また何か増えてた
育成院に預けた魚は、どれも私の知っているものばかりにしていた。
アジやサバ、サケなんかは見た目と名前が同じで判り易かった。他にサンマも居たが、見た目が少々違っていた―――角が1本生えていた―――くらいで、調理には問題無さそうだったので此方も渡している。しかし、見た目だけでなく名前も初見のものは私の亜空間に保管したままだ。
鉱山の時と一緒で、生息域に関係無く捕れた事でもしやと思いティアに聞いた所、案の定あの一帯の海も迷宮の範囲内となっているらしい。私がシーサーペントを見掛けた事を言うと、まず間違いないと返された。どうやら迷宮以外では基本生息していない魔物らしい。
其れを聞いて納得しかけた私だったのだが、以前テュールから聞いていた気配云々の話を思い出し、付近に生息していた事を不思議に思ってその事をティアに尋ねた。
すると―――
「あれは図体が大きい所為で、天敵が非常に少ないのじゃ。其れが原因なのじゃと思うが、危険を感じ取る能力が皆無となっておる」
――そう言われた。
其れを聞いて私は納得した。
野生動物でも、天敵の存在しない場所で過ごしていると危機管理能力が欠如すると聞いた事がある。詳しくは知らないが、其れと似たようなものなのだろうと思う。
其れは其れとして、連れ帰ったモグラの姿をした精霊だが、結局名付けて契約する事になった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
《名称》
ウー
《種別》
下級精霊(未成熟)
《先天的才能》
悪意感知【特】 無呼吸【特】 掘削【中】
言語理解(全)【低】 魔法才能(地・植)【中】
《後天的才能》
魔力操作【低】 魔素収集【低】
《契約者》
ユリア・ルベール
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
名付けに関してはスルー推奨で。
直に触ると、見た目以上にもふもふで驚いた。
意外と寂しがり屋なのか、朝起きると必ず私の胸の上で寝ているのを発見する。
そして今日は、マリウスからの要請で神殿へ向かう日。
一度、挨拶に伺うとの報せがあった時に、提案で『家に来れば』といった内容の手紙を送ると、『恐れ多いです』といった返事でやんわりと拒否られてしまった。
そのやり取りの際に、『挨拶は神殿で是非に』との事だったので私は了承したのだった。
(まあ、其れは其れとして……)
私には、とある懸念があったので先に確認しておく事にした―――――
神殿へ到着し、中の気配を探ると、既に複数の気配があった。
(うわぁ、やっぱり………)
嫌な予感とは、よく当たるもので……。
私は気合を入れ直し、リンが扉を開けてくれたので中へと入る。
「お待ちしておりました。ユリア様」
とてもにこやかに、正面に居たマリウスが挨拶をする。
「ええ、久しぶりね。皆、元気そうで何よりだわ」
「「お久しぶりです!」」
「お、おおおぉおぉぉぉ……私共のような者に迄気をお配り頂き、感激で御座います!」
(うわぁぁ………)
前よりもうざ……大袈裟になっている。
私は、もう既に帰りたくなっている気持ちを抑え、マリウスの後ろに控える人達を見て尋ねる。
「其れで、今日は後ろの人達の顔合わせ的な紹介?」
「流石はユリア様、仰る通りです。右から順に、パイモン、グシオン、シトリーと言います。……前に出て挨拶を」
マリウスの言葉に、後ろに控えていたうち初見の3人が前に出てくる。
「パイモンでス!会えて光栄でス!!」
「お前はもう少し言葉使いが何とかならんのか?……失礼致しました。グシオンと言います」
「シトリーですわ。ユリア様とお会いでき、至上の喜びですわ」
(また濃い面子だぁー)
「よ、宜しくね……」
元気いっぱいな子供という印象を受けるパイモン。
その子を窘めつつ、執事然としているのがグシオン。
最後のお嬢様口調の娘がシトリー。
ただ、実を言うと私は、此処へ来る前にこの3人の名前だけは知っていた。
その理由は―――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
《名称》
パイモン
《種別》
魔人
《先天的才能》
健康体【高】 潜伏【中】 気配隠蔽【低】
魔法才能(水・暗)【特】
《後天的才能》
俊敏強化【低】 棒術【低】 近接格闘術【中】
自己治癒【特】 気配感知【低】 信仰【極】
《信仰》
ユリア・ルベール
《魔力保有量》
2,120/2,120(現在値/最大値)
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
《名称》
グシオン
《種別》
魔人
《先天的才能》
並列思考【中】 感情制御【高】 強靭【中】
魔法才能(火)【特】
《後天的才能》
重心安定【高】 近接格闘術【高】 暗器術【高】
気配感知【高】 苦痛耐性【中】 舞踏(洋)【高】
交渉術【高】 話術【高】 信仰【極】
《信仰》
ユリア・ルベール
《魔力保有量》
1,265/1,675(現在値/最大値)
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
