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認識の違い

 人の思想は育ってきた環境で決まると思うのです。

知識を得る時や善か悪かの判断基準等、育つ過程でその人の普通が決まると言っても過言ではありません。協調のし易い人は、大抵似た価値観を持っているものです。其れ以外は、言わずもがなですよね………





「あの…申し訳ございませんが、何のお話でしょうか」

(わたくし)の部屋に来るようにと、貴女に使いを出した筈です。何故無視したのかしら?」

「使いですか?」


 心当たりは無くもないが、あの失礼な使用人の事であれば、色々と問題がある。

 先ず態度、いくら家格の高い家の使用人と言えど、他家の貴族令嬢より偉いわけではない。

 態度の悪い使用人が居ると、その家は質の低い使用人を雇っていると思われ、育てる力も無いのだと侮られる事になる。

 次に礼儀、用件だけを伝えて立ち去ると言うのは、最低と言わざるを得ない。

 誰の使いで来たのかを伝えなければ対応が難しい。

 それだけで無く、立場上断る事ができないとしても、相手の返事を確認する行為は大事だ。

 そういった事を踏まえると、とても公爵家の使用人とは思えない。

 そんな訳で、私はそんな人来ました?という態度を崩さず接すると、アクォラス公爵令嬢も不安になったのか、少し困った表情になった。


「……この部屋に1人向かわせたのだけど、来なかったのかしら?」

「そうですね………1人でしたら、誰の使いかも名乗らず、大変失礼な方が来られましたわ」

「何ですって!?…失礼、詳しく聞かせてくださる?」

「構いませんよ…」


 私は、その時のやり取りを客観的な意見も交えて話す事にした。

 それを聞いたアクォラス公爵令嬢は、イラついた表情から一転して落ち込んだ表情になる。


「…(わたくし)の落ち度だったようです。(ゆる)してくださるかしら」

「はい……そもそも怒っていませんもの」

「本当に?」

「ふふっ、困りはしましたけれども」

「…ごめんなさい」

「いえ、そんな…アクォラス様が謝る必要はございませんわ!」

「いえ、(わたくし)の責任ですもの」

「……………」


 アクォラス公爵令嬢は、思い込みが強いだけで根は悪く無いのだろう。

 なまじ行動力がある所為で、ちょっと突っ走ってしまうのかもしれない。

 今までの話の流れで、気になった事を聞いてみる事にした。


「アクォラス様、本日もお供を連れていませんが、また(はぐ)れたのですか?」

「?……あら、本当に居ないわ」

(何故把握していないの……)

「あの、以前来られた時も同じ使用人ですか?」

「ええ、そうよ」

「…因みに、使いの方は?」

「?…同じ使用人よ」

「………」


 主人にとって不都合な行動をしている様に思える。

 決め付けるのは早計かもしれないが、他家の思惑が絡んでいると面倒な事になる。

 それとなく使用人を変える様伝えた方が良いのかもしれない。


「その…失礼かと存じますが、その方は不慣れな様ですので、お供は違う方に変える事を薦めますわ」

「不慣れなのは時間が解決するでしょ?必要無いわ」


 本気で必要無いと思っている表情(かお)だ。


「……アクォラス様は社交は好きですか?」

「?ええ…そうね、好きよ」

「それは、駆け引きも含めてでしょうか」

「駆け引き?…社交はお話しして親交を深めるものでしょうに、何を仰っているのかしら?」

(この人の教育係は何を教えていたの?)


 どうにもアクォラス公爵令嬢は、言葉をそのまま受け取っている所を見るに、遠回しな言い方では伝わらない様だ。

 反応を見ていると、言葉の裏を読もうともしない風に見える。

 このままでは危険だ。


「率直に申し上げます」

「え?」

「アクォラス様には、言葉の裏を読む努力が感じられません」

「っ!!それは、だって公爵家は階級が高いから嘘をつく者は居ないって教わったもの!」

「…正直私は、嘘をつかない人は居ないと思っています。その思惑がどうであれ、善悪は人によって違いますし、少なくとも言い方を変えて意味を歪めて伝えるくらいはしていると思います」

