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試食と流行に対するユリアの個人的な認識


「ん~!美味しい!!」


 軽量型の防音結界を張る魔具を作動させていると、最初の料理を一口食べたフィーナが嬉しそうにそう言った。防音するのは、私達―――転生組―――にとって懐かしい料理が多いので、聞かれたら困る単語をうっかり発言するかもしれないからだ。

 フィーナが今食べているのは、オムライス。

 納得のいくケチャップができてすぐ、お店を出したら必ずメニューに加えようと思っていた内の1つ。

 美味しいとは言っても、叫ぶ程では無い筈なのだが、卵自体が相当久々な事と懐かしい味という事で補正が掛かっているようだ。


「あむ……んー!此れも美味しいですよ!」


 イリスが食べているのは、だし巻き卵。此方も卵料理の中では基本的なものの内の1つ。

 出汁の取り方は教えた…のだが、此れに使われているのが何から取った出汁なのかは私は知らない。


(じゃあ私もそろそろ……)


 2人の様子を見るのを止め、私も自分の食べる皿を決める事にした。

 目の前には、魚料理と肉料理が並んでいる。卵料理は2人が真っ先に確保したからだ。まあ、私は食べたい時に自分で調達できるし、なんなら亜空間に試作した際についでで作っておいたものが幾つか入っている。なので気にしない。

 其れは其れとして、先ず私は肉料理の皿を手元へ寄せる。

 見た感じはシンプルなカットステーキ。付け合わせに、野菜が数種類と太めのフライドポテトが添えてある。


「あむ……うん、美味しい」


 下味は多分、シンプルに塩コショウ。ソースは魚醤がベースかな?さっぱりとした仕上がりで、脂っこさも無く食べ易い。

 付け合わせの野菜はやや甘めの味付けだった。

 次に手に取ったのは魚料理の皿。

 見た感じは完全に煮付け。葉野菜や根菜が添えてある。

 一口サイズに切り分け、口へ運ぶ。


(……おぉ、此れも美味しい)


 甘辛い味付けに、ホロホロの食感がとても良い。ちょっとだけ物足りなさはあるものの、十分に美味しくいただける。

 ショウガがあればもっと良かったのだが、未だ見つかっていないから仕方がない。


(まあ、知らない人からすれば気にならないかな……)


