面倒な相手
日進月歩という言葉がある。
日に、月に、絶え間なく進歩すること。絶えず進歩し、発展すること。といった意味だが、進歩する為にはある程度の努力が必要である。しかし、今に満足している人は努力を忘れ、又は怠り、進歩せず一生を終える事もあるだろう。そんな人は大抵の場合、努力を重ねる人と話しが合わないものである………
(さて、残りの時間は壁の花となろうかな)
国王様との会話が終わり、大勢に見られ過ぎて精神的に疲労したので、壁際へ移動した。
兎に角残りの人達が終わるまで待ち、ダンスパーティーもしれっと見え難い位置を確保し、食事してやり過ごそうとしていた———
この会場内に父は居ない。
挨拶に行った後合流すると言っていたが、全く姿が見えない。
最後の子が壇上から降りて来たと同時に、料理が運ばれて来てテーブルに並べられる。
楽団が入って来て楽器の準備をし、調律が終わった後すぐに演奏を開始した。
ダンスパーティーは演奏と同時に開始だった筈なので、これから各自お目当ての人にダンスの申し込みへ行く事だろう。
私は早速料理のあるテーブルへ行き、給仕の方に欲しいものを言って取り分けて貰う。
「……ぁむっ、ん………うん、美味しい」
流石に王城で提供する料理なだけあって、美味しく仕上がっている。しかし、これらも味付けが塩だけの様だ。
砂糖は見通しが立っているが、調味料は他にも欲しい。
特に醤油や味噌は優先的に欲しいが、残念ながら私は製造方法を知らない。
他の転生した人で、知っている人が居れば是非協力して欲しいものだ。
偶にチラチラと視線を感じるが、私が食事中だからなのか、声を掛けては来ないようだ。
ならばゆっくり咀嚼して食べていれば、このままやり過ごせるかなと思った時、例のチャラい軟派男が近付いて来た。
「ご機嫌麗しゅう、美しいお嬢さん」
「………………」
こういった場で話しかけてくるという事は、相手の階級の方が上である筈なので、返事をしないのは不敬と取られても文句は言えない。
だが今の私は、食事中であり口の中にまだ入っているので、寧ろそのまま口を開く方が不敬である。
ならさっさと飲み込めよと思われるかもしれないが、避けたい相手にそんな気遣いをする気は起きない。
「…食事中に話しかけてしまい申し訳ないが、そこは早く飲み込んで返事をする所ではないかな?」
「……ん、それは失礼致しましたわ。良く噛んで飲み込まないと体に良くありませんので、ご容赦願いますわ」
胃に優しくないのは事実なので嘘では無い。
「その様な事は聞いた事無いが………まあ良いか、それで、美しいお嬢さん、一曲お相手願えませんか?」
さてどうしようか。
どうにもこの軟派男は、以前会っている事に気付いてない様だ。
短い時間とはいえ、直接言葉を交わしているというのに、何故気付かないのだろうか?
(……あ、そうか、髪の色が変わったから……いやでも声は一緒だから違和感くらい覚えるよね?)
「お誘いありがとう存じますわ。ですが、残念な事に私の不注意で足を痛めておりますの。周囲の方に気付かれないよう努めるので精一杯なのですわ」
「……それは残念だ、では次の機会に期待させて貰うが、宜しいかな?」
「…次の機会があれば」
「では楽しみにしておくよ」
遠回しに断っているのだが、言葉通りに受け取っているみたいだ。
年齢的に仕方無いのかもしれないが、言質は取れたので良しとしよう。
スーは相変わらずあの軟派男を威嚇し、ルーも一緒に睨んでいた。
そう言えば前世で、男性は言語野が強いから言葉通りに受け取り易いと聞いた事がある。
踵を返し立ち去っていく軟派男を見ていると、入れ違いに近寄って来る人が居た。
(え?…何故此処に?壇上で座ってる筈じゃ………)
横目で壇上を確認するが、3つ空席となっているのが見えた。
そして近付いて来ていた人物——スィール殿下——が目の前で立ち止まったので、慌てて礼をする。
「ルベール子爵家のユリア嬢、ですよね?」
「…はい、ユリアでございます」
「顔を上げて」
言われて礼を解いて顔を上げる。
「少しお話したいんだけど、良いかな?」
質問調だが、断らないよね?といった表情をしている。
普通なら断らないだろう……普通なら。
「殿下のお耳汚しとなってしまいます。何卒、ご容赦くださいませ」
だが私は普通では無い
「いえ、そんな事は無いですよ。とても綺麗な声だと思います」
(いや、そういう事じゃなくてね…)
スィール殿下は食い下がろうとしてくるが、特に話したい事も無い私は、周囲の視線が気になるのでさらに断る為の言葉を重ねる。
「私は辺境に住む身でございます。慣れぬ環境に身を置かれ、殿下に失礼に当たる言動を取ってしまう恐れもございますので、この場はご容赦願いますわ」
貴方と話す事はありませんし、こんな人が大勢居る場で、個人的な話をしないで欲しいと訴えたが、表情を見るに伝わって無さそうだ。
「あ、では場所を移しましょう。給仕の者に案内させますので、また後程」
そう言ってスィール殿下は私の返事も聞かずに行ってしまった。
(……って、だから此処でそんな事言ったらダメでしょうに!!)