「そんな…だって、今まで(わたくし)は嘘をつかれてないわ」

「ですから、言葉通りで見れば嘘にならない言い方をしているのです。表面上ではわからないからこそ、裏を読む必要が有ります」

「そんなの、(わたくし)には……」


 家格の割に年相応に育っているのは、教育係のせいだろう。

 親が意図していたとは思えないので、既に誰かしらの思惑が絡んでいると思われる。


「アクォラス様、貴女様に発言力がある事は理解されてますよね?」

「そ、そのくらいは知ってましてよ!」

「では、贔屓(ひいき)して欲しい方が寄って来る事も理解されていますか?」

「贔屓?仲の良い方に良くするのは当然でしょう」

「その当然を求めて、()びる方が居る事が問題なのですよ」

「?」

「つまり、アクォラス様の事は好きでも無いけれど、良い思いをしたいという方が、耳触りの良い言葉を並べて気に入られようとするのです」

「そ、そんなの…信じたくありませんわ!仲の良いお友達がそんな事を…」

「勿論全ての方がそうとは言いませんが、全肯定する方は危険ですので、注意した方が良いですよ」

「全肯定……」


 悲しそうという事は、心当たりが有るのだろう。


「使用人の事も含めて、お父様に相談なさっては如何でしょうか」

「………」

「厳しい言い方になりますが、アクォラス様1人では解決できないと思います」

「そう…ね、相談してみる事にしますわ」

「……頑張ってくださいね」

「ありがとう存じますわ。……では、この辺で失礼しますわね」


 そう言ってアクォラス公爵令嬢は席を立ち、軽く礼をして帰って行った。

 ふとそこで、呼び出された用件を伺って無い事に気が付いた。


(まあいっか、大事な用件ならまた後日呼び出されるでしょ)


 就寝準備は終わっていたので、そのままベッドに入って眠りに着いた……………





「すーっ、ふぅー……ん、久しぶりのこの空気、やっぱり王都よりこっちの方が良いわね」

「はい、そうですね」


 週に3日ある学院の休養日の初日に、私とリンは自領に戻っていた。

 勿論外出届は出してあり、夜には戻らなければならないが、日中は自由な時間だ。

 休養日に外出する旨は、エイミさんにも2回目の研究室訪問時に伝えてある。

 私を招く気満々だったらしく、とても残念がっていたが、休養日の3日目にまた訪問する約束をした。


(こんな離れた場所にも一瞬で来れるんだから、転移扉は便利だね)


 例の何処でもな魔具は、そのままの意味で転移扉と名付けた。

 一応父には戻っている事を伝え、今は育成院に足を運んでいる途中だ。


「ユリア様、何も歩いて向かわなくとも宜しいのでは?」


 比較的近いとはいえ、育成院は歩いて1時間程掛かる。

 以前は馬車で移動していたので、リンは不思議に思っている様だ。


「私が王都の学院に行ってる事は、皆知ってるのよ。それなのに、王都に向かってそんなに日が経ってないのに、私が居たらおかしいでしょ?」

「そうですね」

「今日は様子を見に行くだけだから、見つからない様こっそり行動するの。それなのに、馬車なんて使ったらすぐバレちゃうじゃない」

「…成る程」

「だからリンも、見つからない様に注意してね」

「承知致しました!」


 実の所、様子を見に行くのはついでであり、目的は裏山の調査だ。

 育成院建設中に、何度か進捗状況を確認しに行っていたが、その時に蜂の様な虫を何度か見かけていた。

 蜜蜂にそっくりだったので、蜂蜜の存在を期待している——


 育成院が遠目に見えてきた時、自身とリンに魔法を使う。

 光の屈折を利用して周囲から見えなくするもので、他の人にも使用するには、手で触れ合える程に近い距離でないといけない。

 近付いていくと、賑やかな声が聞こえてくる。

 今の時間は、敷地内に用意した練習用の畑で実習をしている様だ。

 畑は2種類を2つの計4箇所有り、普通の畑と私が製作した気温を保持する魔具を使用した畑となっている。

 練習用としているので、範囲はあまり広くない。

 邪魔にならない位置から観察し、子供達が楽しそうにしているのが確認できた。

 暫く眺めていると、グループの年長者が率先して下の子の面倒を見ている様で、仲も良いみたいで安心した。


「…さ、行きましょうか」

「はい」


 声を潜め、周囲に気取られない様に注意しながら移動する。

 ある程度離れた所で魔法を解く。


「リン、山に行くわよ!」

「山ですか?」

「そう!私の求める物があるかもしれないの!」

「成る程、では参りましょう!」

「え?良いの?抵抗あるかと思ったのだけれど…」

「いえ、問題ありません。セシリアさんから山に関しても色々と教わっております」

「そ…そうなのね」

(セシリアは何してるの?)


