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番外編~ユリアの居ない学院生活~

 夏季休暇をユリアの家で過ごし、学院の寮へと戻って来た3人はお互いに同じ思いを抱いていた。


「とんでもない物を貰っちゃったわね」

「ですね。まあ、パッと見では気付かれないであろう見た目なのが救いですかね」


 別れ際、ユリアから貰ったポーチ。

 その実態はマジックバッグであり、内容量は小さな屋敷一軒分。

 ポーチ型は出し入れの問題で大きな物を収納できないが、其れにしたって細々とした物を纏めて入れられるだけでも十分役に立つ。しかも、亜空間に繋がっているのでポーチそのものに重量の影響は無い。

 その上で、魔力を登録した者にしか開け閉めができない防犯機能付き。


「取り敢えず、物の出し入れをする時は注意しましょう」

「え?何で?」

「じーっと見てくる人なんて居ないとは思うけどね……。でも万が一を考えると、ポーチのサイズでは考えられない量の出し入れをしていたら、変に思われるでしょう?」

「其れは確かに……」

「ですね。とは言っても、そんな頻繁に出し入れが必要な事も物も今の所無いですし、周囲に人が居るかどうかだけ気に掛けていれば大丈夫かと」


 寮での手続きが終わった3人は、ポーチの扱いに関して話し合いながら食堂に向かっていた。

 人前ではあまり物の出し入れをしない事で決着したのだが、その他には特に何も思い付かなかったというのが正確だったりする。

 食堂に入り、各々食事を貰って席に着く。

 食堂の席には幾つか種類があり、最小で2人用のテーブル、最大で8人用のテーブルがあり、3人は4人用のテーブルを利用している。ユリアが居た頃は丁度良く4つの席が埋まっていたのだが、今は1つ空いている。

 その結果、最近ではイリスにとって非常に困った問題が発生していた。


「おお!イリス嬢、君も此れから食事とは奇遇だね。相席宜しいかな?」


 例の困った君こと、クリプト・リィークルム。

 傷心中にイリスに優しくされ、以降何かと構って来るようになった。

 家格が上であり、今の所強引に事を運んでいない為、邪険にし辛い相手だった。


「ど、どうぞ……」


 イリスも、此処で「嫌です」とは言えず承諾する。


「おや、何時もながらその量で足りるのかい?」

「え?ええ…十分です」

「慎みのある君も素敵だね」

「……は、はあ」


 このやり取りも何度したかわからない。

 クリプトにとっては“小食=慎みがある女性”という謎認識があるらしい。

 理解できないイリスからすると、反応にとても困る。

 クリプトには以前、その地位の高さから常に数多くの取り巻きが居た。しかし、先日の騒動以降、厄介事は勘弁とばかりに誰1人として残らなかった。

 今も1人で行動しており、それ故にイリスを見つけると遠慮無く話し掛けているのである。

 そんな状況を見る周囲の目は、クリプトに向ける蔑みの視線やイリス達に向ける憐みの視線が大半を占める。

 居心地の悪さを覚えるのは、他の2人も一緒だ。

 クリプトの目的はイリスだが、殆どの行動を共にしているフィーナとルナリアも、周囲からの注目を浴びているこの状況は好ましくない。様々な視線の流れ弾を受けている気分だった。


