北部の現状とクレトス潜入
気分の悪い仕事が一段落した。
群島の調査を急いで済ませ、特に利用価値の無い島には罪人や敵対した者達を放り込む事にした。島流しの刑を思い出した結果だ。
今回は1人だけではあるが、勢いのまま行動できない状態にしちゃったので、2日以上は空けないようにして様子を見に行く予定。
そして私は今、以前テュールに頼まれて契約した精霊達の所へ、テュールと一緒に来ていた。調べて判ったのだが、なんと此処はワショック男爵の領地に隣接していたのだ。
精霊達の様子見を兼ねて、聞き込みをしようと思い訪れた。
私達が森に足を踏み入れると、気配を感じ取ったのか契約している精霊達が皆すぐに出てきてくれる。
(良かった、元気そう……)
契約した時は、存在が消えかかっていた所為で元気の無かった精霊達だが、今ではもうすっかり良くなっている様子だ。
しかし、この精霊達が元気なのは私との契約があるからで、遠く離れていても魔力供給が行われていたからだろう。その辺はテュールから聞いている。
つまり、他の契約者を持たない精霊達の中には、消える寸前だったり既に消えていたりしている可能性がある。今、北部での作物の収穫量が徐々に減ってきているのも、其れが原因かもしれない。
ワショック男爵には、作物と精霊の関係についてのみ説明し、其方方面では力になるという条件の下、北方から来ていた商人の処遇を私に完全に任せてもらう契約をした。勿論、ワショック男爵に被害が無いように努めるとの約束もして。
「……ふむ。ちょいとマズいかもしれないね」
人に変化しているテュールが、精霊達からこの周辺の事情を聞きそう呟いた。
「マズいって?」
「本来、あたしら精霊が棲み着き易い場所には、不可侵にするよう国で定めていた筈さね。狩猟にしろ、開発にしろ、其処に例外は無いんだよ。だが、ここ最近精霊から力を奪うものが設置されたようだよ」
「えっ!?……いや、でも待って。確か、ここら一帯の作物の収穫量が落ち始めたのは、何年も前からなのよ?」
「そりゃあそうさね。あたしら精霊の時間的感覚は、人とは違うんだよ。最近って言っても、其れこそ数十年前でも可笑しくは無いさね」
「な、成程……?」
言われてみると、確かにそうかもしれない。
スーやムーは違うようだが、其れ以外の精霊は私が生まれるよりもかなり前から存在している。其れも、数年どころでは無いらしい。寿命という概念も無く、自身の存在に見合う魔力が供給され続ければ、消滅する事も無いのだとか。
そう考えると、精霊の云う最近とは、数年の違いでも誤差程度のものなのだろう。
「その…具体的な年月って、わかるのかしら?」
「何言ってんだい?日付の呼称やなんかもそうだが、一年という括りを定めたのは人じゃないかい。どのくらいの年月かって質問に答えられる訳が無いさね。…まあ、あたしは建国にも関わっちゃあいる分、大体の感覚はわかるけどね、でもこの子らの云う最近ってのは、あたしが眠ってた間の事だからねぇ……」
「うぐっ……」
いきなり躓いてしまった。
いや、でも精霊に負担を掛けているものの存在があるって事は判明した。作物の収穫量に影響を与えている元凶かは未だはっきりしていないが、其れは其れで精霊の為にも無視はできない。
「えーっと、その精霊から力を奪うってやつの設置場所には、案内して貰えるの?」
「ふむ、ちょいと待ちな。……どうなんだい?」
再びテュールは精霊達に話を聞く。
私には其々の動物の鳴き声にしか聞こえないので、正直テュールが居てくれて助かっている。
「そうかい。ユリアや、行くのは問題無さそうだよ。周辺環境と精霊から魔力を奪うって代物らしいが、あたしらはユリアから魔力供給を受けてるからね。長居は良くないが、確認に行くのは問題無さそうだね」
私が思っていた以上に厄介な代物だったようだ。ただ、私は魔力が尽きないので、実際の所問題は無さそうだ。
……まあ、心配なのは、その奪った魔力が何に使われているのかが現状不明な事かな。
「そう。じゃあ、一先ずは確認に向かう。その場でどうにかできそうなら対処する。無理そうなら、一度引き返して情報を集める。どちらにしろ、誰が何時どんな目的でそんなものを設置したのかを確認しないとね」
「そうだね。できれば急いでやって欲しいとあたしは思うよ」
「其れは勿論。精霊絡みだもの、誰かがこの件で文句を言うのなら、例え相手が国王だとしても私は引かないわ」
「カカカッ、頼もしいさね。安心おし、その場合はあたしが直々に出向いてやろうじゃないかい」
「ふふっ、其れもそうね」
冗談―――の筈だよね?―――を言い合い、私とテュールは現地の精霊達の案内に従って移動する。
暫く歩き、森の奥まった場所へ到着すると、石碑の様な物が建てられていた。
(……何此れ?)
