隣のおうちの風の乙女
テスト期間で死んでいます。
今回も物理がやばそうで、いえ、もう赤点確実なので、現実逃避に投稿しました。
誤字脱字、おかしなところ等、いつものことながらあると思いますが、その頻度が高かったら間違いなくテストと連日の寝不足のせいです。
温かい目で見てください。
私のお隣さんは、風の乙女だ。
誰も気づいていないけれど、間違いない。
だって、時々何もないところに向かって喋っているし(これだけ聞くと超変人だけど、風の精霊と話してる、んだと思う)、洗濯物が飛ばされちゃったときなんか、かなりの確率で回収してくれるのだ。
村の奥さんがたはすごい偶然ねー、って言ってのほほんとしているけどさ、いや、おかしいでしょ?
誰か突っ込もうよ!
魔法もなにもない世界で、毎度毎度タイミングよく逆風が吹いて洗濯物が戻ってくるわけないじゃん。
「エリー」
脳内突っ込みを繰り広げていると、綺麗な声が私の名前を呼ぶのが聞こえた。
「フィー」
「エリー、またこんなところにいた」
きらっきらの笑顔を惜しみ無く向けてくれるフィーに、精一杯の笑顔を返す。
フィーは美人だ。
抜けるように白い肌、日の光のような金髪はさらさらで、瞳は夏の晴れた空みたい。
同姓のなかでは華奢だけど、とても綺麗な体つきをしている。
いろんな所に贅肉のついた私からしたら、羨ましい限りだ。
小さな頃はフィーばかりが誉められるのが苦痛で、あちこち逃げて、隠れ回っていたのだけれど、誰も探してくれないし。
たまたま見つかったときなんて、見つけた奴がヴッドのやつで、色々言われて腹が立つやら悔しいやら、悲しいやらで大泣きした。
ヴッドは騒ぎを聞き付けた大人に滅茶苦茶怒られてたけど、知らないもの。
そんなことがあって以来、フィーが私を探しに来るようになった。
最初は嫌だって抵抗していたけど、フィーは根気よく付き合ってくれた。
ほんと出来た子だよ。
心身ともに成長するにつれて自分の中で折り合いが付くようになって、自分の理不尽さも理解して、それでも優しかったフィーに感激した。
今じゃ大好き。
優しいしね。
「だって、またヴッドが虐めるんだもの」
何が気に食わないのか、会うたびに馬鹿にしてくるのだから、腹が立って仕方がない。
「仕方ないよ、エリーは美人だから」
「もー、フィーに言われたって説得力ないよ~」
私だって悪くない顔立ちだとは思う。
でも、ほら。
単品だったらそこそこのはずなんだけど、フィーと並んだら私なんてメインディッシュの添え物のパセリ程度にしか見られないし。
フィーはまるで物語の主人公みたい。
綺麗で、優しくて、風の乙女、っていう主人公要素三拍子が見事に揃っている。
「ほら、戻ろう?」
優しく私を立ち上がらせてくれるフィーに、ちょっと泣きたくなる。
フィーは私が昔、フィーを嫌っていたのを知らない。
でも、知っても変わらないと思う。
フィーは優しいから。
綺麗で、優しくて、風の乙女で、そんな私のお隣さんは、村の皆には悪いけど、こんな片田舎で終わっていい存在じゃないんだろうな、なんて思う。
だから、ね。
この日が来るって、ずっと前から分かってたの。
「この村に風の乙女がいると神託がくだった。心当たりのあるものは前へ」
王国の紋章が入った馬車が村の外に止められた、なんてビックリニュース、嘘だろうなんてたかを括っていたのに。
村の入り口に皆集まっているし、何だかその奥には立派な馬車が。
私はあんぐりと口を開け、思わず傍らのフィーを見た。
フィーも私を見て、困ったように首をかしげている。
神官様が何か言っているけど、難しくてよく分からない。
取り敢えず、彼らがフィーを連れていくためにやって来たことはわかった。
「ねぇ、フィーは王都に行きたい?」
「え?」
「風の乙女って、フィーのことでしょ?」
「そう、なのかな……?うん、まあ、多分だけど」
歯切れの悪い返事に、私は眉根を寄せる。
「そうなんでしょ?」
「え、うん。はい。そうです」
気迫で認めさせた。
こうでもしないとフィーは一生認めない。
だって、フィーにとって自身が風の乙女であることは、あまり好ましくないことだから。
理由を教えてもらったことがあるけど、別にそれでもいいじゃん、って思っちゃうんだけどさ。
「どうすんの?」
「別に、行きたいと思ったことなんてないけど」
「行けばいいのに」
「え、やだ」
思った以上に強い拒絶の言葉が来て、私は思わず瞬きした。
「何で?」
「何で、って、何で?」
フィー自身は何の疑問もないようだけど、私には大有りだった。
だって王都。
治安悪そうだけど、食べ物が美味しいって聞くし、何か楽しそうじゃない。
何よりも、物資が豊富。
フィーは隠しているつもりなのかもしれないけど研究とかそういう長期的なことをやるのがすごく好きみたいだから、王都だったらそれができるんじゃないかな、何て思う。
私と違ってフィーは優秀なんだよね。
「行って来てみたらどう?お試しとかで」
風の乙女と名乗りをあげた瞬間どうなるかは、ちょっとよくわからないけどさ。
「行ってみたら案外楽しいか、もっ?!」
突然私の目線が上がった。
フィーの旋毛が見える。
びっくり。
「見つけた!風の乙女さま!」
「え?」
そう言って嬉しそうにくるくる回る神官様が掲げるようにして抱くのはフィー、じゃなくて私。
私?