「夏季休暇はゆっくりとできたかい?」

「え、ええ…。友人の家にお邪魔しました」

「おや、そうなのかい?なら次の休暇では俺の家に来ると良い」

「いえ、同性の友人宅でしたら兎も角、異性はちょっと……」

「ふむ、周囲の目を気にしているのかい?俺は気にしないんだが…そうだね、無理にとは言わないさ」


 積極的に誘いを掛けつつも、その後強引にはいかない。以前のクリプトならばあり得なかった光景だ。

 最初にその様子を見ていた周囲の人達の反応は、『意外』と『やっとか』の2つに割れていた。

 意外は“改心する”とは思っていなかった者達で、やっとかは“あれだけの珍事を起こして漸く”と思った者達だ。


 食事中、クリプトは自身の話は殆どせず、イリスの事ばかりを聞く。

 その行動原理は、自分の事は知られていて当然という思考の裏返しである。

 クリプトの事に興味の無いイリスからすると、自慢話を聞かなくて済む分には良いのかもしれないが、その代わりと言わんばかりに質問攻めに遭っている気分だった。

 そんな時間も、食事さえ終わってしまえば男子禁制の女子区域に逃げられる。


「あの、私達は食事も終わりましたのでお先に……」

「おや、食後にお茶でもどうだい?此処の食堂、休暇の間に新しい茶葉を仕入れたらしいんだ。何でも心地良い苦味と仄かな甘味があるとか」

「い、いえ…ちょっと用事がありまして……」

「そうかい?其れは残念だ」

「では失礼します」


 そそくさと片付けを済ませ、イリス達3人は食堂から退散した。





 自分に軽く頭を下げてから出て行く3人を見送ったクリプトは、残りを平らげてから席を立つ。


「……やっぱり、他の2人が邪魔だな」


 先程迄の張り付けたような笑みを引っ込め、真顔で思考に耽る。

 クリプトがイリスに好意を抱いているのは事実だ。しかし、其れは伴侶にしたいと言うよりも、妾に欲しいという謂わばお気に入りに対する感情だった。

 しかしながら、自身の思いとは裏腹に靡く様子を見せないイリス。その理由を、クリプトは友人の2人にあると思っている。多少の悪評が出回っていた所で、自身の地位や能力の高さから考えれば平民が靡かない理由など無いと本気で考えているのだ。


 クリプトは先日の騒動を反省していない訳では無い。父親から過去一番の本気で叱られ、通すべき筋、道理を無視していたと感じ謝罪もした。

 だが、其れだけだった。

 其れ迄の態度が改善される事は無く、自然体で何処か人を見下している。その雰囲気を感じ取った人から離れていき、今に至る。

 問題が起きれば悪評が流れる。その事実は貴族社会では当然の事だと知ってはいたが、クリプトは自身に向けられるとは考えていなかった。故に、いざそういった環境に身を置いた時、想像以上に厳しいものだと実感し傷心した。

 イリスに声を掛けられたのは、丁度そんな頃だった。

 イリスにしてみれば、落ち込んだ表情で困っている状況を放置できなかっただけ。しかし、クリプトからするとその優しさがとても嬉しかったのだ。

 以来、イリスはクリプトのお気に入りになり、姿を見掛けると積極的に話し掛けるようになった。


 ただ、その本質が変わった訳では無いクリプトからすると、現状に不満が募っていた。

 そしてその不満は、お気に入りのイリスでは無く何時も傍に居るフィーナとルナリアへと向けられていった。


 ――自分より優先される存在が気に入らない。


 とは言え、思うがままに行動すれば、後々先日の騒動と似たような問題に発展する恐れがある。

 そう考えたクリプトは、寮の自室に帰ってすぐに使用人を集めた。


「「「お呼びでしょうか」」」

「ああ。お前達には、調査と誘導を頼む」

「調査…で御座いますか?」

「そうだ、イリス嬢の行動に関しては此れ迄通り。加えて、今後は何時もイリス嬢と共に行動している2人の監視、及び俺がイリス嬢と会う際に2人きりになれるよう誘導しろ」

「「承知しました」」


 クリプトの下した命令に、何の躊躇いも無く頷く2人に対し、1人だけ無言のまま考え込んでいる使用人が居た。


「何だ、不満でもあるのか?」

「……いえ。ですが、監視は兎も角、誘導は難しいかと思われますが……」

「其処を何とかするのがお前達の役目だろう」

「………畏まりました」

「フンッ」


 クリプトは、表立って騒ぎを起こさなければ問題無いと考えていたが、その方法は何も考えていなかった。今のイリス達との関係上、フィーナとルナリアを引き離すには口実が無い。当然だが協力者を募る事もできない。となると、使用人達が取れる行動は選択肢が少なく、物理的に……という事になる。

 その事に思い至った使用人が諫める意味も込めて疑問を呈したのだが、手法も含め丸投げされてしまった。彼はクリプトの父親から監視の任を仰せつかっており、クリプトが此れ以上問題を起こさないようにそれとなく注意するよう言い含められていた。

