視察での衝撃的な光景
同気相求という言葉がある。
気の合う者同士は互いに求め合い、自然と集うようになること。といった意味であるが、コミュニケーションが取れる人は対象が多いような気もする。気の合う、というのは一緒に居て嫌でなければ良いのか、それとも一緒に居たいと思う程でなければならないのか、悩みどころである………
王妃様の目的とやらが一つ終わり、残りはゆっくり過ごせるかなと思っていた私。
しかし、その考えが甘いと思い知る出来事が発生してしまった。
それは夕食の時の事——
「あら、初めての香りね」
「本日の夕食で出しますの」
「内容は聞いても良いのかしら?」
事前の相談で、珍しい物を出す事となり夕食をカレーにしていたのだが、香りが強いので早々に王妃様に聞かれてしまった。
出した時の新鮮さが無くなってしまうが、聞かれれば答えなければならない。
「名をカレーと言いまして、スパイス……医薬用とされている植物を数種類使用して作った物です」
「あら、医薬用の……体には良さそうだけど、美味しいのかしら?」
「はい、とても…付け合わせはナンと言うパンに似た物を用意しております」
「そうなのね、来た甲斐があったわ」
(もしかして、食事も目的に含まれていたりする?)
目的は幾つあるの?と思いながらも、愛想笑いをしながら応対していく。
食事は王妃様のお願いもあり、私の家族と一緒に摂るそうだ。
他のテーブルで騎士の2人とリズィさんが摂る事になっている。
毒味は要らないのかと思い聞いてみたが、「ユリアを信じているわ」と言われてしまった。
騎士の2人は何か言いたげだったが、リズィさんは気にしていない様子だった。
そうして何事も無く食事が終わり、今日はもう終わったと油断していた私に、王妃様から提案をされた。
「ねぇ、ユリア」
「はい」
「明日の予定はあるのかしら?」
「……ございます」
明日は元々、リンと共にケンに管理を任せている畑等を見に行く予定であった。
「なら、私もご一緒して良いかしら?」
(……えー)
「王妃様自ら…ですか?」
「ええ、ユリアが普段何をしているのか、興味があるのよ」
「その…見ていて楽しいものでは……」
「大丈夫よ!気にしないで」
「…王妃様が…宜しいのであれば」
「なら、明日も宜しくね」
「…はい」
王妃様は機嫌良さそうにしつつ退室して行った。
もうどうにでもなれ、と思いながら諦める事にした。
父に向かい、フォローはどうしたという視線を投げかける。
気付いた父は、一瞬すまなさそうにした後、そっと顔を背けてしまった。
其れを隣で見ていた母は、「ユリアちゃん頑張って」と小声で言ってミリアを連れて行ってしまった。
(そう言えば今日はミリアが大人しかったな…)
先に母が言い含めてくれたのだろうと結論付け、さて明日はどうするかと思考を切り換える。
予定通りに進めて困る事は実の所無いのだが、私は兎も角他の人は王妃様には慣れていないだろう。
とても普段通りに行動できるとは思えない。
(砂糖関連の場所は避けようかな…)
ユリア自身が所持している普通の畑を中心に見て回る計画を立て、湯浴みを済ませてそのまま就寝する事にした——
翌朝朝食を済ませた後、王妃様と共に私の畑の視察へと向かった。
現地に向かう道中、馬車内で王妃様から昨日の夕食の感想を聞いたが、とても好評だった。
話の流れで献上した馬車の話題に移り、どれ程乗り心地が素晴らしいのかを語られたが、どうやら今回の訪問の決め手となっていたらしい。
私は自分の首を自分で締めていたようだ。
そして現地に到着し、馬車と馬を御者に任せ、最初の畑に来た時それに気付いた。
「あの…リズィさん」
「……はい」
「見えてますか?」
「…恐らく同じ物が見えているかと思います」
因みに私はリンだけを連れて来ているが、王妃様は護衛として騎士2人とリズィさんも連れて来ている。
今朝リズィさんには、様付けは止めて欲しいと言われたので、さん付けにした。
「あら?どうしたのかしら」
「これは…精霊でしょうか?」
「いえ、妖精ですね。しかし、この数は初めて見ました」
王妃様から質問が出るが、私とリズィさんはそれどころでは無かった。
目の前の畑一面に、数え切れない程の妖精が居た。それも、作物の世話をしている様に見える。
妖精の見た目は、前世で言う所のドリュアス的な感じで、植物に覆われた小人の様にも見える。
其々が嬉しそうに作物の状態の確認・水やり・害虫駆除をやっている。
(あの水は何処から出てるんだろう?……)
目の前の光景が衝撃的すぎて、気にする点がズレている。