あれ?
「人違いです」
「いいえ、貴方から風の加護の匂いがします。貴女が、風の乙女ですよ」
「いえ、ですから」
「ああ、風の乙女さま。お会いできる日を楽しみにしていました!」
風の乙女は私じゃなくてフィーなんだって。
話聞けよ。
というか、風の加護の匂い、って何。
何かキモチワルイ。
「フィぃ~、助けてぇ~……!」
私はすぐ隣にいるフィーに助けを求めた。
フィーは、にこりと笑う。
これは、わかったよ、の笑顔だ。
あ、よかった、助かった。
これで誤解が解け「今すぐエリーを離してくれない?」
って、おいおいおい。
フィー?
何でそんなにドスの効いた声で神官様に話しかけるの?
緊張しちゃったの、ねえ?
「エリーは嫌がっているよね?何でわからないかな、というか男がエリーに触っていると思うだけで不愉快。エリーが穢れるんだけど。さっさと離してよ」
それにさ、とフィーが一呼吸置いた。
「俺が風の乙女なんだけど」
「は?」
神官様はその言葉で固まった。
村の皆も固まってる。
うん、私も最初はびっくりしたよ。
風の乙女がフィーだったんだから。
そりゃあ皆気付かないよね。
風の乙女ってくらいだし、女だと思うよね、普通。
でも、男なんだなあ、これが。
まあね?
フィーの美貌は性別すら越えるけどね?
私もお隣さんじゃなきゃ気付かなかったかもしれない。
やっぱりこれだけ近くで暮らしていたら、どんな隠し事も結構な確率でばれるよね。
「え、いや、ですが風の乙女は」
「証明できればいいの?ほら、じゃあ風」
ビュ、って強い風が吹いて、神官様がバランスを崩す。
フィーが起こした風だ。
風に驚いた神官様が、手を離してくれた。
やっと解放された!
……あれ?
でも待って、私このまま地面にまっ逆さまじゃない?
痛いのは嫌なんだけどなあ。
「エリー」
って思ったら、フィーがキャッチしてくれた。
一瞬ふわってなったから、風も使ってくれたんだろうな。
「そういうことなので」
放心していた神官様が、フィーの声で我に返った。
「え、いや、ちょっと!王都に来ていただけませんか?!悪いようにはしませんから!」
「やだ」
すげなく断るフィー。
「お願いします!そうでないと私が神官長に怒られてしまいます!ちょっと行って帰ってくるだけですから!」
「嫌。絶っ対行かない」
頑なで、とりつく島もない。
神官様は涙目だ。
何かかわいそう。
ちょっと変態さんだけど、かわいそうなものはかわいそう。
私は、神官様に助け船を出してやることにした。
「フィー、どうしてそんなに嫌なの?」
フィーが私を見下ろして、にこ、と笑った。
どうしてこのタイミングで笑うの、とか、うわめっちゃ綺麗とか、思ったはずなのに、次の言葉で吹っ飛んだ。
「だって、エリーがいないから」
何か、むしょうに恥ずかしくなった。
それ、スッゴい照れる。
で、それを聞いた神官様がとたんに復活して、私に向かって目をキラキラさせ始めた。
「と言うことは、エリーさんが王都に行くなら、風の乙女さまも来てくださる、ということで間違いないですか?」
え?