 ただ、直接的な対応は禁じられており、ありのままを報告するよう厳命されていた。

 結果、クリプトの暴走ともとれる行動は止められず、この後の報告の事を思うと憂鬱になっていた。

 其れに比べ、クリプトは今後の展開を思い、1人ほくそ笑んでいた。


 ――ただ一つ誤算があるとすれば、ユリアから過剰とも言えるレベルの防犯用の魔具をイリス達が複数貰って身に着けている事実を、クリプトは知らなかった……………。





 夏季休暇が終わり、学院が始まって早1週間。

 イリスは相変わらず接してくるクリプトに、ストレスを溜めていた。


「もう、限界……」

「結構持った方じゃない?」

「ですね。私だったら、3回目くらいには発狂してる自信がありますよ」

「や、其れもどうなのよ……」


 フィーナとルナリアは、イリスの愚痴をルナリアの部屋で聞いている所だった。

 最近、ルナリアの実家の蚕の件が無事片付き、経営が上向いてきた事もあって使用人が新たに雇われ、1人がこの学院寮へと派遣されて来た。

 その使用人はルナリアとも旧知の仲で、口も堅い。

 この使用人が来てからは食堂に行く頻度も下がり、ルナリアの部屋で食事を摂ってからそのままお茶にという流れが出来上がっていた。

 その分、クリプトとの遭遇も減ったのだが、其れに反して一度の会話時間が伸びてしまい、イリスのストレスも限界となってしまった。


「ねえ、もう“あの人”を頼った方が良いんじゃない?」

「あー…そうですね。私もその方が良いと思いますよ?借りがどうのとか言ってる場合でも無いですし、この状況ならユリアさんも気にしない……どころか、今迄何故我慢し続けたのかって怒りそうですよ」

「……そう、ですね」


 フィーナの言う“あの人”とは、アクォラス公爵家の令嬢であるセイルティールの事である。

 ユリアが卒業してから、ちょくちょく気に掛けてくれており、フィーナ達にも「困った事があれば(わたくし)を頼ってね」と申し出ていた。

 しかしフィーナ達は、セイルティールがユリアと仲良くしていた事を知ってはいるものの、ユリアの友人だからと安易に頼れば借りになってしまうと考えていた。


 実際の所、セイルティールは父親であるアクォラス公爵から使用人の件での恩を少しでも返す為にと、助けになれる事があれば惜しみなく協力するように言われている。また、セイルティール自身もユリアに好意を抱いているので、父親の言葉が無くとも自身の行動の内で済むのならば積極的に動く気であった。予想外にもユリアは飛び級により卒業してしまったが、友人を助ける事でユリアの為にもなるのであればセイルティールに否やは無い。


 そしてその借りは、自分達で返せない内容だった場合、最終的にはユリアを頼る事になってしまうと3人は考えていた。

 だからこそ、今迄セイルティールに頼る事を避けていた。

 だが、そうも言ってられない状況になりつつある。


「まあ、明日は授業で話せる機会もあるし、私から言ってみるわ」

「いえ、お願いは私が自分でしようと思うので、時間を取って貰う方向で話をして貰えると……」

「ああ…其れもそうね、了解よ」

「お願いします」


 その後は疲労したイリスを労い、早めに就寝するようにと解散した。



 翌日、セイルティールはフィーナから事情を聞き、急なお願いに快く頷いた。

 その様子は『待ってました』と言っているようで、頼られた事を嬉しそうにしていた。

 詳細については当人からという話になり、では早速…と集合予定の場所へ2人―――加えて使用人多数―――で向かっていると、目的の場所近くが騒がしくなっていた。


「?……騒々しいですわね」

「………嫌な予感がします」


 フィーナが急ぎ足で近付くと、騒ぎの原因が見えてきた。


「そのように危険な魔具(もの)を持ち込むとは何事だ!!」

「貴方方が悪意を持っていなければ問題はありませんでした」

「そうです!邪な考えを抱いていたのでしょう!?」

「何だと!?」


 やいのやいのと言い争う声が聞こえたフィーナは、一瞬間に合わなかったかと焦ったのだが、2人の無事な姿を確認して安心する。どうやら防犯用の魔具が作動したようで、相手の1人は自身の手首を抑えているのが見える。

 と、此処で同行者の存在を思い出し、チラリとセイルティールの様子を伺う。


(――っ!!?)


