警告を聞く
危険と聞いて何を想像しますか?
危ない事というのは勿論ですが、悪い事の起こる恐れがある事も含まれます。つまり、直接危害が加えられなくとも、危険と言えるのです。とは言え、悪い事というのにも個人差があるので、一概には言えないですよね……………
「「「———っ!!?」」」
悲鳴に似た声がちらほらと聞こえる。
魔具に込めていた魔力を止め、光が収まるのを待つ。
レイエルに魔力を固定されたからか、以前より光量が強い。
事前に目に遮光を施していたから良かったが、そうでなければ無事では済まなかっただろう。
光が収まった事を確認したエイミさんが、教室内を見回して呆れた顔をした。
「ユリアさん、席に戻って良いわよ」
「はい、これはお返しします」
魔具を返し、自分が座っていた席に戻る。
他の生徒は未だに唖然としている者、目がやられたのか手を顔に当てて悶えている者の2通りになっている。
「さて、これで納得できたかしら?」
「………ぐっ」
先程不満をぶつけていた男子生徒は、最前列に居たせいかまだ目がやられている様だ。
「ユリアさんは好意で実践してくれましたが、そもそも貴方が喚いた所で関係は無かったのですよ。王族の方ですら特別扱いされない学院で、何故貴方の不満を解消しなければならないのでしょうか?」
「なっ…不正をしているかもしれないじゃないか!」
「それは今後の授業で判明する事です。それに、不正だと言うのならば、それなりの証拠を揃えてからにしなさい。言うだけなら誰でもできます」
「…………」
どう見てもまだ不満気な顔をしている。
そういうお年頃なのかもしれないが、もう少し取り繕えないものか……
それと、私を睨むのはやめて欲しい。
「皆さんも、他の人と比較して不満に思う事もあるかもしれませんが、他者を妬むよりも自身の成長に力を入れてくださいね」
最初よりも視線を多く感じる気がするが、全て無視する。
その後、初参加者に教材となる書物と魔具が渡され、測定結果を基にグループ分けを行い、其々に課題が振り分けられる。
次の授業からは、その課題をグループで熟すのだそうだ。
残りの時間で座学を行った。
既に習っていた人にも、復習として必ず最初は同じ内容を行うそうだ——
選別授業は午前中で終わり、エイミさんから研究室の場所を聞き、その日の授業を全て終えてから訪ねる事になった。
午後からの授業となり、自分の教室に戻ると何やら噂されている様だ。
耳を澄ませてみると、選別授業の時に上級生に喧嘩を売った事になっているらしい。
全てが正しい訳では無いが、間違っている訳でも無いので放置しておく。
それにしても、噂の伝達が早い。
(……誰かが意図的に流してる?)
先程から、チラチラとフィーナがこっちを気にしているのが視界に入っている。
自分から話し掛ける事ができないのだろう。
恐らくは心配してくれているのだと思うが、様子を伺う姿が可愛らしくてほっこりしている私が居る。
そんな感じで残りの授業を消化していき、全て終えた所でエイミさんの研究室へ向かう。
その際フィーナに直接話し掛けると悪目立ちするかもと思い、代わりにリンに伝えてもらった——
「あら?早速来てくださったのですね」
「はい。興味がありましたので」
別棟に着いてすぐ、エイミさんに遭遇したので一緒に研究室へ移動する。
移動しながら、今エイミさんが行っている研究内容を簡単に説明して貰った。
説明によると、魔具の製作がメインで、それに関わってくる魔法の検証・効率化を行っているそうだ。
私が魔具を作れるのも、幼少の頃に始まった教育でエイミさんに教わったからである。
エイミさんの場合製作は兎も角、魔法の検証を行う方が難航しているとの事。
魔法の検証とは、望んだ結果を出す為に必要なプロセスを多角的に捉え、情報を整理したうえで記録する事を言う。
効率化は、その魔法の不要な部分を洗い出して改善する事である。
そしてそれを基に魔具を製作する。
従って、難度の高い魔法になる程試行錯誤が必要となるので、より多くの魔力量が要求される。
エイミさんが私に求めるのは、魔法の検証で必要となる魔力量だそうだ。
「勿論製作の方も手伝って欲しいと思ってます」
「因みに今はどんな魔具を?」
「今は改良試験中ですね。王家からの依頼で、温度を一定に保つ魔具の範囲拡大と魔力消費の効率化を研究しています」
「?…王家からの依頼ですか?」
「ええ、少し前に依頼されました。何でもスィール殿下が必要としてるらしく、できるだけ早く欲しいと言われました」
(……前に見た時は問題無さそうだったけど)
見たのはお披露目の時なので、もしかしたら何かしらの不具合でも出たのかもしれない。
