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トンネル開通作業と魚醤の作成

 マリウスから増えた信者を紹介されて、早数日。

 私は海へと繋がるトンネルを掘っていた。

 幸いにも直線で繋げて問題無いと判明したので、最短距離で掘り進めている。


 作業する前、迷宮(ダンジョン)の復元作用を問題視し悩んでいた私に、ティアがあっけらかんとした口調で「現物で固めれば良いのじゃ」と告げた。

 トンネルは最短で繋げたい。でも、迷宮(ダンジョン)化している範囲は復元するから他の場所―――通常の山部分―――を掘り進める必要がある。となると、私は兎も角、他の人が移動する際に遠回りになってしまうから不便になる。

 そう考えていた私の前提は、先のティアの発言で覆された。

 詳しく聴くと、復元するのは()くまでも空気に触れている面のみらしい。原因は魔素と魔力の関係がどうたらこうたら……。私には難しすぎて半分も理解できなかったのだが、魔力に転じる際に復元効果が働くのだとか。

 其れはさておき、つまりは掘り進めて露出した鉱物を加工し表面を覆ってしまえば、その状態を保持するのだそうだ。人の手が入っている迷宮(ダンジョン)には、必要な鉱物がある区域(エリア)以外は固めてしまう所もあるのだとか。

 ならば早速と、最初は数メートル程度掘った部分をそのままアーチ状に固め、更に数メートル掘った部分はそのまま放置して様子見してみた。

 すると、ティアの言った通り固めた部分には変化が見られず、放置した部分からは僅かながらに復元の兆候が見られた。

 聞いていた通りの現象だったので、予定通り掘って固めてを繰り返す。


 半日と掛からず、海側へトンネルが繋がった。幅は大きめの馬車2台が並べても余裕があるくらい。

 ただ、現状では繋げただけでトンネル内部は暗い。

 将来的には一般人も通行できるようにしたいので、ついでにと地面の整備はしておいた。照明は後日かな……。

 現状、トンネルを勝手に通るような人は居ないと思うが、念の為入口は塞いでいる。陸側は心配していないが、海側から何者かが現れないとは限らないからだ。…とは言え、船が近寄ろうとも近海に生息するシーサーペントが襲いそうなものなのだが……。いや、魔術や魔法があるのだから、何かしらの対策があるのかもしれない。

 やはり用心は必要だろう。


 ともあれ、作業は一段落した。そして今度は秘密基地を訪れている。精霊達とティア以外には誰にも教えていない、本当の意味での秘密の場所だ。秘密基地と言っても、外観はちょっとした小屋で、内装はキッチンとリビングのみとなっている。

 ここでは調理用器具や設備を揃えており、採算度外視で製作した魔具のオンパレードである。当然ながら売り物にはできず、こうして自分でこっそり使うだけの物である。売れない理由は、コストが高い、作れるのが私だけ、作動に必要な魔力量が高い…等々と様々だが、単純に売ろうとすると普通の器具は兎も角として、魔具はどれもが超高額になるからというのが主だ。

 そしてこの場所の用途は、主に料理のレシピを開発する為の実験場と言った所。


「……ふむ、見た目は完全に魚醤になってる」


 この前乱獲した魚と、海水から抽出した塩を使って魚醤を作ってみた。時間を加速させた亜空間を利用し、今取り出した物は大体1年半~2年が経過している計算になる。其れを濾過し、液体のみになったものの色合いは完全に私の知る魚醤であった。


 因みに、塩は前世での知識を参考にした。沖縄で生産されている“命の塩”という意味の名を持つ塩は、ミネラル成分―――その種類―――の多さでギネスに登録されたと聞いた事がある。利点は他にもあり、多少使い過ぎても塩分過多にはならず、身体にとても良いのだとか。そして、私としては此方が重要なのだが、毎日摂取する事で生理痛の軽減にもなるらしい。当然ながら個人差があるが、私としては少しでも軽減されれば非常に助かるので切実だ。


 濾過中は臭いがきつく、スーが泣きそうな目でか弱い鳴き声を発した為、私は慌てて臭いが籠らないよう外に逃がした。

 濾過したものだけでは量が少なく、香りも味も濃い。なので、残った魚の残骸を煮詰め、其れも濾過してみる。

 味は多少薄いが、此方も十分魚醤と言える。

 と言う事で、両方を混ぜてみると程良い味に仕上がった。


「一応完成かな……」


 本音を言えば、大豆から作る醤油が欲しい。

 しかし残念ながら、大豆や其れに類する情報は入って来ない。

 無いものは仕方が無いので、こうして魚醤を作ったのだ。



 保存しておいた物を全部濾過し、魚醤を完成品にし終わる頃には日が暮れ始めていた。

 濾過中は時間が掛かって暇になるので、最初に作ったものを使用してみた。料理は炒飯擬き。米の代用として、小麦粉を捏ねたものをちねった。正しい表現かは知らないが、某無人島生活でのコンビ芸人さんで、「とったどー!」でお馴染みの方がそう言っていたので真似してみた。