 セイルティールはとても冷めた眼差しで、ルナリア達と言い争っている者達を見ていた。


「……あの2人、見覚えがありますわ。そう…、愚か者の従者は同じく愚か者だったようですわね」

「え?では、あの使用人の方達は……」

「ええ、件の方の使用人ですわね」


 そう言った直後、セイルティールは喧騒の中に進み出る。

 気付いた野次馬達は道を譲り、傍観の構えを解かない。その様子に少々呆れつつ、フィーナはセイルティールについて行く。


「もし、其処のお二方」

「あ?なん―――」

「――えっ!?な、何故貴女が此処へ……」


 声を掛けられた事に苛立ち、乱暴な言葉を投げかけようとした2人は、声のした方を見て絶句する。

 其れはそうだろう。

 セイルティールは、王家を除けば生徒の中で最も位が高い。

 そんな存在が、突然自分達の争いに介入してきたのだから、慌てても仕方の無い事だろう。其れも、今迄監視してきた中で、セイルティールとは多少会話する事があっても、特別仲が良い訳では無い程度にしか思っていなかったのだから。


「何故、か弱い女性に対し乱暴を働いたのですか?」

「らんっ……ご、誤解で御座います!寧ろ我々の方が無体な仕打ちを受け、抗議していた所なのです!」

「そ、そうですとも!!」

「あら、見解の相違があるようですわね。(わたくし)の目には、乱暴を働こうとして返り討ちに遭った、というように映っておりますが……」

「そのような事実は御座いませんとも!」

「そうです!冤罪です!!」

「……だそうですが、貴女方のご意見は如何でしょう」


 押し問答になり埒が明かないと判断したのか、セイルティールはルナリアとイリスの方へ言葉を向ける。


「名乗りもせず、急に用事があるからついて来いと言い始めたのです」

「其れに、私達が嫌だと言ったら無理矢理連れ去ろうとしました!」

「――なっ!?適当な事を言うんじゃ無い!!」

「適当じゃありませんし、証拠もあります」

「証拠だと?今この場に我々のやり取りを最初から見ていた者が居るとでも言うつもりか!!?」

「そんな者など居ないだろうが!!」


 最初、この場には当事者であるこの4人―――加えてルナリアの使用人1人―――以外に人は居なかった。

 其れもその筈で、ルナリアとイリスを監視していたこの2人は、人気が無くなったタイミングで移動中だった2人に声を掛けたのだ。見ている者が居ない事は確認済みだった。

 しかし、イリスはそんな事は関係無いとばかりに、自身が下げていたネックレス―――に見える魔具―――を外し、全員に見えるよう持ち直す。


「此れは、映像と音声を記録する魔具です」

「「……は?」」


 突然の言葉に、使用人2人はポカンとした表情で声を洩らし、セイルティールも声こそ洩らさなかったが、表情は似たようなものとなっていた。

 そして其れは野次馬も同じで、ざわめきが止み静寂がその場を支配する。

 逸早く正気を取り戻したのは、流石と言うべきかセイルティールだった。


「……其れは、事実なのでしょうか」

「勿論です。この魔具は、ユリアさんが私達の身を案じて贈ってくださった特別な物です」

「成程……。でしたら、その魔具にこのお二方が乱暴を働こうとした瞬間が記録されている……と、そういう事ですのね?」

「はい!」

「――ふざけるな!そんな魔具(もの)の存在は聞いた事が無い!!出鱈目を抜かすな!」

「お疑いでしたら、実際に記録を確認すれば宜しいかと……。お二方の言うように、誤解であれば其れで解決する筈です」

「そっ、な…何も、其処迄……」

「当然の対応です。このような場で不適切な行動をしたのであれば、相応の罰を受けて頂かなければなりませんもの」


 静かな、それでいて威圧感のある有無を言わせぬ声に、野次馬を含めたその場の全員が沈黙する。

 反論が無い事を確認したセイルティールは、更に続ける。


「では、参りましょうか……。このような場で続ける内容でも御座いませんでしょう?」


 言い終わると同時に、セイルティールの使用人が進み出てクリプトの使用人達が逃げないよう拘束した。


「ルナリアさん達も。丁度良い場所を存じておりますので、(わたくし)に付いて来てくださいな」


 言いながら、先導を始めるセイルティール。

 フィーナ達が其れに続き、セイルティールの使用人達はクリプトの使用人達を引っ張って行く。拘束された2人は既に諦めた表情で項垂れている。



 離れた場所で物陰からその様子を伺っていた人物は、呆れた表情で深く溜息を吐く。


「はあ……。考えられた可能性で、最も悪い展開じゃないか。御当主様も、何故直接の諫言をお許しくださらなかったのか。権限さえ頂いていれば、このような事態も避けられただろうに……」


