王城の庭園でお茶会~トラブルを添えて~
自分が動く事無く終わっていた例の件だが、知りたかった緑茶を横流しした貴族は判明した。
私の想定とは違い、騒ぎを起こそうとした商会とその裏に居た貴族は別口であった。
該当者は3人。何れも、直近でお金に困っていたのが理由らしく、その内2人は常習だったようだ。寧ろ、王都のみとは言え今迄気付かなかったのは情けない気分だった。
その辺は一先ず置いておいて、今日は王城で行われるお茶会当日なので、私は気合を入れ直していた。
まあ、お茶会と言っても内容事態は小ぢんまりとしたものだと聞いている……が、参加者が私以外皆王族なので正直言うと遠慮したかったというのが本音だ。
とは言え、参加するにはきちんとしないといけない。服装然り、手土産然り……同伴者は無しなので、今回リンはお留守番。
私が家を出る時の寂しそうなあの表情は、少々心苦しいものがあった。
代わりと言う訳では無いのだが、スーとルーとムーがついて来ている。ティアも来たがっていたが、残念ながら姿を隠せないのでお留守番だ。
心配なのは、留守番が決まってから「ならば、妾は山へ遊びに行ってくるのじゃ~」と言っていた事だ。
私が不在の時には、結構な頻度で行っているらしいのだが、ちょっと心配である。ただその理由は、“危ないから”ではなく“危なっかしい”からで、怪我をする方ではなく何かやらかさないかの方だったりする。
馬車に揺られながらスーをモフり、心を落ち着ける。
そう時間は掛からず到着し、毎回私を案内してくれる使用人の方が待っていた。
「お待ちしておりました」
「本日も宜しくお願いしますね」
「勿体無いお言葉です」
軽く挨拶も済ませ、いつも通りに私はついて行く。すると、今日は何故か最初から全然違う方へ向かって行く。
その事を不思議に思っていると、私の疑問に気付いた案内の方が教えてくれる。
「本日のお茶会は庭園にて行われるとの事です。最初に説明しておくべきでした、申し訳御座いません」
「ああいえ、特に謝っていただく程の事ではありませんので……」
お心に感謝をと続けて再び歩き出していくのを見て、私も其れに続く。
数分くらい経つと、立派な庭園が見えてきた。
所々にベンチが配置してあるのは、好きな場所で腰を落ち着けて花を楽しむ為なのだろう。
配色で分けてあるのか、暖色の多い区域と寒色の多い区域、両方を同じ割合で混ぜてある区域がある。他には、中央付近には白色を多く取り入れていた。
今回のお茶会はその中央で行われるらしい。私が到着した時には、既に皆様勢揃いの状態だった。
(いやいや、プレッシャー強いから……)
王族が先に待つってどういう事よと思いつつ、顔には出さないように努める。
(普通は私が到着した後に来るものなのでは……?)
時間に余裕を持って来た筈なのに、此れでは遅れて来たみたいに思えてしまう。
と、そんな私の心情を余所に、王妃様―――いや、既に退いているので先王妃様だった―――が私に気が付いてにこやかな表情で手を振ってくる。
「いらっしゃいな。早く座って、ユリア」
そう言って貰えるのはありがたいのだが、あくまでも今日の主催は王太子……もとい、国王陛下だ。
なので私は目礼で返し、先に陛下への挨拶をする。
「お招きに預かり光栄です。遅れてしまい申し訳御座いませんでした」
初手謝罪。時間に遅れた訳では無いが、私が最後だった事実は変わらない。こういった場合、理不尽にも感じるが私が遅れた事になる。
そうして、新たに王妃様となった方とは初対面だったので改めて名乗ったのだが、何やら感心されている。
「遠慮せず座ると良い。そう畏まる事は無いさ。何せ、今回は礼を言う為に招待したのだから」
着席の許可が出たので座る。
招待状にも礼をする為とあったが、なら何故同伴者がダメだったのかと問いたい。
私の着席と同時に、控えていたであろう使用人達が一斉に動き出し、お茶と茶菓子を出し始める。私が最後だったからか、別に用意されていたらしきポットから香りが強めの紅茶が注がれる。
「ユリア卿の好みに合うかわからないが、今回の為に用意した希少な茶葉だ。是非とも楽しんでくれ」
(卿って……)
初めて卿と付けられた。其れも、何故かは知らないが家名呼びではないときた。
まあ良いかと思い、淹れられた紅茶に手を伸ばそうとした時、カップを突いているムーを見て動きを止める。必死に前足―――と言って良いのかわからないが―――でカップをつんつんしているその姿は割と可愛い……のだが、持ち手の部分に陣取っているのでカップが持てない。
「ユリア卿?」
中途半端に手を出した状態で固まっている私を怪訝に思ったのか、陛下が声を掛けてきた。
其れに対し「いえ……」と濁しておいたが、私はムーが何をしたいのかが気になってきていた。
ムーは普段、スーの頭の上に陣取っており、其処から動かない。他の人が居ない場所で、私が精霊達に癒されたくて戯れる時には降りるのだが、其れ以外では初めてだ。
――ひょっとして紅茶を飲みたいのだろうか?
