研究者の正体
「ええっと…話を整理すると、町に人が居ない理由ははっきりと解らない。けれど、恐らくは戦争が起こった所為で避難したものと思われる。そういう事よね?」
「うん、そうなるね」
レイから話を聞いたのだが、残念ながら推測の域を出ない回答だった。
現地民として其れはどうなのかと思いつつ、其れは其れとしてこの危機意識の無さは大丈夫なのかと心配になる。
町の住民が避難しているという事は、此処が戦場になる可能性があるという事でもある。
此処は町から離れているとは言え、誰も来ないとは断言できない。場所こそ目立たないが、入口の扉が目立っているのだ。視界に入れば調べに来ると思われる。
「其れで、避難場所の心当たりは?」
「……さあ?」
きょとんとした表情で首を傾げるレイ。
其れで良いのだろうか……?
「じゃあ、貴女はどうするの?」
「どうとは?」
「いや、避難しないのかって話なんだけれど……」
「しないさ。研究は私の仕事だが、趣味でもあるんだ。何時迄掛かるか解らない戦争の為に避難するなんて、考えられないね」
「そ、そう……」
「何の研究をしておるのじゃ?」
「――良くぞ聞いてくれた!!」
「ぅおっ!?」
身を乗り出し、やや興奮気味な様子のレイ。その正面に居たティアは思わず仰け反った。
「研究の内容は動物の飼育方法の確立―――特に食肉用として育て、より美味しくする事を求めているのさ!と言っても、元々は自然界でしか繁殖や成長しない希少動物の飼育―――家畜化―――を可能とする研究だったんだがね!!ある時、途中迄上手くいっていた個体が同時に2体突然死してしまって、そこそこ育っていただけにとても残念だったんだ。だから私は供養の為と思ってその2体を食した。するとどうだろう?同じ条件で育てた筈の2体が、肉の弾力や旨味で明らかな差がついていたんだ!!その時はどちらの肉もシンプルに焼いただけだったから、調理法で差が付いた訳では無いのも明らか。と、なるとだ!成長する過程で何かしらの違いがあった筈なんだよ!!だけどとても残念な事に、当時の私の記録ではその違いが何かを判断する事ができなかったんだ。で、あればだ!今度はより美味しく育てる為の記録も取ろうと思うのは必然という訳なのさ!!」
「そ、そう……」
(やばい、半分くらい聞き逃した)
予想外の勢いとマシンガントークに、レイの話があまり頭に入って来なかった。
ただ、研究に熱を入れているのはとても理解した。……とても。
「話だけじゃあピンと来ないだろう?是非とも私の研究の成果を一部見ていって欲しい!」
「え?あ、ちょっ……」
研究について触れた事が余程嬉しかったのか、私達の返事を待たず、奥の部屋へと行ってしまった。
その様子を見るに、戦争の事は完全に頭から抜け落ちているとしか思えない。
(もうほんっと―に、大丈夫なんだろうかこの人……)
初対面なのに、何故こんなにも心配しなきゃならないのだろうか。
此れで悪人なら放置して立ち去る所なのだが、どうにも憎めないし愉快な人だからか、放っておくのも気が引ける。
幸い、この近くは未だ戦場にはなっていないようなので、気の済むまで研究語りしてもらった後にでも避難させた方が良いだろうか?
「行かんのかの?」
「ん?あ、ああ…そうね、行きましょうか」
考え込んでいた私は、ティアに促されて移動した。
「いやはや、家族以外で此処に人が入ったのは初めてだよ」
「そうなのね」
通された部屋は、レイ曰く研究室らしい。
足を踏み入れた瞬間、表で感じた異臭に襲われる。
中央には作業台らしき物が鎮座しており、血痕があちこちに付着している。掃除はしていないのだろうか?
外側には壁が見えなくなる程に並んだ棚があり、そのほぼ全てがサンプルケースのような物で埋まっていた。一部は透明な容器で、液体に浸けられた内臓らしきものが見える。その内の幾つかはどう見ても脳だ。正直グロい。
この部屋は耐性の無い人が入ると大変な事になりそうだ。
そしてティアは、意外(?)にも興味深そうに室内を見回している。
「記録を含めた研究資料は、別に保管庫があるから此処には無いんだ」
「いえ、他人の研究成果をあれもこれもと見たがるほど無神経では無いわ」
「ははっ、大袈裟だなあ……。そりゃあ成果を横取りされるのはムカつくけど、君はそんな人じゃ無いだろう?なら、見るくらいは気にしないさ」
「そ、そう……」
(今日が初対面なのに、何故そんなにも信用するのか……)
――お人好し?
