学院生活の始まり
学校は学ぶ場であると気付いたのは、社会人になってからでした。
学力を鍛えるのは勿論ですが、人との交流を練習する場でもあったんだなと、本当の意味で気付いたのが仕事上の付き合いが増えた時でした。学校では、子供だからという理由で失敗しても許される事が多く、又、失敗できるからこそ積極的になるべきだったんですね………
月日が流れ、2年と少しが経過した。
何と!弟が産まれました!
王妃様が訪問して来たすぐ後に母の妊娠が発覚し、翌年に無事出産。名前はミール。
この名前は男としてはギリギリじゃないかと思って父に聞いた所、弟に限らずミリアと私の名前も母の名前から取っていたらしい。ミリアなんて、伸ばさないだけで母と一緒である。
どれだけ母が好きなのか父よと思ったが、仲が悪いよりは良いかと思い直す。
これで跡取りができたと安心して弟を構っていると、ミリアが嫉妬して、私にも構ってと突撃してくる……とても可愛いです。
最近はミリアも成長し、たどたどしかった言葉使いも無くなり、流暢に話せる様になって来た。
寂しい思いもある一方で、成長に対する感慨深さもあり、今の私は未成年なのにも関わらず、親になった気分になっていた。
商会の方も順調で、他国との取り引きも少しずつではあるが増えてきた。
例の孤児を集めて教育を行う事で、将来的に従業員の確保も可能となる様にする計画も進んだ。その為の建物の建設も完了し、目的から名を育成院とした。
既に4人が従業員として働いてくれている程に成長している。
最初は私自ら教鞭を取り、教材を作り学習を促したが、今では優秀な者を選び教育部門を創設し、育成院の方は任せている。尚、教育部門の者には変わらず私が教育している。
この2年で特に嬉しかったのは、王妃様からスィール殿下の植物園にある種子や苗をいただいた事で、その中にオリーブが有ったのだ。これで良質な油を作る事が可能となった。
ご丁寧に、其々の栽培方法や注意点も手紙に添え書きがあったので、育てるのに苦労は無かった。
しかし厄介な事もあり、スィール殿下との婚約の打診が来てしまった。
どうやらお披露目の日に気に入られた様で、相手が居ないのなら是非にとの事だったが、父にお願いして断って貰った。
その時のやり取りは私の黒歴史となったので思い出したくは無い——
そして遂に、学院へ入学する日が近付いて来た。
「……大学みたいな建物なのね」
「?…大学って何ですか?」
「いえ、何でも無いわ…」
場所は王都の中心地近くにあり、王城も近い。
全寮制となっており、王族も例外は無いのだが、公務や政務に対応し易いようにとの判断らしい。
生徒は各自2部屋割り当てられ、自室と使用人用の部屋があるので、常識の範囲内で使用人を連れて来る事ができる。
常識の範囲内と言ったのは、過去に使用人を10人連れて来た令嬢が居て、あろう事か部屋が狭いと学院に苦情を入れたらしい。
無論学院は聞き入れず、使用人を減らす様指示したそうだ。
私は居なくても困らないが、周囲への体裁もあるのでリン1人だけを連れて来たのだ。
「さて、寮監の方に挨拶に行きましょう」
「畏まりました!」
学院の敷地内に入って暫くすると、寮は学舎の裏手に存在していた。
この配置の理由は、出入りの管理をし易くする為で、裏門は存在しないとの事。
何かあって逃走の必要が出たらどうするのかとも思ったが、その場合は騎士団の屯所が学院の正面に設けられているので、緊急時には対処してくれるらしい。
寮監室は一階の最奥に位置しているようなので、そこへ向かう。
到着して扉をノックすると、「どうぞ」と返事があったので中へ入る。
「失礼致します。本日からお世話になりますユリア・ルベールと申します」
「これは、ご丁寧な挨拶痛み入ります。私は寮監のシリカと申します」
「シリカ様、ご迷惑をお掛けする事もございますでしょうが、これからどうぞ宜しくお願い申し上げますわ」
「ルベール様、私は平民の出ですので、その様に畏る必要はございません」
