姉妹の今後
「姉さん!」
「メイ!!」
ひしっ!…と抱き合う姉妹。
妹の方は純粋に嬉しそうな表情を、姉の方はちょっと泣きそうな潤んだ瞳をしている。美しき哉姉妹愛。
うん、良い………。
紳士は多くを語らない。………紳士じゃないけれど。
「体調は崩していないかい?」
「うん」
「しっかりと御飯は好き嫌いせずに食べているかい?」
「うん」
「きちんとお礼は言ったかい?」
「勿論だよ!」
「……お手伝いをしてるんだって?」
「そう!しっかり働いてるよ!!」
「そうかい。……妹を助けてくれてありがとう、ユリア」
メイの頭を撫でながら、一つ一つ質問を重ねるレイ。一通り聞いて満足したのか、最後は私にお礼を言ってきた。
レイと契約を交わした後、私は幾つかの疑問に答えた。
その中には、私自身への質問の他に、妹であるメイの事も含まれていた。
メイを保護した時期。
心身共に無事なのかどうか。
今はどんな生活をしているのか。
今後、メイをどうするつもりだったのか等々……。
戦時中だと私が知っていた事実は、伏せて説明した。其れこそ、別の大陸から来た私が知っていたら可笑しいからだ。
そして、私が態々海を渡って別の大陸に向かった理由については、明言を避けながらメイから聞いた事にしている。と言っても、溺れたメイが具体的な場所を知っている筈が無いので、ちょっと無理矢理だがメイの話しぶりから大体の場所を予想した事にした。
その話を聞いたレイは、思った以上にすんなりと信じ、私の誘いに乗った。
ただ、先ずは何よりも妹の無事を確認したいと言ったので、メイに会わせる事にして転移で一緒に跳んで帰って来た。
そんなこんなで、養蜂場に行って事情を説明し、メイに時間を作ってもらい姉妹感動の再会と相成った訳である。
落ち着いた頃を見計らい、私は今後の予定を話す。メイにも向こうの大陸の事情は説明した。
「貴女達の御両親は避難しているという事だし、落ち着く迄はこっちで過ごしてもらおうと思うの。ただ、メイはこのままで良いとして、レイはどうしたいとかはある?」
「おや、私が決めても良いのかい?」
「よっぽどの無茶じゃ無ければ大丈夫よ」
「そうかい?……なら、できればで良いから研究を続けたいかな」
少しだけ言い難そうにしながらも、レイは自分の希望を述べた。
「研究に関しては大歓迎だけれど、続けるという事は向こうの資料を全部持ってくるって事?」
「そうだね。しかしまあ…その為には君の協力が不可欠だからね、可能な限り……ああいや、場所の提供だけでも助かるよ」
研究内容は頭に入ってるからね…と続けたレイ。
その表情には若干の諦めが感じられる。
恐らく、研究資料とやらは膨大な数になる筈。となると、何度か往復する必要があるとレイは思っているのだろう。
私の亜空間については、契約を交わした際に見せているので軽く説明したのだが、細かくは言っていない。なので、容量やどんな物を入れられるのか等をレイは知らない。其れに、転移での往復は其れだけ魔法を行使するという事なので、そう簡単に運べるとは思っていないのだろう。普通なら魔力が足りない。
向こうの大陸と此方の大陸の常識の差を私は知らないが、其れでも大きな差があるとも思えない。そういった意味では私は自分が普通では無いという自覚はあるし、知り合ったばかりのレイはその事実を知らないのも無理は無い。
ただ、全部言葉だけで説明するのも理解してもらう迄に時間が掛かりそう……。
――という事で、私は色々と説明を省いて手伝う旨を伝える事にした。
「準備をしてから、一度向こうに戻りましょうか」
「えっ!?……良いのかい?」
「勿論。だって、資料もだけれど、研究対象とやらも居るのでしょう?まあ、先に場所の確保をしないとだけれど、私は構わないから」
「いやしかし……大変じゃないのかい?」
「大丈夫大丈夫、1回で済ませるから」
「……………助かるよ、本当に……」
返答迄に様々な葛藤が見られたが、最終的にはその全ての言葉を呑んでレイはお礼だけ口にした。
その表情は心なしか呆れているようにも感じた………。
レイとの話は纏まったものの、研究を行える施設はそう簡単に用意できる物では無い。……普通なら。
私は、念の為という理由を無理矢理作るタイプなのだ。其れは関わった事柄全てに適用され、想定以上に役に立っている。
今回の件も、その念の為が良い方向に作用した。