《名称》
シトリー
《種別》
魔人
《先天的才能》
健康体【中】 魔力視【特】 魔力操作【中】
魔法才能(聖・癒)【特】 魔力特性(聖)【特】
《後天的才能》
重心安定【極】 短剣術【中】 暗器術【高】
護身術(体)【高】 魔力圧【中】
舞踏(洋)【極】 歌唱【高】 演奏【極】
催眠術【中】 誘導【中】 信仰【極】
《信仰》
ユリア・ルベール
《魔力保有量》
12,900/12,900(現在値/最大値)
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――またしても私を信仰していたからだった。
此処へ来る前、私は久々に自身の情報を視ていた。マリウスが態々挨拶をと言ってきた時点で、何となくそんな予感がしていたからなのだが、案の定信者が増えていた。
恐らくはマリウスの仕業だと思っている。
けれど、前回紹介されたヴェパルとオセの時もそうなのだが、一体全体何をどうすれば会ってもいない人を信仰できるのかと問い質したい。
まあその場合、私の精神がガリガリ削られそうな気がするので実際に問う事はしていないのだが……。
何にせよ、また個性的な面子を集めたものである。
3人共、私よりは年上なのだが、大人な雰囲気を持っているのはグシオンだけだった。
全員に共通するのは、魔人である一点。
他にもちょくちょく似通った点はあるのだが、全員という訳でも無さそうだった。後はマリウス以外の皆が魔法才能を持っている。
特にシトリーは、魔力保有量も高い。何となく魔法特化にも見える。才能や特性からすると、寧ろシトリーこそ聖女なんじゃないかと思えそうな感じだ。
だからこそ気になる催眠術だが……。
調べた所、自身の好きなようにする催眠ではなく、対象の意識を薄くする程度のものだった。掛けられた当人は夢見心地となり、その間の出来事があまり記憶に残らないようだ。
(や、十分脅威だったわ……)
好きに操れなくとも、記憶に残り難いのであれば悪用も容易いだろう。
犯罪に使っていなければ良いのだが……。
私は気を取り直し、忘れる前に今回の目的を果たそうと言葉を続ける。
「所で、拠点となる場所はもう決まったの?」
「いえ、残念な事に立地や条件の良い場所が見つからず……」
「条件?」
「はい。ユリア様の屋敷を監視する者達に、我々は余り姿を見られない方が良いと考えております」
(私のじゃなくて父の屋敷なんだけれど……)
本気かどうか判断に困るマリウスの勘違いに、私は口を挟むか挟むまいかで悩む。
「しかしながら…必要になった場合、可能な限り迅速にユリア様の許へ馳せ参じる為にも近場を探しておりました」
(いや、転移扉があれば距離は別に……って、言ってないんだったっけ?)
そう言えば、何処迄私の事情を説明してたっけ?…と、私は自分の記憶を遡る。
「ですが、やはりと言うべきか…そんな都合の良い物件や土地はそうそう見つかる筈も無く……」
(其れはそうでしょう)
「ユリア様への陳情と共に、相談させていただきたく……」
(そんなついでみたいな―――――って)
「陳情?」
「左様です。お恥ずかしながら、以前報告させていただきました神殿の件に御座います」
マリウスは一旦言葉を切ると、真剣な表情になる。
一体どれ程深刻な問題が―――
「祀るべき女神様の像の制作が上手くいかず、ユリア様のお手を煩わせてしまうのは大変心苦しいのですが、ご協力をお願いしたく思いまして」
――大袈裟だった。
(陳情と言うからどんな事かと思えば……)
内容を聞いてみれば、陳情と言うほどの事では無かった。
どうやら私が造った女神像と同等……とまではいかなくとも、限りなく近しい物を造ろうとしたらしい。
だが、当然の事だが部外者をこの神殿に入れる事は許していないし、存在を教えるのも禁じている。マリウスの連れて来ている人達でさえ、何故か私を信仰しているからぎりぎり許容しているだけだ。
しかしそうなると、写真のような技術のないこの世界では、口頭でその造形を彫刻師に伝えるしかなく、思う様な仕上がりにならないのだそうだ。
勿論普通に見れば、毎回十二分に素晴らしい彫刻が出来上がっているそうなのだが、求めているのは芸術的、美術的価値のあるものではなく、最も実物と似通った容姿をした像なので意味が無い。
……と、そういう事らしい。
「まあ、造るくらいならすぐ終わるから構わないけれど」
「おお!ありがとうございます!!ありがとうございます!!」
(何か、会う度にウザく―――――暑苦しくなってる気がするなぁ……)
それじゃあ早速と、私は手持ちに材料があったのでこの神殿にあるものと同じ大きさで女神像を造り始める。
心なしか周りからの視線が強くなったように思うが、できるだけ気にせず集中する。
造るのも2度目という事もあってか、最初の時よりもスムーズに造形が進む。
(そう言えば、最近全然会ってないな)
造りながら、レイエルとも暫くの間会っていない事に気が付く。
と言っても、用事が無いから会おうとも思わなかった訳で……。
なんて事を考えていると、女神像が完成した。
そして造ってから思う。
(どうやって運ぶ気なんだろう?)