そういうことになっちゃう?
フィーは私をぎゅう、と抱き締めて満面の笑み。
「そうだね。そういうこと。だって俺、エリーのこと大好きだし。というか神官サマ、エリーの名前勝手に呼ばないでよ、虫酸が走るんだけど」
「え?」
……十年お隣さんやってたけど初耳だよ、それ。
ずっとお友だちだと思ってましたけど、私。
むしろ、一生親友とか勝手に思ってたんですけど?
あ、そうか。
別に好きって、恋愛感情だけじゃないよね?
友情?
友愛かな?
そっかそっか、そうだよねー。
「愛してるからね」
愛し……っ!
うん、冷静になれ、私。
これは友愛だ。
友愛。
もっと言えば、家族愛的なカテゴリーだ。
うん、そうに違いない。
間違いない。
「勿論恋愛的な意味で」
おおおおおい?!
何で逃げ道なくしてくれてるの?!
と言うかエスパー?
エスパーなの?
思考読めるの?
風の乙女だから?
「他の人の考えは読めないけど、エリーのは分かるよ」
にこ、って笑う顔が、やっぱり今日も麗しい!
でもさ、ねえ?
「エリーが行くって言うなら、俺は喜んで付いていくよ」
「エリーさ、いえ、お嬢さん!」
お嬢さん呼びで更に変態感が増した神官様の期待に満ち満ちた眼差し。
いつもと全然変わらない綺麗なフィーの笑顔。
大混乱中の私の頭。
私さ、お隣さんが風の乙女だって気付いてから、ずっとこんな日が来ると思っていた。
遠いところからどこかの偉い人が来て、お隣さんを連れていくの。
連れていかれた先で、お隣さんはいつまでも幸せに暮らしました、ちゃんちゃん、ってなるんだろうな、何て思って。
思ってたんだよ!
でもさ、今私当事者じゃん!
お隣さんが王都に行く行かないって私の判断に完全に委ねられているわけで。
ねえ、これ、どうしてくれよう?
俺の隣の家のエリーは、すごくかわいい。
小さい頃もそうだったけれど、今は女性らしい美しさと、小動物を彷彿とさせる仕草が相まって、さらにかわいい。
出会った瞬間一目惚れして、想い続けて早十年。
村の皆はエリー以外全員、俺がエリーを好きなことを知っている。
エリーへの好意を隠したことはないし、隠すつもりもない。
まあ、言わば牽制だ。
大抵の輩はこれで引き下がったんだけど、それでも食い下がってくるやつの多いこと。
ヴッドはその筆頭だ。
ヴッドのことはエリーからよく話を聞くけど、彼女の様子を見ると、相当嫌われている。
そりゃあ、思春期丸出しで会うたび悪口言っていたら好感度も下がるよね。
ざまあ。
俺はそこら辺は抜かりないから、いい男友達の座をキープしつつ、ゆっくり仲良くなっていった。
エリーは最初やたらと俺を避けていたけど、暫くしたら避けなくなったし、むしろ自分から近付いて、遊びに誘ってくれるようになった。
今はすごく仲の良い友人だ。
そこで終わる気は毛頭ないけどね。
そんな俺とエリーの間には秘密、と言ってて良いのか微妙ではあるが、それに近いものがある。
俺が風の乙女だということだ。
どうしてエリーが気付いたのかは不思議だが、他の人は気づいているそぶりもない。
まあ、風の乙女だからね。
誰でも女を想像するのだろう。
エリーに訊ねられて、渋々認めたものの、本当は肯定したくなかった。
だって、乙女。
俺は男なのに。
鍛えてもあまり筋肉がつかないし、男の中では細身で女顔だから、乙女とか本当に嫌だ。
幼い頃は女と間違われるのも普通なくらいだったから、余計に。
でも、エリーが素敵だと誉めてくれたから、昔はともかく今はそこまで嫌でもない。
王都から神官が来た。
エリーが無邪気に王都行きを進めてくるけど、嫌だからね?
俺はエリーと一緒がいい。
エリーがいたらどこでもいいけど、いないんだったら行きたくない。
そのことを告げたらエリーは、顔を赤くしたり白くしたりと忙しなかった。
ねぇ、エリー。
俺のこと面倒だって思う?
だとしたら、ごめんね?
そして重ねて謝るけど、たぶん嫌って言われても諦めないよ。
エリーに関してだけ言えば、俺、驚くほど気長だし、諦め悪いから。