 隠れていたその男―――クリプトの使用人―――は、誰にも見つからないように注意してその場から立ち去った。

 そしてその男は、今の主では無く本来の主に向けて報告する事を優先した。



 教師立会いの下、映像と音声を確認し証拠を示した後、クリプトは呼び出しを受けた。

 急な事に、内心で悪態を吐きながらも表面上は素直に従っていたクリプトだったが、部屋の扉を開けてすぐ固まった。その場に並んでいる面々を見て、驚愕したのだ。


「……立ち止まっていないで入りなさい」


 そう言葉を投げかけたのは学院長。事が事だけに、映像を確認した教師がその重要性を認識して急ぎ報告し、その足で連れて来ていた。学院長は今年変わったばかりで、就任後すぐに起きたトラブルなので放っておく訳にはいかなかったという理由もある。

 クリプトはその言葉にハッとし、表情を取り繕って入室する。その内心は荒ぶっていた。


「失礼します」


 入室したクリプトは、改めて室内の面々を見回す。

 人の多さに訝しみ、セイルティールが居る事に鎌首をもたげ、自分と目を合わせようとしない使用人2人を見て状況を察する。


 失敗した事は悟っていた。

 予定していた場所でイリスとは会えず、待ちぼうけを喰らったからだ。使用人達が戻って来なかったのも、失敗した所為で戻り辛いのだろう程度に考え、戻ってきたら思いっきり八つ当たりしてやろうとさえ思っていた。

 だが、その失敗もまさか“返り討ちに遭って”言い争いに発展していたとは思ってもみなかった。精々が、予想外の行動を取り接触できなかったのだろうくらいにしか考えていなかったのだ。

 そんな折、予想外にも使用人達が戻ってくる事は無く呼び出しを受けた。


「……其れで、何故呼ばれたのでしょうか?」


 状況を察しながらも、クリプトはしらばっくれる事にした。

 そのあまりにも堂々とした態度に、学院長はやれやれと首を横に振る。


「君の使用人が行った不始末、どの様に責任を取る気かね?」

「おや、不始末とは…いったい何をやらかしたと仰るのでしょうか」

「自分は知らぬ…と?」

「ええ、寮の自分の部屋で勉強をしていたもので……。てっきり、使用人達は自分の仕事をしていると思っておりました」


 答えながら、クリプトは強気な態度を崩さない。知らぬ存ぜぬで通せると、本気で思っているからだ。

 しかし、その余裕は次の学院長の言葉で崩れ去る。


「……残念じゃな。自ら謝罪の言葉を口にすれば、廃嫡は免れたというに………」

「――は?」


 聞こえてきた内容に理解が追い付かず、クリプトは呆気に取られた。

 と、そのタイミングで部屋の扉が開き、最後の1人が入って来る。

 その人物を見て、自分の使用人だと気が付いたクリプトは、続けて放たれた言葉に更に混乱する事になる。


「御当主様からの伝言です。「お前のように、余所様に迷惑を掛ける息子はもう要らん。今日この時を以って廃嫡とし、学院を退学させる。餞別に入寮の際に持ち込んだ物はくれてやるから、何処へなりとも消えるが良い」との事です」

