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理解できないと不安だよね

 胡蝶の夢とは誰が言った言葉だったか

現実と夢の区別がつかない状況、または、その区別をつけない境地を(たと)えた言葉である。つまり、自分が今見ているものが現実なのか、はたまた夢なのかわからず、けれども確かにそこに存在しているが故に、混同してしまう現象である。




「………ぅん?」


 ふと気付くと、ふかふかな感触のする場所で目が覚めた。とはいえまだ眠気も強く、頭もぼんやりしていて起き上がる気がおきない。


(あれ?確か僕はお腹を刺されて………夢?……でも凄く痛かったのに………)


 あれだけの痛みを伴っていた腹部が、嘘のように痛くなくなっていた。


(………病院、かな?)


 意識がはっきりとしないまま、再び眠りにつく為(うずくま)るようにして布団らしき物の中に潜り込んだ。





「——う様、朝でございますよ」


 (しばら)く時間が経過し、誰かの声が聞こえてきた。知らない女性の声のようだったが、まだ眠いので気にせず(だんま)りを決め込んで再度眠りに———


 ゆさゆさ


「………むぅ」


 先程の声の主が、僕の体を揺すっているようだ。仕方がないので起きることにしよう。


「ぅん………しょっ」


(ん?)


 起き上がる際に、いつもより力が入らなかったような気がし、違和感を感じていると


「おはようございます。朝食の準備ができておりますので、お召し替えしましょう」

「は……?」


 思わず反射的に返事をしかけ、けれども途中で違和感を覚えた。


(おめし……かえ?)


 ここが病院だとしたら、声の主は看護師さんのはず、しかし看護師さんの言葉使いには聞こえないし、着替えをお召し替えと言う事も無いだろう。


(そう言えば僕の声も若干高くなっているような?)


 もとより少し高めの声であったが、先程発した声はそれよりもまだ高かった。


「お嬢様?」


 と、ここに来て初めて周りを見回し、声の主に視線を向けた。


(?外国人のような人………ってお嬢様?誰の事を言って……僕を見てる?何で?と言うより此処どこ!?)


 室内をよく見ると、アンティーク調の家具が置かれた落ち着いた雰囲気で、(あか)りらしきものも見た事のないタイプであった。それに、目の前に居る女性はどう見ても日本人では無く、メイド服にしか見えない服装であった。


(もしかして本物のメイドさん!?でもどうして?状況がよくわからないし、どう対応したら………)

「ええと………あれ?」

(自分の目線が低い?)


 いくらベッドに座っているとしても、目線がいつもの感覚より低い事に気が付き、何となく自分を見下ろしてみる。


(小さい?)


 体が異様に小さく、どう見ても華奢になっていた。そのうえ見間違いで無ければ———


(女の子に………なってる?あ、さっき確かお嬢様って………)


 何がどうなっているのかと混乱していると


「お嬢様?どうかなさいましたか?」


 目の前のメイドさん?が心配そうにこちらの様子を伺っている。

 現状はよくわからないが、兎に角まずは話を合わせておいて、後で色々と調べなければと思い直す。


「大丈夫、何でもないよ」

「左様でございますか?お体の調子が良くないのでは?」

「本当に大丈夫だよ、それよりも着替えるんでしょ?」

「………(かしこ)まりました。本日のお召し物はこちらになります」


 一瞬(いぶか)しそうな顔をしたものの、気を取り直し取り出した服は、シンプルで飾りっ気の少ないものの、どう見てもドレスであった。


(どう考えても一般家庭じゃないよね………)


 今迄周囲からの無茶振りに(こた)え続けていた経験もあり、混乱しながらも思考を止めずにいたが、ドレスを着る事に抵抗がある為動きが止まってしまう。しかしあまり時間を掛けると、先程のような状況になってしまうと思い、ベッドから降りてドレスに手を伸ばそうとするが………


(どうやって着るのか知らないんだけど!?)


 中途半端な位置で手が止まった状態となり、さてこの後どうすればと悩んでいたが——


「失礼致します」


 メイドさん?がそう言い、伸ばしかけた手の方から袖を引き抜き、そのまま着ていた寝衣を脱がされドレスを着させられた。

 その間に、近くにあった姿見で自分を確認すると、だいたい5〜6歳くらいの大きさであった。


(そうか、もしお嬢様という立場なら着替えはやって貰うものなのか)

「では参りましょうお嬢様。奥様もお待ちですよ」


 そう言って先導するメイドさん?について行き、さてこの後どうするかと再び考え始める


(奥様と言う事は母親なんだよね?どうしよう、ボロを出さない自信がないよ!というより情報が無さ過ぎる!!)


