危険人物
僕のクラスはとても普通だと思う。クラスメイトはほとんどが常識人。ちょっと変わっていても、それはただのお調子者でしかなく、そうでなければ奇人変人のふりがしたいだけの思春期真っ盛りな人だった。
怒りっぽい人、おとなしい人、優しい人、ちょっとずるい人、元気な人、ネガティブな人、涙もろい人、アニメオタク、その他諸々。バラエティに富んでいるといえばそうだけど、でも、世の中の高校一年のクラスって、みんな似たようなもので、僕のクラスが世界で一番面白いとか、そんなうぬぼれたことは思わないくらいには、僕にも常識がある。
入学三ヶ月で何か問題が起こったことはなく、クラスの雰囲気も落としどころが見つかったみたいに安定してきていた。
でも一人だけ特別紹介しておきたい人がいて、その人だけはどこか普通じゃなかった。一線を越えているって言うのかな、ともかく彼女は時々しか登校してこない子で、たまに登校してきても彼女には誰も近づかない。
近づかない理由はたくさんあったけれど、僕が「これは関わらない方が良い」と思った点は、白くて細い手首に大量の切り傷があることだった。そんな子は僕の中学にもいたけれど、ほとんどが浅い傷ばかりで、思春期特有のこじらせの一種だった。
彼女の切り傷は治りが遅い。どの傷跡も深く、何本かは確実に死にに行っているような具合に見て取れた。あれで命があるのは、相当周りの人間(例えば親族)が気を遣っている場合に限る。明らかにリストカットの常習犯だ。
リストカットが癖になる人がいるのは聞いたことがある。生と死の境目でスリルを感じて、それが忘れられないとか。自殺志願者のドキュメンタリー番組で、顔にモザイクをかけられた男がインタビューにそう答えたのを中学生の時に自宅のテレビで見た。
危険人物。みんなはそう思っていた。唯一の、危険人物。
僕の感想もたいしてみんなと変わらなかった。彼女はあまり手入れのされていないボサボサの黒髪を垂らして、顔が半分隠れているような人で、肌は病人のように白く、生きている感じがしなかった。
彼女は常にうつむきがちで、誰とも目を合わせない。勉強にはやる気があるのかないのか分からず、ノートも取ったり取らなかったり。なぜ学校に来ているのか、よく分からなかった。僕が抱いた感想は、危なっかしいな、ということと、よく分からない、の二つだった。
ただ一つ分かっていることは、彼女の名前が手代木結衣ということだけだ。