近付いてみると、彫られているのは文字では無かった。
……いや、一部文字ではあるものの、全体を見ると所謂魔法陣のような感じになっている。
其れに、その一部文字にも問題があった。
정령 대지 마력 흡수 전송 쌍 등록 연결하다
どう見てもハングル文字だった。其れが円に沿って彫られている。文では無く、単語が只々並べられている状態。
この文字と丸や三角等の図形が一緒に彫り込まれており、1つに纏められた形になっている。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
《名称》
魔力転送装置
《種別》
魔導具・設置型
《特性・特徴》
特定の対象から魔力を吸収し、対となる魔導具へと送る装置。
魔楼石を素材に製作されている。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
(魔導具?……魔道具じゃないんだ)
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
<魔導具>
魔法陣が刻まれた道具の総称。
動力源は素材により変化する。
<魔法陣>
図形と文字、又は数字の組み合わせによって構成された制御回路。単体では何の意味も持たず、魔素や魔力、生命力を動力源として機能する。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
(魔法陣だったわ)
魔法陣のような…では無く、魔法陣そのものだったらしい。
視た内容から、つまりはこの周辺の大地と精霊から魔力を吸収し、何処にあるかもわからない対となる魔導具へと送り続けているようだ。
「ユリアや、この石碑が原因かい?何となくだが、魔力が吸われてるように感じるね。周辺の木々も枯れる寸前のようだよ」
私が情報を読み取っていると、テュールが見当をつけて聞いてきた。
「そうね。此処で吸収した魔力を何処かへ送っているみたい。……ひょっとして、此れが作物にも悪影響を与えているの?」
「可能性は高いね。あたしには、土に含まれている魔力も吸われてるように感じるんだよ。だったら、あたしら精霊が自然に行ってる魔力の循環が阻害されている筈さね。そうなると、作物に限らず、ここら一帯の生物にも良くないね」
「なら撤去しましょう。此れの供給先がどうなるかは知らないけれど、魔力が断たれるだけだもの。停止はすれど、爆発とかはしないでしょうし、こっち側に問題は無いでしょう」
言い終わると同時に、私は目の前の魔導具を亜空間へ仕舞う。
地中にもそれなりに埋めてあったようで、結構な大穴が開いてしまった。
トンネルを掘った時の土が沢山余っていたので、其れを使って穴を埋める。
スッキリとした空間になり、ちょっとだけ満足する私。
「……ふむ。魔力が戻るには、時間が掛かるだろうね」
「でも、そのうち元通りにはなるんでしょ?」
「そうさね……ただ、ここいらの精霊達に魔力を分け与えてやっとくれないかい」
「名付けは良いの?」
「しなくても問題は無いさね。今が危ういだけで、今後は大丈夫だろうさ」
「大丈夫なら私に否は無いわ」
「助かるよ」
その後、テュールや現地の精霊達と一緒に森の中を練り歩き、契約していない精霊達に魔力供給をして回った。総数は覚えていないが、消滅しかかっていた精霊の数は、最低でも20以上だった。もしこのままの状況が続いていれば、あと数年後にはここら一帯の精霊は居なくなっていただろうとテュールが言うくらいには、非常に危険な状況だったのだと改めて実感した。
急を要する作業が終わり、一旦戻ってから拾ってきた少女の様子を確認した。食糧や飲み水がどれも減っていなかったので、未だに一度も目覚めていないようだった。念の為、飲み水を入れ替えておく。
ワショック男爵には、面会のアポを取るとして……。
(さて、きっかけとなった元凶に向かいますか―――)
クレトス国。
昔は非常に殺伐とした国だったらしい。
王政であり、貴族達が絶対的な支配者だった身分社会。
しかし、身分・階級こそが絶対という思想だった為に、手を取り合うような関係の者は無く、常に他者を蹴落とす謀略を張り巡らせていたらしい。
暗殺等も躊躇う事無く実行し、上流階級の者達は次第にその数を減らしていった。
そんな状況に、利に聡い商人達はただ傍観していた訳では無かった。情報の共有を始めとし、水面下での協力体勢を築いていった。
時には優位な者を唆し、時には劣位な者へ情報をリークした。
そうして扇動し激化した争い―――内戦―――を引き起こし、貴族達は自領を管理する能力すら無くなってしまった。