 物足りなさは、味を知っているからこそ感じるものだ。そういった意味では、初めて食べる人にとって“これはこういうもの”と認識される筈。

 次はまた肉料理。

 今度は揚げ物で、見た目はとんかつ。

 断面から見えるお肉は、綺麗な薄いピンク色をしている。低温調理後にサッと揚げたのだろう。

 このお店の厨房には、低温調理用の魔具も設置されている。最初、低温調理について説明した時、なかなか理解されなくて苦労した覚えがある。

 其れがこうして活かされているのを見ると、苦労した甲斐が有ったと思える。

 と、感慨に耽っている場合では無いと思い直し、先ず一口。

 サクッとした衣に、ジューシーな肉。最高の食感である。

 下味もしっかりと付けてあるようで、此れならメインで売り出しても問題無い。

 じっくりと味わっていると、何時の間にか2人が私に注目していた。


「………?」

「ああ、いや…美味しそうに食べるなぁって」

「ですです。あっ、私も貰って良いですか?」

「どうぞどうぞ」


 何故かちょっとだけ頬を赤らめているフィーナ。

 まあ良いかと気にせず、私は手を付けていない分をイリスに渡す。

 イリスは受け取ってすぐ口に含み、咀嚼と同時に目を見開く。


「ん~~~!!えっ!?とんかつはこっちの方が美味しくないですか!!?」

「多分素材の差ね。前世(あっち)では高級食材に当たるレベルの物が、こっちでは当たり前のように出回ってるから」


 素材の味が十分美味しい。

 良い事なのだが、其れが原因で調理方法が少なかったんじゃないかと私は思っている。

 手を加えずとも美味しい。なら、態々手間を掛ける必要も無いじゃないかと。

 私のそういった考えを伝えると、2人は納得したように頷く。


「まあそうよね。元々美味しいのに、余計な事をする必要なんて無いものね」

「成程……。あれ?でも、食べるのが好きって人や料理が好きって人も居るんじゃないですか?」

「んー……其れはどうかしら。少なくとも、私は学院に通う迄は勿論、学院に行ってからも“食道楽”なんて聞いた覚えが無いわ」

「………そう言われると、私も無いですね」


 フィーナとイリスの言葉に、私は推測を話す。


「多分だけれど、食は必要なものとしての認識はあっても、楽しむものって認識が無いんじゃない?」

「と言うと?」

「余裕の差……かな?多分だけれど、食は必要だから摂るってだけで、楽しむ余裕のある人が居ないんじゃない?」

「でも、貴族とか商人の中には余裕のある人も居ますよね?」

「其れはそうだけれど、その人達はもっと違う事にお金を掛けているじゃない?」

「?……あぁ、そうね。流行を発信する為に、常に最先端を求めてるわね」

「あとはコネ作りかな」


 自分達の優位性…と言うよりも、発言力を強くする為やコネ作りをし易くする為にお金を掛ける貴族は多い。というか、領地に余裕のある貴族は皆そんな感じだ。高位であればあるほど、発言力を求める傾向にある。

 勿論例外も居るし、他にも思惑はあるのだろうけれど……。

 其々の御用商人は勿論の事、普通の商人も流れに乗り遅れないよう動く。その際、規模にもよるが少なくないお金が必要となる。

 加えて、今の流行りは如何に豪華な調度品を揃えて屋敷を飾るかなので、骨董品のような年代物は高価な品が多く人気もあり、相応にお金が掛かる。にも拘らず、値切って購入しようとする(こす)い貴族も割と多く、どれ程儲けを得られるかは商人の手腕によるところが大きい。反対に、購入金額を誇るタイプの貴族は値切らないので、そういった所では商人同士の競争が激しいらしい。


「流行か~……。私は平民なので貴族の流行は全然ですね」

「私も貴族の方は知らないわね。……まあ、知っていたとしても平民だからって思って真似はしない気がするけど」

「私としては、前は流行に乗る事に抵抗があったから無視していたけれど、こっちではちゃんとした意味で流行だから抵抗は無いかな」

「………と言うと?」


 声に出したのはフィーナだけだったが、イリスも同じ疑問を抱いたようで2人共此方を見ている。


()くまでも私個人の意見だけれど、前世(あっち)の流行は一部―――特にファッション関係は―――詐欺だと思ってたから」

「「詐欺?」」


 私の言葉に疑問符を浮かべる2人。まあ、我ながら極端な表現をしたとも思うのだが、素直な気持ちでもあるので訂正する気は無い。


「服装……ファッション関係はね。2人はそういったお店で「この春は此れが流行りますよ」って勧められた事は無い?“この春”の部分は“この夏”でも“この秋”でも何でも良いけれど」

「……あるわね」

「店員さんと話してたらよく言われますね」

「まあ、人に限らず雑誌とかでも見た事はあるでしょうけれど、私はああいうのを見て思った事があるの」

「何て?」

「もし、全ての人が其れを無視して身に着けなかったら?……そんなもの、“流行でも何でも無い”でしょう?その場合、流行るからって進めた人達は嘘を吐いた事になる」

「「……………」」

「とは言え、そういった事に携わる人達だから、センスも良い訳だし“流行る”って聞いたら飛びつく人も多いでしょうから、実際にはありえない事だけれどね。…でも、私からすると流行ってものは発信するものであって誘導するものじゃ無いの。商売上で必要な戦略なのでしょうけれど、印象操作や情報操作しているように見えるから私は好きじゃない。ただそれだけの話よ」

