出します」
「!!?」
男性は目を見開き、僅かな動きで嫌々と首を振る。
「終わった後は私が責任を持って治しますので、安心……はできなくとも、信じてください」
腕を止血する要領で、ロープを使って縛る。
暗器の中に有った刃物を手に取り、消毒の為に浄化する。
そのまま魔具の反応があった位置に押し当て、切り開いていく。
止血しているからか、最初に少し吹き出ただけで、後は滲む程度に血が流れている。
骨に到達する直前で魔具に到達し、周囲を削いでいく。
「ぅっ……んく」
「…リン、辛いなら目を背けても良いのよ」
「いえ、最後まで見届けます」
「………そう」
魔具の切除が完了し、機能を停止させて亜空間に放り込む。
男性が自身の腕を見て顔を青くしているので、急いで治癒の魔法を行使した。
今回は筋繊維や血管を繋ぐ必要がある為、いつも以上に集中力を要した。
時間にして約20分程経った頃、皮膚までの治癒が完了した。
ついでに、治している最中に菌が侵入していると大変なので、内部にも行き渡る様に浄化を施す。
「っ!!」
男性が息を呑むのが気配でわかったが、私は体に異常が無いかを確認していた。
特に異常も見られなかったので、防音の魔具を回収し、男性のロープを解いた。
「意識はありますよね?」
男性はこくりと頷いた。
「私の質問に、ちょっとずつで構わないので答えてください」
その後の質問でわかった事は、やはりキルケ・バートンが画策した事で、私を傷物にして評判を落としたかったそうだ。
問題なのは、これが正式にバートン家として依頼が出ている事で、この男性が失敗した事が伝われば他の刺客が学院に手引きされるらしい。
幸い今日が行動開始初日だったので、それについては何とかしてくれるそうだが、解決するまでは相変わらず注意が必要との事。
「俺は、一度戻って準備でき次第行動に移します。ユリア様もお気を付けて」
「…え、えぇ」
一人称こそ変わっていないが、私に対する態度が気持ち悪いくらいに変わっている。
いくら魔具を取り除いた事に恩義を感じていたとしても、豹変し過ぎではなかろうか。
「……今更ですが、お名前は?」
「俺の様な者は、名乗るのも烏滸がましいです。許されるのであれば…全てが片付いた後、お聞き願えますか?」
「…そ、そう……わかりました」
「ありがたき幸せに御座います!…ではこれにて」
(言葉使いまで変わってるんですけど…)
精神的に物凄く疲れた私は、倉庫内に忘れ物が無いかを確認した後、リンを連れて自室へ帰るのだった………
ブクマとポイント評価ありがとうございます。