そして其れを止める事のできなかった王家も、民衆の支持を失い、発言力をも失った。反面、食糧や生活必需品、情報提供等で民衆を助けていた商人達の発言力が大きくなった。
勿論、そうなるように商人達が暗躍した結果だ。
結果として、貴族階級とは別の階級が生まれる事となり、商人の幾人かは上流階級の一員となった。中でも、最上位の者の発言力は、王家にも並ぶ。
権力を持つに至った商人が幅を利かせ、平気で悪事に手を染める迄にそう時間は掛からなかった。
そんな時代が数十年続き、表面上は平和な国となっている。
しかし実態は、貴族よりも商人が国を支配している状態になっていた。王は傀儡と化し、後ろ盾と称し実質的に支配している商人が国を動かしていた。
国全体で犯罪等も横行しているのだが、当然の様に握り潰されている。
今も尚、王政のままなのは、その方が楽だからである。
つまり―――
(国ぐるみで犯罪者集団って事なのよね……)
――それらしい事を言ってワショック男爵の要請を拒否した商人達も、例に漏れず。
最初私は、無人島へ放逐した商人の反省を促し、改心したら帰そうと考えていた。
けれど、マリウスから貰った情報があまりにもな内容だったので自身でクレトス国を見に行ったところ、国全体の風潮が変わらない限りは意味が無いと思い直した。私が見たのは短い期間だったのだが、丁度良く他国の特使との会談場面に遭遇した。
こっそりと様子見したのだが、普通では考えられない事のオンパレードだった。
先ず、何故か会談の場に商人が同席している。この時点で相当可笑しい。特使との会談であれば、国家間の重要な……其れも、話が纏まる迄は機密扱いの筈。
そして、その同席している商人が主導で話を進める。此れもあり得ない。大臣的な立場っぽい人は、商人が話の要所要所で「その方向で宜しいか?」と振り、その度に「ああ」とか「うむ」といった相槌しか打っていない。態度そのものは偉そうにしているので、何も知らない余所の人が見た場合、特に不満が無い流れなのだろうと安心する―――事実特使は安堵していた―――光景だが、会談の前に商人が「基本黙っていろ。途中で振るが、肯定以外するな」という命令にも思える発言を聞いていた身としては、白々しい事この上ないただの三文芝居にしか見えなかった。
改めて現在私は姿を見えなくした状態で、議事堂の様な場所へと潜入している。
此れから会議が行われるみたいなのだが、今回は商人の姿が見えない。
流石に国の根幹に関わる部分くらいは、自分達でも少しは頑張って運営しているのかと期待したのだが―――
「――と、例年よりも収穫量が……」
「――という事らしく、税収に関しては……」
「――との理由から、今後の取り引きは……」
(期待外れね……)
――全くそんな事は無かった。
商人から提供されたらしい資料を読み上げ、どこそこの国の収穫量が上がっただの下がっただのに始まり、貿易の推移、其れによる純利益の増減、各領地の民の購買力、それらを基にした税率の引き上げ案等々……各自手元の資料を読み上げて終わった。意見、質疑応答等が一切無く、もっと言えば具体的な数値が出てこない。
貿易や税収の話が出ているのに、何故重要な筈の数字が一言も出てこないのか。
更に、国家予算も議題に上がったが「例年通りで」の一言で終わった。
他にも色々と調べた所、この国の重鎮は“ごっこ遊び”をしているだけだと判明した。
役割を演じ、実際には裏で動く商人の隠れ蓑となる。その報酬として、後ろ盾と称している商人から生活資金や贅沢品を受け取っている。
労せずして贅沢な暮らしを…が、今の王侯貴族の実態だった。
(腐ってる……)
誰も権力に見合った義務を果たしていない。
今でこそ問題無いが、今後他国から攻められたり盗賊の類が出たりしたら碌な防衛ができない状況にある。軍事費を削減し過ぎている所為で、練度は兎も角、人数が少なくなっているからだ。
其れ自体は国が勝手に滅びれば良いじゃないかと思う所なのだが、一般人―――平民―――には真面な人も居るので巻き添えで犠牲になるのは少々心苦しい。
何処の国でもそうなのだが、真っ先に犠牲となるのは下の者達だ。組織的にも、立場的にも……。
(さて、此処からどうするか………)
取り敢えず、首都に頻繁に足を運ぶ権力者達の確認は終えた。
9割を超える勢いで黒だったのは頭の痛い問題だが、放置する選択肢は無い。
私と関係の無い所でなら勝手にどうぞと思わなくも無いのだが、既にルースリャーヤにも来てしまった以上、今後一切の関りが無いとの楽観もできない。
となると、多少の手間は惜しまず行動した方が、後々の為になる……筈。
ブクマと評価、ありがとうございます。