案の定、周囲の人達がザワつき始めた。
個人的に呼び出されたのだからそれも当然だろうが、全く嬉しくないのに周囲から好奇の視線で見られるのはとても不快だ——
ダンスの時間が終わりとなった後、国王の挨拶で解散となってすぐ、私に料理を取り分けてくれた給仕の人が、案内役として迎えに来てくれた。
(やっぱり、行かないといけないのかな。忘れてて欲しかった)
「………此方でお待ちです」
「ありがとうございます」
給仕の人が扉をノックし、「ユリア様をお連れしました」と言い、中から「入りなさい」との返事があった。
スィール殿下と声が違う事に首を傾げたが、給仕の人が扉を開けてくれたので、一先ず疑問は置いて中に入る事にする。
「失礼致します」
「いらっしゃい、そこに座って」
入って目にしたのは全部で3人。
スィール殿下と王妃様、そして壇上に居たあと1人で名前はわからないが王子なのだろう。
何故王妃様まで?と疑問に思ったが、取り敢えず一度礼を取り、勧められた椅子に座る。
「さて、此処なら観衆の目も無いから、問題無いでしょう?」
「………左様でございますね」
スィール殿下から聞いたのか、王妃様が先程のやり取りの揚げ足を取って来た。
「あらあら、そう警戒しなくても、貴女の不利益になる事はしないわ」
「…本題は何でしょうか」
「あら、せっかちね。スィール」
「あ、はい。植物園は如何でしたか?」
「……素敵でございました。配置や彩りも良く、見ていてとても楽しめましたわ」
「それは良かったです。あれは特別に作らせた魔具を使用して、其々の植物に合った温度を常に保たせているので、季節に関係無く花が咲いているのです」
「狂い咲きを強制的に起こしているのですね」
(花の咲く時期は正直覚えてなかったけど、全部咲いてたのはそういう事だったのね)
「?…狂い咲き?」
「花が季節外れに咲く事ですわ」
「へぇ、博識なんですね」
(人生2回目なので、とは言えないよね)
「それでその、気になる事がありまして……」
「…何でございましょうか」
「ユリア嬢は魔法が使えるのですか?」
「………質問の意図がわかりかねます」
「その、今日自室から植物園を眺めていた所、ユリア嬢が現れまして、とても嬉しそうに花を愛でてくださっていたので、暫く様子を見ていたんです」
(それって覗きでは………)
「そしたら急に視線を移したと思えば、木陰の方に向かって行って、少ししたら淡く光ったのです。その光が魔法を使っている時のものと同じ様に思えたので」
「王族所有の物に手を出したのなら不敬罪だぞ!!何をしていた!言え!!!」
名を知らない王子が怒った様子で問い詰めて来たが、一方的に言ってくる人には真面に対応する気が起きないのでスルーする。
「魔法であれば使う事はできますが、植物園には手を出しておりませんわ」
植物園には使ってないので嘘では無い
「ならば何をしていた!隠すと為になら——」
「いい加減になさい!ドゥクスがどうしてもと言うから同席を許したというのに、その様ならば出て行きなさい!」
「は、母上、それは……」
「嫌なら黙っていなさい」
「……はい」
どうやら名はドゥクスと言うらしい。
見た目は年上だが、子供っぽさが目立つ人の様だ。
スーは無反応だが、ルーはドゥクス殿下に向かってシャドーボクシングをしていた……ちょっと癒される。
「愚息が失礼したわ。赦してくれるかしら?」
「気にしておりませんわ」
「そう、それは良かったわ」
ドゥクス殿下は不満そうな表情で今のやり取りを見ていた。
「……あの」
「あ、はいスィール殿下、何でございましょうか」
「何に魔法を使っていたのか、教えていただけませんか?」