そんな疑問が頭を過ぎるが、こんな場所で研究しているのを鑑みるに、其れも何か違う気がする。
「因みに、ついこの前迄の研究対象―――――被検体はヤックルだったんだ」
「ヤックル……?」
「あれ?知らないのかい?」
「……初めて聞くわね」
(この大陸の事は未だ知らないし)
「そっか。まあ、有名な動物でも無いし、知らなくても仕方が無いのかな?一部地域では獲物とされていて、狩りの対象なんだよ。…羊と鹿は知ってるかな?」
「ええ、其れなら知ってるわ」
「その2種を混ぜたような見た目でね、動きはそんなに素早く無いんだけど力が強い動物なんだ。肉は筋張ってて噛み難いし、味はイマイチ。だから、好んで食べる人は居ないかな?でも、毛皮が高品質で色々と使えるから家畜化を試みた人も居るんだよ。だけど、上手くはいかなかった。そんな訳で、野生からしか獲れないし生息地が狭く数が少ないっていう理由もあって、高級品になってるね」
「そのヤックルの研究は上手くいったの?」
「う~ん……。半分成功で半分失敗かな?家畜化の足掛かりは掴んだんだけど、安定はしなかったね。でも、肉の品質を上げる事は出来たんだ」
言いながら、レイは棚から2つのケースを取り出す。
「此れはそのヤックルの肉で作った保存食だよ。と言っても、普通の干し肉にした物と燻製にした物の2種類しか残ってないんだけどね。まあ、他は日持ちしないから仕方が無いよね」
(ほう…こっちには燻製肉が当たり前に存在してるんだ……)
そのままケースの蓋を開け、私達に中身が見えるように傾ける。
「1つずつ食べてみるかい?」
「良いの?残り少ないんじゃ……」
「構わないとも。ヤックルの研究は終わったからね、肉だけが残ってても意味は無いのさ。其れに、幾ら肉の品質を上げたとは言っても毎日食べていると飽きてしまうしね。消費してくれると嬉しい」
「そう…なら、遠慮なく……」
私とティアは、一切れずつ貰って口に含む。
そして、最初の一噛みで驚く事になる。
(む……全然筋張ってない。其れに、噛む度に滲み出てくる旨味と、鼻から抜ける香りが素晴らしい!)
此れが素が筋張っていた肉とは信じられない。どころか、噛む瞬間の弾力も、燻製特有の物で硬いというよりも歯応えがあるという表現の方が相応しい。更に、噛んだ瞬間に鼻から抜けていく香りは、独特ながらもクセになりそうだ。
「美味いのじゃ!!」
ティアも気に入ったらしい。とても嬉しそうな表情をしている。
食事は必須では無いが、嗜好として美味しいものを食べたがる事が間々あるティアは、意外にも味にうるさい。
「ふふふ…美味しいだろう?そんなに喜んでもらえるなら、苦労した甲斐があったというものさ」
「こんな上等なものに仕上げたのなら、家畜化が成功する迄研究を続ければ良かったのに……あっ、聞いたらマズい事だった?」
「ああいや、問題無いさ。理由は簡単だよ、途中で横槍が入ったからだね」
「……横槍?」
「そうさ。…ある時、何処から聞きつけたのか、軍のお偉いさんから研究成果を献上しろって命令が来てね。未だ途中だからって断ったんだけど、逆らうなら反逆罪で一族郎党しょっ引くぞって言われてね」
「何其れ……」
「理不尽だろう?でも、流石に家族に迷惑は掛けたくなかったからね。仕方なく“終わってる研究じゃない”って内容の注意書きを添えて献上したんだ。だけどその後、お偉方の中で試した人達から『全く上手くいかない!騙したな!!』って苦情が来てね。まあ、その時は別の真面なお偉いさんが注意書きを指摘してくれて事なきを得たんだ。…でも、其の所為でプライドを傷つけられたとかいう信じられない理由で研究費は大幅カット。どうにも、騒いだお偉いさんが予算を管理してるところと仲が良かったみたい。以降、研究に必要な物は全部自分で揃えなきゃならなくなったってオチさ。元々半分家を出ているようなものだったから、其れを切っ掛けに本格的に此処で生活し始めたんだ」
いやはや困ったねと苦笑しているレイは、先程迄の元気が無い。
……やはり余計な事を聞いてしまったかもしれない。
(ん?待てよ……?)