「いえ、学院の生徒は皆平等。立場を利用してはならないと伺っております。それに、私自身は子爵家の娘というだけで、爵位を持っている訳ではございませんもの」
学院では、爵位や立場を悪用するのは厳禁となっている。
生徒には貴族だけでなく、平民も居るので立場の弱い者が搾取されるのを防ぐ為でもある。
私としては、爵位を持つのは当主である親の筈なので、親の七光で偉そうにする事に抵抗と嫌悪感があるだけだ。
「…皆様が、ルベール様のようなお考えを持っていると助かるのですが」
「シリカ様、私の事はどうかユリア、とお呼びくださいませ」
「……では、ユリア様とお呼びさせていただきますね」
「是非に」
「ユリア様、お供は1人なのですか?」
此処で話題がリンに移った。恐らく、1人で大丈夫なのかと心配してくれているのだろう。
「はい、リンは優秀なので、1人で十分ですの」
「い、いえ、ユリア様は自身で何でも卒なく熟しますので、使用人の出る幕が余り無いのです」
「そうでしたか…ユリア様は素晴らしい主なのですね」
「はい!この上無く素晴らしいお方です!!」
「……リン、落ち着いて」
「あ、失礼致しました」
先程の、リンは優秀発言が台無しになりそうな程に食い気味になって答えていた。
…少し恥ずかしい。
「それではシリカ様、私はこれで失礼致しますわ」
「はい、ご丁寧にありがとうございました」
礼をした後退室し、事前に案内のあった部屋へ向かう。
私の部屋は3階の端で、窓からは学舎と庭が見える。そして向かいの部屋が、リンの使う使用人用の部屋となる。
寮は男子棟と女子棟に分けられているのでは無く、女子部屋が内側——学舎のある方——男子部屋が外側——外壁のある方——となっており、使用人の部屋の壁で仕切られている。なので、男女がお互いの部屋に直接行き来する事はできない仕組みとなっている。
ただ、食堂のある1階は繋がっているので、そこを経由すれば行き来可能であるが、食堂は端の方に位置し寮監室の目の前なので、寮監に見つかる可能性が高い。
「さて、扉の設置をするから、リンは自分の部屋を確認してきて良いわよ」
「畏まりました。急いで戻りますね」
「ゆっくりで良いのよ」
「はい!」
(本当にわかっているのかな…)
リンが自分の部屋の確認に行ったのを見届け、クローゼットを開ける。
想像より広かったので、亜空間から取り出した扉を内側の隅に設置する。
この扉は例の何処でもなやつで、魔具として作った物だ。
設置後に作動確認の為、一度使ってみる。
魔力を補充し扉を開けると、リーデル領にあるルベール邸の私の部屋が視界に入る。
上手く繋がった事を確認した私は、そのまま扉を閉める。
クローゼットには何着かドレスを納め、扉が見えない様にカモフラージュする。
丁度そのタイミングでリンが戻って来た。
「ユリア様、お茶でも如何でしょうか?」
「そうね、いただこうかしら」
「ではすぐに」
入寮初日は他にする事も無いので、その後はリンとゆっくり過ごした………
そして入学式を迎えた今日。
私は、新入生代表の挨拶を任されるというまさかの事態となっていた。
どうやら試験の結果が過去最高得点だった様で、入寮後に告げられた。
告げられた際に、こういったのは爵位の高い家の者が行うのでは?と聞いたが、学院の生徒は皆平等の理念に反するので、そういった事はしないそうだ。
式は進み、私の出番となった。
「では次に、新入生代表の挨拶を行う。新入生代表…ユリア・ルベール!」
「……はい」
名前を呼ばれたので返事をし、立ち上がって壇上に向かう。
マイクは無く、皆声を張り上げて挨拶や祝辞を行っていたが、それでは喉を痛めてしまうので、私は以前ルーに使った拡声器を模した魔法を、一礼した後広範囲に向けて行使した。
数人が騒ついたが、気にせず進める。
「やわらかな風が吹き、太陽の光が満ちあふれ、生命が生き生きと活動を始める季節となり、今日、私達新入生は入学式を迎え、本学院の生徒の仲間入りをする事になりました——」
