ゴブリンの巣(集落)へ突入
「ん~っ……はあ、良い天気。殲滅日和ね」
「そんな物騒な日和は聞いた事無ぇなぁ……」
体を伸ばしばがら呟く私に、律義にもツッコミを入れるダスティン。
今日は緊急依頼、ゴブリンの巣へ突入する日だ。
昨日は食事が終わった後、ダスティンと別れて冒険家ギルドにオーガを買い取ってもらいに行った。提出した時にはちょっとした騒ぎにもなったが、ギルドマスターの一声で場は収まりすぐに査定に取り掛かってくれた。
ギルドマスターが居たのは、ダスティンの言葉通りオーガを確認するつもりだったから。しかし、私が来ていない事を知り待ち構えていたのだそうだ。
査定待ちの間、ついでとばかりにギルドマスターと話す流れになった。
「1つ気になっている事があるんですが……」
「ん?答えられる事なら答えるが?」
「些細な事なんですが、何故冒険者なのに冒険家ギルドなんですか?」
「何だ、そんな事か……。まあ、当事者じゃ無いからふわっとした説明になるが、其れでも良いか?」
「はい」
「冒険者ってのは、今でこそ自分からなりたがる奴も増えちゃあいるが、昔は違う。其れこそ、住む場所も無く普通の職にも就けず、明日をも知れぬ程に貧しい生活をしていた人達が、生きる術として始めたのが切っ掛けだったらしい。だからだろうな、当時は見下してる連中も多かったらしいぜ。…まあ、今でも一定数居る訳だが」
その一定数の人達を思い浮かべたのか、ギルドマスターは苦々しい表情になっている。
「……世知辛いですね。其れで?」
「そんな反応は初めてだな……まあ良いか。そんで、少ない人数だとできる事は少ない。だが其れなら、人数が増えれば良い…と考えたみたいでな。自分達と同じ様な境遇の人を集め、増やしていったんだそうだ。結果、其れが功を奏したようで、時間は掛かったが拠点を構える事もできた。すると今度は、人数も人数だからと、呼称を決める話になったみたいでな。周囲の見る目を少しでも良い方向へ変える為に、危険を顧みない冒険をする者っつー事で“冒険者”と名乗り始めた」
「へえ……」
「んで拠点だが、元は大半が家すら無い人の集まりだったからな。自分達が帰る場所って意味で、冒険家と名付けた訳だ。其れから少しずつ人が増え、拠点も2つ3つと増えていったんだが、ある時転機が訪れたようでな」
「転機?」
「おう。当時、魔物の大暴走によって国難に陥ったんだが、其れを冒険者達が協力して解決に導いたんだとか」
「国難を?」
「そうだ」
「国は何をしていたのよ」
「まあ、その時代は未だ魔物についてあまり解明されていなかったらしいからな。国のお偉方や軍人達は、知識不足で相当な苦戦を強いられたようだ。だが、冒険者達は魔物の討伐もやってたから、その経験から得た知識を生かして魔物の大暴走に立ち向かったんだそうだ。相当な活躍だったらしく、当時の国王が冒険者へ深く感謝の意を示した。すると、当然だが周囲の認識も一気に変わり、正式に組織として認められた訳だ。その結果が、今の冒険家ギルドだ」
その頃は未だ、大暴走について知られていない時代だったようで、魔物に関しても積極的に狩ろうという意識が無かったそうだ。
「成程……」
「ああ其れと、国難っつってもこの国の事じゃあ無い。本部の置いてある国の事だ」
「なかなかに興味深い話でした。ありがとうございます」
「いや、このくらいなら構わんさ。……にしても、お前さんは変わってんな」
「そうでしょうか?」
「少なくとも、冒険者になりたがる人種には居ないな」
良くも悪くも、冒険者を目指す人は歴史…と言うよりも過去を気にしない人が多いらしい。
「そういや、そのマジックバッグ…だったか?」
「?」
「盗られないように気を付けろよ」
「あら?そんなに治安が悪いようには見えませんでしたが」
この街に来てすぐの出来事を忘れた訳では無いのだが、衛兵は真面目に仕事をしていた。対応は迅速且つ誠実だったように思う。
そういった事を考えていると、ギルドマスターから否定が入る。
「街の治安の話じゃ無ぇよ。他の冒険者に、さっきオーガを出す所を見られていただろう。見るからに便利な物を見て、何もしないとは思えないからな。交渉してくる奴はまだ良いが、無理矢理にでも…と考えるバカが居ないとも限らん」
「そんなクズが居たら、返り討ちにしますよ」
「………あー、何だ…程々にな」
「何故でしょう?他人の物を奪おうとするんですもの、自分の物を奪われても自業自得でしょう?」
「おいおい……。道具と人の命が等価だと思ってんのか?」
「価値観の相違ですね。向こうはマジックバッグに奪う程の価値を感じた。しかし、そんなクズに私は価値を感じない。寧ろ、生きているだけで害になるのですから、居なくなった方が余程世の中の為になるでしょうに」
「マジで勘弁してくれ。どっちにしろ、冒険家ギルドにとっちゃあマイナスだ」
私の言葉に頭を抱えるギルドマスター。
「其れこそ監督責任でしょう。組織の長なら、ちゃんと制御して然るべきだと思いますよ」
「……通達はしておく。だが、手痛い目に遭わせても責任は問わないから、程々で勘弁してやってくれ」
「そうですね……では、最初は見せしめに。その次からは再起不能にします」
「……………まあ、良いだろう」
渋々と、だが言質は取った。なので、そういう輩に遠慮するつもりは無い。
その後、私はオーガの売却金を受け取ってから宿へと戻った。
パーティーらしき冒険者達が、真剣な表情で話し合っている。
