友人希望
友人が欲しいです。
この世界では未だに、対等な友人と呼べる存在が居ません。まあ、前世でも居たと断言できるかは微妙なのですが、気兼ねなく接する事ができる相手が欲しいのです。貴族社会では難しいかもしれませんが………
夕食までの時間を寮の自室で過ごしていると、来訪者があった。
コンッコンッコンッコンッ
「?…何方かしら」
フィーナとの約束の時間はまだ先である。
リンが扉を開けに行き、相手を見て少し驚いているのが見えた。そして一度此方に戻って来た。
「ユリア様、セイルティール・リラ・アクォラスと名乗る方がお見えになりました」
「…そう、お通しして」
「畏まりました」
(……何故?)
再度扉に向かうリンを見ながら、来客理由を考えてみるも思い当たる節が無い。
ミドルネームが付いているという事は、恐らく公爵家の筈。この国では、公爵家と王家しかミドルネームを持たないそうだ。因みにその理由は知らない。
現在王家には王子しか居なかった筈なので、消去法で公爵家という事になる。
「ごきげんよう、失礼しますわ。私、アクォラス公爵家次女のセイルティールと申しますの」
「ごきげんよう…ルベール子爵家長女のユリアと申します」
お互いに挨拶をして座る……のだが、何かがおかしい。
少し考え、理由に気付く。
「あの…アクォラス様、何故お一人なのでしょうか」
そう、何故かお供の姿が見えない。
「?…何を言って……あら、本当に居ないわ。何時逸れたのかしら?」
(え?気付いてなかったの!?)
「まあ良いわ」
(いえ、良く無いと思います)
本当に気にして無さそうなので、それ以上考えるのをやめる事にした。
「リン、お茶とクッキーをお願い」
「承知しました」
リンにお茶の準備を任せ、用件を問う事に。
「それで、本日はどの様なご用件でしょうか」
「ふんっ、調子に乗っている貴女に一言物申しに来たのですわ!」
「?…調子に?」
「まあ!なんて事!…自覚も無かっただなんて」
(何かあったっけ?)
調子に乗るも何も、今日入学式を終えたばかりである。それに、初対面で言われる様な事をやらかした記憶も無い。
「無知で申し訳ございません。私、何故その様に思われるに至ったのか、皆目見当も付きませんの」
「本日の代表挨拶、素晴らしいものでしたわ!」
「…ありがとう存じます」
「そう!思わず私も立ち上がりかけ……いえ、そうでは無く…貴女はあの時、魔法を行使されていましたわね?」
「はい、左様でございます」
「その事で、問題視された方もおられますの」
「?…あれが、でしょうか」
「ええ、あの場に居た者を洗脳していたのではないかと」
(………は?)
「申し訳ございません。仰る意味が理解できませんわ」
「周りの反応が良すぎて、あれは洗脳してそう思い込ませている、と言い出す方達が現れましたの」
(あー………)
そう言えば、進行役の方が止めるまで拍手が鳴り止まなかった。
あれを快く思わない人が言い出したのだろう。
「ふふっ、とても愉快なお考えをする方がいらっしゃるのですね。人に対して直接干渉する魔法は、魔力の反発が起こり抵抗を受けるのです。だからこそ、治癒には時間が掛かるのですが、その方達はご存知無いのでしょうね」
「………え?そうなの?」
(ん?……こっちが素かな?言葉使いが崩れてる)
「…アクォラス様も家庭教師に教わったのでは?」
「い、いえ…私は魔法どころか、魔具について少し触れたくらいですわ。それに、普通は学院までに学ぶ事では無いわ」
「そうなのですね…」
言われて思い出したが、私の場合は父に空いた時間何を学びたいか聞かれて、魔法に関する事と言ったのだった。それが無ければ、学ぶ機会が無かったかもしれない。
そういう事なら、知らないのも無理は無いだろう。
「因みに、あの時の魔法は何だったのかしら?」
「私の声を、広く遠くへ届ける為のものです。声を張り上げると喉を痛めてしまいますので」
「………確かに良く聞こえましたわ。とても澄んだ綺麗な……はっ!?…いえ、何でも無いわ」
(この人は何をしに来たんだっけ?)