「なっ!?ば、バカな!!俺が居なくなったら誰が次期当主に―――」

「つい先日、親戚筋から養子を取る事が決定したそうです。なので、その方が次期当主になるという事だと思われます」

「――!!?」

「其れから、主を諫める事もせず盲目的に従っていた使用人も必要無いとの事です。其方のお二人も、本日を以て解雇だそうですので、屋敷に戻る必要は無いそうですよ」

「そ、そんな……」

「どうして……」

「理由なら先程述べた通りです」


 にべもないその言葉に、がっくりと項垂れる使用人2人。

 クリプトはその様子を見て、ある事に気が付く。


「そうか!お前、父上にチクりやがったな!?」

「私を雇っているのは御当主様です。その表現は、些か正確では御座いません。逐一報告を行うのも、立派な私の仕事です」

「くっ…ば、バカにしやがってぇ……」

「実際に馬鹿でしょう。反省したかと思いきや、内面はまるで変わっていない。その時点で、御当主様のお言葉を理解していないのだと、何故気が付かないのです」

「こ、この…黙っておれば好き放題言いおって……」

「おや、貴方が何時黙っていたと?」

「覚悟し―――――くぺっ!?」

「其処迄じゃ。はぁ、やれやれ…連行せよ」

「「はい」」


 魔法を使おうとしたクリプトを、学院長が当身でもって気絶させた。

 魔力制御が拙いクリプトは、魔法を使う際に発生する魔力光が駄々洩れだった。その為、魔法を発動するよりも早く学院長が動けたのだ。

 学院長の指示で、同席していた教師達がクリプトを運び出す。


「さて、其処な2人も荷物を纏めて出て行くがよい」

「ですが―――」

「言い訳は不要じゃ。うぬらの罪は、先程同僚であった彼から聞いた通り。寧ろ、生温い処罰なのじゃから素直に聞き入れるべきじゃな。見る者が違えば、次期当主を間違った道へと陥れた大罪人として処罰されても可笑しくは無いぞい」

「――っ……」

「……連れて行け」


 反論する気を無くしたものの、足取りの重い使用人2人を残りの教師が連れ出していく。

 其れを見送った後、学院長はフィーナ達を順に見て、最後にセイルティールで目を留める。


「今回は仕方が無かったとは言え、今後はあまり無茶をせんようにな」

「承知しましたわ。学院長、ご協力ありがとう存じます」

「よいよい。若人を助けるのもまた、年長者の努めじゃて」


 朗らかに笑う学院長に、フィーナ達の気も緩む。

 大丈夫とは思っていても、いざとなれば緊張が強いられるものだ。

 漸く終わったのだと実感し、緊張も解けた。


「所で……」


 と、好々爺然としていた学院長が、今度は目を爛々と輝かせ始める。


「先程の魔具、1つ譲って貰う訳にはいかんかの?」

「……大変申し訳御座いませんが、あれは私達の身を案じてくれた友人からの贈り物ですので、例え大金を積まれたとしても手放す気はありません」

「そうか……残念じゃが、今回は諦めるとしよう」

(今回……)


 内心で『うへぇ~』と思いつつ、フィーナは顔に出すまいと努力した。

 今回()という事は、今後また交渉してくる気があるという事だ。

 学院長がユリアに突貫しない事を願いつつ、フィーナ達は改めてお礼を言って寮へと帰った。



「セイルティール様、今日は本当に助かりました」

「あら、(わたくし)はほんの少し口添えをしただけですわ」

「その口添えがあったからこそ、あそこまで迅速に対応して貰えたのだと思います」

「私もそう思います。口添えして頂き、ありがとうございました」


 セイルティールは謙遜したが、事実公爵令嬢である彼女が口添えしたのは大きい。

 幾ら学院では身分差は関係無いと公言していても、其れは授業を円滑に行う為といった意味合いが大きく、揉め事への対応ともなれば話が変わってくる。良い印象を与えておけば、学院を卒業した後でも何かしら懇意にして貰えるかもしれないという打算だ。相手の階級が高ければ高い程、その恩恵は大きくなる。


「其れでその…お礼を……」

「必要御座いませんのよ」

「えっ…いえ、そういう訳には……」


 きっぱりと断るセイルティールに、素で驚き慌てて言葉を重ねたイリスだったが、その理由が本人の口から語られる。


「ユリアさんには我が公爵家一同、大きな借りが御座いますの。ユリアさんの大切なお友達の為であれば、(わたくし)喜んでお手伝い致しますのよ」

「そう…なんですか?」

「ふふふふ、驚いてますのね」

「其れは勿論そうですが…でも、やっぱり何も返さないというのも……」

「でしたら、偶にはお茶に誘っても?」

「えっ!?あ…はい、大丈夫です」

「私も構いません」

「私もです」


 予想外のお願いに、吃驚しつつも了承するイリス。フィーナとルナリアも、其れに続いて了承の意を示す。


「お茶の席で、(わたくし)の知らないユリアさんのお話を聞かせていただければ十分ですわ」

「ユリアさんの話……ですか?」

「ええ」

「わ、解りました」

「ふふふふ、楽しみですわね」


 話の流れでお茶の約束や、ユリアについて話す事を了承した3人。

 その後、意外にも趣味嗜好が其々3人の誰かしらと気が合う事が判明し、度々開かれるお茶会は毎回盛り上がる事になるのだが、其れはまた別のお話……………。


ブクマと評価、ありがとうございます。


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