お買い物 With ミリア
「……………人?」
意気揚々と、3つ目の島へ転移した直後、打ち上げられた人―――少女―――を発見した。
先程迄のテンションは鳴りを潜め、一気に頭が冷える。
「ティア、手伝って!」
「うむ」
すぐさま駆け寄り、息があるかを確かめる。
意識は無く呼吸はしていない。しかし、弱々しいが脈はある。
私達は急いで海から少女を引き揚げる。亜空間から出した布を広げ、その上に少女を乗せて服を乾燥させながら魔力を流し、状態を確認する。
(海水を飲んで呼吸器が塞がってる。溺れて流されたみたい……)
普通であれば心臓マッサージと人工呼吸をするべきだろうが、幸いにも魔法でより効率的に対処できる。
先ず、少女の体内から海水を排出させる。……鼻と口の両方から噴出して噴水みたいになっているけれど、誰も見ていないからセーフだと思おう。
次に、適度に肺に空気を送り込む。
最後に、心臓に負担が掛からないようちょっとずつ圧を掛ける。
何度か繰り返し、少女の様子を診ていると、ほんの僅かだが顔色が良くなってきた。呼吸も戻り、安定してきている。
身体は冷え切ったままなので、気温調整用の魔具を設置して暖める。
「ありがとうティア。私はこの子の事を視ているから、自由にしてて良いよ」
「ぬ?わかったのじゃ」
含みを持たせた私の言葉に、素直に頷くティア。
そして駆け出すティアを見送り、私は目の前の少女へと向き直る。クーは浅瀬に向かい、スーは私と一緒に居るようだ。
(さて……)
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
《名称》
メイ
《種別》
只人
《先天的才能》
迷【特】 不幸体質【特】
《後天的才能》
生命力【中】 裁縫【低】 器用【中】
目測【低】
《異常》
低体温症(軽症)
擦り傷(多数)
切り傷(微数)
《魔力保有量》
320/320(現在値/最大値)
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
(……………)
この少女は呪われているんじゃなかろうか?
惑い易く、不運に見舞われ易い。
私が発見しなければ、今頃は……。
いや、たらればを言っても意味は無い。
素性を視るに、害となるような子では無いみたい。
家族は両親が健在で、姉が1人家を出ている。そして弟が2人。
その家を出た姉の様子を見に行って空振りに終わり、家の備蓄から食糧をちょっとだけ持ち出してから海に出た…と。
……いや、何で?
普通、出てくる前に一言でも親へ声を掛けるものなんじゃないのかな?
そうすれば、この少女の無謀な挑戦を止めてくれていた筈だ。
まあ、この少女は其れを見越して黙って出たみたいだけれど……。
何にせよ、発見したからには放置できない。
根っからの悪人なら放置していたと思うけれど、この少女にはそういったものが視られなかった。と言うのもあるが、現状帰してあげる事ができない―――場所が特定できない―――ので、帰る手段が確立する迄は面倒を見る必要があると思っている。この島では生き抜いていけないと思うから。
傷の治療も行い、一先ず例の秘密基地へ少女を連れて転移する。
此処には私以外出入りできないので、何かしらの事故が起こる可能性も無い筈。
念の為、日持ちする食糧を幾つか準備し、群島の探索はお預けにして王都邸に帰還する事にした。
「ユ、ユリア様!?何という姿で出歩いておられるのですか!!?」
「え?あっ―――」
――着替えるのを忘れてた。
「お待たせ致しました!お姉様!」
ミリアの帰宅後、着替えを済ませてから玄関前で合流。
お買い物という事もあり、お披露目の衣装に比べると随分と落ち着いた色合い且つシンプルな装いだ。
ミリアは明るめの色合いを好み、いつも私が贈った髪飾りを使ってくれている。今着けている物も、手入れは丁寧にしてくれているようだが、結構古くなってきているので今日の買い物で新しく贈ってあげるつもりでいる。
「それじゃあ行きましょう」
馬車へ乗り込み、いざ出発。
最初の目的地は宝飾店ミーリア。
普段使い用から式典用迄、お抱えの職人も居るので製作依頼も受け付けている。デザインはお任せもできるので、雰囲気を伝えるだけでも作ってもらえる。
父のお店の1つで、母と婚姻を結んだ後に経営を始めたものらしい。母への贈り物を自分で作りたかったが、才能が無かったから職人を抱えて作らせる方向へとシフトしたんだとか……。