そう思い始めた私に、今度はルーが話し掛けてきた。
『ユリア、ユリア』
「………?」
『アレ、アレ、マザッテル、マザッテル』
(……混ざってる?)
異物混入かと当たりを付けた私は、目の前の私に用意された紅茶を視た。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
《名称》
タンヤン紅茶
《種別》
紅茶
《特性・特徴》
柑橘を思わせる香りを持つ紅茶。本来ならば雑味が無く、甘く上品な味わい。
乾燥させたトーヘキ草が極少量混ぜられている為、雑味が出ている。飲むと軽度の意識障害が起こり、問い掛けに対し反射的に返答するようになる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
(ほぅ……。で、トーヘキ草とは?)
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
《名称》
トーヘキ草
《種別》
毒草(野草)
《特性・特徴》
寒冷地で育つ野草の一種。日陰を好み、湿気の多い場所に自生する。摂取すると脳に障害を起こすが、分量を抑える事で自白剤を製作する事も可能。健康体【中】以上で無害化する。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
(誰の仕業か……探るか)
「私の紅茶を淹れてくださった方は、何方でしたかしら?」
私が振り返りながら問うと、使用人の皆さんの視線が1人に集中する。
その注目された使用人は、おずおずと手を挙げて「わ、私です」と申し出た。
陛下達は何ぞ?と不思議そうに見ていたが、先王妃様は一瞬だけ小首を傾げた後すぐに楽しそうな表情になった。……何か勘付いたのかもしれないが、静観する気のようだ。
取り敢えず私は陛下達の視線を無視し、近付いて来た使用人に紅茶のカップを差し出す。
「飲んで」
「は?…あ、いえ……その、何故でしょうか」
「あら、解らないの?」
「は、はい」
使用人が肯定した瞬間、私の足元で寝そべっていたスーが起き上がり、体を引っ付けて寄り添う。
私の質問に対し、嘘の返答があった時の合図だ。
「そう?でも其れなら其れで構わないわ。飲んで」
「い、いいえ。そういう訳には参りません!」
強く否定した使用人は、顔色が少し悪くなっている。
「残念ね。拒否するのなら、先程のは嘘だと判断するしかないわ」
「………仰っている意味が解りかねます」
「そうね。なら率直に言うと、貴女はこの紅茶を飲むか知っている情報を吐くかの2択しか無いの」
「……………」
黙り込む使用人。
別に其れなら其れで構わない。時間を稼いでいる間に記憶を視るだけの事。
「ユリア卿?いったい何が…その紅茶に何か細工でも?」
流石に今の言葉で察したらしく、陛下の表情が険しいものに変わる。
が、私は今忙しいので、その質問に答える余裕は無い。
(今朝は違う……昨日も接触無し………その前も……………まだ視えない)
随分前から計画されていたらしく、数日程度遡っても出てこない。だが、茶葉に混ぜたのは目の前の使用人が自らの手で行っていた。
俯いたまま動かず、喋らない使用人。其れに対し、紅茶を差し出した体勢のまま動かない私。
周囲の目にはどんな風に映っているのだろうか……。
とても間抜けな気がする。
(………あった、2週間程前)
「サギール伯爵」
「――っ!!?」
ボソッと使用人にだけ聞こえる声で呟くと、面白いくらいに反応した。
「貴女の口から語られれば、貴女の罪は軽くなるかもしれないわね?」
「うぅっ……ごべ…ごめ゛んな゛ざい~」
頽れて泣き始める使用人。
何も泣かなくてもとは思うが、この後の展開を想像して恐怖したのかもしれない。
他の使用人達には声が届かない距離なので、この状況にいったい何事かと騒ぎ始める。
「静まれ!お前達は指示があるまで外していろ!!……ユリア卿、説明を願えないだろうか?正直何が起きているのか把握しきれていない」
陛下の喝で落ち着きを取り戻す使用人達。そして、指示に従って行動し始める。その一糸乱れぬ動きには、ただただ感心するばかりだ。
私の目の前の使用人を除いた全ての使用人が居なくなった事を確認し、陛下は私に状況の説明を求めた。
「私に淹れられた紅茶に、混ぜ物がしてありました」
「何!?」
私の言葉に、更に表情を険しくした陛下が使用人へ顔を向ける。
「君は……確か、サギール伯爵が後見だったな。何をした…いや、知っている事を全て話せ」
「っ!?……わ、わた…わたしは……うぅぅ……はぐじゃ…ま゛の……」