私もあれを参考にして魔具を製作したので、少しは力になれるだろう。
研究室に到着し、勧められた椅子に座る。
「後、ユリアさんが来てくれましたので、他にも作りたい魔具が有れば言ってください。貴女の研究もしましょう」
「良いんですか?」
「勿論です。折角なので、ご自身の利になる物でも構いませんよ」
「……でしたら、私は浄化の魔具を製作したいと思います」
「浄化…ですか?」
「はい。異臭の元を断ちたいので」
自領もそうだが、王都の下町でも異臭のする場所が結構多くある。
下水道の設備が能力不足なのか、若しくは行き渡っていないのか、どちらにしても放置したくはない。疫病が蔓延する危険が有るからだ。
とは言え、この世界での医療や菌の知識が無い事は既に確認しているので、取り敢えずは異臭を理由にして魔具を製作する事に。
知識に関しては追々で良いだろう。
魔具を完成させてしまえば、設置した場所とそれ以外で差が出るはず。
実績さえできれば、普及させる事も容易になる筈なので、その際に知識も広めていけば何とかなると思っている。
「あ、それとエイミ先生」
「はい、何でしょう」
「先程の温度を一定に保つ魔具ですが、私も以前製作した事があります」
「あら、でしたら今纏めている資料を出しますので、意見をいただけますか?」
「勿論です」
エイミさんが持って来た資料に目を通し、自作の魔具との違いを確認した後、それを基に意見交換を行った。
ある程度の改良点が出た所で、時間も遅くなって来たので残りは明日行う事になった。
資料を片付け、自室に戻ろうとした時にエイミさんに呼び止められる。
「今日の授業でユリアさんと揉めた男子生徒の事なのですが……」
「?………あぁ、私をずっと睨んでいた方ですね」
「……忘れていたのですか?」
「そ、そんな事はございません…よ?」
(嘘です、忘れてました)
「…それで、その方が何か?」
「その、今ユリアさんを悪く言う噂が流れている事はご存知ですか?」
「……そうみたいですね」
無視はしているが、全く気にならない訳でもない。
それでも放置しているのは、その内飽きると思っているからだ。
「噂を流しているのがその男子生徒です」
「……ふふっ、そうですか」
「…笑い事ではありませんよ。男子生徒の名前はキルケ・バートンと言って、伯爵家の次男です」
「伯爵家ですか」
「はい。…そしてバートン伯爵家は良くない噂が多いのです」
「良くない…と言いますとどの様に?」
「その……所謂裏家業との繋がりを持つというものでして、明確な証拠が無いので現状では騎士団も手が出せず、警戒するに留めているみたいです」
(んー……となると、噂通りなら何かしらしてくるかもしれないと…)
「情報ありがとうございます。暫くは周辺に注意する事にします」
「そうしてください。私としては、何事も無ければ良いと思っていますが、用心するに越した事は無いでしょう………」
エイミさんからの警告を聞いた後、改めて自室に戻る。
一応道中周辺に気を配ってみたが、特に何も無く到着した。
「ユリア様、他にも誰か呼んだ方が良いのでは?」
自室に戻ってすぐ、リンが使用人を増やした方が良いと進言して来た。
「んー……まだ明確に何かされた訳でも無いし…」
「いえ、既に許せない噂を流されてます!」
「実害は無いわ。でも、そうね…されてからでは遅いから、何かしらの対策は必要ね」
「……………」
「そんな表情しないで……リンは笑ってる方が素敵よ」
「…ユリア様」
心配そうな表情をしたリンの頬に手を当て、微笑みながら心配は無用と伝える。
今度は少し困った様に微笑むリン。
リンの方が歳上だが、こうしていると全然そんな感じがしないので不思議だ。
(……取り敢えず、防犯用の魔具を作った方が良いかな)
前世での防犯グッズを思い出し、再現可能な物をいくつか候補とし、必要な材料を後日集める事にする。
夕食の時間となったので食堂へ移動すると、既にフィーナとイリスが居た。
「ご一緒して宜しいかしら?」
「あ、どうぞ!ユリア様、お待ちしてました!」
「…ど、どうぞ」
イリスは相変わらずだが、フィーナはどこか気遣う様な視線になっている。
「ふふっ、先に食べてて良かったのよ?」
「いえ!やっぱり一緒の方が良いです」
「……あの、ユリア様」
「?…どうしたの?フィーナ」
「その…大丈夫、ですか?」
「噂の事かしら?」
「は、はい…」
「心配は要らないわ。大丈夫よ」
「?…噂って?」
イリスは知らないのか、キョトンとしている。
「あら?私が上級生に喧嘩を売った、といった噂なのだけど……聞いてないの?」
「……初めて聞きました。私の教室ではそんな噂は無いです」
「そうなのね……」
(全生徒に広げている訳では無いのかな?)