すると、ルーが妖精の方に飛んで行った。
「………リン」
「はい!ユリア様」
「ケンを呼んできてくれる?」
「畏まりました!」
この時間、ケンは肥料の状態を確認している筈なので、呼んできてもらう事に。
「ユリア様、私にはユリア様の精霊が妖精に指示している様に見受けられるのですが…」
「…奇遇ですね、私にもそう見えます」
ルーが妖精さんに、あれこれ指示している様に見える身動きをしている。
話せないルーが、どうやって意思疎通しているのか不思議な光景だ。
「…もう、ユリアとリズィばっかり会話して、除け者なんて酷いわ」
「あ、失礼致しました。あまりにも信じ難い光景だったもので…」
「?…何かあったのかしら。普通の畑に見えるのだけど」
「え…と……」
「ユリア様、此処は私が…」
どう伝えようか悩んでいると、リズィさんが説明を代わってくれた。
「畑一面に、数え切れない程の妖精が居ます。そしてその妖精が、作物の世話をしている様なのです」
「あら、ユリアは精霊だけで無く妖精も側に置いていたの?」
「いえ、私も妖精は初めて見ました。それに此処に居る事も知りませんでした」
そんな話しをしていると、ケンが此方に向かって来るのが視界に入った。
「ユリア様、お呼びでしょうか?」
「ええ、ケンに聞きたい事ができたの」
「…なんなりと」
「でもその前に……王妃様、私の畑の管理を任せているケンという者です。リンの事は屋敷で紹介致しましたが、その兄に当たりますの」
「そう…利発そうね、今後も励みなさい」
「は!…勿体なきお言葉…今後も精進致します」
緊張して無さそうだ…ケンは結構大物なのかもしれない。
「それで、今回の視察はケンから届いた知らせがあったからなのだけど、何時から変化があったか覚えてる?」
そう、今回の視察は王妃様の訪問を知らせる手紙が来る少し前に、ケンから知らせがあったから計画していたのだ。
曰く、作物の育ちが良くなり、収穫物の品質が上がっているとの事だった。
「そうですね…ユリア様が王都からお戻りになってから、すぐだったかと記憶しております」
「………そう」
それを聞き、目の前の光景を見ると一つの仮説が浮かんだ。
「…ルー、おいで」
口元に魔力を込め、ルーに向かって声が届く様響き方を調整する。
すると、私が呼んだ事に気付いたルーが此方に戻って来た。
「ユリア様、今のは?」
気になったのかリズィさんが聞いて来た。
「魔法で拡声器の真似をしました」
「拡声器?」
「詳しくはまたの機会に」
「…わかりました」
目の前に来たルーが、何?といった仕草で首を傾げる………可愛い…では無く。
「ねぇルー、あの妖精達はルーが呼んだの?」
私の問い掛けに、ルーが嬉しそうに首を縦に振る。
どうやら思った通りだった様だ。
「妖精の子達は無理をして無いの?」
ルーは大丈夫だと言う様に身振りで示す。
「そう、なら良いわ、ありがとうね」
お礼と共にルーの頭を撫でる
「……ユリア?」
「あ…ええと、精霊の頭を撫でていたのです」
見えない人からすれば、私が突然空中に手を出して動かす変人に見えた事だろう。
想像するととても恥ずかしい。
「そう言えばケン、他の畑も同じ事が起きているのかしら?」
「はい。差は有りますが、総じて品質が上がっています。収穫がまだの物もありますが、成長の仕方を見るに、同じかと」
「そう…ありがとう。もう仕事に戻って大丈夫よ」
「失礼致します」
ケンが戻って行くのを見届け、王妃様に向き直る。
「王妃様、念の為他の畑にも視察に向かおうと思うのですが、如何なさいますか?」
「勿論、ご一緒するわ」
「…では次に向かいます」
帰っても良いですよという意図は無視されてしまった。
その後も4箇所を視察し、途中の移動で出したお菓子に喜ぶ王妃様にお土産にどうぞと約束したりと、面倒事は無いまま無事に終了した………
「お世話になったわね」
「満足いただけたのなら幸いです」
翌日、王妃様は予定通りに帰る事にした様で、馬車の準備中に別れの挨拶をしている。
「ユリアも、また会いましょうね。健康には気を付けるのよ」
「…王妃様も、お元気で」
「もう、ユリアにはそろそろ名前で呼んで欲しいわ」
「いえ…そういう訳には参りませんわ」
「ま、いいわ。次を楽しみにしておくわね」
実の所、私は王妃様の名前を知らないのだ。
貴族なのに知らない人はまず居ないが、私は興味が無かったので、教養を身につけた後すぐに忘れてしまった。
まさかこうして関わるとは思っていなかったのである。