その姿を遠目に見ながら、私は再度ダスティンに作戦を確認する。
「其れで、あの一団が森へ入ってから私達が続くのよね?彼らが陽動として森の浅い場所でゴブリンと戦っている間に、奥に存在するであろう巣へ突入する感じで」
「あん?やけに念入りに確認するな……。まあ、用心深いのは良い事だな」
うんうんと何やら頷いているダスティン。
だが残念ながら、私は上空に待機しているテュールへ向けて聞かせる為にしているだけだ。この街には、精霊を見る事のできる人は居ないようだった。なので、今回はテュールに上空から見える範囲で森を確認してもらおうと思っての事だ。
もしダスティンの言うように、集落の規模でゴブリンの巣が存在するのであれば、上空からでも視認できる筈。
其れに、いくら予め決めていたとは言え、ずっと街の外で待機して貰っている状況というのは良心の呵責が……と言う程大袈裟な事でも無いのだが、申し訳無いと思っているのは事実だ。つまりは、暇潰しも兼ねて誘った。
「つっても、嬢ちゃんの言う通りだ。付け加えるなら、他の冒険者が戦闘を始めたと同時に透明化して欲しい」
「りょーかい」
「しっかし……こんな細い紐で大丈夫か?」
因みに、透明化した者同士は見える…なんていう事は無いので、透明化中の移動は紐を持って引っ張って誘導する事になっている。
「移動するだけなんだから大丈夫に決まっているでしょうに。心配性ね……」
「……まあ良いか」
「よーし、作戦を開始する!皆は各自手筈通りに、決して他のパーティーを邪魔するなよ!」
「「「「「応!!」」」」」
ダスティンが納得した所で、ゴブリンの駆除が始まった。
今回の指揮者は銀級の冒険者だと聞いている。ダスティンと同じでこの街最高の等級だが、ダスティンは私と奥に突っ込む―――潜入する―――役割なので、もう1人の方へ指揮の役割が当てられたらしい。
その指揮者の号令で、各冒険者パーティーは行動を開始する。
「んじゃ、俺等も行くか」
「そうね」
紐を掴んでいる事を確認した私は、ダスティンも含めて透明化する。
くいっと軽く紐を引っ張りつつ、森の奥を目指した。
道中の魔物を避けながら進んで暫く、其れ迄黙っていたダスティンは違和感を覚えたらしく、口を開く。
「表で惹き付けているとは言え、こうまで遭遇しないもんかね?」
「威圧してるもの。弱い魔物は、本能的に私達から逃げている筈よ」
こっちへ急ぎで移動している時と同じく、私は周囲を魔力で威圧していた。避けながら移動すると言っても、再々進路変更して行くのは面倒だし時間が掛かる。なので、端から遭遇しないようにした訳である。
「……は?」
「人には影響を与えないから安心して」
「いや、そーいう話じゃ無く……。つーか、だとしたら俺は必要無かったんじゃ……」
「何故?」
「そもそも俺が一緒に行動してんのは、魔法の詠唱をする時間稼ぎの為と、道中の雑魚を俺が相手する事で嬢ちゃんの体力を温存する為だったんだよ。……まあ、前者は昨日の時点で必要無いと判明した訳だが、だったら後者だけでもしっかり全うするかと気合入れて来てたんだぞ俺は」
表情は見えないが、どことなく落ち込んだ空気を感じる。
何となく罪悪感が……。
「……ま、まあ…新人の私だけじゃあ見落としもあるかもしれないし、確認を複数人でするのは必要じゃない?」
「…………其れもそうだな」
『見えたよ』
なんていう会話をしている間に、目標と思われる気配を感じた。と同時に、テュールからも発見の報せを受ける。
改めて気配を詳しく探った…のだが……。
「うわぁ……」
「ん?どした」
「数十匹どころじゃない数居るんだけれど……」
「――何!?」
道中にも居た同レベルの気配が、凡そ100。此れが普通のゴブリンだろう。
他に、やや強めの気配が2~30。其れより強い気配が6。
「――という感じかな」
威圧は既に止めている。
普通のゴブリンが巣から逃げ出そうとした場合、散らばられると困るから。
「おいおいおいマズいな…嬢ちゃんどうする?」
「どう…とは?」
「あん?雑魚は俺も居るから良いとして、やや強めってのが恐らく取り巻きだ。んで、その規模ならジェネラルもキングも両方居ると見て間違いないだろう。6匹の内の1匹が多分キングだ。この数だと、全部斃すのは無理だろうが」
数の暴力。
何処かで聞いた覚えのある言葉だが、純粋に相手が多いと手間取る上に殲滅は難しい。取り逃がす可能性は勿論の事、立ち回り如何によっては此方の身も危うい。
と、ダスティンは言いたいらしい。
「……一応、人らしき気配が無いから、斃すだけなら問題は無いの」
「――は?」
「問題は…素材が必要かどうかね」
「……………」
「普通のゴブリンは価値が無いと聞いたけれど、その上位種はどうなの?」
「あ?あ、ああ…いや、確かにジェネラル以上ともなれば、皮とかに使い道はあるっちゃあるが……状況が状況だからな、誰も文句は言わんだろうが………」
「が?」
「いやいや、無理だろう?」
「他の事を一切考慮しなくて良いのなら、この数を逃がさず全て斃すのは可能よ」
「……………」
何故だろう?未だ透明化を解いていないのに、ダスティンが頭を抱えている気がする。
「……逃がす心配は無いんだな?」
「そうね」
「森を燃やすとかでは無いんだな?」
「勿論」
「嬢ちゃんの身に危険がある訳じゃ無いんだな?」
「当然ね」
「……俺にも危険は無いよな?」
「私の前に出なければ大丈夫よ」
「……………」
多分悩んでいる…いや、葛藤しているのかも?