「兎も角!変な疑いを掛けられたく無くば、大人しくしている事ね!」
(……一応心配されているのかな)
少々言い方がきついが、一応は私の事を気遣ってくれている様だ。
ならば受け入れておくべきだろう。
「ご忠告、痛み入ります」
「……ふんっ!」
(表情豊かな人だなぁ……)
先程から、驚いたり唖然としたり陶酔したりニヤニヤしたりと、忙しい人だ…
「お待たせ致しました」
きりの良いタイミングで、リンがお茶とクッキーを持って来てくれた。
恐らく、此方の様子を伺っていたのだろう。
「ありがとう」
「?…これは何ですの?」
出てきたクッキーを見て尋ねられる。
砂糖が出回って甘味が増えたとは言え、お菓子に関してはレシピ公開をしていない。
販売こそしているが、自領が主なので余り浸透していなくても不思議では無い。そして公爵家の令嬢が知らないのなら、王都では知られていないのだろう。
「クッキーと言うお菓子でございます。程良い甘さに仕上げておりますので、お茶請けに良いかと存じますわ」
言いながら、先に一つ取って口に含む。
毒は入ってませんよ、といった意思表示に必要だと教わった。
「では私も……っ!?」
目を見開きながら咀嚼し、クッキーを凝視している。
表情豊かなのは見ていて面白いが、公爵令嬢としてそれで良いのかと言いたくなる。
「こ、此方のクッキー?はどちらで手に入りますの!?」
「私の商会で取り扱っておりますが、まだ王都では売り出していませんの」
「っ!?………それは残念ですわ」
見るからに落ち込んでいる。
一応は気遣ってくれたのだから、お土産として少し渡す分には良いかもしれない。
「宜しければ、少しお持ちになりますか?」
「!!…い、良いの?」
(…言葉使い崩れてますよー)
まるで周囲が明るくなったと錯覚しそうな程の笑顔になっていた。それに対して、微笑みを維持しながらリンを呼んで持ち帰り分を準備させる。
「あら?…此方の紅茶も美味しいわ。今まで飲んだ事の無い味ね」
「ふふっ、特別製の茶葉を使用しておりますの」
(妖精が育てたからね…)
初めて妖精を見た日以降、徐々に数が増えて今では全ての私所有の畑の作物を育ててくれている。
どうやら妖精は、生息域を清潔に保ってさえいれば嬉しいみたいで、お礼として畑の面倒を見てくれている様だった。
妖精が育てた作物は、総じて品質が良くなる事が判明している。
「この茶葉も商会で?」
「取り扱っておりますが、主に他国との交易品にしておりますの」
「他国とも取り引きを?…いえ、それよりも貴女、先程からご自分の商会の様な言い方をなさってますが、父君の功績を我が物顔で語るのは、淑女としてあるまじき行為ですわよ」
(?……あぁ)
恐らく、私が自ら商会を立ち上げている事を知らないのだろう。
言い方的に、父の事も知らなさそうだ。
「ふふっ、ご心配痛み入りますわ。ですがご安心くださいませ。私の商会で間違いございません」
「…え?」
「ユリア様、此方を」
「ありがとう……アクォラス様、どうぞ」
リンが袋に入れたクッキーを持って来てくれたので、アクォラス公爵令嬢に渡す。
「…あ、ありがとう存じますわ」
「では、道中お気を付けて、使用人の方もアクォラス様をお探しかもしれませんので、早目にお帰りになられた方が宜しいかと存じますわ」
「えぇ、そ、そうね……今度は私がお誘いしますわ。是非いらして」
勢いに任せて帰る様に促したが、お茶会に誘われてしまった。
「その機会が訪れましたら是非に」
「え、ええ…楽しみにしてますわ!」
そう言って退室する姿を見届け、何故忠告に来た人からお茶会に誘われる流れになったんだろうかと、不思議に思う。
(…ひょっとしてデレた?それとも意図せず餌付けになってたとか?)