 非常に時間が掛かる作業だが、暇潰しには丁度良かった。胡椒は最近交易品にある事を知り、交渉して買い取っている。今は栽培にも着手しているので、その内安定供給できるようにはなるだろう。

 そんな事をぼんやりと考えていると、ふと夕方には戻ると告げていたのを思い出し、私は急いで片付けをしてから転移で帰る。

 私が戻った気配を感じ取ったのか、直後に部屋の扉がノックされる。


「どうぞ」

「失礼致します」


 入室してきたのはリンだった。


「中で待機してても良いって言ってるのに……」

「いえ、以前のような事故(・・)が起きてはいけませんので」

「あー…あはは……。あの時は本当にごめんなさい」

「ああいえ!責めている訳では御座いません!!」


 私の謝罪に慌てるリン。

 あわあわしているその様子は見ていてちょっと和むが、私は本気で申し訳ないと思っている。


 事故と言うのも、転移ができるようになったばかりで、する際の決まり事が特に無かった頃の事。

 私は基本、家に転移する時は自分の部屋に転移している。そして、ちょっとした用事で短時間出掛ける時には1人で行く事が多い。

 その日も、私は数分くらいで終わる用事で出掛けていた。

 リンには出掛ける事を告げ、余り時間が掛からないから部屋に居ても構わないとも伝えていた。

 事実、私はすぐに戻って来たのだが、その時リンは部屋に居なかった。

 何かの用事か仕事が残っていて出て行ったのかな?…と、私は深く考えなかった。

 しかしその後、そう時間を置かずにリンが何処にも居ないと騒ぎになる。

 その騒ぎを聞き、漸く私はリンが転移で私と場所が入れ換わっている可能性に気が付いた。私の使う転移は、転移先に存在するものと入れ換わる性質を持つ。

 慌てた私は、急いでその場所へ転移し、隅で涙目になっているリンを発見した。

 私の姿を見たリンは涙声で「ユ、ユリアさまぁ~」と言いながら私に抱き着いてきた。

 半端ない罪悪感だった……。

 私のちょっとした用事とは、秘密基地の内装を整える事だった。

 当時の秘密基地には、まだ調理用器具や設備は無かった。ちょっとずつ、誰にも言わずに進めていた。

 そういった事もあり、出入りする扉や換気用の窓はあるものの、開ける事はできないようにしていた。不在の間に、虫が入り込まないようにする為でもある。

 その結果、偶然にも私と入れ換わってしまったリンは、その場から出る事もできず、助けも呼べなかったのだ。たった1人、突然見知らぬ場所へいつの間にか移動していたという状況は、心細いという言葉では生温いに違いない。

 私は全力で謝り倒した。途中から私も涙を流すくらいには、本気で大変な事をしてしまったと後悔していた。

 其れからは、転移する際の決まり事ができた。

 転移先に人―――特に身内―――が居る可能性がある場合、予め転移する場所を決めておき、其処以外には転移しない。そして、私以外は決められた範囲内には立ち入らない。清掃等で立ち入る場合、明確に私の居場所や行動予定が把握できている上で、私が転移で戻ってこない時間に限定する。

 言い方はあれだが、要するに私が転移で部屋に戻ってくる可能性のある日は、事前に伝えておこうというだけの話だ。


 リンは気にするなと言うが、当時を思い出した私はそういう訳にはいかないと思った。

 リンは、当時自分が泣いた事で私に謝罪をさせてしまったと落ち込んでいたのだ。

 何も悪くないというのに……。

 だから―――


「ねえリン、此れを新しく作ってみたの。魚醤って言うんだけれど、料理の味の幅が広がるのよ!!」

「…ユリア様?……いったい、何時の間にお料理をされたのですか?」


 ――私は怒られる方を選択した。


「ま、まあまあ…其れより、此れを料理長にも試してもらおうと思うの。一緒に行きましょう?」

「いえ!此方はもっと大事な事です!…ユリア様にもしもの事があってからでは遅いのです!!なので刃物や火を扱うようなお料理は、ユリア様自身がやってはダメだとあれ程―――」