どちらにせよ、私としては任せて貰えるのなら話が早い。
「わかった、嬢ちゃんに任せよう」
「じゃあ後ろから出ないでね」
「ああ……」
ダスティンはやや後ろに下がった。
木々に隠れ、物理的に発見される心配の無い場所で透明化を解く。範囲が範囲なので、1つに集中したい。
私は目を閉じ、ゴブリン達の気配を正確に捉える。
その外側を囲むよう、徐々に魔力を浸透させ広げる。
魔力に敏感であれば、気付かれても可笑しくは無いのだが、ゴブリン達は気付く様子が無い。
(――囲めた……)
イメージは氷の牢獄。
範囲内の全てが凍てつく絶対零度の景色。
魔力を練り、想像した景色をそのまま現実へ移す。
「お、おい―――」
空気や地面、魔物を含む文字通り全てを呑み込むつもりで、魔法を行使する。
「――うわっ!?」
パキーーーンッ…という耳に響く音と共に、瞬時に目の前の景色が一変した。
見える物全てが氷に覆われ、周囲も温度の影響を受け始めている。
「おいおいこりゃあ―――――って、寒っ!!?」
「さあ、行きましょうか」
「ちょ、待ってくれ!入って大丈夫なのか!?」
「勿論……凍傷には気を付けてね」
「……其れは大丈夫とは言えねぇなあ」
何故か脱力した様子のダスティンが、肩を落とす。
私は気にせず、魔法を行使した範囲内へと踏み入った。
パキ、パキ…と踏みしめる度に音が鳴り、草等の細かい氷が砕けていく。
氷漬けになった木や花は、陽の光を浴びて煌いている。
「綺麗ね……」
「ああ…うん。そうだな、其処にゴブリンが居なきゃな」
「ちょっと、景色を楽しんでいたのに」
「ああ…うん。仕事、しような」
「其れもそうね、さっさと済ませて帰りましょうか」
「ああ…うん。そうだな、帰ろうな」
「……ねえ、さっきからどうしたの?」
返事が適当と言うか、気持ちの籠っていない言葉ばかりが返って来る。
「いやな…嬢ちゃんについては、もう何も考えない事にした」
「失礼ね」
「俺は真っ当だ」
やいのやいのと言いながら、氷漬け状態のゴブリンを確認していく。
大半のゴブリンはそのまま死んでいたのだが、体躯の大きいゴブリンは仮死状態となっていた。
案の定、ジェネラルとキングの両方が居た。
「流石は上位種といった所かしら」
「つーか、この状態で未だ生きてんのか?」
「仮死状態ね、面倒だからこのまま砕いちゃいましょうか」
「お、おう……」
私の言葉に何故か引き気味なダスティン。
私は魔法で、ダスティンは大剣で作業的に淡々と頭を砕いていく。
「討伐証明は?」
「この砕けた頭がありゃあ十分だ。残りは……融けりゃあ素材になんだろ。一応、持って帰れるだけ持って行こうぜ」
「りょーかい」
適当な大きさに砕き、マジックバッグへ収納していく。上位種とは言えゴブリン。直接素手で触りたくはないので、凍っているのは好都合だった。
「その鞄、どんくらい入るんだ?」
「内緒」
「……そうか」
ダスティンの質問を躱した(?)私は、念の為他に生き残りが居ないかを確認する。
手分けして全部確認したが、ゴブリンは全て死んでいた。
一部巻き込まれた動物も居たが、多分ゴブリンに狩られた食糧だったのだろう。死因は別だった。
「さて、もう問題無いでしょう?」
「そうだな、戻るか」
何故か、本当に何故か疲れた様子のダスティンと共に、仮拠点へと戻っていった。
ブクマと評価、ありがとうございます。