 意外な事実が発覚し、まあそれならと山に向かう。

 山に入る前に持って来ていた昼食を摂り、迷わない様に目印を付けながら入って行く。

 途中見つけた山菜や果実をいくつか採取し、目的の蜂を探す。

 見た事の無い虫はちょくちょく見るが、蜂は見つからなかった。

 暫く歩いて山の中腹辺りに差し掛かった時、数匹で纏まって飛んでいる蜂を漸く発見した。

 刺激しない様に距離を保ちながらついて行く。

 やや開けた場所に、周辺より大きな木が有り、そこに私が知っているよりも数倍大きな蜂の巣が存在していた。


「凄く…大きい……」

「ユリア様、あれですか?」

「そうね…でも思ってたより大きいから、出直しましょうか」

「?」

「準備しないとね」

「???」

「養蜂しようと思ってるのよ」


 リンはいまいちピンと来ていない様だった。


「あれを飼育して、蜂蜜という甘味を採取するの」

「あれに甘味が?」

「そうよ。私の知ってる物と同じなら…だけどね」


 取り敢えずまた来る時の為に、此処にも目印を付ける。

 その後、暗くなる前に山を下りた。

 商会関連の書類に目を通し、決裁の必要な物はその場で行い、指示の必要な内容は手紙に書いて其々に父経由で渡す。

 急ぎの用件が無い事を確認してから寮に戻る。


「ユリア様、明日は如何なさいますか?」

「そうね……折角の休養日だから、ゆっくりしようかな」

「承知致しました」

「リンもゆっくりしてて良いのよ?」

「いえ!私はユリア様のお側に居たいので」

「そ、そう」

「はい!!」


 それはそれはとても良い笑顔でした——


「暇ね」


 翌日、宣言通り特に何もせず過ごしていたが、大人しくする事に慣れていない私は、早速暇を持て余していた。


(んー……魔具でも作ろうかな…)


 時間もあるので、防犯用の魔具を製作する事に。

 最初に着手したのは防犯ブザーで、ブレスレットタイプとネックレスタイプの2種類にした。

 魔力を流すと振動し、音を発するものだ。

 音の高さと大きさの調整に苦労したが、他の部分はデザイン以外はそう難しくなかった。

 他にも細工はしてあるが、渡す相手に伝えるつもりは無い。

 次に、スタンガン(もど)きを製作。

 此方はブレスレットタイプのみにし、利き手用とする事にした。

 威力は動き辛くなる程度に調整したので、意識を奪えるかどうかは相手次第になるだろう。

 念の為魔力登録制にし、初期登録を行った魔力でしか発動できない物にした。

 完成した魔具をリンにも渡し、使い方と注意点を説明する。


「ありがとうございます!ユリア様。大事にしますね」

「……危ない時は使ってね。それから、ブレスレットは見えても仕方ないけれど、ネックレスは服の下に隠すと良いわ」

「はい!」

「ふふっ…さて、次は………」


 その日は結局、魔具の製作をして過ごした——


 翌日、エイミさんの研究室で魔具製作のお手伝いをしていた。

 と言っても、既にテスト段階に入っているので、効果範囲と魔力消費効率の確認が主となっている。

 結果としては上々で、計算通りなら次の休養日までは保持できる筈なので、残りは経過観察だけである。


「範囲は想定より広くできませんでしたが、持続時間は倍近くに伸びていますので、経過に問題無ければ完成と言っても良いでしょう」

「ふふっ、お疲れ様ですエイミ先生」

「いえ、ユリアさんの協力があったので、予定を大幅に前倒しできたのが大きいです。ありがとうございました」

「それで、次の研究内容は決まっているのですか?」

「いくつかは候補がありますが、私としてはユリアさんが以前言っていた浄化の魔具に興味があります」

「あら、そうなのですか?」

「はい。異臭に関しては私も思う所がありまして…」

「成る程……では今度は、私のお手伝いをお願いしても宜しいでしょうか?」

「はい!勿論です」

「では先ずにおいに関して説明しますね」


 私は、浄化の魔具製作に必要な知識の説明から行った。

 においの元となる分子や微生物について、なるべく想像できるよう絵を描いた。

 実物を見た事は無いので、記号と図形を駆使し、こんな感じといったふんわりとした説明だ。

 そんな私の説明でも、エイミさんは理解してくれた様で、設置場所の検討を請け負ってくれた。

 汚れた河川(かせん)肥溜(こえだめ)の周辺等、直に浄化するべき場所もあれば、存在意義からすると直では浄化できない場所もある。その辺の仕分けと調査を行ってくれるらしい。

 私は魔具製作と性能の改良を行う事に。

 目標は、自然から魔力を充填する魔具だ。

 他人の魔力を見ていて偶々気が付いたのだが、人が魔力を消費した時、空気中や地面から消耗した魔力を補充していた。

 そのメカニズムさえ判明すれば、魔具に転用する事もできると思っている。


「それでは調査が終わり次第連絡しますので、次はその時に。勿論此処の研究室は、利用していただいて構いませんので」

「わかりました」


 研究室を後にして自室に戻る。

 明日からまた授業があるので、準備を済ませて早めに就寝する事にした。


ブクマとポイント評価、感想ありがとうございます。

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