この話を聞いた時、母の愛され具合に驚いた記憶がある。
母の名を付けたのはやり過ぎじゃないかと思ったのだが、妻や愛人の名前を店に付けるのは珍しくないそうだ。自分がどれ程愛しているのかを、本人含め周囲へとアピールする為なのだ。……と、母が照れながら教えてくれた。
因みに、私が宝石類を卸しているのはこのお店だ。そのお陰か、多少の無理は聞いてもらえる。
店内へ入った私達は、並べてある展示用の商品を見て回る。
他にも客がそこそこ居るようで、店員が此方へ来る余裕は無さそうだ。繁盛しているようで何よりです。
「お姉様、此方の美しい宝石は何という名称なのですか?」
「ん?…ああ、其れはエメラルドって言うの。此処迄綺麗な色をした物は珍しいわ」
ミリアが興味を持ったのは、指輪に加工されたエメラルドだった。
内包物が少なく深い緑色をしており、ヘキサゴンカットで宝石部分をやや強調している。台座部分の彫りは最低限で、宝石好きな人を狙い撃ちした商品に見える。
すぐ横にはルビーやトパーズ、ガーネットなんかをあしらった物もあるけれど、そっちはミリアの琴線に触れなかったようだ。
ゆっくりと一通り見た後、私は店員を1人捉まえて今日来た目的の物を持って来てもらう。
「?…お姉様、何か注文していらしたのですか」
「そうね。見てのお楽しみよ」
ミリアと買い物の約束をした後、このお店に特注で2つの髪飾りの製作依頼を出していた。
宝石は私が提供したので、値段は普通の特注よりも安くなっている。
「お待たせ致しました」
戻って来た店員さんが抱えていた包みを丁寧に解き、出てきた箱の蓋をゆっくりと開ける。
現れたのは、小鳥と花をモチーフにした髪飾りが2つ。片や花を背景にし飛んでいる小鳥。片や羽を休めている小鳥が花に包まれている。
小鳥には目の部分に、花には花弁の部分に宝石が使われている。使用した宝石は赤色のルビーとサファイア、其れからエメラルドだ。どの宝石も内包物は含まれていない。
宝石以外の材料はお任せしたが、見た感じではプラチナも使っている。
「綺麗………」
ミリアの呟きが聞こえた。
見てみると、心なし輝いた瞳で髪飾りを真直ぐに見つめている。どうやら、気に入ってくれたようだ。
「どっちが良い?」
「……お姉様?」
私の唐突な質問に首を傾げるミリア。……可愛い。
その表情をもっと見ていたいという気持ちを抑え、言葉を続ける。
「私からの贈り物。もう1つは私が着けるから、お揃いね」
図案は違うが、小鳥と花がモチーフという点では共通している。お揃いと言っても良いだろう。
私の言葉を聞いたミリアがとても嬉しそうになる。
「でしたら、此方を……」
ミリアが指したのは、羽を休めている小鳥が花に包まれている方だ。
私は其れを手に取り、ミリアに着けてあげる。その際、背伸びが必要だったのはちょっとだけショックだった。
「……うん。似合ってるよ、ミリア」
「お姉様、ありがとうございます」
嬉しそうなミリアを見て、私は満足していた。
今回、この髪飾りを贈ったのには思惑がある。
言う迄も無いが、ミリアは可愛い。
将来、学院へ通う様になれば、確実に悪い虫が寄って来る事だろう。その時、明らかに贈り物であろう装飾品で着飾っていれば、深読みするような人物は勝手に相手が居ると判断して身を引く筈だ。髪飾りであればよりわかり易い。
学院はまだ先の話ではあるものの、此れからはお茶会もある。お披露目も終わったので、社交の一環であるお茶会にも誘われ始める事だろう。全て断っていた私と違い、ミリアは相手を選んで参加すると思われる。
学院に比べれば少ない確率だが、他家に行くともなれば当然男に出会う可能性も発生するのだ。今から油断はできない。
といった事をミリアに語って聞かせると、苦笑しながらも「注意致します」と返事をくれた。
その後「私も…」と続けて、今度はミリアがもう片方の髪飾りを私に着けてくれた。
「……ありがとう」
少し照れながらお礼を言ったのだが、その直後に周囲が微笑ましい表情で此方を見ている事に気付き、羞恥心が膨れ上がる事になった………。
宝飾店を後にし、私達はターナー魔具店へと来ていた。
そう、魔具店。
私が作成した魔具も、汎用品であれば此処にも置いてある。又、エイミさん作成の魔具も取り扱っているのだ。
自分でも作れるのに、何故此処に来たのか?
