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モブキャラとしての自己嫌悪

 中学に上がってから、僕はなんとなく陸上部に入部した。陸上部はそれなりに楽しかった。仲の良い友達もたくさんできたし、走るのは相変わらず遅かったけど、先輩が勇気づけてくれて、なんとか練習について行けるようになった。


 中学三年間、僕と笹岡泰葉は一度も同じクラスにならなかった。会って直接言葉を交わした記憶はなく、たまに廊下ですれ違うくらいの関係だった。でも、僕はあのときの約束をまだ胸の奥に大事にしまっていて、すれ違うたびに意識していた。でも当然、疎遠になっていた彼女が僕に何かを言ってくれることはなかった。


 中学時代には忘れられない出来事が一つある。二年の冬のことだった。泰葉が同級生の男子生徒と付き合うことになったと聞いたのだ。


 そのことを教えてくれたのは同級生で、同じ陸上部だった下山裕一だった。僕と裕一は一緒にランニングをしていて、会話できるように楽なペースで走っていた。


「――え?」

「だーかーらー、あの学年一の美少女、笹岡泰葉がバスケ部のキャプテンと付き合い始めたんだよ。ビッグニュースだろ、耕太ももっと驚けよ」

「あ、うん、びっくりだね……」

「良いよなぁ、俺、笹岡のこと結構好きだったから、なんだかショックだわ」

「……うん」


 その日、あまり練習に身が入らなかったことをよく覚えている。


 僕はバスケ部のキャプテンのことを知らなかった。のちのち、その男子生徒の名が村上大介ということだけ他人から聞いた。学校のマドンナを仕留めた色男として、その頃から有名になっていた。


 僕は一組だったから、端から歩いて行けば、二組、三組と、順々に教室の様子が見て取れる。泰葉のクラスは四組で、村上大介も同じクラスだと聞いていた。


 僕は頭では見に行きたくないと思っていたけど、体は止まらなかった。


 四組のところまで来たとき、僕は自分の心臓がとてつもない速度で鼓動を打っているのを感じていた。どうしてだろう、どうして……


 そして四組の教室を、他人の陰に隠れながらのぞいてみた。泰葉はすぐに見つけられた。村上大介は顔を知らないので探すのに苦労すると思っていたら、その教室の男子生徒のうちの誰が村上大介なのか、簡単に分かった。


 今、泰葉が顔を近づけて楽しそうに話している相手が、きっと村上大介だ。


 僕が見た村上大介の最初の印象をひとことで言うと、主人公だった。泰葉の美しい顔立ちに負けじとイケメンで、背が高く、かなり体格がしっかりしていて、髪は短く、さわやかな感じだった。笑顔に嫌みがなく、優しそうな男だった。


 僕はなぜか勝手に、細身の華奢な、病弱さが売りの、いやらしい男をイメージしていた。それとは真反対のしっかり者だったから、そのギャップで心が痙攣した。


 それから必死になって村上大介の評判を聞いて回った。すると僕の受けた第一印象通り、正義感が強くてリーダーシップ性があり、文武両道で周りからの信頼も厚い、人の気持ちを考えられる心優しい男だということが分かった。


 僕は間違っても、悪い生徒じゃなかった。提出物はちゃんと出していたし、先生にも親にも反抗したことはない。それほどまじめというわけじゃなかったけど、部活動もサボったりしなかったし、悪いことといったら置き勉くらいだった。どんくさくて、どちらかといえば陰気な方だったけど、特別ブサイクとののしられたこともない。せいぜいチビ呼ばわりされる程度だ。


 けっして、僕は悪くなかった。ただ、僕は普通だった。無理して悪くいうと、モブキャラだったのだ。


 意識しながら隣をすれ違ったときのことを僕は恥ずかしい気持ちで思い出した。僕は心のどこかでまだ、泰葉が僕と同じように僕を意識しているとか、そんな甘いことを考えていたのに気づいた。本当は、泰葉からしたら単なる通行人Aにしかすぎなかったのに、僕はなんて痛々しい勘違いをしていたんだろう。


 村上大介に対しても、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。僕が彼の評判をあさったのは、きっと、彼の悪い噂を聞いてホッとしたかったからだ。そんな性格の悪い男とは、すぐに別れるに決まってる、と思いたかったのだ。でも、彼はそんな僕のいやらしい周辺調査をものともしなかった。彼のことを悪くいう生徒なんて一人もいなかったのだ。


 僕はそのとき初めて、心の底から自分が嫌いになった。本当は僕は普通の、ごくありふれた人間なのに、なぜか自分は世の中で最も汚らわしい、最低の人間だと思えた。気が変になって、部屋中の物を投げてみたりしたけど、両親は外に出かけていて、家には誰もいなかった。誰も僕の気持ちを分かってくれないと思うと、孤独だった。





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