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海を渡る


「「「お世話になりました」」」

「また来ると良い」


 夏季休暇の滞在期間が終わり、フィーナ達3人は最後に私の父へお礼の言葉を。


「ではお父様、皆を送ってきますね」

「ああ、気を付けて」


 皆の忘れ物が無い事を確認し、転移で学院のすぐ傍へ。


「おお、本当にあっという間ね」

「ですね、非常に便利です」

「私達も使えるようになりませんかね……」


 言いながら私を見る3人。

 その少し期待するような表情に苦笑しながらも、私は残酷な現実を突きつける。


「残念ながら、必要な魔力量が圧倒的に足りないわ」

「……因みに、どのくらい要るの?」

「ざっと10万くらいね」

「「「……………」」」


 唖然とした表情の3人。

 其れはそうだろう。この先も修練を続けたとして、最終的に増える魔力量では恐らく足りない。

 鍛え始めたのが遅かったというのもあるだろうが、それ以前に私と違って3人共魔力の回復が遅い。その分、1日に増える魔力保有量も微々たるものとなってしまう。

 とは言え、こればかりはどうしようもない。


「まあまあ、転移扉があるんだし、必要な場合には協力するから」

「そ、そうね。できないのが普通なんだし、其れでも十分恵まれているのよね」

「そうですよね」

「さ、さあ!学院に戻って、手続きを終わらせてしまいましょう!」

「……そうしましょうか」

「あ、ちょっと待って」

「ん?」

「何ですか?」


 学院に戻ろうとする3人を引き留め、私は亜空間からある物を取り出して渡した。


「此れは……」

「ポーチ?」

「丈夫な素材ですね」

「ふふん。所謂、マジックバッグという物を作ってみたの」

「「「……え(へ)?」」」


 見た目はウエストポーチで、その実亜空間を繋いで固定化した魔具である。


「取り敢えず魔力登録をしましょうか」

「どうやれば?」

「や、イリス順応早いから!ユリア、マジックバッグって……」

「創作物で良く見るアレよ」

「その…容量は……?」

「小さな屋敷分くらいかな。でも、間口よりも大きい物は入らないからその点は注意してね」

「十分だと思います」

「さ、良いから早く魔力登録をしましょう。蓋部分にある魔石に魔力を流せば、その人しか開けられないようになるから。……あっ、でも開けっ放しにしてると他の人も中身を取り出せるから気を付けてね」

「何と言えば良いのか……」

「まあまあ。助かりますから良いじゃないですか」

「………そうね」


 なんやかんや言いながらも、3人は魔力登録を済ませる。


「どういう理屈?」

「魔力紋と言って……えっと、指紋の魔力版みたいなものを利用して……」

「ほほう」

「なる…ほど?」


 不思議そうにする3人だが、何となくは理解した模様。

 魔力には個人差―――特徴―――があり、似通った魔力はあっても完全に同じ魔力は無い。その点を利用したものであり、商会で利用している転移扉にも用いられている。


「貴重な物をありがとうございます」

「「ありがとう(ございます)!」」

「言うまでも無いと思うけれど、他の人には気付かれないようにね」

「「「勿論!!」」」

「テストも兼ねてるから、壊れたら遠慮無く教えてね。それじゃあまた」

「「「また(ね)」」」


 3人を見送り、無事に学院内に入っていったのを確認した私は再び転移で帰った。



 家に帰って来た私は、先ずティアを迎えに行く事にした。

 夏季休暇の間、ティアには別の場所で過ごしてもらっていた。理由は単純で、イリスとルナリアさんがティアの存在に若干のトラウマを抱えているからだ。それ程に初対面の時の衝撃が強かったのだろう。

 ではフィーナはと言うと、意外にも全然気にしていないらしい。寧ろ、記憶が蘇る切っ掛けとなっただけに、逆に感謝していると言っていた。

 そんな訳で、ティアは漁村予定地の監視塔(見た目は塔では無い)で過ごしている。


「……遅いのじゃ」


 久々に会ったティアは拗ねていた。


「仕方が無いでしょう。ティアに苦手意識があるのに、同じ屋根の下ってのは精神的に辛いものがあるのよ」

「むぅ……」


 此処迄あからさまなのは珍しい。

 しかも、そんな態度の割には私にくっついているのだ。

 ……寂しかったのだろうか?