 そうこうしているうちに、そこそこ大きな両開きの扉の前に到着し、メイドさん?が扉を開けて中へ入るよう促す。


「………ありがとう」


 躊躇(ためら)いながらも入ると、中心にテーブルがあり、恐らく上座であろう場所に母親らしき女性が座っていた。そしてこちらに気が付くと、手に持っていたカップを置いてにっこりと微笑んだ。


「おはよう、私の可愛いユリアちゃん」

(あ、この人親バカだ………それと名前はユリアっていうんだね……)


 昔、近所のおばちゃんに娘自慢をされた時の事を思い出した。それ程に笑い方が似ていたのである。顔が、では無く笑い方が、ここは重要な所である。

 何故なら———


(もの凄い美人な………いや、可愛らしい人……かな?)

「お、おはようございます」


 微笑(ほほえ)みに圧倒されてしまい、少しどもってしまったが、何とか挨拶を返す。すると、どう見ても一児の母には見えない親らしき女性が目を見開き、目を潤ませ始める。


(え?何?えっ!?)


 突然の事に混乱していると———


「まあ!まあまあまあ!!………返事してくれるなんて……やっと心を開いてくれたのね?」

「ぅえっ!?」

(どういう事!?え?返事しない程仲悪かったの?)


 さらに想定外の事案が発生してしまった。正直もうお腹いっぱいである。

 場が混沌としてきた時、数人のメイドさん?が食事を運んで来て、執事さん?が母親と思われる女性を(なだ)め、なんとか食事を開始した。


(一刻も早く情報を集めないと………)


 その後、さらに少々トラブルがあったものの、母親との食事を終え、自室へと戻ったのだった———





「ねぇ、セシリア」

「はい、何でしょうか?」


 自室にて、起きた時からそばに居たメイドのセシリア——先程メイド達の会話で知った——に話しかけ、あるかわからないが書庫の場所を聞いてみると


「書庫……でございますか?どうなされるので?」


 どうやら書庫はあるようだが、何故そんな事を?といった顔をしているので、無難に答えておく。


「本を読んでみたいの」

「……畏まりました、ご案内します」


 少々訝しんでいるようだが、案内はしてくれるようだから気付かないフリをしておこう———





「こちらでございます」


 数分後、意外と近くにあった書庫へと到着し、中へと入ると、小学校の図書館くらいの大きさに驚いたが、これだけあれば知りたい情報は手に入るだろうという期待と、まずは読む本を絞らなければという悩ましさが出てきた。


「セシリア、歴史のわかる本を読みたいの。できればこの家の事もわかるものがいい」


「歴史……でございますか?少々お待ち下さいませ」


 そう言って本を探しに行ったかと思えば、すぐに3冊の本を手にして戻って来た。


「歴史に関するものはこちらの3冊になります。そしてルベール家の事が載っているものはこちらです」


 本の蔵書量に比べると随分と少ないと思うが、知りたい情報があれば良いかと思い直し、差し出された本を手に取ると


「お読み致しましょうか?」

「えと……ちょっと待ってね」


 普通であれば5歳くらいの子に本を、それも歴史に関するものは読めないだろう。しかし、何となく読めるような気がしていた。何故なら———


(日本語では無いのに、何故か言葉が理解できるし、話せるんだよね)


 ———そう、何故か起きた時から、口の動きが明らかに日本語では無いのに理解できていたし、自分が言葉を発する時にも違和感なくできていた。

 ならば文字は?と思い色々と周囲を伺っていると、壁に掛けてあった絵画のサインが読めたのだった。

 そういった事もあり、他の文字も読めるかもしれないと思い書庫で情報収集する事にしたのだ。さっそくと本をめくり、内容の確認を行うと


(やっぱり、読める)

「自分で読んでみるね」

「畏まりました」


 予想通り読む事ができる。ならばここで現状を把握しておくかと本を読み進める事にした———





「——う様、お嬢様!」

「ぅん?」

「お嬢様、昼食の時間が参りました」


 どうやら、本を読む事に集中し過ぎてお昼になってしまったらしい。

 とはいえ知りたい情報はある程度入手したので、今日の所は書庫での用事は無くなった。しかし他に気になる事が出てきたので、後日また来る事にしよう。

 それよりも、今目の前にある問題をどうにかしなければ———


「ユリアちゃーーん!一緒にお昼に行きましょうね」


 いつの間にか背後から現れ、満面の笑みを浮かべる母の姿があった。しかも抱きしめられて身動きができない状態であり、後頭部に柔らかくも幸せな感触がある。

 今は女の子であろうとも、男としての感覚が強く、とても恥ずかしいばかりである。


(まだ慣れてないんだけどなぁ………)


 今後の事を考えながらも、家族付き合いもどうにかしなければと思うのであった………


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