 私は、近しい人が落ち込んでいるような暗い表情をしている姿を見るのは嫌だ。

 そんな表情を見るくらいならば、怒っている表情の方がよっぽどかマシである。


「――聞いていますか!?ユリア様!!?」

「ちゃんと聞いているわ」


 先程迄の俯き気味ではなく、やや前のめりな姿勢になったリンを見て、僅かながらに嬉しくなって頬が緩んでいる私は、何がとは言わないが少々手遅れなのかもしれない……………。





 久しぶりにリンのお説教を聞き終えた私は、夕食後に厨房へリンを伴って訪れた。

 場の空気を変える為とはいえ、リンの前で魚醤を取り出したのだから、以降隠れて行動する意味は無いと判断したからだ。

 まあ、隠していた理由も、ただ単に私が料理をする際に怪我をしてはいけないとリンが嫌うからというだけである。私が料理をしようとすると、必ずリンが率先して行い、私には指示しかさせてくれない。ちょっとどころでは無く過保護なのだ。

 と言いつつも、貴族令嬢で料理をするのはとても珍しい。少なくともこの国では、自ら料理をする貴族令嬢は金銭的余裕の無い家くらいなものだ。その場合、令嬢だけが料理をする訳でも無いのだが……。


「……ほう、魚醤…ですかい?」


 料理長に渡したのは、小さめの瓶に入れたもの。色々と試すにはちょっと物足りないが、多く渡すと使い切る迄本業を忘れて没頭する悪癖があるので、このくらいの量を小出しにするのが丁度良い。

 案の定、初めて見る魚醤に目を輝かせている料理長は、矯めつ眇めつしながら早速何から作ろうかと考え始めている。

 こうなると他人の話を聞かなくなるのだが、見せる前に調味料である事と味の特徴は伝えたので、致命的な失敗作は作らないだろう。

 ぶつぶつと呟き始めた料理長を放置し、私とリンは厨房を後にした。



 私室へ戻っていると、後ろから「お姉様~」という声が聞こえてそのまま抱きしめられる。後頭部に幸せな感触がする。

 ミリアも随分と育ったものだと感慨に耽っていると、私を抱きしめている手がさわさわし始める。

 ゾクゾクッとしてきたので、私は誤魔化すようにして振り返り見上げる(・・・・)


「……ミリア?」

「あ、ごめんなさいお姉様。お姉様のお肌がすべすべで、手触りが良くてつい……」


 てへへといった感じに微笑むミリア。今日も妹が可愛いです。

 でも、スキンシップが過剰になってきている気もする。

 そんな私の心を知ってか知らずか、小首を傾げるミリア。直後、何かに気付いたかのようにハッとした表情(かお)をして、私の首付近に顔を寄せてくる。


「お姉様から知らない香りがします」

(………ワンコ?)


 と思ったが、よくよく考えると魚醤の香りは独特で、それなりに強い。

 更に、密室では無いものの私は長時間その香りのする室内に居た。衣類に香りが移っていても不思議では無い。

 リンにも指摘されなかったので、気付いていなかった。


「ああ、えっと…これはね、魚醤の香りなの」

「ぎょしょー?……ですか」

「そう、魚醤。新しい調味料よ」

「という事は、食事のばりえーしょんが更に豊富になるのですね?」


 ミリアには色んな話をせがまれるままにしていたので、私がうっかり使ってしまった言葉も憶えていたりする。しかも、教えた訳でも無いのに意味は大抵の場合で合っているので、ミリアは天才なのかもしれない。


「そうね、食事がまた楽しみになるわ」

「嬉しいです」


 ミリアも、私に負けず劣らず美味しい食事に目が無い。少し前から、どうすればより美味しくなるかを自分でも考えたりし始め、偶に厨房へ顔を出したりもしている。


(しかしまあ……)


 本当に、よく成長したものである。

 身長は私より頭1つ分と少し上で、胸は私より少し小さいくらい。でも、年齢からすれば十分過ぎるほどに大きい。

 ウエストも引き締まっているので、スタイル抜群である。

 身内の贔屓目を抜きにしても、美人になる事間違い無しだ。

 正直羨ましい……身長が。


「お姉様、眠る前に少し私の部屋でお茶しましょう?」

「ええ…それじゃあ、移動しましょうか」


 誘いに乗り、ミリアの部屋へ移動する。

 途中で母にも出会(でくわ)したので、一緒にと誘って3人で雑談しながらまったりと過ごした。


ブクマと評価、ありがとうございます。


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