漁村予定地である南の海沿いに、監視用の塔―――見た目は塔では無い―――の他に幾つか建築物が存在する。
その建築物の中には地下に造った物もあり、家財道具一式揃えた部屋と、何も物を置いていない部屋があったりする。簡単に言うと居住スペースと、利用する人物に合わせて、何かしら必要な物を用意する為のスペースだ。
そんな地下スペースに、場所と必要な物を確認する為にレイとメイを連れて来た。メイは姉の事なので気になるだろうと思い一緒にどうかと誘った所、二つ返事で行きたいと言われたのだ。
「おお!素晴らしい広さじゃないか!!」
「広いね、姉さん」
案内してすぐ、部屋の広さに喜んでいる2人。
「喜んでもらえて光栄だけれど、家具が足りてるかとか他に必要な物を教えて欲しいかな」
苦笑しながら私がそう言うと、ハッとした表情になるレイ。
「そうだね……正直な話、生活必需品はそんなに要らないかな。向こうの物も全部収まりそうだしね。ただまあ、消耗品の補充というか購入はどうしたら良いかな?」
「贅沢品で無ければ原則支給するから安心して。他に欲しい物があれば、最初は給料からの天引きで処理しましょう。慣れてきたらお店を紹介するから、自分で買い物に行っても良いし……」
「そうかい?私は助かるが、君は……あっ、今後は雇用関係になるのだし、君呼ばわりは宜しくないかな?」
「いえ、そのままで構わないわ。…其れで?」
「ああうん。君は大変じゃないのかい?ちょっと話を聞いただけだが、其れでも忙しそうだと思ったんだけど……」
「其れなら気にしないで、調達するのは他人に任せるし、運ぶのも時間掛からないし」
必要な物をリスト化して、揃えるのは商会員の誰かに任せる気でいる。運ぶのも亜空間に収めて転移すればすぐだし、大した手間も掛からない。
「……なら、お言葉に甘えるよ。いずれは自分で……あれ?」
「どうしたの?」
「いや…今更なんだが、言葉は通じるのかい?あまりにも自然に会話していたから気付かなかったが、国が違えば言語が違う事もある。ならば、違う大陸である此方で言葉が通じなかったとしても不思議では無いんだが……」
「姉さんの言う通りだよ?」
「ん?そうなのかい?…じゃあ、メイはどうしてるんだい??」
「べんきょー中なの!」
えっへん。と、胸を張ってドヤ顔しているメイ。
レイは絶賛混乱中。
そして私に向き直り―――
「どうして君は話せるんだい?」
――至極当然な質問をしてきた。
其れこそ今更な気もするが、私は其れに関しては正直に話す気は無い。
「勤勉なのよ」
「……え?」
「勤勉なのよ」
「いや、聞き直したかったんじゃ無くだね……」
「勤勉なのよ」
「……………」
「勤勉な――」
「解った、解ったから。もう聞かないよ」
勝った。
「でも、言葉は教えて欲しいね。慣れてからと言っても、買い物に限らず外に出るのなら言葉が通じない事には始まらないだろう?」
「其れならメイに教わると良いわ。教材も渡してあるから。其れに、さっきは勉強中って言っていたけれど、今でも十分話せてるから」
「私としては助かるが、メイにそんな時間はあるのかい?」
「?……わかんない」
「あら、一緒に住めば良いじゃない。今でもメイは養蜂場には通いなんだし、大丈夫でしょう」
「いやいや、どの辺りかは知らないが、此処からだと遠いんじゃないのかい?」
「ん?距離なんて……ああ、そうか」
最初は何を言っているのかと思ったが、よくよく考えれば転移扉の事は話していなかった。
「転移扉って物があってね……」
対で使うタイプと複数をリンクさせるタイプがあると説明する。
「凄いじゃないか!!…まさか、この大陸では当たり前に使われているのかい?」
「其れこそまさかよ。私にしか作れないし、売ってもいないわ」
「……と言う事は、此れに関しても?」
「ええ、他言無用ね」
「了解だよ。まあ、無いのが普通だしね」
「此処と、今メイが住んでいる場所とを繋ぐから、生活のメインをどちらにするのかは任せるわ」
「そうだね。その辺はメイと話し合うよ」
話は着き、レイが急ぎで必要な物もリストにして貰った。
その後は、じゃあ早速とばかりに転移と亜空間を駆使してレイの研究所から資料を運んだ。その時、確保したばかりだと言っていた研究対象も連れてくる話になった。その研究対象は羊……にしか見えない動物で、名称はラムル。……其れを聞いて『ラム肉じゃねぇか』と思った私は悪くない。