なかなか泣き止まない所為か、はっきりとした言葉になっていない。
本当なら我慢すべきなのだろうが、私は段々とイライラしてきた。
(……いや、このまま言霊で落ち着かせようか)
「『落ち着きなさい』」
「――っ!!」
使用人は一瞬ビクッと震えた後、涙が引っ込んだように止まった。
そんな自分の状態に戸惑っているのか、信じられないといった様子で顔や体をペタペタと触り始める。
「落ち着いたのならばさっさと話せ」
「――はっ、はい!」
陛下に急かされ、使用人は話し始めた。
彼女は、サギール伯爵の後見で王城の使用人として働いているそうだ。
王城勤めには2種類ある。
1つは、貴族子女が親の意向で働く場合で、身元がはっきりしているので大して労せず職に就ける。理由には箔を付ける為であったり、矯正の為であったり、花嫁修業の為であったりと様々だ。
もう1つは、元貴族の家系で現平民又は傍系の子女が働く場合で、王城で勤める貴族の後見によって身元を保証する事で職に就ける。理由には優秀な者を後々養子として引き取る為というのが主である。
つまり彼女は後者で、いずれはサギール伯爵の養子になる予定だったのかもしれない。
サギール伯爵は、私が陛下―――当時は王太子―――からお茶会に招待された事を知り、イラついていたそうだ。何故城勤めでもなく何の役職も無い、当主になったばかりの小娘が重宝されているのかと。
そしてサギール伯爵は考えた。
そのお茶会で私が何かしらの失態を犯せば、陛下も目を掛ける必要は無いと思い直す事だろうと……。
言うは易く行うは難し。
放っておいて失態を犯すとも思えず、サギール伯爵は何とかして私が失態を犯すよう計画を練った。しかし、お茶会は主催者と招待された者しか参加できない。となると、給仕を行う使用人に目を向けるのは当然の流れであった。
王城で、サギール伯爵が後見している使用人は3人居るらしい。実はこの人数、過去から見ても多いのだそうだ。
そして今回、お茶会の給仕を担当する人員が決まった時、彼女が選ばれている事を知って紅茶にトーヘキ草を混ぜるよう指示した。
という事らしい。
「……何故断らなかった?」
陛下が当然の疑問を尋ねる。
「其れは、母を……母に危害を加えると仄めかされましたので……」
「ふむ。しかし、こうして失敗した以上、実際にサギール伯爵が危害を加える気なのであれば、母君が無事とは思えないが」
「……え?」
「当然だが、この騒ぎは城勤めであれば耳に入る事になる。早いか遅いかの違いはあるだろうが、失敗した事がわかれば、サギール伯爵が腹いせに君の母君に何かしても不思議では無い」
「そ、そんな………」
陛下の言葉に絶望した彼女は項垂れる。
だが私は、今の話を聞いて違う事を考えていた。
(本当に?)
サギール伯爵が彼女の母親に危害を加える……という話の事では無く、そもそもの話、王城に勤められるような人が、安直に今回のような事件を起こすだろうか?
私が視たのは、彼女にサギール伯爵が接触したところだけである。スーは反応しなかったし、彼女の話に嘘は無かった筈なのだが、どうにも腑に落ちない。
サギール伯爵の動機が、彼女の話した内容で全部とは思えない。
(他に協力者…又は黒幕が居るって言われた方が納得できる)
とは言え、サギール伯爵が彼女を唆したのは間違い無い。未遂ではあるが、何かしらの罰はあって然るべきだろう。と言うか―――
(お咎め無しだったら私が赦さない)
――被害者なのだから文句を言う権利はある。
其れは其れとして、私が気になった事を聞いてみる事にした。
「サギール伯爵は、どのような方なのでしょうか」
「ん?ああ…ええと、彼は保守派で……って、あぁそうか!」
「……?」
話の途中で急に何かに気付いた様子の陛下。
私と王妃様は訳が解らず首を傾げる。先王妃様は変わらず楽しそうにしている。
「サギール伯爵の属する保守派は、ユリア卿を敵対視しているんだよ。ひょっとすると、今回の件は此れを片付けたところで終わりとはいかないかもしれない」
保守派は、自分達の地位を脅かしそうな私を目の敵にしている人が多いらしく、もしその人達が関係しているのならば表立って動いたのは今回が初めてだが、陰で私の事を貶している様子は度々目撃されていたそうだ。
その話を聞いて私が先ず思ったのは―――
(私は地位なんか要らないんだよ!!)
――勝手に危機感を感じて私を巻き込まないでくれ……だった。
どうやら私は、未だ平穏から遠い場所に居るらしい。
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