レイの研究熱、才能は今見た通り。其れに燻製肉も作れる。
そして、今この辺りは戦争の所為で危険である。
(避難ついでに好きに研究して良いからと誘えば……意外といける?)
人材不足は割と深刻。
レイには研究ついでに燻製の技術を活用、教授して欲しい。私も多少は解るが、素人知識よりは確実に上だろう。
人柄はこの短い間でも何となくは理解した。少なくとも、人を騙すような性格はしていないし、金銭的な意味で欲に走る事は無いと思う。
残る不安材料は家族関係だが……今でもあまり会っていないのなら、会いたい時にでも会えるよう約束すれば……いや、月に何度か決めた方が良い気もする。
「ぬ?此れは何ぞ?」
私が思考に耽っていると、不意にティアが声を上げた。
「ん?どうしたんだい?」
「何やら紙切れが落ちておったのじゃが、置き手紙ではないのかの?」
「おや、落ちていたのか。道理で見当たらない筈だね」
レイはティアから手紙を受け取り、読み始める。
「そう言えば、前に掃除したのは随分と…まえ……だ……………」
「??」
喋りながら手紙を読んでいたレイは、途中で言葉を詰まらせる。
「た、大変だ!妹が行方不明になっている!!」
「え?」
「ぬ?」
「と、兎に角!この手紙を読んでくれ!!」
「え、ええ……」
言いながら、読んでいた手紙を私に渡してくる。……その手は震えていた。
先程の、研究について語っている時の楽しそうな雰囲気から一転し、泣きそうになっている。
この様子だと、説明を求めるよりも手紙を読んだ方が早いだろう。
そう思った私は、受け取った手紙に目を通す。
(最初の方は娘を心配する内容だから読み飛ばして………えっ!?)
レイの近況を心配する内容から始まり、戦争が始まるから町人全員で避難するという内容に移る。勿論何処に避難するのかも書いてある。
読み進めていた私は、その後の文章に自分の目を疑った。
『――其れから、メイは一緒に居るんだろう?家を出て随分と経つから、一度くらいは家に戻るように言って欲しかったよ。まあ其れは其れとして、その研究所も無事とは限らないから、ちゃんと避難するように。良いかい?この手紙を読んだら、すぐに避難するんだよ』
この手紙を見るに、親御さんはとても心配されているようだ。
しかし問題は其処では無い。
(メイって、あの娘の事だよね……?)
先程のレイの様子から察するに、家を出たというメイが妹なのだろう。
そして、偶然にも私がひろ……保護した少女の名もまたメイと言う。
よくよく考えてみれば、メイから得た情報には姉が居た。其れも、海に出る前に会いに行ったが会えなかったと……。
状況証拠しか無いが、名前も一致するしほぼ間違い無いだろう。
チラッとレイの様子を伺うと、かなり動揺しているようで「どうしよう…まさか、メイが家出するなんて……」とぶつぶつ呟いている。
「あーっと…このメイって名前の娘が貴女の妹さん?」
「え?あ、ああ…そうだとも」
「私ね…少し前に、砂浜に打ち上げられていた女の子を助けたんだけれど、その女の子の名前がメイってい―――」
「本当かい!!?」
「――え、ええ……」
もの凄い勢いで私の肩を掴み、至近距離に顔を寄せるレイ。目は見開いており、若干血走っていてちょっと怖い。
「じ、じゃあ妹は無事なのかい!?」
「そうね、元気にしているわ」
「……………良かった」
レイは妹が無事だと知ると、脱力したのか膝から崩れ落ちて床に座り込んだ。
かと思いきや、今度はハッとした表情になり私を見上げる。
「な、なら…妹に会えるのかい?」
「まあそうね。会おうと思えば会えるわ」
「会おうと思えば……?」
含みを持たせた私の言葉に反応したレイは、目線で続きを促してくる。
其れを見て少し悩んだ私は、まあ目的が前後しても構わないかと結論付ける。
「一応、貴女をメイに合わせる事は可能なの。けれど、その為には私と契約してもらう必要があるわ」
厳密には、今すぐに会いたいのなら……という言葉が頭に付くのだが、敢えてそれは言わなかった。
「契約?…態々そう言うという事は、普通の契約では無いのだろう?」
「そうね、魔力による縛りがある契約よ」
「なっ……君は、魔法士なのかい?」
(ん……?)
私の言葉に驚いた後、何やら警戒されてしまったようだ。
何かマズい事を言っただろうか?