レイが来てから暫く経過した。
その間、宣言通りレイは研究を続けながらメイと一緒に言葉の勉強を行っていた。早い事に、片言ながらも日常会話が少しできるレベル迄習得している。
此方での生活も慣れてきて、そろそろ一度くらいは買い物に連れて行くのも良いかもしれないと思っていた矢先、レイから相談があるという連絡が来た。
レイの許を訪れた私は、メイが一緒に待っている事に驚いた。
何度か様子を見に来た時には、メイが居た事は一度も無かった。日中に訪れていた所為もあったのだが、今も本当であれば養蜂場で働いている時間だった。
「態々呼び出してすまないね。飲み物はほうじ茶で良いかい?」
「ええ、ありがとう」
お茶は私がレイとメイに淹れ方を教え、茶葉も提供していた物だ。何種類か試してもらい、レイが気に入ったのがほうじ茶と昆布茶で、メイが気に入ったのがほうじ茶と緑茶全般だった。
私は淹れてもらったお茶に口を付け、一息入れる。
「其れで、相談って言うのは?…メイも居るって事は、メイにも関係があるのでしょう?」
「ああうん、其れなんだけどね……私がこっちに来たばかりの頃、向こうが落ち着いた後も此方で研究を続けないかと誘ってくれただろう?」
「そうね」
「君は返事は向こうが落ち着いてからで良いと言ってくれたけど、私はその誘いを受けようと思うんだ」
「良いの?戦後に状況が変わってるかもしれないのに」
「う~ん…いや、より立場が悪くなる事はあっても、良くなる事は無いと思うよ。過去にも、戦争が起きた後は魔法士がより重用されるようになっていたからね。期待はできないさ」
「そうなのね」
「其れどころか、研究費が全カットされるんじゃないかと予想してるんだ」
「……そんなに馬鹿なの?」
「アッハッハ……」
明言はしなかったが、笑って誤魔化している時点で意味は無い。
「其れに、ぶっちゃけてしまえば此方の方が過ごし易いうえに研究が捗るんだよね。土地も貸してもらってるし、研究費用だって以前よりも多いくらいだし……。もうほんと、至れり尽くせりだよ」
「そう言ってもらえるのは嬉しいけれど、メイはどうするの?」
「あ…ええと、その……」
「私から言うよ。メイの事については、向こうが落ち着いてから両親に相談する事になるけど、できれば私と一緒に此方でお世話になれればと思ってね。ただ、その場合にメイは今と同じ仕事で良いのかどうかを聞きたかったんだ」
「今のって、養蜂場の?」
「そうだね。今は帰る迄の一時的なものだと聞いてるし、メイは残る場合にどうなるのかが不安らしい」
「そうなの?」
思わぬ発言を聞き、私はメイに尋ねる。
「は、はいぃ……」
何故か萎縮しているメイ。
ひょっとして、怖がられているのだろうか……?
(何で?)
疑問に思う私に気が付いたのか、レイが答えを教えてくれる。
「ああ…メイは自分から“お願い”をするのが苦手なんだよ。その度に、よく父に叱られていてね。まあ私からすると、細かい上に言う必要の無い事迄言いやがってって気持ちだったから、メイは悪くないと思うんだけどね」
レイ曰く、メイが何かを強請ったり何かをやりたがった時には、必ずと言って良い程に父親が口出ししていたらしい。其れも、諫めると言うよりはケチを付けて止めさせていたのだとか……。
その所為で自ら希望を言う事に苦手意識があり、最近では黙って行動するようになっていたそうだ。
幸いにも、大事になったのは今回の一件だけで、其れも私が発見し保護した事で最悪は逃れた。
ただ、その事もあって余計に“お願い”を口にする事に大分躊躇いがあったらしい。
「成程ね……。まあ、気にしなくても大丈夫よ。もし此処に残る事になったのなら、メイが養蜂場の手伝いを続けたいなら続ければ良いわ。他にやりたい事ができた時も、改めて相談してくれればその時に考えるし」
「あ、ありがとーございます」
「うんうん、良かった良かった」
メイの萎縮は少しマシになったようだ。
レイはそんな妹を眺めながら、しきりに頷いている。
相談も終わり、少し雑談を交わしてから私は帰った。
レイが残る事となり、メイも残りたいという嬉しい誤算があった。
其れに伴い、今後の計画を練り直したり新しい魔具を作ったりしていると、あっという間に時間が過ぎていった。
そして、遂に王妃様とのお茶会の日がやって来た―――――
ブクマと評価、ありがとうございます。