等身大で造ってある為、当然大きい。そして重い。
この神殿の扉は両開きなので出し入れには問題無いが、其処から先が問題だ。山の中にある所為で、交通の便も悪く、普通に運搬する難易度が非常に高い。
「完成したけ―――――どぉ!?」
言いながら振り返ると、物凄い至近距離で私を―――正確には私の手元―――見ていた。その表情は真剣だったり、驚愕だったり、心なし瞳が輝いていたりと様々だった。そんな顔が綺麗に整列している姿が異様に映る。せめてもの救いは、リンが其れ以上近付けまいと体を張って止めてくれている事だろう。
私が引いている事に気が付いたのか、マリウスが咳払いをして全員の注意を惹く。
「ユリア様に手掛けて頂いて恐悦至極に御座います」
満足そうにしているマリウスに、先程の疑問をぶつけてみる。
「運搬はどうするの?」
「その事でしたらご心配無く。私共で行いますし、無関係な者をこの場へ近付けるような事も御座いません」
「そ、そう……」
満面の笑みで断言されるも、私はその手段が知りたかったのだが……。
其れ以上は言う気が無さそうだったので、仕方なく話題を変える。
「そう言えば、拠点は未だという話だったけれど、海沿いとかどうかしら?」
「海沿い…で御座いますか?」
「ええ、将来的に港を建設したいのだけれど、其処の監視を兼ねた管理者が欲しかったところなの」
「ふむ。……其れはもしや、此処から更に南側の事でしょうか」
「そうよ。良く知っていたわね」
リーデル領の南に海がある事を知っている人は意外と少ない。
その知っている人も、学院に通った事のある人か一部の地図を見た事のある人くらいだ。其れに、地図は結構な値がするし、種類もある。国全体の地図かリーデル領の地図にしか海は載っていない。
マリウスの生い立ちの全てを知っている訳では無いが、前職から考えるに、そういった知識は持っていないと勝手に思っていた。
「其れは勿論、ユリア様のお役に立つ為に見聞を広めていたのです」
「……………」
「ユリア様に救って頂いたあの日から私は新たな人生が始まったと思っておりますしそもそも其れ迄の人生は生きていたと言えるようなものでは無いのだと確信しておりますしあの時の私は只々過行く生産性の無い日々を惰性で過ごす人形のようなものでありましたにも拘らずそんな私がユリア様へ危害を加えるといった無礼千万な思想を抱いていた事そのものが間違いでありしかしながらその愚かな所業のお陰でユリア様に巡り会えたのだと思えば当時の私にも情状酌量の余地もあるのかもしれませんが―――――」
(何これ怖い怖い怖い怖い―――)
ノンブレスで恍惚とした表情で喋り続けるマリウスに、恐怖を感じる。
いや本当に、背筋に悪寒が走り、冷や汗も流れ始めている。
今こうして私が戦慄している間にも、マリウスの喋りは止まらない。
思わず一歩後退る私。しかしマリウスは気付く様子もなく喋り続ける。
果たして何時終わるのだろうか?
自覚があるくらいに私の頬が引き攣り、微笑みが維持できなくなってきた時―――
――スパァァァァァンッ!!
と、リンがマリウスの額を叩いた。
「くはぁっ!?」
「落ち着きなさい!ユリア様が話せないでしょう!!」
カッコ良い、惚れそう。
年上でも全く退かない、リンの凛とした顔が―――――何でもありません。
他の面々も、叩かれたマリウスを見て笑いを堪えている。いや、堪えようとしている。パイモンは顔を逸らして笑っているが……。
兎に角、此れで私が口を挟む余地が生まれた。
「ま、まあ…取り敢えず、管理者を請け負って貰えるのなら、住居を提供しようと思うのだけれど、如何かしら」
「くぅ…お、おま―――」
「お任せくださいませ」
マリウスの返事を遮り、シトリーが了承してくれた。
此れ以上マリウスの相手は精神的疲労が強そうな気がした私は、そのままシトリーに伝える。
「それじゃあ、また改めて連絡するから、其れ迄の間は申し訳ないけれど領内に留まっていて欲しいの」
「承知いたしました。宿はそのまま今の場所を利用致しますので、連絡は其方へお願い致しますわ」
「ええ、わかったわ。ありがとう」
「勿体無きお言葉です」
(この娘も大袈裟だなぁ)
恭しく頭を下げるシトリー。
できれば普通に接して欲しいが、長い目で見ようと思う。
確認も済み、話しておくべき事も話し終わった。
はい、じゃあ解散!
となった直後、去り際にマリウスが一言―――
「ああ、そうでした。ユリア様に仇成す者は処分しておきましたので」
――爆弾発言をサラッとして行った……………。
ブクマと評価、ありがとうございます。