「ヘアアイロンとお菓子は、もう馬車に積んであります。それから、お砂糖の一級品ができましたので、此方も試供品としてどうぞ」
「あら、嬉しいわ」
「……それでは、道中お気を付けください」
「楽しかったわ、ありがとう」
王妃様御一行が馬車に乗り込み、去って行くのを見届ける。
ここ2日の疲労が、どっと押し寄せてくる気分だ。
とはいえ、今後売り出す予定の商品を一部ではあるが王妃様が知り、試供品も渡しているので宣伝してくれる事だろう。
ユウ商会の商品も増え、父の許しも貰っているので、次は従業員確保の為に前から考えていた孤児院の建設も考えねばならない。
(とは言え…)
前世で言う所の孤児院とは内容が少しズレるので、呼び名を変えようと思っていたのだった。
(まあ何にせよ、今日の所はゆっくりして疲れを癒そう……)
その日はミリアを捕獲し、1日中構い倒して癒されたのだった——
「お父様、今日は以前いただいた候補地の、下見に行こうと思います」
「そうか、気を付けてね。供は必ず付けるんだよ」
「はい」
翌日、父の書斎を訪れ、外出前に今日の予定を告げる。
その後準備を整え、候補地を順に見て回る事にした。
候補地は全部で3箇所あり、どれも場所が近いので1日で回りきれるだろう。
そして最初の候補地は、山のすぐ側であった。
「んー…裏手に山があるのね。それに、川も流れてるのは何かに使えそう……他がイマイチだったら此処にしようかしら」
「ユリア様、今のお召し物で川に近付くのはお止めくださいませ。危険です!」
「あら、ごめんなさいね」
川を覗き込んでいたら、リンに注意されてしまった。
「さ、次に向かいましょうか」
「畏まりました」
2番目の候補地は、周辺には何も無い平原だった。
「此処は無しね」
「即決ですね」
「周辺に水場が無いわ。水道を引っ張る事もできない場所だから、水場の有無は重要なのよ」
「…成る程、流石ユリア様です!」
「さ、次よ」
「はい!」
最後の候補地は、湖畔であった。
「…澄んだ湖ね」
「そうですね…」
湖の水は、底が見える程に澄んでいた。
水草も生えていて、飲み水としても利用できそうだった。
一部の水草が揺れている。
「……ん?」
(水草が揺れる?しかも一部だけ?)
揺れている水草を注視していると、陰から亀が現れた。
「…亀?」
「?」
隣に居るリンが不思議そうにしている。
(あー……もしかして)
「ねぇスー」
「わふっ?」
「そこに居るのはスーと同じ精霊なのかしら?」
指を指して亀の方に注意を向けると、スーが私の肩から降りて走って行った。
そして水面を走り——
「えっ!!?」
「?…ユリア様?」
「あ、ごめんなさいね。何でも無いの」
(水面走れるとか今初めて知ったんですけど!)
亀の元へ辿り着いたスーは、何やら亀と会話?を始めた。
少ししてからスーが戻ってきた……亀を乗せて。
「スー?」
「わふっわふっ」
「え…と」
何を言いたいのかがわからない。
「キュー」
「……え?」
亀が…鳴いた?しかもキューって鳴くの?
ちょっと可愛いかも。
しゃがんで亀の頭を撫でてみる。
「どうしたの?」
「キュー、キュキュー」
「……ごめんね、よくわからないの」
「クゥーーン」
スーが前足を私の足に乗せてきた。
(?………もしかして)
「スー、連れて行きたいの?」
「わふっ、ハッハッハッ」
どうやら正解っぽい
「貴方は一緒に行きたいの?」
「キュー」
「…なら、名前を付けないとね」
「キュキュー」
「え…と、『クー』でどうかな?」
「キュー」
心なしか嬉しそうに見える。
良いみたいなので、そう呼ぶ事にしよう。
「わふっ」
スーがクーを乗せたまま私の肩に乗ってきた。
「全然重さが変わらないのね」
「あの、ユリア様」
「ん?…あ、ごめんなさいね。リン」
「いえ、私は構わないのですが、新しい子ですか?」
「そうね」
ケンとリンには、精霊については話してある。
ケンは兎も角、リンは私の専属になった時点で話さないという選択は無くなった。
「私も精霊さんが見えれば良いのに」
「ふふっ、仕方無いわ。見える人の方が少ないもの」
「…残念です」
「さて、本来の目的に戻りましょう」
「あ、そうでした。此処はどうですか?」
「ダメね。最初の候補地にしましょう」
此処に建てると、湖を汚す未来しか見えない。
「さ、今日はもう戻りましょう。お父様にも、場所が決まった事を報告しなくては」
「はい!」
こうして、行きと比べてお供が1匹増えた状態で屋敷に戻るのであった………
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