私の教室では、戻った時既に噂が広がっていたが、イリスの教室はそうでは無かったらしい。
(噂ってピンポイントで流せるものだっけ?)
「ユリア様が気にする必要は無いですよ!」
「……?」
「例えその噂が事実であろうとも、ユリア様に喧嘩を売られる相手が悪いのです!!」
イリスが何か言い出した。
よくよく聞くと、私が喧嘩を売る様な何かを行った相手が悪いのだそうだ。
それもどうかと思うが、相手するのが面倒なので今は置いておく。
「それはそれとして、その相手に少し問題が有るみたいなの」
「問題ですか?」
「ええ、良くない噂の有る家みたいなの。だから貴女達も暫くは用心して欲しいわ。私の親しい人にも目を付けるかもしれないから」
「親しい………」
「……用心、ですか」
イリスは私の親しい人宣言に感動している様だ。
何となく心配になったので、エイミさんから聞いた情報を2人に伝える。
それでもイリスは気にしてない様に見える。逆にフィーナはかなり不安そうになっていた。
(フィーナに言ったのは失敗だったかな……)
不安を煽る結果になってしまったが、知らせずに巻き込む方が申し訳無いので、何かしらの対策を考えてみる。
(狙われるとしたら1人の時かな…)
寮に入ってしまえば、男子生徒は入って来れない。
唯一心配なのは、行き来可能な食堂内だろう。
「2人共、1人で食堂には来ない様にしてね。まだ何かあるって決まった訳では無いけれど、念の為にね」
「「はい」」
食事が終わり、長居は無用とばかりにその場を解散した——
自室に戻って来た時、扉の前に使用人が1人佇んでいた。
その人は此方に気付いて近寄って来た。
「ユリア・ルベール様ですね」
「ええ、そうよ」
自己紹介も無く確認して来る辺り、見下されている感じがする。
「我が主が部屋で待っています。お召し替え後、速やかにお越しください」
そう言って頭も下げずに立ち去って行く。
それを見送った後、何だか面倒な事になったなぁと思いながら自室に入る。
「何ですか!!あの失礼な人は!名乗りもせずに一方的に要件だけ伝えて!」
リンは大層ご立腹な様だ
「落ち着きなさい。気にしても仕方が無いわ」
「むぅ……ユリア様がそう仰るなら」
「ふふっ、ありがとう」
「しかしユリア様、如何なさるのですか?」
「別にどうもしないわ」
「……え?」
「だって私、あの使用人の主人が誰か知らないもの。行きようが無いわ」
「………そうですね」
「さ、就寝の準備をお願いね」
「畏まりました」
湯浴みも済ませ、さて後は髪を乾かして寝るだけとなった時、扉をノックする音が聞こえて来た。
「?……こんな時間に何方かしら」
「お帰りいただきましょうか?」
私の髪を乾かそうと控えていたリンが聞いてくる。
「んー…そうね、一応要件は伺っておいて」
「畏まりました」
リンが訪問者の対応に行ったので、そのまま待機しておく。
以前自分で髪を乾かしていたら、それを見たリンが拗ねてしまったので、以来勝手に乾かすのは止めている。
少しすると、困り顔のリンが戻って来た。
「?」
「ユリア様、その…アクォラス公爵令嬢だったのですが、会わせろの一点張りでして、ユリア様は寝衣なのでお会いできる状態では無いと説明したのですが、そのままでも構わないと…」
「そう……」
先程の使用人は、もしかしてアクォラス公爵令嬢の使用人だったのだろうか?
しかし、だとすれば随分と質の低い使用人だが、どうなのだろう……
「まあ、この格好で良いのならお通しして」
「宜しいのですか?」
「ええ、構わないわ」
「…畏まりました」
リンが出迎えに行ったのを見届け、仕方無く髪を自分で乾かす事に。
乾ききる前に、アクォラス公爵令嬢を連れてリンが戻って来た。
「少々お待ちくださいませ。今髪を乾かしておりますので」
「……え、ええ」
アクォラス公爵令嬢は、此方を見て少し目を見張った後、頷いてリンが勧めた椅子に座る。
髪が十分乾いた事を確認し、お待たせしましたと向き直る。
「魔法でそんな事もできるのね」
(?……ああ)
「コツさえ掴めば、そう難しくはありません」
目を見張っていたのは、魔法で温風を出して髪を乾かしていた事にだった様だ。
「この様な姿で申し訳ありません。何分、就寝前でしたので。それで、本日はどの様なご用件でしょう」
「どの様な……ですって?」
握っている拳がふるふる震えている。
アクォラス公爵令嬢は何やら怒っているらしい。
そして此方に向けて指を“ビシッ”と指し、口を開いた—————
「貴女、私が呼んだのにも関わらず、何故すぐに来なかったのよ!!」
—————ん?
ブクマとポイント評価ありがとうございます。