「か、考え過ぎじゃない?」

「だから、ただ単に私がそう思うってだけで、共感して欲しい訳じゃないから。聞かれたから答えただけなんだから気にしなくても良いよ」

「そんな考え方もあるんですね」


 戸惑うフィーナに対し、感心したように頷くイリス。

 私の考えを押し付ける気は無いが、だからと言って周りに合わせる気は無かったと伝えたかっただけなのだが……。

 まあ気にするまいと気を持ち直した私は、未だ手を付けていない料理を勧める。


「まあまあ…話す事に集中し過ぎて手が止まってるよ。この辺とか皆好きそうじゃない?」

「えっ、あ…そうね、頂くわ。わあ、ミニハンバーグね!」

「いや、此れは試食用に小さくしているだけで、実際には150gや300gで出すから」

「先程料理長さんが言ってましたね」

「そうそう」

「……ちょっと忘れてただけよ」


 視線を逸らしながら恥ずかしそうにするフィーナ。ちょっと可愛い。

 そんなフィーナの様子を微笑ましく見ていると、私の様子に気が付いて今度はむくれてしまった。


(顔を赤らめながら睨まれても、怖く無いんだけどなぁ……)


 ずっと見ているのも悪いと思い、私も他の料理を食べ始める。

 少し不機嫌だったフィーナも、美味しい料理を食べて機嫌が直ったのか、またすぐに雑談が再開される。


「こっちのは何?」

「スパイシーチキンよ」

「そのままなのね」

「まあ、わかり易さ優先かなって……」


 残りの料理が少なくなってくると、あれは美味しかっただのもうちょっとこういった味付けが良かっただのと感想を言い合い始める。

 私は其れを簡単に纏め、食事が終わった後で現れた料理長に渡した。


「貴重なご意見、ありがとうございます。食後にお茶でも如何でしょうか?」


 私は構わないので、2人に『どう?』と視線で問い掛ける。


「あ、頂きます」

「私も」

「じゃあお願い」

「畏まりました。この中からお選びください」


 渡されたメニューを見て、其々の好みで頼む。皆、お茶の中から選んでいた。

 他に、コーヒーや酒類もある。

 出されたお茶を飲みながら、再び雑談に戻る。


「ところで―――」

「ん?」

「折角料理の完成度が高いのに、この立地だと損じゃない?集客的な意味で」


 このお店はメイン通りからは外れており、人通りも多くは無い。

 宣伝も特にはしていないので、最初は興味本位で訪れる客がちらほら居るくらいだろう。


「ああ、そういう……。えっと…料理長もだけれど、此処の従業員は皆若いの。だから、技量は兎も角として経験が圧倒的に足りないから寧ろ最初は少ない方が都合が良いの」

「ああ、慣れさせる為ですか?」

「そうそう。最初から忙しかったらミスも増えるし、客は徐々に増えれば良いかなって」

「人材不足なんですね」

「本当に……」


 イリスの言葉に、思わず心の底からの声が出てしまう。

 従業員は孤児を集めた育成院の出身者で固めているだけに、どうしても年齢層が若くなってしまう。

 だったら一般募集もすれば良いじゃないかと思うだろうが、残念ながら其れは難しいと言わざるを得ない。

 貴族や商人の間で、私は良い意味でも悪い意味でも有名になっている。その為、何かしらの求人を行うと、必ずと言っていいほどに誰かの紐付きが紛れ込んでくる。

 最近は特に、純粋に応募してくれる人が皆無という程に酷い。

 そうなると、引き抜きか自分で育てるかしか無い訳である。


「学院を卒業したら是非雇って欲しいって話は、まだ有効ですか?」


 イリスが言うのは、出会って間もない頃に私が持ち掛けたものの事だろう。


「勿論!」

「……私は?」

「大歓迎よ」


 具体的に誘った事が無かったからか、フィーナが不安そうに聞いてきた。

 信頼できる相手は多いに超した事は無い。

 気安く接せる相手という意味でも、私に断る理由は無い。

 私の返答に、安心した表情になるフィーナ。

 と、其処で私は重要な事を思い出す。