其れに、私は別に魔法士という訳でも無いのだが、此方の大陸での魔法士の定義を知らないので何とも言えない。
「まあ、そういう認識で良いんじゃないかな?」
「おや?……ひょっとして、君はこの国の所属では無いのかい?」
私の反応から、レイは自分が何か勘違いをしていると判断したらしい。
少しだが警戒心が薄れ、今度は疑問符を浮かべたような表情になっている。
「そも、この大陸の生まれですら無いわね」
「えっ!!?そうなのかい!?」
「あら、信じるの?」
「……いや、正直半信半疑だが…でも、少なくともこの国の魔法士では無いと確信しているよ」
「そうなの?」
「勿論だとも。さっきの話に戻るが、一部を除いて私の様に理不尽な目に遭う研究者は多いのさ」
「一部…ね」
「気付いたかい?…そうさ、その一部が魔法の研究者だよ。他は有力貴族かその親族くらいだね。魔法の研究は国是にもなっているから、とても優遇される。だから、この国の魔法士は殆どが研究者になるんだよ。ちょっとした事でも成果として認められるし、私達の様な一般的な研究より多大な支援を受けられるからね。其れで優越感があるのか、傲慢な輩が多いのさ」
「其れはまた……」
何とも研究のし甲斐が無い事だ。
その話が本当ならば、この国の研究者の大半は、さぞ肩身の狭い思いをしている事だろう。
「呆れるだろう?」
「そうね、他に言葉が思い付かないくらいには」
「あっははは。私が言い出した事とは言え、君もなかなかにはっきりと言うねぇ……。まあけど、そういった訳で、君はこの国の魔法士とはかけ離れていると思ったからね。魔法って聞いて一瞬だけ警戒してしまったけど、すぐに違和感を覚えたのさ」
「成程」
「ああすまない、話しが逸れてしまったね。其れで?君の言う魔法で縛る契約なんて、私は初耳だよ?」
「魔法じゃなくて魔力……」
「あはは、魔法が使えない身からしたら、どちらも変わらないさ」
「そういうもの?」
「そういうものだとも。んで、具体的にどういった内容なんだい?」
興味津々といった様子で聞いてくるレイに、私は契約用の紙を亜空間から取り出して説明する。
「つまり、破ろうとするとペナルティが発動するんだね」
「最初は警告で激痛が、其れでも尚続けようとすると気を失う。その後、更に同じ事を繰り返せば死ぬ事になるわね」
「……いやはや、怖いね」
「まあ、このペナルティを入れる人は少ないわね。重要度によって変わるのが基本だけれど、其れこそ私の場合は重大な秘密に関わる時にしか使わないから」
「ふむふむ。つまり、それ程重大な秘密が絡むのかい?……私の妹に会うのは」
「理解が早くて助かるわ。さっきも言ったけれど、私はこの大陸の生まれじゃ無いの」
「……其れで?」
「では、どうやってこの大陸に来たと思う?」
「……………想像が付かないな。その言い方からして、船って事は無いんだろう?」
「そうね」
「となると……魔法かい?」
「正解」
私が笑顔でそう言うと、レイの頬が引き攣った。
「いやはや…君は私の知る魔法士では無いね。どうやら埒外の存在らしい」
「初対面の相手に失礼ね」
態と拗ねた表情でそう言った。
「ああ、そう言えば初対面だったね。ごめんごめん、全然そんな気がしなかったよ。其れより、契約内容を教えてくれるかな」
「あら?良いの?」
「勿論。君が嘘を吐くような人じゃないとは思うけど、やっぱり直接妹の無事を確かめたいからね」
「そう。……内容は“私の事を他人に伝えない”の1点だけよ」
「伝えない……?」
「ええ。“話さない”だと、紙か何かに書いて伝えられるでしょう?」
「ああ、成程ね」
「一応言っておくと、私と契約を交わした者同士は大丈夫よ」
「そうなんだ」
「じゃないと、不便な事もあるもの」
「其れもそうだね」
納得したレイは、すぐに契約書にサインした。
そして、目を爛々と輝かせながら身を乗り出した。
「で、だ!さっきこの紙を取り出した時の事を聞きたいんだが!?」
好奇心が刺激されたようで、レイはその後も私に質問を続けた。契約を交わした以上、不都合の無い範囲で話しても構わない。なので、私はレイの質問に答えていった。
それにしても、研究者の正体がメイの姉だったとは……………。
ブクマと評価、ありがとうございます。