其れは―――
「わぁ……。お姉様、此方の魔具って美しい作りですね」
「そうね。実用性もあるし、人気があるみたいよ」
――ミリアの気に入るデザイン、欲しがっている効果を探る為でもある。
直接聞けよ…と思うかもしれないが、そうすると賢いミリアの事だから絶対に気付いてしまう。貰った側も、嬉しさ半減だろう。
此方もゆっくりと時間を掛けて見て回ると、幾つか反応があった。
チョーカー型やアンクル型等で、効果は清涼感を与える物が多かった。
ひょっとすると、汗を気にしているのかもしれない。
寒暖差が緩いとは言え、やはり夏は暑い。ただ、汗を掻くのはドレスを着る女性ばかり。構造的に仕方が無いのかもしれないのだが、暑いのを我慢しても汗は誤魔化せない。其処で、清涼感を与える魔具を身に着けていれば、少々の暑さならば気にならなくなり、其れに伴って発汗も抑えられるという事だ。
当然ながら、この魔具店では購入しない。
「お姉様、購入なさらないのですか?」
「そうね、ついでで立ち寄っただけだから」
「………?」
そういう事にしておこう。
その後も、雑貨店等を適当に巡って売れ筋を確認しながらミリアとの買い物を楽しんだ。
帰宅後、私宛に来ていた手紙を読む。
(おや……?)
差出人はワショック男爵。
例の商人との会談をセッティングしたとの連絡だった。
(予定を変更した?勝手に?)
流れ的には、私がワショック男爵の領地へ赴き、コメの現物を確認する。そのコメ次第になるが、北方から来た商人との会談を行う。その後の流れは臨機応変に…という予定だった。
なのに、何故か手紙の内容には既に会談の日程が記載されている。
「ユリア様、此方が手紙と一緒に送られて来た物になります」
(……成程、だからか)
リンから受け取った小さな袋に入っていたのは、コメだった。
現物を先に渡し、予定を早めたのかと納得する。と同時に―――
(一言くらい、先に伝えて欲しかったなぁ)
作物の収穫量が減って焦るのは解るのだが、もうちょっと気を遣って欲しかったと思うのは我儘なのだろうか?
(まあ良いか……)
気を取り直し、コメを良く観察してみる。
(インディカ米の一種に近いかな?細長いし、視た所、普通に炊いてもポサポサした仕上がりになるみたいだし、粘りも少ない)
品質が低い。
恐らく、“責任は問わない”という言質を利用されて、態と品質の低いお米を持って来たんじゃないかと思う。国で余り気味で困っている品の在庫処分じゃなかろうか。
だとしたら―――
(相当性質悪い商人だよねぇ……)
此れは事前情報無しで相手をするのは危険かもしれない。
日程は調整されてしまっている。
断れない事は無いが、その場合、次の会談に不利な状態で臨まないといけなくなってしまう。
其れは嫌だ……。
(頻繁に頼るのも抵抗があるけれど……)
情報収集に、又マリウス達へ依頼を出そう。
幸い、前回の報酬として連絡用の魔具を渡している。私にも利点があるから。
こうも早く利用する事になるとは思わなかったが、急ぎだからと自分に言い訳をする。
『はい、アンドロマリウスです』
「ユリアです。ちょっと急ぎで依頼したい事が―――」
依頼したい内容を、経緯と共に説明する。
直接顔を合わせていないからか、思ったよりもマリウスの反応が落ち着いている。
「――という訳なの」
『委細承知致しました。我々にお任せください』
「ええ、宜しくね」
会話が終わり、魔具を停止させる。
此れで、取り敢えず情報は幾らか集まるだろう。全く何も知らない状態よりは、マシになる筈だ。
(さて……)
私は私で、ちょっくら助けた少女の様子を見て、調べものでもして準備を整えようかな。
数日後、マリウスから報告された驚愕の内容に、私は嘗てない程の同業者への怒りを覚えた。
(ふっ、ふふっ、ふふふふふふふふ―――――赦さん)
ブクマと評価、ありがとうございます。