「…それはとても難しい質問ですの」
「?…何故でしょうか?」
「言葉では信じて貰えないと思います。見えていない限り、それは悪魔の証明となりますわ」
「?…悪魔?」
「ふふっ、単なる例えですので、そのままの意味で捉えないでくださいな」
「………見えていない?」
王妃様には心当たりがあるのか、黙り込んで真剣に考え始めた。
「所で、私の父の所在をご存知ないでしょうか」
「父?……」
「ヴィルズ子爵ね、今は財務大臣と居る筈よ」
「財務大臣?」
「ええ、貴女の商会を設立する事で聞きたい事があると、そう言ってたわね。話が終われば此処に来る様伝えているわ」
「………」
それで何故大臣が出てくると言うのか?
「その年で商会を立ち上げるのだもの。噂が真実だと言っている様なものよね」
「噂、ですか?」
「そう、私が同席したのは、その話を詳しく聞きたいからなの」
「?」
スィール殿下はわからない様だ
「お砂糖…と言うそうね。新しく甘味を作る事ができる調味料となると聞いたわ」
(…誤魔化す必要は無いかな)
「左様でございます。しかしながら、まだ一級品と呼べる状態まであと一歩といった所ですので、暫くは二級品として売り出す予定でございます」
「そうなのね、その時には是非とも私にも都合していただけると嬉しいわ」
「承りました。一級品となった暁には持参させていただきたく存じます」
王族御用達となれば箔がつく。
関わりが増えるのは面倒だが、後ろ盾の様なものだと思って諦めよう。
「それで、他に何を扱うご予定かしら?」
「…では、設立に併せて献上させていただきたく思います」
「そう、それは楽しみね」
朗らかに笑っている王妃様であるが、献上するのがサスペンション付きの馬車で大丈夫だろうか。
……移動が楽になるのだから良いよね?
その後も、スィール殿下から魔法についていくつか聞かれたが、明言を避けて回答した………
コンッコンッコンッコンッ
「ヴィルズ様がお見えになりました」
暫く経ち、もう帰りたいと思っていると、漸く父が現れた。
「遅くなりまして申し訳ありません」
「いいえ、寧ろもう少し遅くても良かったのよ」
「………」
いえ私はもう帰りたいですと言いたいが、一応黙っておく。
そんな私に気付いたのか、父は来て早々に申し訳ないと言って、私を連れて退出した。
その際——
「またお話しましょうね」
と王妃様に言われたので、「機会がございましたら」と言って返しておいた。
ぶっちゃけもうごめんである………
「それで、お父様は何をしていらしたのでしょうか。私を放っておいて、1人にしていたのですから、余程の事と思いますが」
「ユ、ユリア?…怒っているのかい?」
「いえ、怒ってませんよ?不安な状態でずっと1人で居ただけですので」
微笑みながら軽く威圧しておく。
実際大変だったので、これくらいは良いだろう。
そのまま帰路の間、父で軽くストレス発散を行う事にした——
「ユリア、俺が悪かったから、もうこの辺で…」
屋敷が近付いてきた時、父がそう言って謝罪して来たが、もう気が済んでいた私はその言葉に乗っかる事にした。
「お父様、次はございませんよ?」
「あ、ああ……」
最後に威圧するくらいはご愛嬌だろう——
「お疲れ様です!ユリア様」
「ええ、ありがとう」
屋敷の自室に戻り、リンが労ってくれた。
お披露目も終わり、本来なら明日王都を立つ予定だったが、予定外の事もあって帰りが遅くなったので、もう1日休んでから帰る事となった。
それでも馬車での移動日が短縮されているので、大丈夫だろうとの理由から決定した………
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