「そうだ、忘れてた。……あのね、私、2年後に領地を賜るらしいの」

「「えっ!?」」

「時期的にも丁度良いし、卒業後は私の領地に来ない?家族も一緒に」

「行く!!」

「わ、私も行きたいです」


 フィーナは食い気味に、イリスはその反応に驚きつつも追従してくれた。


「じゃあ2人の両親宛に手紙を書かなきゃね」

「早くない?」

「いやいや、こういうのは早めに伝えておいた方が良いのよ。準備とかもあるでしょう」

「其れもそうね、今の家とか畑の事もあったわ」

「あれ?フィーナさんのお家は農家なんですか?」

「そうじゃないけど、畑も持ってるのよ」


 家族全員での移住ともなれば、事前に準備をしていた方が良い。

 この国では、領地内の移住であれば手続きは然程無いのだが、他領への移住ともなれば面倒な手続きが必要となってくる。その辺を適当にしておくと、領主によっては後々問題にしてくる人も居るのだ。


「さて、そろそろ出ましょうか」

「はーい」

「はい」


 話す事も話し終わったので、お茶を飲み干して外に出ようと促した。



「あら、姫ちゃん。今日は珍しいのが入ったのよ、持ってって」

「おう姫さん!此れ、余ったもんで悪いが持っていきな!」

「お()ぃちゃん。新しい商品(もの)入ったよ、見てっとくれ」

「おお!姫さん―――」

「姫―――」


 あちこちで、店先から声を掛けられる。

 皆一様に私の事を“姫”と呼ぶ。


「……大人気ね?」


 その様子に、フィーナがにやにやしながら私の耳元へ顔を寄せて囁く。揶揄うネタを見つけたと言いたそうな表情をしている。


「ユリア様は昔からよくお忍びで町へ来ておりましたので」

「全然忍んでなかっ―――ぐぅ!?」


 リンの言葉に対し、ケンが余計な事を言う途中でリンから肘鉄を喰らっていた。

 相変わらず仲が良いようで安心した。

 其れを見て目を丸くしていたフィーナとイリスに、私が何故姫と呼ばれているのかを説明した。


「小さな頃から頻繁に町へ来ていたの。格好こそ普通にしていたんだけれど、毎回必ず使用人も居たから皆にはバレバレだったのね」

「いや、格好も普通では―――ぐはっ!!?」


 またもやケンがリンから肘鉄を喰らっている。


「でも、直接指摘したり聞いてくる人は居なくて、皆普通に接してくれていたの。其れに、私の振る舞いから敬って欲しくないって思ってる事も伝わってたみたい。でも、領主の娘である事に変わりはないから、様は付けないけれど親しみを込めて“姫”って呼ばれるようになったのよ」

「ほえー」

「なるほどねー……」


 私も人伝に聞いただけなのだが……。

 なんて話している間にも、町の人から色々と貰ってしまっている。

 今回は買い物よりも案内がメインだったので、特に何かを買うでも無く町を巡った。

 日が暮れ始めたタイミングで、私達は家へ帰る。



「ユリア様宛にお手紙が。招待状のようです」

「ありがとう。………?」


 帰ってから少し経ち、自室で寛いでいたところへリンが私宛の手紙を持って来た。受け取った私は内容を確認する。

 送り主はセレーネ王妃で、個人的なお茶会をしたいというものだった。

 主目的は前回のお詫び。

 陛下は未だ忙しく、時間を確保する事ができない為代わりにという感じだ。

 私が社交を嫌っている事を知っているのか、余人を排した茶会だと態々書いてある。


(断るのも失礼か)


 詫びがしたいと言われて断るのは、立場上宜しくない。

 個人的には気にしないのだが、父を通しての招待となっている所為で、私が行かなければ父にも迷惑を掛けてしまう。


(まあ…小ぢんまりとした茶会なら、別に嫌でも無いんだけれど……)


 どうせ名目通りでも無いんだろうなと思いつつ、参加の旨を認めた返事の手紙を用意する事にした。


ブクマと評価、ありがとうございます。


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