自然の摂理
晴れて高校に入学した僕に待っていたのは、動揺だった。
同じクラスに、僕と、泰葉と、村上大介の三人が一堂に会したのだ。
僕は本当に驚いた。あの賢い泰葉だったら、地域最難関の高校に進学するはずだと思っていたからだ。高校からは疎遠になって、いつか忘却の彼方に行ってしまうだろうとたかをくくっていた僕には現状が信じられない。
新しい生活が始まって、クラスの中でもなんとなくのグループ分けみたいなものが出来た。僕は当然、目立たなくて、地味な感じの、自分の趣味を語り合うみたいな男子グループに入って、そこの友達と一緒に喋るようになった。
「いやぁ、それにしても良い学校入ったよなぁ、俺たち」
「だよね、課題も少ないし、校風もなんだか緩いしさ」
「そうそう、しかも可愛い子多いよな」
「あ、お前、そんなスケベな考えだったのかよー」
「でもさ、本当のことじゃん。みんなも思うだろう?」
「まぁ、そりゃ男なら誰でも分かるよ。俺の出身の中学は芋くさいブス女ばっかりだったからなぁ、ギャップがとんでもない」
「な、耕太もそう思うだろ」
「……うん、そうだね」
「そういや耕太って、笹岡さんと同じ出身校だよな」
「え」
「おっ、もしやクラス一の美女と知り合いなのか?」
「いや、知り合いってほどじゃないよ、あまり話してこなかったし」
「でも、中学の頃の笹岡さんを知ってるんだろ、どんな感じだった?」
「どんなって、……昔から、美人だったよ。だからみんな話題にしてた」
「だよなぁ。あ、もしかして耕太、笹岡さんを追っかけてこの高校に入学してきたんじゃないだろうな!」
「まさか」
「おいおい、耕太が困ってるだろ、やめてやれ」
「俺、この学校に一個だけ文句思いついた」
「お、なんだ」
「可愛い子には、ことごとく彼氏がいる」
「あったりまえだよ、自然の摂理だな」
「目の保養にしかなんねぇのは問題だろうが」
「そうか? 俺はそれでも満足だよ」
「だとしてもクラス内でイチャつかれるのは歯がみしねぇか、……ほら」
クラスメイトが指差したのは、泰葉と村上大介が昼食を一緒にとっている風景だった。
「しょうがない、村上君はいい人だから」
「中学の時からつきあっているらしい」
「そーなのか、耕太」
「うん、えっと、確か二年の冬くらいから」
「交際歴一年ちょっと、か」
「こりゃ、まだまだチャンスこねぇな」
「チャンスが来てもお前じゃダメだ」
「何を言ってんだか、ここにいるやつは全員ダメだよ」
はぁ、と一斉にみんなが贅沢なため息を吐いた。良い環境に恵まれているから内心では満足しているのだけど、女性関係ともなると、友達止まりが多いのだった。
僕はみんなとは少し違う気持ちでいた。みんなは泰葉を、この学校にいる美人な女生徒の中の一人という認識だったけれど、僕にとってはそうじゃない。僕にとっては、泰葉は他の女性とは一線を画す、特別な存在感が感じられた。
僕は後頭部をポリポリ掻いて、こんなはずじゃなかったのにな、と思った。
後で聞いた話になるけど、泰葉は村上大介と同じ高校に進むために、わざとこの高校を志望したのだという。それで親とケンカしたことも聞いた。それだけ泰葉の想いは本物なのだという証拠ともいえる。
新しい、完全に新しい生活が始まると思っていたのに、僕はまだ過去を引きずって生きていかないといけないらしい。少し憂鬱だった。