「まあ、また暫く一緒に居ても大丈夫だから。機嫌直して」

「ぬぅ…わかったのじゃ」

(離れる気は無いと……まあ、良いけれど)


 ついでに他の用事も済ませてしまおう。


「引っ付いているのなら、落ちないようにね」

「ぬ?何をするのじゃ??」

「他の大陸に行ってみるのよ」


 メイが居た大陸に行く。

 此れは、前々から考えていた事だ。

 レイエルは半年程待った方が良いと言った。しかし、いざ行こうとした時に、メイを連れてどう行こうかと私は悩んでいた。

 船を用意するのは現実的じゃない。なので、空中を移動して行こうと考えていたのだが、メイと一緒に行くのは少し面倒だと判断した。

 であれば、大陸には先に行っておいて、連れて行くのは転移で済ませようと思ったのだった。

 他に、テュールにお願いする事も考えたのだが、最近は不在がちである。

 テュールは私と契約した後、今の世の中―――主に精霊の現状―――を見たいと言って、定期的に余所を文字通り飛び回っている。

 最初は近場だけだったのだが、段々と遠くにも行くようになってきたので、最近は不在にしている期間が長くなっている。逆に言えば、終わりが近付いてきたという事でもある。

 テュールとは、離れていても念話で話せるので呼ぼうと思えば呼べる。しかし、他に手段があるのに呼ぶのはちょっと抵抗が……。

 という訳で、先の結論に至った次第だ。


「妾も行くのじゃ」

「なら、落ちないようにね」

「其れはつまり、飛ぶのかの?」

「そうね、跳んで行くから」

「うむ、承知したのじゃ」


 何となく“とぶ”のニュアンスがティアと私で違った気がするがスルー。

 しがみ付いてきたティアの背中に腕を回し、範囲を指定してティアごと転移。

 先ずは見慣れた群島の上空に。足場は空気を固定した。


「ぅおっ!?」


 何やらティアが驚いているようだが、気にせず更に転移を続ける。

 レイエルから聞いた大陸の場所は、群島から更に真直ぐ進んだ先。明確な距離までは教えてくれなかったが、方角が解っていれば問題無い。

 最早転移した数を数えるのが面倒になってきた頃、其れらしい大陸が見えてきた。


「あれかな?」

「……………」

「あら?どうしたの?」

「こ、怖かったのじゃ……」


 どうやらティアは、一面が海しか見えない上空での移動が怖かったらしい。不死ではあるが、苦痛は感じる。才能に潜水があるものの、もし溺れた場合、息苦しさを延々と味わう事になると想像しゾッとしたようだ。


「此処からは地上だから大丈夫よ」

「う、うむ」


 ティアが落ち着くのを待ち、私達は移動を開始した。

 因みに、今回のお供はスーとムー、其れから珍しくクーが一緒だ。


 上陸した大陸は今の所、一面が草原と所々に生えた木々しか見えない。

 この辺りには、人が立ち入ったような形跡が無い。開拓されていないようだ。

 周辺の様子から、歩いて移動する事は早々に諦める。どのくらい時間が掛かるのか見当が付かないからだ。

 見える範囲で転移を繰り返し、数回程で道らしきものを発見した。


「……どっちに行こうか?」

「ぬ?……向こうが良いのじゃ」


 独り言のつもりで呟いた私の言葉に、ティアが答える。見れば、向かって右側を指していた。


「直感?」

「うむ。何となくじゃが、向こうの方が良い気がするのじゃ」

(さて、どうするか……)


 ティアの才能に、直感や其れに類するものは無い。

 とは言え、現状では特に判断材料が何も無いのだから、ティアの言う方へ向かっても良い気がしてきた。


「まあ、考えてもしょうがないし、行きましょうか」


 結局、ティアの指した方向へ移動する事にした。


「それじゃ―――「ワフッ」―――ん?」


 では早速……と、転移しようとした私をスーが止めた。

 どうしたのかと思いスーを見遣ると、身体をピトッと私にくっ付けながら、何かを期待するような目で私を見ている。


「乗れって?」

「ワフン」


 合っていたようで、軽く頷き満足そうにするスー。うちの子可愛い。

 体躯が大きくなったスーは、何かと私を乗せて走るのが好きなようで、こうして距離のある移動の際には乗れと催促してくるのだ。

 ただ、注意しなくてはならない事もある。

 ある日偶然、スーに乗った私をユニコーンのユニシィが発見してしまった。その結果、数日の間ユニシィが拗ねてしまったのだ。あの時は御機嫌取りに相当苦労したので、以降ユニシィが居る可能性がある近くではスーに乗っていない。

 ただでさえ、私は遠乗りに行かない。更に、長距離の移動では転移するので、普段馬に乗る必要も無く、結果ユニシィに乗って移動する事も無い。見られると少なからず騒動になるという理由もある。でも、引き取っておきながら放置するというのは私の気が引ける。

 その為、月に何度かはユニシィを連れて散歩に出かけるのだ。と言っても、乗馬という訳でも無く、ユニシィ的には私の傍に居られれば何でも良いらしく、半日くらい湖の付近で寛いで過ごした事もある。反対に、人の多い場所は嫌いなようなので、町や村も避けなければならない。

 まあ、此処ではその心配をする必要が無いので、私は遠慮無くスーに乗ってティアを抱える。


「行きましょうか」

「ワンッ!」

「ゴーなのじゃ!!」


 一吠えしたスーは張り切っているようで、結構な速度で走り始めた。ティアは楽しそうだ。

 そう時間を掛けず、町らしき場所に到着して防壁が見えてきた……のだが―――


「……誰も居ない?」

「その様なのじゃ」


 ――こういった場所には必須の筈の、門番らしき人を含め誰も居なかった。


(ひょっとして、この辺りにも戦争の影響が……?)