もし本当にお茶会に誘われたら、クッキー以外にも持参してみようかなと考えるのだった………
夕食の時間が近付いてきた。
私はスーとルーとクーが仲良く戯れているのを眺め、時間を潰して過ごしていた。
デフォルメされた様な姿の小さな子達が、自由に遊んでいる所を眺めていると癒され、自然と笑みが溢れる。
リンはそんな私を見て微笑んでいる。
どうも私が嬉しそうにしていると、リンも嬉しくなるらしい。
リンの視線を感じながらも精霊の子達を見ていると、扉の外に人の気配を感じた。
「リン、どなたか来たみたいよ」
「あ、はい!」
リンが扉に向かうと、精霊の子達も私に近寄って定位置に着く。
「ユリア様、フィーナ様がいらっしゃいました」
「では行きましょうか」
「はい」
部屋を出ると、やや俯きがちなフィーナが居た。
「ごめんなさいね。態々来ていただいて」
「い、いえ…その、本当に良かったのでしょうか…私みたいな平民と夕食を共にしていただくなんて…」
「ふふっ、ご自分の事を卑下なさらないで。私はそう変わり無いと思うのよ?…階級を蔑ろにする訳では無いけれど、役割が違うだけだと思うもの」
「………ルベール様」
漸く顔を上げたフィーナに、一つお願いをしてみる事に。
「ユリアと呼んで欲しいわ。私、貴女とは仲良くしたいと思っているのよ」
「…えと……ユ、ユリア様」
「むぅ…様も要らないわ」
「いえ、それは…」
「ね?」
呼び捨てには抵抗があるのか、口籠るフィーナ。
微笑みながらじっと待ってみる。
「……では、その、ユリアさん」
「んー…今はそれで良いわ。さ、此処で話し続けるのも目立ちますし、食堂に行きましょうか」
「あ、はい」
気を取り直して食堂に向かう様促し、3人で移動する。
食堂に到着し、利用している人の数が少ない事を確認する。
此処では、食事を持ち帰って自室で食べる事も可能なので、貴族の中には食堂に来ない人も居る。
位が上がる程その傾向が強く、使用人に運ばせて自分達は足を運ばないのだ。
「リン、メニューは任せるから3人分宜しくね」
「畏まりました」
「え!?ユリアさん、私は自分で運びますよ!」
「その場合、私は1人で席に着く事になるわ。私が運ぼうとすると、リンに怒られちゃうの。だからフィーナも先に座りましょう?」
「え?使用人なのに主人を怒るのですか?」
「ふふっ、リンは真面目なの。私の仕事を取らないでくださいって、怒られちゃうのよ」
冗談めかしてそう言うと、フィーナは納得したのか渋々ながらも一緒に席に着く。
その後、リンが運んでくれた食事を摂りながら、フィーナと雑談した。
すると驚く事に、フィーナは特待生の内の1人だそうで、その中で最も良い成績を残していたそうだ。
この学院の特待生制度は、平民にのみ適用されるもので、試験を受けて優秀と判断されれば資格を得る事ができる。
学費が払えなくとも、優秀な人材を確保する為に今の王妃様が働きかけ、取り入れられたらしい。
それ故に、一定水準をクリアできれば良いので上限は設けていないとの事。
「なら、フィーナはとても優秀なのね」
「いえ、私なんてまだまだです!ユリアさんは代表挨拶をする程の成績ですから、それに比べたら全然…」
「謙遜しなくても…自分で勉強したのでしょう?貴族は教師を雇うのだから、自力で特待生になったフィーナは十分凄いわ」
(それに私の場合はズルみたいなものだしね……)
前世の記憶があり、学習に関してはゼロからでは無いので、同年代で考えるととても有利だ。
「私ね、フィーナと友人になれたら嬉しいと思うの」
「っ!?………お、恐れ多いです!」
「…そう言わないで、私はフィーナが良いの」
「こ、光栄ですけど、私ごときではとても…」
「もう、卑下しないでって言ったのに……仕方無いわね。今後に期待するわ」
食事が終わった後も暫く話を続け、そのまま食堂で解散した——
「とても可愛らしい方だったわ。リンはどう思ったかしら?」
「…そうですね、とても素直な方だと思います。ユリア様に対する態度には戸惑いが感じられましたが、あれは恐らく、ユリア様との距離感が測れなかったのではないかと……」
「そうなのね……ちょっと距離感が近かったかしら」
「いえ、ユリア様は何時も正しいです!」
「……ありがとう」
(リンのこの無条件の信頼も慣れないなぁ…)
「や、やっと見つけたーーー!!」
自室に戻りながらリンと会話していると、後ろから慌ただしい足音と共に、大声が聞こえてきた………
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