噛まない様に注意し、ゆっくり且つはっきりと言葉を発して挨拶を進めていく。
「——この学院の生徒としての誇りを持ち、実りある学院生活を送りたいと思います。新入生代表…ユリア・ルベール」
挨拶が終わって礼をし、拍手が起こりました。
打ち合わせでは、拍手が収まってから礼を止めて席に戻る予定でしたが、拍手が収まりません。
さてどうしたら、と思って横目で進行役の方を見ると、気付いたのか慌てて声を張り上げました。
「以上!新入生代表挨拶を終わる!新入生代表ユリア・ルベールは着席を!」
礼を止めて席に戻る。
その後も恙無く入学式は進み、終了する。
各自割り当てられた教室へ向かい、教師が来るのを待つ事に。
各々連れて来た使用人にお茶の準備をさせたりしている。
授業中以外は自由にして良いそうだ。
暫く経って漸く教師らしき人がやって来た。
「……………」
教室に入って来た人は生徒全員を見ている様で、何かを確認している様にも思えた。
「諸君、入学おめでとう。この組を担当する事になったヒース・アロマルスだ。とは言っても、選別授業は違う者が行うので、全てでは無いがな」
そう言って苦笑するヒースさん。
この学院では授業の種別が3つあり、全員共通の通常授業、学院側が成績の内容で決める選別授業、2年次から行われる生徒が選んで受ける選択授業、と分けられている。
「自己紹介は各自ですると良い。この後は今年の予定を大まかに説明して終了となるから、時間はあるだろう」
説明された内容は授業の事では無く、交流を目的としたイベントや、騎士団と魔学技工士の方達が観に来る各自の技量や研究の発表会なる催し物、年2回行われる試験の事であった。
特に発表会に関しては、優秀と思われる内容があれば事前に学院側から王家に連絡が行き、参列される事もあるそうだ。
それに今は王子が在学中なので、王家が来る可能性は高いとの事。
「説明は以上だ。では、後は自由にすると良い」
ヒースさんが退室し、各自知り合い同士で会話を始めた。
私は忙しさと領地の遠さを理由にし、社交を断り続けていたが、他の人達は普通に交流していたのだろう。
私は教室内で孤立していたが、他にも1人孤立している女の子が居た。
その子には使用人が居ないので、商家でも無い平民の子なのだろう。もし商家であれば、使用人を1人雇うくらいするからだ。
何と無く気になった私は、その子に声を掛ける事にした。
「ちょっと良いかしら?」
「?……っ!?」
此方を見て随分驚いた様で、口はパクパクしているが声が出ていない。
「?…えっと、大丈夫かしら?」
「…は、はい…その」
「急に声を掛けて驚いたのかしら、ごめんなさいね」
「い、いえ!そんな…その、私は、フィーナと、申します」
「ふふっ、ごめんなさいね、私が最初に名乗るべきだったわね」
「いえ、知ってますので大丈夫です!」
「?…あら、何処かでお会いしたかしら」
「その、新入生代表の挨拶で、お目に掛かりました」
「あぁ、それで…」
「その…何かご用でしょうか?」
警戒している小動物みたいで可愛らしい。
ミリアとはまた違った可愛さがあり、学院での私の癒しになってくれるかもしれない。
「ふふっ、そう警戒しないで……そうね、今日の夕食をご一緒しましょう」
「え!?あ…その、ルベール様と私では釣り合いません!!」
「あら、私では不服かしら」
ちょっと拗ねた様に見せてみる
「っ!?いえ、寧ろ勿体無くて…」
「私がご一緒したいの。だから嫌で無いのなら、断らないで欲しいわ」
「……わ、わかりました」
(良し!落ちた)
「では、迎えに行くからお部屋を教えてくださるかしら」
「え!?いえ、私が行きます!」
「そう?ならお願いしようかしら。私は3階の一番端で……王城側の部屋ですの」
「わ、わかりました。夕食前に訪ねさせていただきます」
「嬉しいわ…では宜しくね」
そう言って私は、リンを連れて教室を出て行った。
周りからの視線を無視して………
ブクマとポイント評価ありがとうございます。