 既に避難したのだろうか。

 私は感覚を研ぎ澄ませ、人の気配を探る。


(少なくとも町の中に人は居ないっぽい。セシリアみたいに完全に気配を断てる人が居れば別だけれど、こんな状態の町中で気配を断つ理由も無いし……ん?)


 町の中に気配は無い。

 しかし、町から少し離れた場所に僅かながら1人分の気配を感じる。


「スーあっちへ向かって」

「ウォン」


 気配のする方を指し示し、スーに移動を促す。

 その場所には、木や岩に隠れるようにして入口が存在していた。


「隠す気はあるのかの?」

「……多分ね」


 場所そのものは、木や岩で隠れているのだが、石造りの扉が異彩を放っている所為で全然隠れていない。

 ティアの疑問に答えながら、扉をノックする。石造りだからか音が響かない。


「……反応が無いのじゃ」

「そうね」

(さて、どうしようかな)

「中に居るのかの?」

「1人だけ気配があるの。ただ、其れが避難して此処に居るのかどうかは解らないけれど」

「入ってみるかの」

「ダメに決まってるでしょう。押し入ったりしたら、心証最悪でしょうに」


 敵対した相手なら問答無用で侵入するのだが、此処に居るのがどういった人間かが解らない現状では宜しくない。今後の付き合いがあるかは定かでは無いが、できれば話を聞きたいところなので、最初から険悪な関係にはなりたくない。

 さてどうしようか……と悩んでいると、中の気配が動いた。


「出てくるみたいよ」

「ならば良かったのじゃ」


 ギィィィイィィ―――――


 見た目よりも重そうな音を立てて扉が開く。

 中から出てきた人は、長髪のスラッとした体形……というよりは痩せ型で、目の下の隈が酷い所為で不健康そうに見える。ラフな格好で、羽織っている物は白衣にも見える。そして少し汚れている。


(赤いのは……血?)


 扉が開いた瞬間、僅かに異臭を感じた。

 その異臭の原因は、ひょっとすると血なのかもしれない。

 そう思った瞬間、もしかして面倒事に首を突っ込み掛けてる?と思ったのだが、スーが大人しくしているのを見て思い直した。


「……おや?見ない顔だね。どちら様?」

「初めまして、ユリアと申します。少々お尋ねしたい事がありまして……」

「そう?じゃあ入りなよ。もてなすような物は何も無いけど、椅子くらいはあるからさ」


 そう言った女性は、私達の返事も待たずに中へと戻っていった。

 思わずティアの方を見ると、ティアも呆気に取られた表情で私を見ていた。

 多分、思った事は同じだろう。


 ――この人、大丈夫だろうか?



「さ、どうぞどうぞ」

「……お邪魔します」

「のじゃ」


 私とティアは、案内された椅子に座る。

 椅子と言っても、3人掛けのソファだった。座り心地はとても良い。


「すまないね。此処はお客様が来る事を想定して無くてさ、置いてある飲み物も自分が飲む用の水くらいしか無いんだよ」


 えへへ…と笑う女性は、格好と不健康そうな見た目以外は割と普通だった、


「ああいえ、お構いなく。急に訪ねたのは此方ですし、聞きたい事を聞けたらお暇しますので」

「ああ、さっきもそう言ってたね。其れで…ああいや、そう言えばまだ名乗っていなかったね。私の名はレイ、宜しく」

「ええ、宜しく」

「うむ」

「其れで、何を聞きたいんだい?」

「ついさっき、この近くの町に寄ったのだけれど、誰も居なかったの。もしかしたら、戦争の影響で避難したのかと思って」

「戦争?……そういや、誰かそんな事を言ってたような……?」

「え……?」

「む?」


 まさかの発言に、私達は一瞬思考停止してしまった。

 初耳という訳でも無さそうだが、まるで現状を知らないように見える。


「ああいや、私は此れでも研究者でね。この研究所に籠る事も多いし、最近はずっと町に戻っていないんだよ」

「そう…ですか。でも、ご家族は?」

「町に住んでいるとも。本来は私も一緒に住んでいるんだがね、研究に集中してる時やなんかは此処で寝泊まりしているのさ」

「成程……しかし、そうなるとご家族の方が報せに来たりなどは……」

「あー……。恐らくだが、ちょっと前に暫く余所に出掛けていてね。新しい研究対象の確保だったんだが、なかなか良いのが見つからなくて思ったよりも長く此処を空けていたんだ。その時に来たのだとすると、入れ違いになってしまったのかもね」

「なる…ほど?」

「ならば、置き手紙なんぞはなかったのか?」


 余りのタイミングの悪さに驚いていると、ティアが尤もな事を訪ねた。


「ん?あー…っと、どうかな?其れらしい物は見た覚えが無いけど、前にも一度、置き手紙を其れと知らずに捨てちゃった事があったからね。何とも言えないや」

「そ、そう……」

「……………」


 えへへ…と笑っているレイ。

 その表情に危機感は感じられない。


 ……本当に、大丈夫なんだろうかこの人。


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